はじめに
前回は、“株式交付①”として2021年3月に施行された改正会社法において新たに創設された株式交付制度に関して、会社法上の制度設計とポイントについて解説しましたが、特に上場会社の株式を株式交付制度に基づく対象とする場合には、会社法のみならず、金融商品取引法の適用も受けることになります。そのため、今回は、“株式交付②”として、株式交付を行うに際して適用が問題となる金融商品取引法上の留意点について解説したいと思います。
なお、以下では、
- 金融商品取引法:「金商法」
- 金融商品取引法施行令:「金商法施行令」
- 発行者以外の者による株券等の公開買付けの開示に関する内閣府令:「他社株府令」
との略称を用いています。
公開買付規制等の適用
株式交付制度は、別途、金商法上の公開買付規制が適用されうることが前提として考えられているものとされており注1、株式交付親会社(株式交付をする会社。買収会社)による株式交付子会社(株式交付親会社が株式交付に際して譲り受ける株式を発行する会社。被買収会社)の発行する株券等の買付け等は、強制的公開買付け等の各種規制に服することになります。
公開買付規制適用上の留意点
買付予定数
公開買付規制上、市場外において有価証券報告書提出会社の株券等所有割合が1/3超となるような株券等の買付け等を行う場合には、原則として、公開買付けによらなければならないものとされています(金商法27条の2第1項)。
一方、前回(「株式交付①」)Ⅲ1.において述べたように、株式交付は、株式交付子会社を子会社とするための制度ですから、取得する株式交付子会社の株式の数は、議決権の過半数を下限として行わなければならず(会社法774条の3第2項)、株式交付計画上、株式交付親会社が株式交付に際して譲り受ける株式交付子会社の株式の数の下限を定めることが要求されます(同法774条の3第1項2号)。そのため、公開買付けの適用を受ける株式交付とは、典型的な例としては、上場会社が、自らの株式を対価として、他の上場会社を子会社化するために、買付予定数の下限を50%超として行うケースが考えられます。
以上からすれば、株式交付制度は、対象会社を持分法適用会社とすることを目的とする公開買付けや、既に過半数の議決権を有する子会社の株券等を対象とする公開買付けには利用できないことになります。これに対して、買付予定数の上限は必ずしも設定する必要はありません。もっとも、買付予定数の上限を設定するのであれば、公開買付けが成立した場合には公開買付者が対象会社の議決権の過半数を取得することとなる買付予定数を上限として設定しておかなければならないことになります。
公開買付価格の均一性
株式交付においては、株式交付親会社が取得する株式交付子会社の株式の対価として株式交付親会社の株式が含まれている必要がありますが(会社法774条の3第1項3号)、株式交付親会社が取得するものとしては、その他に株式交付子会社の新株予約権等を含むことができます。そして、その場合の対価の内容としては、株式以外の、たとえば金銭のみとすることもできます。これに対して、公開買付けにおいては、買付け等の価格はすべての応募株主等について均一であることが必要とされており(金商法27条の2第3項、金商法施行令8条3項)、これらの要求にいかに整合的に対応すべきかが問題となります。
この点については、シチュエーションは異なりますが、公開買付けにおいて種類の異なる複数の株券等を買付けの対象とする場合には、株券等の種類に応じて公開買付価格に差異が生じることを金商法は予定しているものと考えられています注2。また、「公開買付価格が均一である」といえるためには、機会の均一性および結果の均一性が認められる必要があるものの、対価の種類が一致するという意味での結果の均一性までは求められていないと解されています注3。そうすると、たとえば、株式交付親会社が取得する株式交付子会社の株式の対価を株式交付親会社の株式としつつ、株式交付子会社の新株予約権等の対価を金銭のみとすることも許容されるように思われます。
作成が必要となる書類
株式交付を用いて公開買付けを行う場合、公開買付け実施のための所定の公開買付開始公告や公開買付届出書等の書類が必要となりますが、さらに株式交付親会社が上場会社である場合には上場会社である株式交付親会社が株式交付子会社株式の譲渡人に対して対価としての株式を交付する点を踏まえると、株式交付親会社の株式の募集としての性質を有すると考えられるため、有価証券届出書・目論見書等の書類の作成が必要となります。
上記のように有価証券届出書の作成が必要であるとすると、金商法27条の4においては、公開買付届出書と同時に有価証券届出書の提出が必要とされていますが、公開買付届出書の提出前に有価証券届出書を提出することも認められるものと解されています注4。そのため、公開買付届出書の提出前に、株式交付の対価としての株式交付親会社の株式の発行が行われることを内容とする公開買付けの開始にかかるプレスリリースと同時またはそれ以前に有価証券届出書を提出し、それによって有価証券届出書の提出前の勧誘規制の問題を実務上クリアしていくようになるのではないかと思われます。
公開買付届出書の添付書類
公開買付けの対価を有価証券等とする場合には、「公開買付けに要する資金(有価証券等をもって買付け等の対価とする場合には、当該有価証券等)の存在を示すに足る書面」を添付書類とする必要があるところ(他社株府令13条1項7号)、株式交付においては、少なくとも株式交付親会社の株式を対価とすることが必要となるため、上記書面を添付書類とする必要があります。
