「みんなのもの」を商標登録しても百害あって一利なし! - Business & Law(ビジネスアンドロー)

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―現役知財法務部員が、日々気になっているあれこれ。本音すぎる辛口連載です。

※ 本稿は個人の見解であり、特定の組織における出来事を再現したものではなく、その意見も代表しません。

誰も一般用語を独占することはできない

『エセ商標権事件簿―商標ヤクザ・過剰ブランド保護・言葉の独占・商標ゴロ』(パブリブ、2024年)という本を書いたのだ。タイトルどおりの内容なのだが、法的には認められない主張をして言葉やマークの独占を試みて世間を騒がせた、数々のエセ商標権事件を分析すると、否応もなく気づかされることがある。

それは、本来、誰もが自由な使用を欲す言葉―たとえば、商品等に関する一般名称、新語、流行語、業界用語、ネットミームなど(以下、まとめて「公有財産語」という)について、商標登録や独占排他権の行使を試みる輩が、いかに多いかである。

取引者や需要者から公有財産語として認識されているに過ぎない表示(言い換えれば、その表示によって何人かの業務に係る商品等であることが認識できない表示)に独占排他権を及ぼすことは、仮に商標権を持っていたとしても、法的に不可能だ。商標権の効力が及ばない(商標法26条1項6号)。あるいは及ぶ場面があったとしても、極めて狭い範囲にしか効力を発揮しない。または権利の行使が濫用とされることもあるし、商標権自体が無効とされることもある。

おまけに、公有財産語を商標登録したり、独占排他権を主張したりすると、必ずと言ってよいほど業界内で嫌われるし、世間で炎上することも珍しくない。そして騒ぎが大きくなれば裁判所や特許庁において商標権の有効性が争われ、実質的に効力なしと判断されているのである。
一体、何のために商標登録したのやら。まさに百害あって一利なしのエセ商標権なのである。

それにしても、なぜ、人は公有財産語と分かっていながら、商標登録を欲してしまうのだろうか。
その行動目的は、いくつかのパターンに分類することができる。

ストレートな独占目的、カネ目的の愚か者

まずは、ズバリ積極的な独占目的の商標登録だ
同業他社が使いたがるであろう言葉の使用を独占して、市場で優位に立ってやろうという腹である。
こうした目的を持つ商標権者は、商標登録されるや否や、その言葉の使用者に使用差止の警告書を乱発する傾向がある。相手が無知だったり、争いに嫌気したりして言いなりになってしまうこともあるのだが、こうした横暴は長くは続かない。裁判になれば権利侵害が否定され、そこまでいかなくとも異議申立、無効審判、判定請求などで商標権が実質的に無効と認定されている

たとえば、

・ “ワインバー”程度の意味で、イタリア料理店でよく使われる言葉の「ENOTECA」を商標登録し、全国のエノテカに警告書を送りまくったワイン商社のエノテカ社が敗訴した事件注1

・ 横浜の整骨院が「やわらぎ」を商標登録して全国の整骨院等に警告書を送りまくったが、全国柔整鍼灸協会などに問題視され、無効審判で権利が取り消された事件注2

などが知られる。

商標の使用料で稼ごうとする守銭奴も少なくない
その言葉を使いたきゃカネを払えというわけで、実態のないエセ商標権に基づく要求と考えれば実に図々しい話だ。
インターネット動画の愛好家の中で、特定の動画ジャンルを指す語として親しまれている「ゆっくり茶番劇」の語を商標登録し、動画投稿者に年間10万円の使用料を要求する文書をネット上に開陳して大いに炎上したユーチューバーの柚葉はその最右翼である(その後、商標登録の抹消放棄に追い込まれ、さらにドワンゴからの無効審判によって、登録されるべきではなかったことが確認された注3)。

そしてこのようなタイプが増長すれば、年間何百件、何千件もの“誰かが使いたがりそうな商標”を片っ端から商標出願する“商標ゴロ”“商標ブローカー”“商標トロール”などと呼ばれる存在になる。こうした連中は、一切無視することが実務上の鉄則である。迷惑メールのようなものだと思った方がいい。

大企業は“独占目的”を否定するが……

大企業も無関係ではない。

・ 新型コロナウィルス感染症の流行期に「アマビエ」を商標出願した電通

・ 「スマホ」を商標出願したパナソニック

・ 「ボランティア」を商標出願した角川ホールディングス(現・KADOKAWA)

・ 「ギコ猫」(インターネット掲示板のキャラクター名)を商標出願したタカラ(現・タカラトミー)

なども、関係する業界や世間から非難を浴びたことがある。

彼らには、金銭収受はもちろん、その言葉を独占しようという意図すらない場合がほとんどだ。その代わり、「新商品名は早めに商標出願する社内ルールになっている」という理由で、こうした軽はずみな出願をしてしまうことが多い。要は「何も考えていない」のだ

