プラットフォーマーに生殺与奪の権を握られたくない! - Business & Law(ビジネスアンドロー)

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―現役知財法務部員が、日々気になっているあれこれ。本音すぎる辛口連載です。

※ 本稿は個人の見解であり、特定の組織における出来事を再現したものではなく、その意見も代表しません。

平均月商1,650円のイラストレーター

本稿の著者は、プロフィールにあるとおり、企業で働きながら作家活動をしている。「大変でしょう」とよく言われるが、産業界で副業解禁・容認の機運が高まるずっと以前からこの働き方なので、すっかり慣れてしまった。

実は最近、三足目のわらじを履き始めた。イラストレーターである。
といっても完全に勢いで始めた趣味だ。ペンネームで「自己肯定感の高いひよこ!」というひよこのイラストを描き、某SNSのスタンプにしたり、グッズを制作してイベントで売っている。
先日刊行した著書『エセ著作権事件簿』では挿し絵にも採用された。こう書くと“仕事”っぽいのだが、スタンプやグッズの売上は平均月商1,650円である。挿し絵はノーギャラだった。

それでも、さまざまな気付きや経験を得られるのでやりがいがある。
法実務の領域でも発見があったので、本稿ではそれを記したい。

自分のイラストが知的財産権侵害!?

自分のイラストをSNSスタンプとして配信するには、当該SNSを運営する企業のガイドラインに従い、審査を通過することが必要だ。
たとえばLINEであれば、「スタンプ審査ガイドライン」として公表されている(ちなみに、他に「利用規約」「制作ガイドライン」が別個に存在しており、掲載場所も異なる)。

法務パーソンの常として、この手の利用規約の類は、他の人よりは読む方である。これらを読まずに創作衝動の赴くままにイラストを制作すると、時間と手間をかけたのに、規格外の巨大なサイズや縦横比が極端な画像データを作ったり、販売が認められない内容(芸能人の似顔絵、宗教的イラストなど)を描いてしまうことがある。その結果、まったく審査を通過せずに途方に暮れるクリエイターが多いらしい。

「そんな失敗は犯しませんぞ」と、しっかりとガイドラインを読み込んで、これを遵守したスタンプを数か月かけて40個も制作した私は、満を持して審査の申請を行った。審査はかなり早く、なんと翌日には結果が来た。しかし、それは予想に反して販売不許可の返事だった。

いったい、何がいけなかったのか。通知メッセージには、以下のような記載があった。

申請されたスタンプは、以下の審査ガイドラインの項目に該当いたします。

5.1. 当社または第三者の商標権、著作権、特許権、意匠権などの知的財産権を侵害し、または使用されている素材がサードパーティの利用条件に違反しているもの

5.3. 肖像権、パブリシティ権などを侵害しているもの(例:許諾を得ていない人物の顔、似顔絵など)

思いっきり知的財産権に関することではないか…!
仮にも知財業務を生業にしている者として、これは恥ずかしい。気まずい思いで指摘を受けた事項を確認すると、まず図表1のスタンプが上記の5.3に、図表2の態様で表示されるイラストレーターとしてのペンネームの「ずるのバレンティノ」が5.1に該当するという。

図表1 指摘を受けたスタンプ

図表2 指摘を受けたペンネーム

なお、この審査通知には、スタンプやペンネームの「どこ」が「誰」の「何」の権利を侵害すると判断したのかの説明はついていない。また、それについて問い合わせても、なぜか具体的には説明してもらえない。これでは、一般的なユーザーにはどこをどう直せばいいのかがわからないから、全面的な再考を迫られているも同然だろう。

権利侵害ではないものを「侵害」と言われて八方塞がりに

筆者にとっては、「知的財産権を侵害している」との指摘を受ければ、どこがどうしてそう思われたのかを察することくらいは可能である。図表1は、おそらく「ニュートン」の語がアイザック・ニュートン(1642年~1727年)の「パブリシティ権」を侵害しているとみなされたに違いない。しかし、そもそも、約300年前に没した物理学者のパブリシティ権が、疑いなく「有効だ」と肯定する学説なんぞ聞いたことがないし、数十個のスタンプのうちの一つのイラスト内の文章での使用がパブリシティ権を侵害する態様とも思えない(ピンク・レディー事件の最高裁判例(最判平成24年2月2日・民集66巻2号89頁)で示された侵害要件に照らして)。
「ニュートン」=人名の「アイザック・ニュートン」という解釈も疑問だ。

