令和3年民法・不動産登記法改正が企業実務に与えるインパクト[1] - Business & Law(ビジネスアンドロー)

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はじめに

2021年4月21日、参議院で「民法等の一部を改正する法律」と「相続等により取得した土地所有権の国庫への帰属に関する法律」が可決成立し、4月28日に公布された。
これらの法律(以下「改正法」という)は、「所有者不明土地問題の解消」を主要なテーマとして行われた法制審議会民法・不動産登記法部会(以下「法制審部会」「部会」と略すことがある)での約2年にわたる議論を踏まえてできあがったものであり、不動産登記にかかる手続法レベルの改正にとどまらず、長らく抜本的な改正がされていなかった民法の物権法分野の規定にも大きな変更を加える内容となっている。
しかし、それだけ大きな改正でありながら、この法案に関する報道等が、「相続登記の義務化」や、(法人が対象から外れた)「土地所有権の国庫帰属制度」といった市民向けのテーマに偏ってなされがちなこともあり、企業実務に携わる方々からは、「自分たちの仕事にどう影響するのかピンとこない」という話も聞くところである。
そこで、本記事では、今般の改正法の多岐にわたる内容のうち、特に企業実務に影響するポイントに絞って、改正法の概要と今後の実務に与える影響について2回に分けて概説する注1

第1回目は、今回の改正の二つの柱である「土地の利用の円滑化を図る方策」(民法改正)と「所有者不明土地の発生を予防する方策」(不動産登記法改正等)のうち、主に前者の「土地の利用の円滑化を図る方策」(民法改正)を取り上げる。

何が変わり、何ができるようになるのか? 
―土地利用円滑化に向けた改正

事例1
巨大台風の襲来により、鉄道事業者であるA社が保有していた線路設備が浸水し、甚大な被害が生じた。このため、A社では数百メートル離れた高台に線路を移設すべく、用地取得に着手したが、新ルートを構成するために不可欠な地点に所在する土地の中に、長年相続登記が行われていなかった土地があり、所有者の探索に手間取っているために、工事に着手できない状況が続いている。

 

事例2
B社は長年、田園地帯の一角で自社工場を操業しているが、地域住民の世代交代に伴い、20年ほど前までは頻繁に交流のあった工場近傍地の所有者とも疎遠な状況が続いている。隣接する土地の中には、ここ数年、人が手入れをしている気配がなく、土地上の樹木の枝が工場敷地内にまで入り込むようになってきたり、朽廃した土地上の作業小屋や投棄資材等が強風で吹き飛んで工場の設備を直撃したりする恐れもあることから、工場の総務担当者は頭を悩ませている。

 

ここに挙げた二つの事例は、いずれも典型的な「所有者不明土地」注2に起因する問題である。事例1は、所有者を特定できないために、効果的な土地の利用ができない、というケースであり、東日本大震災からの復興を進める中でも、さまざまな地域で指摘されていたことは記憶に新しい注3
また、事例2は、土地の所有者の所在が不明となったために、土地の管理不全状態が生じて近傍地にもリスクが生じている、というケースであり、これも近年、台風や大雨に伴う二次的な被害の多発等によって顕在化した問題である(都市部で「空き家問題」として報じられる現象も、この一類型といえる)。

このような問題に対し、図表1Bの2方向からのアプローチにより対処することを目的として制定されたのが、一連の改正法である。

図表1 所有者不明土地問題の解消に向けた二つのアプローチ

 

この二つの方策は、いわば車の両輪のごとく相互に関連し合うものとして議論され、法案化されたものであるが、特に企業実務との関係では、の「利用の円滑化を図る方策」をどう活用するか、ということが重要になってくると筆者は考えている。
雑駁にまとめるなら、現に生じている問題の解決を、これまで企業実務者には極めてハードルが高かった裁判所での訴訟手続や既存の財産管理制度だけに委ねるのではなく、同じ裁判所の手続でも新たに設ける非訟手続により迅速かつ柔軟な解決を図りやすくする、さらには、土地共有者や相隣関係にある土地所有者間のルールを明確化することで当事者間での自主的な問題解決を容易にする、というのがの方策のキモとなるが、具体的にどう変わるのか、という点について以下で簡潔に紹介させていただくこととしたい。

共有物管理、共有関係解消のための手続等の合理化

所有者不明土地問題の中でも共有状態の土地、特に、数次にわたる相続が生じているにもかかわらず、長年登記未了のまま放置された結果、極めて多数の共有者が存在する状態となった土地が引き起こす問題は全国各地で発生しており、法制審部会においても「メガ共有」注4問題として取り上げられた。
この場合に生じる最大の問題は、実際にその土地を管理している共有者や所在が判明して連絡可能な共有者の間では土地の利用について一定のコンセンサスが形成されているにもかかわらず、不明共有者が存在するためにそれを実現できない、ということにある。
特に、現在の民法は、共有物の「変更」に共有者全員の同意が必要とされている上に(251条)、この「変更」と各共有者の持分の価格の過半数で決することができる共有物の「管理に関する事項」(管理行為、252条)との境界も曖昧だったことから、実務上は、共有者全員の同意が得られないと土地の一時的な利用すら容易には進められない、という状況が存在していた。
この点について改正法は、図表2のような方法により解決を試みている。