この点に関して、株式交付親会社において株主総会の承認決議を経る必要がある場合には、株主総会の議事録の写しを添付することが考えられるところ、株主総会決議が不要である場合には、通常、「株主総会が不要であることを確認することができる書面」として、(ⅰ)会社法816条の4第1項に定める一定の基準以下の規模の株式交付であり、かつ、(ⅱ)会社法816条の4第2項に基づき、一定の数の株式を有する株主から当該株式交付に反対する旨の通知を受けていないことを証する旨の公開買付者代表者名義の書面を添付する必要があると考えられるため、実務上、株式交付親会社の代表者名義の当該書面を公開買付届出書に添付することになると考えられます。
公開買付期間の延長
公開買付期間は金商法上、最長で60営業日とされていますが(金商法27条の2第2項、金商法施行令8条1項)、公開買付届出書の訂正届出書が提出されることにより公開買付期間が法の定めにより延長されることがあり(金商法27条の8第8項)、その結果として、60営業日を超える場合がありえます(金商法27条の6第1項4号、金商法施行令13条2項2号ロ)。もっとも、株式交付の効力発生日の変更について、会社法上は、当初の効力発生日から3か月以内の日である場合に限り可能とされていることから(会社法816条の9第2項)、公開買付期間の延長に対応して株式交付の効力発生日が変更できないということがないようにしなければならない点に留意する必要があります。
株式交付の中止等
会社法上、株式交付は、他の会社法上の組織再編と同様、効力発生時点まで、これを中止とすることができるものとされています(会社法774条の11第5項2号)。また、会社法上株式交付の効力発生までに履践すべき各種手続が行われないことにより株式交付の効力が発生しない事態も想定されます。もっとも、公開買付けは原則として撤回することができず、公開買付開始公告をした後に撤回ができるのは、法定の撤回事由に該当する事実がある場合に限られるものとされており、当該撤回事由には株式交付の中止は含まれていません(金商法27条の11第1項、金商法施行令14条)。そのため、株式交付の効力が発生しなかったが、公開買付けが撤回できなかったような場合には、公開買付けについての決済を行うことができないこととなり、決済義務違反となってしまうおそれがある点には十分に留意が必要です。
インサイダー取引規制との関係
株式交付制度は、株式交付親会社が、株式交付子会社を子会社とするために、株式交付子会社の株式を譲り受け、その対価として株式交付親会社の株式を交付するものであり、株式交換制度が被買収会社を完全子会社とすることからすれば、いわば“部分的株式交換”ともいいうるものです。そのため、インサイダー取引規制においても、同様に規律すべきとの考えのもと、株式交付親会社にて株式交付を行うこと(または公表された株式交付を中止すること)についての決定が金商法上のインサイダー取引規制の対象となる重要事実とされました(金商法166条2項1号ヌ、5号ハ、12号ホ)。その他、子会社の異動を伴う株式の取得(金商法166条2項1号タ、金商法施行令28条2号)の決定が株式交付親会社の株式にかかるインサイダー取引規制の対象となる重要事実に、また、株式交付親会社が公開買付けを行うこと(または中止すること)(金商法167条2項)が株式交付子会社の株式にかかるインサイダー取引規制の対象となる重要事実となります。
なお、株式交付にかかる反対株主の株式買取請求(会社法816条の6第1項)に基づく売買等(金商法166条6項3号、167条5項3号)、ならびに株式交付において株式交付親会社株式を交付することおよび当該交付を受けること(金商法166条6項11号、167条5項13号)がインサイダー取引規制の適用除外に追加されています。
このように、株式交付を行う場合には、株式交付親会社および株式交付子会社においてインサイダー情報が生じうるものと考えられ、それぞれの株式の取得についてインサイダー取引規制の適用を受け、これにより株式交付親会社の株式および株式交付子会社の株式の売買等に制限が生じることとなる点に留意する必要があります。
→この連載を「まとめて読む」
- 竹林俊憲ほか「令和元年改正会社法の解説〔VII〕」旬刊商事法務2228号(2020)7頁[↩]
- 大来志郎「公開買付制度の見直しに係る政令・内閣府令の一部改正の概要」松尾直彦編著『金融商品取引法・関係政府令の解説』別冊商事法務318号(2008)111頁[↩]
- 三井秀範=土本一郎編『詳説 公開買付制度・大量保有報告制度Q&A』(商事法務、2011)49-50頁[↩]
- 金融庁「「株券等の公開買付けに関するQ&A」の追加等について」のパブリックコメント回答(2011年7月1日)[↩]
龍野 滋幹
アンダーソン・毛利・友常法律事務所外国法共同事業 パートナー弁護士・ニューヨーク州弁護士
2000年東京大学法学部卒業。2002年弁護士登録、アンダーソン・毛利・友常法律事務所入所。2007年米国ニューヨーク大学ロースクール卒業(LL.M.)。2008年ニューヨーク州弁護士登録。2007~2008年フランス・パリのHerbert Smith法律事務所にて執務。2014年~東京大学大学院薬学系研究科・薬学部「ヒトを対象とする研究倫理審査委員会」審査委員。国内外のM&A、JV、投資案件やファンド組成・投資、AI・データ等の関連取引・規制アドバイスその他の企業法務全般を取り扱っている。週刊東洋経済2020年11月7日号「「依頼したい弁護士」分野別25人」の「M&A・会社法分野で特に活躍が目立つ2人」のうち1人として選定。