確かに、“新商品名は早めに商標登録”はビジネスパーソンにとって必要な心がけだし、社内ルールにすることにも妥当性はあるだろう。
だが、単に「ルールだから出願しました」という理由で、公に帰属すべき公有財産語を商標出願し、世間に混乱を引き起こしたのであれば、軽率と非難されても仕方がない。事業担当者としての資質も、法務部門のチェック機能も足りなかったと言わざるを得ないだろう
その商標を出願することで、他人や社会にどのような影響を及ぼすかを、社内で十分に検討したうえで、商標出願の適否を考えるべきなのである。

もう一つ、特に大企業が公有財産語を商標出願して非難されたときによく聞かれる言い訳がある。それは、「誰かに独占されると困るから」である。
たとえば、「アマビエ」を商標出願した電通は、取材に対し「今後、第三者が商標登録をする可能性を考慮した結果、キャンペーン中に権利侵害が発生する可能性があるため登録を試みました」「商標の独占的かつ排他的な使用は全く想定しておりませんでした」注4と述べている。
また「おんせん県」を商標出願して、温泉を観光資源とする他の自治体の怒りを買った大分県は「営利目的の第三者〔…〕が登録した場合などに、『おんせん県』の使用ができなくなったり、使用料が発生したりすることも考えられることから、大分県として保護的な意味合いで〔…〕念のために〔…〕商標登録の申請をした」注5と釈明している。

なるほど。
誰もが使用を欲する公有財産語だけに、放っておくと誰かに商標登録されてしまう可能性があり、そうなると自分の使用行為が商標権侵害になったり、使用料を請求されたりするおそれがある。そんな不安を解消するために、自ら商標出願しただけだというわけだ。

確かに、で述べたような、露骨な独占目的やカネ目的の悪質な商標ゴロもいるから、この不安は理解できなくもない。だがハッキリ言わねばなるまい。これこそが最も身勝手で悪質な出願動機である

社会的影響に対する想像力欠如が「嫌われる商標出願」の原因

なぜならば、この人たちは公有財産語を誰かに商標登録されれば困ることをわかっていながら、自分ひとりの不安を解消したいがために、その言葉の使用を欲するその他全員に対して、「商標登録されたら使えなくなってしまう、使用料を請求されるかもしれない」という同じ不安をまさに現実のものとしてもたらしているからである。
「不審者に公園を占拠されたら困る」と真っ当なことを言いながら、自分がその公園にバリケードを張って立てこもるようなものである。占拠してるのはオマエだ! 不審者もオマエだ!

いくら取材やプレスリリースで「独占するつもりはありません」と表明したところで無意味である。その表明を、商標権が存続し続ける限り、世の中の隅々まで周知することなんて不可能だし、今後経営者や会社の方針が変わらない保証もないからである。他社の商標権があるとわかれば、使用に一定の制限がかかると思ってしまうのが普通の感覚だ。
いくら本人に独占の意図がなくとも、人々を不安に陥れ、社会秩序を乱すことには変わりはないのである

ある意味では、さも善人であるかのような顔をしている分、あからさまに独占を主張するエセ商標権者よりもタチが悪いともいえよう。
繰り返すが、その商標を出願することで、他人や社会にどのような影響を与えるか、そもそも、得られる効果に照らして本当に商標登録する必要があるのかをよく考えてから出願するべきである。公有財産語は、誰も商標出願すべきでなく、商標出願をせずに堂々と使用することが正しいのだ

本来恐れる必要のない商標ゴロを恐れるあまり、本来する必要のない商標出願をして、結局自分が商標ゴロ同然の嫌われ者になっていることに、炎上してから気づくというのは、誰にとっても不幸なことであろう。

→この連載を「まとめて読む」

[注]
  1. 東京地判平成15年8月29日・平成15年(ワ)1521号東京高判平成16年3月18日・平成15年(ネ)4925号[]
  2. 特許庁令和4年6月16日・無効2021-890052号、特許庁令和4年6月16日・無効2021-890053号[]
  3. 特許庁令和5年7月23日・無効2022-890065号[]
  4. 「ねとらぼ」2020年7月7日「電通、『アマビエ』の商標出願を取り下げ『独占的かつ排他的な使用は全く想定しておりませんでした』」[]
  5. 大分県 2012年11月15日「大分県による『おんせん県』商標登録申請について」[]

友利 昴

作家・企業知財法務実務家

慶應義塾大学環境情報学部卒業。企業で法務・知財実務に長く携わる傍ら、著述・講演活動を行う。最新刊に『エセ商標権事件簿―商標ヤクザ・過剰ブランド保護・言葉の独占・商標ゴロ』(パブリブ)。他の著書に『職場の著作権対応100の法則』(日本能率協会マネジメントセンター)『エセ著作権事件簿—著作権ヤクザ・パクられ妄想・著作権厨・トレパク冤罪』(パブリブ)『知財部という仕事』(発明推進協会)『オリンピックVS便乗商法—まやかしの知的財産に忖度する社会への警鐘』(作品社)など。また、多くの企業知財人材の取材・インタビュー記事を担当しており、企業の知財活動に明るい。一級知的財産管理技能士。

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