図表2 共有物管理・共有物変更の手続合理化

① 共有者全員の同意を必要としない利用類型(共有物の「変更」に該当しない類型)の範囲を明確にした(改正民法251条、252条4項)

② 共有物の管理に関する事項については、裁判所が一定期間の公告や通知を行った上で、不明共有者や催告をしても賛否を明らかにしない共有者を除いた共有者の持分の過半数で決することができる旨の裁判を行うことができるようにした(改正民法252条2項、改正非訟事件手続法85条2項、3項)

③ 裁判所が一定期間の公告を行った上で、不明共有者以外の他の共有者の同意を得て共有物に変更を加えることができる旨の裁判を行うこともできるようにした(改正民法251条2項等、改正非訟事件手続法85条2項)

図表2記載の方法のうち、①はこれまで裁判所の解釈に委ねられていた規定の内容を明確化するもので、土地利用時の手続の予測可能性を高め、当事者間での合理的な対応を促進させるものといえる。また、②、③は、裁判所の関与を必要とする手続ではあるものの、不明共有者等が存在する場合の手続のプロセスが簡便かつ明確になったことで、これまでに比べると、手続を円滑に進めることが容易になると考えられる注5
さらに、一時的な利用ではなく、恒久的な施設の建設等を行うために「メガ共有」地を取得しようとする場合も不明共有者との関係で手続きが滞ることが多かったが、改正法は金銭の供託を条件に、裁判所での非訟手続により、不明共有者の持分を他の共有者が取得することや(改正民法262条の2)、不明共有者の持分も含めた土地全体を第三者に譲渡させること(改正民法262条の3)を認めた注6
供託する「不動産(持分)の時価相当額」をどう算定するか等、今後の課題となりうる点は残っているものの、一定の手続を経れば不明共有者がいる土地でも金銭解決を前提に手続を進められる道が開けた注7、という点で、非常に大きな意義のある改正だといえる。

新たな土地・建物管理制度の創設

土地所有者の所在等についてまったく手がかりが得られない場合や、所在が判明している土地共有者が主体となって手続を進めることが難しい場合も現実には存在する。そこで、改正法は、利害関係人注8の請求により、裁判所が所有者不明土地の管理人を選任し、土地の管理を命ずる処分を行える制度(所有者不明土地管理制度)(改正民法264条の2以下。ほぼ同様の制度が所有者不明建物についても設けられた。改正民法264条の8)を創設した。
これにより、選任された管理人の権限において、所有者不明土地の保存行為や、土地等の性質を変えない範囲内での利用・改良目的行為が行えるほか、裁判所の許可を得れば当該土地の売却等を行うことも可能となる(改正民法264条の3)。
これまでも民法上、不在者財産管理制度や相続財産管理制度といった制度は存在したが、いずれも「人」単位での財産管理を目的としたものであり、不在者や被相続人等の財産の一つに過ぎない特定の土地だけを対象に管理人を選任することは原則としてできなかった。
しかし、今回の法改正により、土地、建物といった個々の財産単位で裁判所が管理人の選任することが可能となったことで、不相当な労力やコストをかけることなく的確な管理がなされ、利用の円滑化につながることが期待される。
また、改正法は土地、建物の所有者が不明であるかどうかにかかわらず、「所有者による土地・建物の管理が不適当であることによって他人の権利又は法律上保護される利益が侵害され、又は侵害されるおそれがある場合」に、利害関係人の請求により、裁判所が当該土地・建物の管理人を選任し、管理を命ずる処分を行える制度(管理不全土地・建物管理制度)(土地につき改正民法264条の9以下、建物につき改正民法264条の14)も創設した。
所有者不明土地管理制度とは異なり、管理人に土地の管理・処分権が専属せず(改正民法264条の3第1項に相当する規定が改正民法264条の10には存在しない)、所有者の同意がなければ土地の処分行為もできない(改正民法264条の10第3項)ことから、管理に抵抗する所有者が現にいる場合は使いづらい面もあるが、冒頭の事例2のように、管理不全土地であって、かつ、所有者不明となっていることが疑われるような土地の場合は、この管理制度を活用することでより迅速な対応ができるようになる可能性もある。

