ダブルスタンダードを恥じない勇気!攻守で見解は自在に変えていい - Business & Law(ビジネスアンドロー)

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―現役知財法務部員が、日々気になっているあれこれ。本音すぎる辛口連載です。

※ 本稿は個人の見解であり、特定の組織における出来事を再現したものではなく、その意見も代表しません。

トラブルの匂いのする相談事がやってきた!

たとえば、事業部門から、

「今度うちの広告で使うマスコットキャラクターのデザイン案ができたんですが、念のため、チェックしてもらえませんか?」

という相談のメールが届く。
「念のため」。この言葉を強調する相談事には、イヤ~な予感が伴う。添付ファイルを開いてみると、果たして、何だかミッキーマウスに微妙に似たキャラクターのイラストが「ハハッ!」と笑いかけてくるではないか。こんなとき、あなたはなんとアドバイスをするだろうか。
読者諸兄のほとんどは、

法務部「いや、ミッキーマウスっぽいじゃないですかこれ!」

事業部「やっぱりそう思います?気になっちゃって。それで相談したんです」

法務部「やめましょうよそういうのは!法的にリスクがありますから、作り直してください!」

そんな反応をするのではないでしょうか。「似てるけど、まぁ…見なかったことにしましょう」などと、見て見ぬ振りはしないはず。

このような相談事から、法令違反となるリスクや、権利者とトラブルになるリスク、取引者や消費者から不正を疑われるといったレピュテーションリスクを察知する。そして、そのリスクの芽を摘み、トラブルを未然に防止するためにはどうすればよいかを考える。これがいわゆる「予防法務」の仕事である。予防法務がしっかりと機能していることで、会社を不利益から守ることができるのだ。

出しちゃったものはしょうがない?

しかし、である。
もし事業部門がそもそもこの件を法務部門に相談せず、「ミッキーマウスに微妙に似たキャラクター」がいつの間にかリリースされており、事後にあなたがこのキャラクターに気がついたとしたらどうだろうか。「決して違法ではないが、権利者は気に食わないだろうな」というレベルを想像していただきたい。

慎重派のリーガルパーソンならば、「すぐに差し替えてください!」と指示を出すかもしれない。しかし、出したものを引っ込めるとなると、事業部門では、社内外の関係者との調整、修正や再入稿といったコストが発生する。リスクとコストのバランスを考えて、「出しちゃったものはしょうがない」との判断が妥当な場合も少なくない。

問題は、「出しちゃったものはしょうがない」と判断した後の法務部門の立ち回り方である。このとき「じゃあ、あとは権利者の目に触れないことを神に祈るしかない…」と、数珠を握って空を拝むだけではダメだ。「もし、トラブルになったら…」をシミュレーションし、それこそ「念のため」の対応策を備えておくのが、デキるリーガルパーソンではないでしょうか。

ただ、その備え方は、人によって対応が分かれるところかもしれない。大まかには

・ 「トラブルになったらすぐ引っ込められるようにしておこう」という方向性

・ 「トラブルになったときにこちらの正当性を主張できるようにしておこう」という方向性

があるのだが、さて、あなたはどちらのタイプでしょう?

どちらが正解ということもなく、どちらの備えも大切である。しかし、一般論としては、「こちら側に落ち度はない」と判断できる場合においては、トラブルがエスカレートすればするほど、後者の備えが奏功するだろう。たとえば、権利者から警告書が届いたり、あまつさえ訴訟提起されたら、さすがに正当性を主張しなければ会社を守れない。落ち度がないのに唯々諾々と要求をのめば、それは会社に不利益をもたらすことになるだろう。

つまり、いざインシデントが発生したら、いかにして自社の行為の正当性を主張できるかが、リーガルパーソンとして求められる役割なのだ。当事者に対してはもちろん、社内での説明や、場合によっては、対外的なPR戦略も立てなければならない。降りかかる火の粉は払わねばならないのである。

恥ずべきダブルスタンダードか、それとも?

ここで気づかされるのは、法務部門は、グレーな事案に関しては、予防時とインシデント発生時とでは、言動を180度変えることがあるということだ。事前には「問題がある」と言って止めるのが正しい事案でも、同じ内容で事後にトラブルが起きれば「問題はない」というスタンスをとるのが正しい場合がある。これを矛盾、あるいはダブルスタンダードだと思うだろうか?

このジレンマに多くのリーガルパーソンが苦しんでいる。企業法務にとって、日常業務の大半は予防法務だ。普段から「グレーだから止めておきましょう」というスタンスをとるのに慣れ過ぎて、いざインシデントが起きたときに、正当性を堂々と主張する…つまり「グレー」を「白」に変える能力を発揮できない人は少なくない。「守りモード」から「攻めモード」に、うまく態度を切り替えられないのだ。

しかし、攻守で態度や見解を変えることを躊躇してはいけない。たとえるならば、これは平時のときには決して戦争が起きないよう平和外交に努めるが、いざ戦争になってしまったら戦って勝たねばならないのに似ており、当たり前といえば当たり前の話だと思うのだ。

むしろ法務部門は、グレー事案について、状況に応じて「黒」とも「白」とも自由に言い換えることのできる強さを持たなければならない。それには、防御にも攻撃にも耐えられる豊富な知識を備えることはもちろん、ダブルスタンダードを恥じずに、戦況をにらみながら見解や言動を巧みに変化させる精神的なタフさも必要である。予防法務としての日常に慣れ切って、常に抑制的な判断しかできなくなってしまうと、有事のときに会社を守れないかもしれませんぞ。

頼りになる法務部には、相談が来にくい!?

「守り」でも「攻め」でも頼りになるリーガルパーソンは、現場からの信頼も得られやすい。ところが、悩ましいこともある。
法務部門が、普段は慎重なリスクヘッジ思考でも、いざトラブルになったら「グレー」を「白」に変える力を発揮する頼もしい様を事業部門に見せつけると、彼らからしてみれば、「いざとなったら何とかしてもらえるから、法務に黙ってやっちゃえ」という判断の拠り所になりうるのだ。

そこまで全幅の信頼を寄せてもらえるのは法務冥利に尽きる…と、言えなくもないのだが、やめてくれ。こっちはマジシャンでもなければ、アメリカ直輸入の万能クリーナーでもないのである。「グレー」を「白」に変えることはできても、「黒」を「白」にすることはできないのだよ…。

法務部門が、事業部門が踏み込もうとするグレー事案を事前に漏れなく補足し、そのグレーの濃さを慎重に検証、判断し、適切な行動に導けなければ、つまりは予防法務の役割をしっかりと果たせなければ、やはり会社を守ることはできない。

「決して悪いようにはしないから、黙って自己判断せずに、何でも遠慮なく相談してください」

これだけは、事業部門に対し、口を酸っぱくして言い続けなければならないことなのだ。

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友利 昴

作家・企業知財法務実務家

慶應義塾大学環境情報学部卒業。企業で法務・知財実務に長く携わる傍ら、著述・講演活動を行う。主な著書に『知財部という仕事』(発明推進協会)『オリンピックVS便乗商法—まやかしの知的財産に忖度する社会への警鐘』(作品社)『へんな商標?』(発明推進協会)『それどんな商品だよ!』(イースト・プレス)、『日本人はなぜ「黒ブチ丸メガネ」なのか』(KADOKAWA)などがある。一級知的財産管理技能士。

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