法務部はテクノロジーの進化に乗り遅れていないか? - Business & Law(ビジネスアンドロー)

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“法務部門は最も×××”?
―“リーガルオペレーション革命”で“リーガルテック”を使いこなす

私は、企業法務の世界にずっと身を置く弁護士です。3年前、大きな組織を離れて独り立ちする決意を固め、AsiaWise法律事務所という、アジアを中心としたクロスボーダー案件に特化した法律事務所を設立し、以降は法律事務所の経営者としてもこの業界を眺めてきました。
世の中はいま、コロナ禍のただなかにあります。もちろん、法律業界もその例外ではありません。2020年の春、初めての緊急事態宣言下で開催したオンライン勉強会で、各社の法務部長やマネージャークラスの方々とお話しする機会がありましたが、各社ともリモートワークを推進し、部下が在宅勤務になる一方で、法務部長は押印のために出社しているというお話が印象的でした。
その後、クラウドサインDocuSignといった電子署名ツールが実務に急速に浸透し、AIによる契約レビューツールの開発も進み、法律サービスの提供に際してテクノロジーやシステムを(従来以上に)利用することを意味する“リーガルテック”という言葉が、瞬く間に身近な存在となりました(図表1参照)。

図表1 主なリーガルテック

契約・文書管理支援 クラウドサイン
DocuSign
電子印鑑GMOサイン
Signing
NINJA SIGN
MNTSQ for Enterprise
LegalForce
LeCHECK
LAWGUE
AI-CON Pro
Hubble
ホームズクラウド
BUNTAN
RICOH Contract Workflow Service
リサーチプラットフォーム Legalscape
LEGAL LIBRARY
ASONE
Practical Law
D1-Law
企業法務弁護士へのアクセスプラットフォーム byLegal
AI自動翻訳 T-4OO
eディスカバリ支援 FRONTEO
Consilio
ケーエル・ディスカバリ
コンプライアンス支援 インサイダーリスクマネジメント
DQヘルプライン
こんぷろカスタム
かんたんeラーニング

※掲示した製品は一例です。また、各製品のサービス内容の詳細については、当該製品のHPをご確認ください。

さて、みなさんは“リーガルオペレーション”という言葉を聞いたことがあるでしょうか。“リーガルオペレーション”とは、リーガルテックの導入を含みますが、これに限らず、企業法務に関する管理業務の総体を指す言葉です(図表2参照)。

 

図表2 “リーガルオペレーション”のイメージ

2021年3月、本連載をご一緒くださる佐々木毅尚さんが、『リーガルオペレーション革命―リーガルテック導入ガイドライン』(稿末書籍紹介参照)を上梓しました。なぜ“リーガルテック革命”ではなく、“リーガルオペレーション革命”なのか。佐々木さんは次のように述べています。

リーガルオペレーション革命を起こすためには、リーガルテックサービスの導入が不可欠で、法務部門とリーガルテックベンダーとの協働が必須条件になっている。まさに法務部門とベンダーが一体となって、あるべきリーガルオペレーションを模索する作業が求められている
引用元:『リーガルオペレーション革命』p.iii~iv

テクノロジーを使いこなす側(法務部門)の準備がないままテクノロジーだけを導入しても“宝の持ち腐れ”になってしまう―リーガルテックを生かすも殺すも、それを使う人間、つまりはオペレーション次第である―ということです。

さらに佐々木さんは、企業がビジネスの現場を猛烈にDX化しつつある中で、法務部門はその変革の波に最も乗り遅れている部門だと指摘しています。

なぜ法務部門はこうしたテクノロジーの波に立ち遅れてしまうのでしょうか。
そこにどのような問題があり、どのように解決することができるのでしょうか。

この連載では、私(久保)と佐々木さんの往復書簡の形式をとり、リーガルテック導入を検討中、導入準備中、さらには導入後、さらなる活用を模索する法務部門のみなさんに、リーガルオペレーション改革を実施し、リーガルテックの導入に成功した先進事例を交えて、「リーガルテック導入に社内で障壁がある」「導入したはいいが、うまく使いこなせない」「ビジネスに効くリーガルテックの活用法はないか」といったお悩みを解決する方法や、外部弁護士の活用法などを提示します。そして、法律の実務の世界はいまどんな変革の時を迎えているのか、その“断面図”を切り取ることで、この先の未来がどうなっていくのかについて、みなさんと一緒に、自由闊達に想像してみたいと思っています。

初回である今回は久保が担当し、イントロダクションとして同書での佐々木さんの問題提起を紹介しつつ、法律事務所に所属する弁護士の立場から感想めいたことをお話しするとともに、最後に次回に向けて佐々木さんに問いかけをしたいと思っています。