当事者間での自主的な問題解決ルールの明確化

今回の改正では、民法209条以下のいわゆる「相隣関係」に係る規定も大幅に改められている。これらの規定は立法当時の社会生活関係を背景に、隣地所有者等の間で生じる日常的な土地の利用関係を調整するために設けられているものであるが、19世紀末の制定以来、抜本的な改正がなされていなかったこともあって、規定する内容の不明確さや不十分さが指摘されていた。
そのため、改正法では、承諾なく隣地を使用できる行為の拡充や手続要件の明確化(改正民法209条)や、新たな権利の創設(電気、ガス等の継続的給付を受けるための設備の設置権、改正民法213条の2)、隣地が所有者不明になっていることも想定した竹木の枝の切除に関する規定の大幅補充(改正民法233条)注9などを行っている。
冒頭の事例2のような問題の解決を図るため、法制審部会の審議の終盤まで本格的に検討されていた「土地所有者が、瑕疵がある他の土地に立ち入り、損害の発生を防止するための必要な工事をすることができる」ことを明文化する案は最終的に改正に取り入れられなかったが注10、それでも改正法のもとでは、事例2のB社が、裁判所の手続によらず自ら隣地に立ち入って境界障壁を築造したり、樹木の枝を切除したりすることまでは可能となる。
そして、新たな規定を活用して隣地との日常的な調整を適正に行いつつ、上記2.の管理制度等を活用することで、朽廃した土地上の建物の存在等、より抜本的な対策が必要なリスク要因も、未然に排除することができるようになることが期待される。

*    *

以上、今回は「土地の利用の円滑化を図る方策」について、企業実務への影響を意識しつつ紹介した。次回は今改正のもう一つの柱である「所有者不明土地の発生を予防する方策」について概説する。

→第2回はこちらから。

 


注1  筆者は法制審議会民法・不動産登記法部会の委員として一連の法改正にかかる改正要綱案の審議に関与したが、本稿は委員当時の所属企業や推薦団体等の見解を代表するものではなく、筆者個人の見解であることをあらかじめお断りしておく。

注2  改正法を立案した法務省は、「所有者不明土地」を「不動産登記簿により所有者が直ちに判明しない土地」と「所有者が判明しても、その所在が不明で連絡が付かない土地」の2つの類型に分けて説明している。法務省民事局「所有者不明土地の解消に向けた民事基本法制の見直し【民法等一部改正法・相続土地国庫帰属法の概要】」(令和3年5月)参照。

注3  東日本大震災の復興に際しては、特例的に土地収用法の手続緩和や各種管理制度の柔軟な運用等、一定の対応がなされたが、それを契機により普遍的な対応を求める声も強まることとなった。

注4  この用語は、法制審部会の第1回会議で蓑毛良和幹事の発言として登場して以降、さまざまな場面で使われるようになった。

注5  従来の手続では、裁判所に所有者が「不明」と認められるまでのハードルが高すぎる、という指摘も多かったが、法制審部会の審議過程では、「登記簿や住民票等の公的記録の調査が基本的に必要」としつつ、「最終的な探索の在り方は、土地の現況等を踏まえて判断することになると思われる」という考え方も示されている(部会資料41・6頁)。

注6  これと合わせて、「裁判による共有物の分割」の規定も改正され、いわゆる「賠償分割」が現物分割と並列的な手法として明文化されている(改正民法258条2項)。

注7  このような解決手法は、土地収用法上の不明裁決制度等で既にとられていたが、今回の改正により、より多様な場面で用いることができるようになることが期待される。

注8  「利害関係人」の範囲は法令上定義されていないが、これまでの審議過程では、隣接地所有者や他の共有者、公共事業の実施者等のほか、「民間の買受希望者についても、一律に排除されるものではない」とされており(部会資料43・3頁)、従来の管理制度と比べると請求主体が拡大されることになると考えられる。

注9  従来の民法233条は、竹木の枝が境界線を越えた場合でも「竹木の所有者に枝を切除させること」しか認めておらず、隣地所有者が不明の場合等の手続のハードルは非常に高いものとなっていた。

注10  改正要綱に取り入れられなかったのは、さまざまな意見対立がある中で、解釈論上認められてきた物権的請求権の範囲を不当に狭めない形で要件を設定することが難しかったためである(部会資料62‐2・1頁)。しかし、筆者は相隣関係調整の一手段として、近傍地の所有者等が重大なリスクを回避するため、社会的コストをかけずに自ら対処できる選択肢を整えることには重要な意義があり、法改正後の新たな管理制度の活用状況によっては、再度検討の俎上に載せることも検討されるべきだと考えている。

藤野 忠

西早稲田総合法律事務所 弁護士

1998年東京大学法学部卒業、JR東日本入社。在職中に旧司法試験に合格し、同社法務部課長等を経て、2019年西早稲田総合法律事務所を設立。法務部門のマネジメントや人材育成も含めた企業内実務への支援を幅広く行っている。また、産業界の諸団体を通じて債権法改正や著作権法改正の議論等に参画した経験を経て、2019年3月から2021年2月まで法制審議会民法・不動産登記法部会委員を務め、本稿のテーマに関する改正要綱案のとりまとめに関与した。

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