はじめに
令和5年5月12日、「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律」(令和5年5月12日法律第25号。以下、「フリーランス新法」または単に「法」という)が公布され、令和6年11月1日に施行される。
同施行に向けて、
① 「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律施行令」(以下、「施行令」という)
② 「公正取引委員会関係特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律施行規則」(以下、「公取規則」という)
③ 「厚生労働省関係特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律施行規則」(以下、「厚労省規則」という)
④ 厚生労働省告示となる「特定業務委託事業者が募集情報の的確な表示、育児介護等に対する配慮及び業務委託に関して行われる言動に起因する問題に関して講ずべき措置等に関して適切に対処するための指針」(以下、「厚労省告示指針」という)
が発令され、フリーランス新法の規制内容がより明確なものとなった。
加えて、公正取引委員会および厚生労働省は、同じく令和6年5月31日付で、フリーランス新法等の解釈を明確にすることを目的として、「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律の考え方」(以下「解釈指針」という)を策定・公表した。
フリーランスに業務を委託している各企業においては、フリーランス新法施行により、一定の対応を要するところ、本稿では、フリーランス新法の規制概要と各規制に伴う実務対応について、2回に分けて解説する。
前編である今回は、フリーランス新法の規制対象や取引条件の明示義務、報酬の支払期日、継続的な委託を行う際の禁止事項について取り上げる。
フリーランス新法の適用を受ける業務委託先の有無の確認
フリーランス新法の適用対象
フリーランス新法の適用対象となるのは、「特定受託事業者」に対する業務委託注1である。
「特定受託事業者」となるのは、以下のうちいずれかと定義されている(法2条1項)。
① 業務委託先である個人事業者であって「従業員」を使用しないもの
② 業務委託先である法人であって、一人の代表者以外に「役員」がなく、かつ、「従業員」を使用しないもの
②で示したように、業務委託先が「法人」であっても、代表者1名以外に役員がおらず、かつ、従業員を使用していない先は、フリーランス新法の適用を受けることに注意を要する。
業務委託先がフリーランス新法の適用を受けるかのメルクマールとして最も重要となるのは、「従業員」を使用しているか否かとなる。
この点に関して、解釈指針3頁、第1部1(1)は、「1週間の所定労働時間が20時間以上、かつ、継続して31日以上雇用されることが見込まれる労働者を雇用すること」が「従業員の使用」に該当することを明確にした。
加えて、事業に同居親族のみを使用している場合には「従業員の使用」に該当しないことも明らかにされた(解釈指針3頁、第1部1(1))。
また、法人については、「従業員」を使用していないだけでなく「役員」がいないことも要件とされている。ここでいう「役員」については、フリーランス新法が「理事、取締役、執行役、業務を執行する社員、監事若しくは監査役又はこれらに準ずる者」と定義している(法2条1項2号)。
また、フリーランス新法の規制の多くは、「特定業務委託事業者」注2が「特定受託事業者」に業務委託をした場合を規制対象としている。
「特定業務委託事業者」は、業務委託者であって、①個人であって、従業員を使用するもの、または、②法人であって、二以上の役員がありもしくは従業員を使用するもののいずれかと定義されているため(法2条6項)、同定義に該当しない発注業者は、基本的にフリーランス新法の規制を受けない。
ただし、法3条が規定する書面等による取引条件の明示義務は、発注業者が「特定業務委託事業者」であるか否かにかかわらず規制対象となるため、注意が必要である。
実務対応
各企業においては、上記定義に照らして、自社の業務委託先がフリーランス新法の適用を受ける「特定受託事業者」であるかを確認し、フリーランス新法の適用の有無を見極めたうえで、フリーランス新法の対応準備を進めるという対応が考えられる。
「特定受託事業者」の該当性の確認時点については、公正取引委員会が令和6年9月19日時点で公表している「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律(フリーランス・事業者間取引適正化等法)Q&A」(以下、「Q&A」という)において「業務委託をする時点」で確認すれば足りるとされ、業務委託の後に「従業員を使用」しなくなって受注事業者が「特定受託事業者」の要件を満たすようになった場合も、フリーランス新法の適用対象とはならないとされている(Q&A問8)。
「特定受託事業者」の該当性の確認方法については、同じくQ&Aにおいて、確認は、口頭によることも可能であるが、発注事業者や受注事業者にとって過度な負担とならず、かつ、トラブル防止の観点から、電子メールやSNSのメッセージ機能等を用いて記録が残る方法で確認することが望ましいとされている。
書面等による取引条件の明示義務(法3条)
規制概要
特定受託事業者に業務委託をした場合、ただちに、公正取引委員会規則で定めるところにより、以下の事項を、書面やメール等により特定受託事業者に対し明示しなければならない(法3条1項、公取規則1条1項)。
① 委託事業者および特定受託事業者の商号、氏名もしくは名称等
② 業務委託をした日
③ 給付の内容
