この人と仕事をしていると、「視野を広げてくれる」「新たなアイディアをもらえる」「自分の進めたい方向性がクリアになる」…。リーガルのプロが「本当は独り占めしておきたい」、そんなビジネスパーソンを紹介いただくシリーズです。
知財案件の法務相談から特許侵害訴訟、紛争、ライセンス契約など、テクノロジー関連案件のスペシャリストであるiCraft法律事務所の内田誠弁護士。同弁護士が“本当は教えたくない専門家”として紹介するのは、現在チームを組んでスタートアップ企業を支援しているグローバル・ブレイン株式会社の西野光慧弁護士と廣田翔平弁理士だ。VC(ベンチャー・キャピタル)である同社に外部提携パートナーとして参加している内田弁護士は、西野弁護士・廣田弁理士のどういった点に魅力を感じているのだろうか。
知財実務に通じたスペシャリスト
内田弁護士 グローバル・ブレインは独立系のVCとして20年にわたりスタートアップを支援してきており、ファンドの運用総額は1,500億円を超え、国内ではトップクラスの規模だといえるでしょう。同社の強みはハンズオン支援。投資担当のキャピタリストだけでなく、知財や法務、PRや採用、財務など事業に関する専門チームがスタートアップのサポートを行い伴走することが特徴ですね。元々はIT・Web関連スタートアップへの投資が大半でしたが、近年はディープテック(深い研究に裏打ちされた技術に基づく取り組み)や人工知能、宇宙関連のビジネスへの投資など裾野が広がってきました。
私は2019年から外部提携パートナーとしてディープテック分野を中心に知財戦略提案のお手伝いをしてきたのですが、徐々に社内に弁理士やテクノロジー分野やデューデリジェンス(DD)実務などに通じた弁護士が必要だと感じるようになりました。そこで、西野弁護士、廣田弁理士とともに知財チームを作ってはどうかという提案をグローバル・ブレインから受けて作ることになりました。
改めて、お二人のご経歴を教えてください。
西野弁護士 私は都内法律事務所で勤務後、国内ゲーム会社の法務マネージャーに就き、2018年からグローバル・ブレインに所属しています。当初は法務チームのみに所属していたのですが、廣田弁理士が入社したタイミングで知財チーム兼任となりました。最近は知財の業務が徐々に増えてきましたね。
廣田弁理士 私は、新卒で国内の三菱電機株式会社に入社しました。知財部に配属後、2年目に弁理士資格を取得しています。同社に所属した9年間で知財戦略や特許の権利化、特許係争などの業務を担当しました。2020年からグローバル・ブレインに所属し、スタートアップの知財支援をしています。
ハンズオン支援における実務の勘所は?
廣田弁理士 弁理士資格を持っている弁護士は多くいても、私は内田先生ほど弁理士実務に通じた弁護士に会ったことがありません。どのように弁理士としての実務能力を習得されたのですか?
内田弁護士 工学部出身なので、弁護士の中では元々技術に関する理解はできるほうでしたが、独立前に所属していた事務所で特許侵害訴訟やライセンスなどの知財案件に加え、製品の欠陥に関する訴訟も担当していました。後者は実験データを読み込んで欠陥の原因などを見つけ出す必要があり、特許の案件よりもより高度な知識が求められました。
そのような事件を扱う中で技術に関する知識・経験が増えたと思います。加えて、無効審判なども弁理士任せにせず弁護士が担当すべきというポリシーだったので、世界中の文献を探し使えそうなものを読み込む作業を結構やりましたね。すると、読んでいるうちに“良い明細書”と“悪い明細書”の違いが感覚的にわかってきます。若い人から知財専門の弁護士になるには何をすればよいかと質問されることもありますが、「とにかく特許明細書を500件読みなさい」と答えています(笑)。
それでいうと、廣田さんも発明の発掘がすごく上手ですよね。その技術はどのように身につけたのですか?
廣田弁理士 三菱電機の知財部では「自分で明細書やクレームを書けるようになりなさい」という方針で教育を受けたので、インハウスの弁理士ではあるものの、特許事務所の弁理士の目線で常に“どんな内容ならば出願できるか”を考えていました。また、同社の知財部では長年培われたノウハウが会社として蓄積されており、そこから多くのことを学びましたし、入社時の直属の上司は特許庁の審査官より厳しいような方だったので、そこで鍛えられましたね。西野さんは理系出身ではありませんが、DDなどでのポイントを押さえた指摘が非常に助かっています。どんなコツがあるのでしょうか?
西野弁護士 “コツ”といえるのかはわかりませんが、担当案件の商品や技術は、とりあえず入手して自分で使うようにしています。DDも同様で、DDが開始されたら該当する製品やサービスは必ず試します。そうすることで、その製品やサービスのどこが優れていて、どんな特徴があるか体感的にわかるようになるんじゃないかと(笑)。
廣田弁理士 スタートアップは社内に専門家がいないことが多いので、抽象度の高い状態で相談を受けることが多いのですが、西野さんのように当事者意識を持つことはとても大事ですね。知財で何をしたいかが曖昧だったり具体的でなかったりすることもあるので、当事者意識を持たないと良い提案はできない。求められたことだけに応えているのでは結果が出ません。
西野弁護士 前職でも「“我が事感”を大事に」とよく言われましたが、スタートアップ支援においては特に意識する必要はあると思います。ただ、アイディアを作るのはあくまで支援先なので、我々に求められているのは“聞く力”だと思いますね。
内田弁護士 お二人は軽くおっしゃいますが、膨大な資料に目を通し、支援企業のサービスを試し、きめ細やかにヒアリングをするのはすごく大変なことです。お二人がとてもコミュニケーション能力が高く、頑張ってくださるので、私は楽をさせてもらっています(笑)。
グローバル・ブレインの支援フローとしては、まず廣田さんに投資先の知財に関する状況をヒアリングして整理していただきます。たとえば、投資先の出願状況や今後出願できる技術は何か、また、他社特許権の動向を踏まえて、投資先の製品・サービスが他社特許権の権利範囲に属さないかなどです。
そのうえで、私と西野さんも入って一緒に議論してから、投資先に対して知財戦略を提案しています。下準備の手間は多いですが、出願自体は外部の弁理士に依頼するので、複数社を支援する体制でもうまく回っていると思います。
西野弁護士 手厚く支援はしていますが、投資先がこちらに寄りかかりすぎる体制になってもよくありません。うまく自走していけるようバランスをとることは、アドバイスの際に意識していますね。
投資先と外部専門家をつなぐ知財支援とは?