法律はいつも社会やテクノロジーの進歩に追いつかない

私の第一の関心事は、「なぜ法律部門は最もオペレーションの改善が遅れ、最もシステム化が遅れているのか」ということです。
私は以前、教鞭をとる大学の講義で“最新テクノロジーによって生じる新たな法律問題”を取り上げたことがあります。その際、「なぜ法律はいつもテクノロジーの進歩に追いつかないのか」と学生たちに問いかけたところ、学生たちは「立法プロセスには時間と熟慮が必要だから」と説明したり、 “法的安定性”という専門用語を持ち出したりしていました。

アレクシス・トクビルが建国期のアメリカにおいて法律家が果たしていた保守性について指摘したように、よき法律家の資質として、「世の中の変化をそのまま鵜呑みにはせず、対立利益とのバランスを図る」という部分があります。私自身も、どこかで「法律家たる者は流行に敏感すぎてはならない、鈍感なくらいがちょうどいい」と思っているところはあります。
ところが、その鈍感さが行きすぎて、世の中の流れから逸脱してしまっているとすれば、それはそれで問題です。法律家は実務から距離をとりすぎてはならず、理想と現実、そして理論と実務の間で、最善のバランスをとらなければなりません。現在の法律実務を俯瞰すると、たしかに周囲のテクノロジーの発展に置き去りにされているように感じます。
よりよいバランス点は、もう少し“改革”寄りの場所にあるのではないでしょうか。『リーガルオペレーション革命』の「専門性という隠れ蓑をまといながら変化を拒み続け、心地よい環境の中で非生産的なオペレーションを当然のものとして受け入れている」(p.iii)というくだりは、法律業界に属する一人として、ぎくりとするような指摘です。

未来のリーガルオペレーションにおける法律事務所の“居場所”は?

次に弁護士として案ずるのは、企業法務の分野における法律事務所の存在意義です。
佐々木さんは、今後のリーガルオペレーションは企業の法務部門とリーガルテックのベンダーの両者の協働作業によって実現されると語っていますが、そこに外部の法律事務所の居場所はないのでしょうか。
数年前、AIが消滅させる職業の種類が話題になりました。法律業界でも弁護士業務への影響について多くの議論が起こりましたが、おそらくいまの“通説”は、弁護士業務の一部はAIをはじめとするテクノロジーに置き換わるものの、人間である弁護士の“居場所”は残るという、穏当な“折衷説”だと思われます。
ただ、その“居場所”が、企業の法務部門の中に限られる(=外部の法律事務所は必要ない)という可能性はないでしょうか。佐々木さんは企業内では法務部門のシステム化が最も遅れていると指摘しますが、私から見ると、企業(特に大企業)の法務部門のシステム化は、法律事務所(大規模事務所を含む)のテクノロジー実装のスピードに比べれば明らかに上回っています。
外部の弁護士に依頼しなくてもリーガルテックベンダーのサービスを導入すれば足りるのであれば、企業の法務部門としてはそこを目指す動機があるかもしれません。一方で、法律事務所としては、自らがその業務にリーガルテックを導入することは、いわば自らの「領分」を狭める(=ライバルに塩を送る)結果になるのかもしれないという危惧も生じえます。

弁護士から法務部長への問いかけ

外部の法律事務所がいらなくなるシナリオはありうるのか?

ここで、初回の私からの佐々木さんへの問いかけは、「リーガルオペレーションの将来において、企業の法務部門にとって、外部の法律事務所がいらなくなるというシナリオはありうるのか?」ということです。
その答えは、言ってしまえば“法律事務所の側の変化の意識次第”ということなのかもしれません。では、法律事務所は、どう変化すれば、今後も企業の法務部門にとって必要な存在でいられるのでしょうか。
法律事務所もリーガルテックベンダーと一緒になってシステムを開発すればいいのか、それとも、AIがカバーしていないニッチな領域を“人間力”でカバーすればいいのか―次回、佐々木さんの回答をお楽しみに。

→「リーガルオペレーションの現場から―法務部長と弁護士の対話」第2回はこちらから

→この連載を「まとめて読む」

久保 光太郎

AsiaWise法律事務所 代表弁護士
AsiaWise Digital Consulting & Advocacy株式会社 代表取締役
AsiaWise Technology株式会社 代表取締役

1999年慶応大学法学部卒。2001年弁護士登録、(現)西村あさひ法律事務所入所。2008年コロンビア大学ロースクール(LL.M.)卒。2012年西村あさひシンガポールオフィス立ち上げを担当し、共同代表就任。2018年独立し、アジアを中心としたクロスボーダー案件に特化した法律事務所としてAsiaWise Group/AsiaWise法律事務所を設立。2021年データを活用するプロフェッショナル・ファームのコンセプトを実現すべく、AsiaWise Digital Consulting & Advocacy株式会社と、その双子の会社としてAsiaWise Technology株式会社を設立。

『リーガルオペレーション革命─リーガルテック導入ガイドライン』

著 者:佐々木 毅尚[著]
出版社:商事法務
発売日:2021年3月
価 格:2,640円(税込)

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