法務部員であれば、社内のビジネス部門からの相談について、不安を覚えたり悩んだりした経験は一度や二度ではないだろう。日々のスムーズな業務進行とトラブル回避を両立するためには、どのように社内・社外の関係者とコミュニケーションし、連携すべきか。本ウェビナーでは、インハウス経験を持つ弁護士および法務担当者として一定年数の経験を持つ社会人2名が、現場のリアルな対応法について語り合った。
社内のリスク管理の観点から、法務部員が部署内・部署外で円滑にコミュニケーションを行い、トラブルの芽を摘むことは欠かせない。しかし、このコミュニケーションについて「具体的な方法論を共有する場は少なかった」と語るのは、自身も外資系企業に出向し、法務部門の立ち上げに携わった経験を持つ、弁護士法人北浜法律事務所の日野真太郎弁護士。セミナー当日は、日野弁護士がソフトバンク株式会社の新規事業開発部門で法務関連の業務に従事する小宮山円氏、イオン株式会社の津田峻輔氏に仮想の相談事例を提示し、対応法をディスカッションする形式で進められた。
ひな型を「サクッと作ってほしい」と言われたら?
日野弁護士がまず挙げた事例は、ビジネス部門から
「外国法人Y社と合弁会社を設立し、保有する技術を提供する。担当役員は、出資割合は50:50で、3か月以内で設立したいと言っており、必要な契約書のひな型をサクッと作ってほしい」
と要望されたというもの。ビジネス部門の担当者も依頼内容とリスクを把握しているとは思えないため、法務担当者もどうサポートすべきか悩むような相談内容だ。
これに対し、小宮山氏は「ビジネスの観点でのゴールを必ず確認する」と回答。「合弁会社を作るのは一つの手段であって、販売や開発などの目的・ゴールがあるはず。担当者がそこまで考慮しているのかを確認し、上司などからの指示をそのまま依頼しているだけの場合には、その点を確認するための材料集めから手伝います」(小宮山氏)。
現職までに金融からベンチャー企業、インターネット総合ポータルCVCなど、さまざまな規模・業種の法務業務を経験した津田氏は「“このディールを持ちかけたのは自社か相手方か”を必ず押さえ、たとえば相手が極端な要求をした場合に、“こちらがディールから降りる”という選択肢があるかどうかを、担当者と相談します」と回答し、加えて「社内での推進者とそのモチベーション、担当者との関係は抑えておかなければ痛い目をみる」と指摘。「法務としては大量の案件を抱えるなかで、優先順位をつけることが現実的には必要です。トップダウンの案件なのか、ビジネス部門からボトムアップで持ちかけた案件かで、適切な伴走方法は変える必要があるでしょう」(津田氏)。
社内・社外展開の際の論点整理は必須
「案件を社内・社外に展開する際に留意することは」というテーマには、「全体フローのタスク表を整理し、抜け漏れを防止すること」と小宮山氏・津田氏が声をそろえた。
「ビジネス部門や広報などと、法務部門とで重なる業務について“お見合い”が発生し、取りこぼすことがないよう法務側からも出張っていくイメージです」(津田氏)。
「ビジネス側が整理してくれることもありますが、特に債権債務がからむ取引関係と社内の役割分担を、法務担当者も一緒に整理することで権利義務の所在をはっきりさせ、関係者全員がビジネスの全体像を把握することが重要だと思います」(小宮山氏)。
この初期のタスク表の整理は、外部弁護士に効率的に相談・依頼するために必須の要素であるという。
「外部弁護士に渡す最初の依頼メモに、法務担当者として希望する成果物の要件定義を整理できれば、外部弁護士からのレスポンスが非常に早くなります。また、社内での検討の過程や現在の優先順位、その論点に至った背景、除外した選択肢とその理由を添えられればよりよいでしょう。必要があればビジネス部門の担当者も外部弁護士とのミーティングに同席したほうがよい場合もあるかと思います」(津田氏)。
両氏の意見を受けて、日野弁護士も「外部弁護士としては、このとりまとめを行う法務担当者の事案への習熟度を確認しつつ案件を進めています。“法的論点を踏まえた検討や必要となる文書のドラフティングから始められるか”、“契約そのものが初めてで段取りのサポートから提案すべきか”等を必ず確認するようにしていますね」と述べた。
「取り扱い注意の案件」が来たときはどうする?
二つめの事例は
「投資先Yの二代目社長であるZが社内外での評判が悪く、解任したい」
とビジネス部門から相談を受けた場合だ。日野弁護士はこうした事案を「いわゆる取り扱い注意の案件」と表現し、直面した場合の対処について尋ねた。
「各社でやり方はさまざまだと思いますが、私なら真っ先に上長にエスカレーションします」と答えたのは津田氏。「後になるほどダメージが大きくなる可能性がある案件なら、状況によっては深夜でも上司の携帯電話を鳴らして報告します。一方で、ある程度状況を整理しなければ、報告を受ける側も反応できない案件もあるでしょう。どちらかを見極める感度と基準を法務担当者が持っておくと、早く走り出せると思います」(津田氏)。
「仮に解任の意思が強い場合は、その後のビジネスの継続性まで考えたうえでの決断かどうかを確認しなければなりません。その選択が本当にベストな判断であるのか問いかけたり、必要であれば人間関係を駆使して事案のキーパーソンを説得したりする方策まで並行して検討したり、いくつもの道を示す姿勢が必要ではないでしょうか」(小宮山氏)。
法務部門に求められること
津田氏は一人法務だった時期、可能な限りビジネスの意思決定の場に陪席できるよう依頼し、難しい場合は議事録を追いかけていたという。「議論が気になった際には担当者に時間をもらいヒアリングをしていました。各社内部署への敬意を持ってビジネス目標を共有し、情報をもらえる関係性を作ることが法務におけるコミュニケーションの本質ではないでしょうか」(津田氏)。
小宮山氏は法務部門の至上命題として、「ビジネスを進めるために、適切な経営判断に必要な材料を揃えることを注力することが重要だと思います」と結んだ。
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小宮山 円
ソフトバンク株式会社 事業開発統括 ポートフォリオマネジメント本部 投資支援統括部 投資戦略部 部長代行
通信事業会社に新卒入社後、主に移動体通信事業の経営管理および子会社管理を担当。その後、新規事業開発部門に異動。主に国内外ベンチャー企業への出資・JV設立案件などで、投資契約書策定業務および事業計画評価・管理業務などの投資実務に従事。
津田 峻輔
イオン株式会社 ブランディング部 担当部長
證券会社に新卒入社し、金融商品取引に関する法務部門からキャリアをスタート。FinTechベンチャーを経験した後、インターネット総合ポータル企業の投資子会社(CVC)および通信事業会社の事業開発・投資部門にて法務(リーガルチーム課長)・投資実務を経験し、現職にてベンチャー投資、事業開発、投資家対応業務に従事。
日野 真太郎
弁護士法人北浜法律事務所 パートナー弁護士
中国帰国子女の経歴を生かし、中華圏を中心とした国際法務に相当の経験を有するほか、国内外の顧客のM&A・投資、紛争解決、ベンチャー法務等、企業法務を幅広く取り扱う。外資系企業法務部門で勤務した経験を有し、企業内部での意思決定や、弁護士を起用する側の視点についても一定の理解を有する。