図表2(ずるのバレンティノ)についての指摘は、本当にわからなかったので問い合わせてみたところ、「※特定の企業を連想させる内容のテキスト」というヒントをいただいた。クイズをやっているのか?
ひょっとすると、イタリアのファッションブランドのVALENTINOの商標権を侵害していると言いたいのだろうか。「ずるのバレンティノ」と「VALENTINO」が類似するとも思われないし、そもそも「バレンティノ」は一般的な男性姓の一つである。それをペンネームの一部に使用した場合、単に姓名と理解するのが自然であり、ブランドのVALENTINOを連想させる余地はない。また仮に連想させるからといって、そのことが直ちに商標権を侵害するという法理もない。

「参っちゃったな~」と思いつつ、上記のような弁明(反論ともいう)をしたのが、今度は一向に返事が来ないのである。いよいよ参ってしまったのだが、ふと、プラットフォームサービスにおいて、ユーザーは、プラットフォーマーに生殺与奪の権を握られているのだなと気づかされる。

マーケットプレイスやSNS、画像や動画などの投稿プラットフォームにおいて、「ユーザーは第三者の知的財産権を侵害してはいけない」という規約は一般的であり、また極めて妥当な誓約事項である。この場合、侵害成否の判断はプラットフォーマーに委ねられることになるが、侵害要件は、法令や判例によって一定の基準が確立しているから、それに則った判断がなされることをユーザーは期待し、規約を受け入れているのである。それなのに、「アイザック・ニュートンのパブリシティ権」や「たまたま姓名と同じ他人の商標」などを持ち出されて「知的財産侵害」と認定され、それをのまなければサービスを利用できないというのだから、不条理である。

権利者保護と、ユーザーの利益保護のバランスはどうあるべきか

かつて日本のプラットフォームサービスでは、そこに侵害疑義のある情報が流通していても、権利者が提出した証拠等から、プラットフォーマーが相当な確度をもって「侵害」と確信できなければ、削除等の措置がなされないことが多かった。
これは、プロバイダ責任制限法3条1項の「他人の権利が侵害されていることを知っていたとき」「他人の権利が侵害されていることを知ることができたと認めるに足りる相当の理由があるとき」(でなければ特定電気通信役務提供者は賠償責任を負わない)のハードルを、かなり高めに設定した実務運用によるもので、権利者にとって非常に歯がゆい対応だった。

その後、プラットフォーム上で流通する侵害情報について、プラットフォーマーに対して差止めや賠償を求める訴訟事件の積み重ねを経て、「他人の権利が侵害されていることを知っていたとき」「他人の権利が侵害されていることを知ることができたと認めるに足りる相当の理由があるとき」のハードルが下がってきたことで、主要なプラットフォーマーは、「侵害疑義のあるものはまず削除する」という、欧米のノーティス・アンド・テイクダウンに近い実務運用を採用するようになった。

筆者は権利者として、この傾向の変化について、諸手を挙げて歓迎したものである。
しかし、「侵害疑義」のハードルが下がりすぎると、今度はプラットフォーマーの担当者が「疑わしい」と主観的に判断した情報が、あらかじめ遮断、排除されることになる。これがまかり通ると、ユーザーの表現の自由や利便性は損なわれ、サービスの魅力は低下していくだろう。ひいては、魅力的なサービスを享受できるはずだった消費者の利益も失われることになる。

果たして、権利者の利益保護と、ユーザー・消費者の利益保護のバランスはどうあるべきなのだろうか。プラットフォーム上で流通する情報の「侵害疑義」のハードルを、プラットフォーマーはどの位置に設定し、どのように運用するべきなのだろうか。
そのことを、我々は今一度考えるフェイズに来ているように思う。

ちなみに件のスタンプだが、待てど暮らせど返事が来ないので、先行してスタンプを販売する知人に相談したところ、「しれっと同じ内容で再申請すればスムーズに通ることがある」とのアドバイスを得た。試してみたところ、今度はするっと審査を通過して、現在も販売中である。「ニュートン」も「ずるのバレンティノ」もそのままだ。
結果的にはよかったのだけれど、モヤモヤするよねぇ。

→この連載を「まとめて読む」

友利 昴

作家・企業知財法務実務家

慶應義塾大学環境情報学部卒業。企業で法務・知財実務に長く携わる傍ら、著述・講演活動を行う。新刊『エセ著作権事件簿—著作権ヤクザ・パクられ妄想・著作権厨・トレパク冤罪』(パブリブ)が発売中。他の著書に『知財部という仕事』(発明推進協会)『オリンピックVS便乗商法—まやかしの知的財産に忖度する社会への警鐘』(作品社)『へんな商標?』(発明推進協会)『それどんな商品だよ!』(イースト・プレス)、『日本人はなぜ「黒ブチ丸メガネ」なのか』(KADOKAWA)などがある。一級知的財産管理技能士。「ずるのバレンティノ」名義で、「自己肯定感の高いひよこ!」のイラストやグッズも販売する。

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