新型コロナウイルス感染症の流行により在宅勤務が普及した現在、企業の不正調査は伝統的な手法から大きく変わりつつある。WFH(Work From Home)時代特有の不正発覚の端緒や、Web会議を利用したヒアリング、技術進歩による機械学習・AIによる証拠抽出の効率化などコロナ禍の不正調査の実務について、最前線で携わる専門家が講演した。
WFH時代の不正調査とデジタルフォレンジックの有効活用(第1部)
Web会議方式のヒアリングで証拠収集・全体像の把握が効率化
「企業の不正・不祥事対応は、企業価値/レピュテーションの棄損等のダメージを最小限にとどめ、回復軌道にのせるための対応であり、“初動対応”“実態解明”“発生原因の分析と再発防止策の導入”の三つのプロセスが重要です」と語るのは、検察庁出身で証券取引等監視委員会と大手監査法人のフォレンジック部門を経て、現在はアンダーソン・毛利・友常法律事務所外国法共同事業で危機管理・不祥事対応に携わる三宅英貴弁護士。WFHの普及後もこの3プロセスの重要性は変わらないものの、特に「実態解明」のプロセスにおける関係者ヒアリング、デジタルフォレンジックは大きく様変わりしたという。
不正調査のヒアリングは、対面からWeb会議方式が主流となった。「Web会議方式はヒアリング対象者の表情や声の変化を読み取りづらいために真実の供述を引き出すうえで不利」という伝統的な考え方があり、いまも否定的な意見をもつ専門家も多い。一方で、三宅弁護士は実際にWeb会議方式のヒアリングを繰り返すうちに利点も多いと感じているという。
「画面共有機能ですぐに資料や証拠を提示できるため、印刷等の事前準備が省けるようになりました。また、調査対象者が使用しているPCのデスクトップやメールなどの画面共有を依頼し、証拠になりうる資料をその場で確認・把握できる点は非常に重要かと思います。ヒアリングをしながら特定のメールを探して見せてもらうことができ、また、デスクトップの画面共有で社内フォルダの内部を見せていただきながら、気になるタイトルのファイルがあればその場で開いてもらって証拠を探索できる点は、Web会議方式をやり始めて初めて気づいた重要な利点といえ、私も実際に調査対象者に画面共有を依頼してメールや資料を確認しているうちに証拠の矛盾を発見したことが数件ありました」(三宅弁護士)。
また、Web会議方式はヒアリングに同席する人物を調整するうえでも非常に有効だと三宅弁護士は語る。
「従来は心理的圧迫を避けるため対面では大人数の同席は避けていました。しかし、Web会議形式であれば、カメラをオフにしたり別室に中継したりすることで、関係者複数名が参加するアレンジが可能です。また、関係者ヒアリングが複数の場所で同日に実施されるような大型案件の場合でも、主任クラスの弁護士が多くのヒアリングを“はしご”することが可能になりました。従前は複数のヒアリングのメモを集めて全体を把握していましたが、メモ作成を待つ時間が短縮されたことで全体像の把握が非常に早くできるようになっています」(三宅弁護士)。
平時のモニタリングでリスク管理を高度化させる時代に
三宅弁護士は、WFHの普及により、従前は電話や対面でなされていた企業内の口頭のコミュニケーション、たとえば、部下から上司への報連相や管理部門からの照会といったものが一挙にチャットへ移行したことで、不正を示唆するコミュニケーションが赤裸々にチャットデータとして残されるケースが増えていると指摘する。さらにこれらのデータの保全は、サービスのクラウド化により、以前と比べると容易で手軽になっているという。
「コミュニケーションデータの保全は、以前はパソコンから直接抽出するため、夜中にハードディスクのデータをコピーするといった対応が定石でしたが、近年はクラウドやサーバからデータを即時ダウンロードしデジタルフォレンジックを行う運用に変わりました。一方で、近年増えているPDF証票の改竄などの場合はローカルフォルダに残すことが多いため、パソコンそのものを保全する場合ももちろんあります」(三宅弁護士)。
コミュニケーションのチャット化に加え、データの抽出が容易で手軽になったことで、日本では「有事」の手法として用いられてきたデジタルフォレンジックを「平時」に活用する利点も見えてきたと三宅弁護士は指摘する。
「平時に役職員のコミュニケーションをモニタリングする手法は、競争法分野をはじめ高リスク領域のコンプライアンスリスク対応では従前からありましたが、費用対効果の面でもう少し広い領域で平時にデジタルフォレンジックを有効活用できる余地があると思います。また、有事と比べると、平時ではフォレンジックの費用や手間も機械学習やAIの活用で効率化がしやすい傾向にあるため、今後、会計不正リスクやハラスメント関係のモニタリングにも利用できる余地があると考えています」(三宅弁護士)。
フォレンジック実務とベストプラクティスについて(テクノロジーの側面より)(第2部)
―技術の向上でレビューはより簡易・スピーディーに
最新の不正調査の動向について、エピックのシニア・ディレクターであり公認不正検査士である早川浩佑氏も「不正調査は伝統的なヒアリングから開始する形式から、デジタルフォレンジックを活用し、PCやメール、チャットのデータから不正の端緒を調べさらにその絶対数を測定する方針に変化しつつある」と説明する。
日々技術が向上するデータ分析においては、teamsやSkype、slack、WeChatなどSNSツールからデータ取り込みおよび分析することが可能になったという。
「キーワードや日付でデータを絞り込んだり、メールをスレッド化したりしてレビューしやすくする機能はもちろんですが、短いメッセージのやりとりが繰り返されるSNSのやりとりにおいては、一つのトークルームを24時間で区切って1ファイルとして会話の過程を表示するなど、レビューしやすい抽出手法となるよう日々改善を行っています」(早川氏)。
以前のレビュー作業は、キーワードで補足したデータを目視確認する運用が基本だったが、次世代型のレビューサポート機能では、機械学習やAIを駆使することで、初期にレビューした数通のデータを学習し、類似データをピックアップすることが可能になったという。
「最近のトレンドはツールを使ってコストを抑え、効率的にドキュメントレビューを行うことです。実際に多くの不正調査事例でもツールの活用でレビュー期間は短縮されています」(早川氏)。
海外の関連会社を巻き込んだ事案については、国内と同様に現地のデバイスやファイルサーバーからデータを保全するが、各国のデータ保護規制によりデータの国外移転ができない場合も多い。
「中国の秘密保護法などによりデータの持ち出しが難しい場合には、現地のチームがデータを保存・分析しサポートした事例もあります。デジタルフォレンジックのご活用に障壁がある場合も、テクノロジーとチームの力で企業のみなさまと弁護士の方々の調査をサポートしていきたいと考えています」(早川氏)。
三宅 英貴
アンダーソン・毛利・友常法律事務所外国法共同事業 パートナー弁護士
検事としてキャリアをスタートさせ、証券取引等監査委員会や大手監査法人フォレンジック部門に在籍した経験もあり、デジタルフォレンジックを活用した有事の不正調査や平時のモニタリングに精通。
早川 浩佑
Epiq シニア・ディレクター
公認不正検査士(CFE)・Relativity Certified Administrator(RCA)
日本企業やグローバル企業の訴訟・調査案件へのソリューション提案やマネジメント全般、ワークフローの最適化を図る。米国民事訴訟および米国司法省国際カルテル案件に加え、日本を含むアジア諸国における規制当局調査案件や内部調査案件など、金融、製造、医療機器・製薬などさまざまな業界におけるクロスボーダー案件に豊富な経験を有する。