内田弁護士 廣田さんは投資先の企業と最もやりとりが多いですよね。具体的にはどんなことをされてますか?
廣田弁理士 支援先の企業の知財部がすべきことは何でもします。発明の発掘はもちろん、相談対応や外部弁理士の紹介、外部弁理士の作成した書面の確認など、ニーズに合わせて柔軟に対応しています。
とはいえ、アーリーステージやシードの企業だと知財に関して自社ですべきことが定まっていないことが多いので、“自分がその企業の社員であれば何をすべきか”を考えて提案していますね。
西野弁護士 「“知財”って何ですか?」という状態の企業へアドバイスをする際は、その後のアクションの予想しづらい点が難しいところだと思います。スタートアップは人手が少ない一方ですべきことが多いので、営業を優先するあまり、知財は後回しになりがちです。少ないリソースの中で、ビジネスのスピードを落とさずに、知財活動に着手してもらうためにも、相手ができる範囲を見定めることも大事ですね。
内田弁護士 技術者にとっては“当たり前”と感じる技術でも、意外と特許権が取得できる場合がある…ということも見過ごされがちですね。
特許権を取得すれば競合に対して効果的に影響力を発揮できることを理解してもらわなければなりません。日本では知財戦略の優先順位が低い状況にありますが、知財関連のトラブルというのは、起きる確率は高くなくても、起きたときには製品・サービスの提供ができなくなる可能性もあり、会社にとって非常に大きな影響を及ぼします。知財戦略はそれほど重要だと認識していただくことから始めていますね。
西野弁護士 我々が支援に入る前に出願していた場合でも、専門性知識がないまま外部の弁理士に依頼したためにコミュニケーションがうまくいかず、良い出願になっていない場合もありますし。
廣田弁理士 はい。いろいろなケースがあるので、その都度、企業の状況や最善手を見極めるためにも“聞く力”は大切ですよね。
一方で、スタートアップの知財部の役割を担うには、その企業のビジネスや技術について特許事務所の弁理士に的確に“伝達する”ことも大事な役割だと思っています。スタートアップ企業は知財戦略の優先度が高い場合でも適切に実行ができず悩まれていることが多く、初めて知財活動をする際につまずいてしまうと、その経験から、どうしても後回しにしたくなってしまいます。なので、スタートアップが知財活動の優先度を上げて取り組もうとしたそのタイミングでスムーズな活動ができるようにすることは、業界全体としての課題だと感じています。
5~10年後に大きく結実することを目指して
西野弁護士 当社は投資先への知財分野の支援体制ができてまだ1年ほどなので、すぐに結果が出るとは思っていません。ここから5~10年で支援先が大きく羽ばたいてくれることを願って支援をしています。
廣田弁理士 いつか、支援先から確固たる実績を持った特許が生まれることを願っています。アマゾンが創業初期にワンクリック特許を取得し事業を優位に進めたのは有名な事例ですが、日本のスタートアップからもこのような成功事例が出ることを期待しています。僕たちとしては、いま必死にその“種”をまく段階だと思っています。
内田弁護士 日本においては2018年頃からスタートアップの知財戦略が特に重視されるようになり、特許庁も“IPAS制度”を創設して弁護士や弁理士をスタートアップ企業に派遣するようになりました。その結果、スートアップ企業が“攻め”の知財戦略を検討する動きも徐々に広がってきたように思います。
ただ、投資先には今後は“守り”の知財戦略も重視してほしい。知財戦略は“ライセンスで儲ける”という目的よりも、“ビジネスを守る”ことの方が大事ですから。競合から権利行使を受けてビジネスが停滞することをいかに避けるか。この視点に立ったアドバイスも引き続き実施していきたいですね。
[紹介してくれた人]
内田 誠
iCraft法律事務所 弁護士・弁理士
2004年京都大学工学部物理工学科卒業。2018年4月iCraft法律事務所開設。2017年12月経済産業省「AI・データ契約ガイドライン検討会」作業部会委員、2018年7月農林水産省「農業分野におけるデータ契約ガイドライン検討会」専門委員、同年10月特許庁「知財アクセラレーションプログラム(IPAS)」知財メンター。
[教えたくないあの人]
西野 光慧
グローバル・ブレイン株式会社 弁護士
都内法律事務所の勤務弁護士、国内ゲーム会社の法務マネージャーを経てグローバル・ブレインに参画。ゲーム会社では、ゲーム分野、エンターテイメント分野、VR分野の法務のほか企業法務全般に従事。
[教えたくないあの人]
廣田 翔平
グローバル・ブレイン株式会社 弁理士/AIPE認定知財アナリスト(特許)
大手電機メーカー知財部門を経てグローバル・ブレインに参画。大手電機メーカーでは、半導体、AI分野、衛星測位分野等の知財戦略立案、発明発掘、国内外での特許権利化に加えて、米国での特許係争等に従事。