④ 給付を受領し、または役務の提供を受ける期日(もしくは期間)
⑤ 給付を受領し、または役務の提供を受ける場所
⑥ 給付の内容について検査をする場合は、その検査を完了する期日
⑦ 報酬の額および支払期日
これらに加え、現金や銀行振込以外で報酬を支払う場合(手形やファクタリングを利用する場合)には、別途、追加的な明示事項が必要となる(公取規則1条1項8号~11号)。
ただし、上記事項のうち、あらかじめ内容が定められないことにつき「正当な理由があるもの」注3についてはその明示を要しないものとし、その場合、内容が定められた後ただちに、当該事項を書面やメール等により特定受託事業者に明示すれば足りるとされている(法3条1項ただし書)。
かかる未定事項がある場合、①未定事項の内容が定められない理由と②未定事項の内容を定めることとなる予定期日を明示しなければならないとされている(公取規則1条4項)。
報酬の額については、事前に具体的金額の明示が困難な場合があることから、公取規則において、具体的金額の明示が困難でやむを得ない事情がある場合には、具体的金額を定める算定方法の明示で足りるとされている(公取規則第1条3項)。
実務対応
法3条および公取規則1条を踏まえ、各企業においては、フリーランスと取引するにあたって交付する書面あるいはメール等のひな形を準備しておく必要がある。
報酬の支払期日に関する規制
規制概要
「特定業務委託事業者」が「特定受託事業者」に業務委託をした場合、報酬の支払期日は、その給付あるいは役務提供を受けた日から起算して60日以内のできる限り短い期間に定めなければならないとされる(法4条1項)。
また、他の事業者から「特定委託事業者」が元請した業務(以下、「元委託業務」という)の全部または一部を「特定受託事業者」に再委託した場合であって、再委託である旨、元委託者の商号、氏名もしくは名称等、元委託業務の対価の支払期日を明示した場合には、当該再委託に係る報酬の支払期日は、元委託業務の対価の支払期日から30日以内のできる限り短い期間に定められなければならないとされる(法4条3項、公取規則6条)。
同規定は、特定業務委託事業者自身が発注元である元委託者から支払いを受けていないにもかかわらず、再委託先のフリーランスの報酬を、法4条1項に従い給付を受けた日から60日以内に支払わなければならないとすることは、特定委託事業者側に経営上大きな負担を生じるため、再委託の場合に特別な支払期日の設定を認めることとしたものである。法4条3項の趣旨に鑑み、「再委託の例外」として認められている法4条3項の特別の支払期日にしなくても、委託事業者において、法4条1項に従い、フリーランスから給付を受領した日から60日以内に支払期日を設定できるのであれば、その方が望ましいとされている注4。
なお、上記4条1項または3項に反して報酬支払日を定めない場合や上記規制に反する報酬支払日を定めた場合には、「特定受託事業者」の給付を受領した日から60日または元委託業務の対価の支払期日から30日を経過する日が報酬支払日であるとみなされる(法4条2項および4項)。
当然のことではあるが、「特定業務委託事業者」においては上記支払日までに報酬を支払うことが必要となる(法4条5項)注5。
また、「特定業務委託事業者」は、元委託者から前払金の支払いを受けたときは、元委託業務の全部または一部について再委託をした特定受託事業者に対して、資材の調達その他の業務委託に係る業務の着手に必要な費用を前払金として支払うよう、適切な配慮をしなければならないとされる(法4条6項)。
実務対応
各企業は、上記⒈で紹介した法4条の規定を踏まえ、「特定受託事業者」に対する支払期日の見直しを進めなければならない。特に再委託における30日以内の支払規制は下請法にはなかった新しい規制であり、各企業にとっては、これまでの経理実務にはなかった支払いとなる可能性もあるため、早めの準備が必要となる注6。
継続的に業務を委託する場合の受領拒否、報酬減額、返品、買いたたき等の禁止
規制概要
「特定業務委託事業者」が1か月以上継続して「特定受託事業者」に業務委託をした場合、次に掲げる行為をしてはならないとされる(法5条1項、施行令1条)。
① 特定受託事業者の責めに帰すべき事由がないのに、特定受託事業者の給付の受領を拒むこと(受領拒否)
② 特定受託事業者の責めに帰すべき事由がないのに、報酬の額を減ずること(報酬減額)
③ 特定受託事業者の責めに帰すべき事由がないのに、特定受託事業者の給付を受領した後、特定受託事業者にその給付に係る物を引き取らせること(返品)
④ 特定受託事業者の給付の内容と同種または類似の内容の給付に対し通常支払われる対価に比し著しく低い報酬の額を不当に定めること(買いたたき)
⑤ 特定受託事業者の給付の内容を均質にし、またはその改善を図るため必要がある場合その他正当な理由がある場合を除き、自己の指定する物を強制して購入させ、または役務を強制して利用させること(購入・利用強制)
⑥ 委託業者のために金銭、役務その他の経済上の利益を提供させて特定受託事業者の利益を不当に害すること(経済上の利益提供の要請)
⑦ 特定受託事業者の責めに帰すべき事由がないのに、その給付内容を変更させ、または給付を受けた後にやり直しをさせて特定受託事業者の利益を不当に害すること(給付内容の変更・やり直しの強制)
1か月以上の継続期間の算定について、解釈指針第2部、第2の2(1)(25頁以下)で詳述されており、参考にされたい。フリーランスとの間で単発的かつ短期間の業務委託を行うにあたって、企業慣習に従って安易に基本契約を締結し、同基本契約の契約期間が1か月以上となっていると、基本契約を締結せず、個別の業務委託契約のみを締結していれば適用されなかったはずのフリーランス新法の法規制を受ける可能性があることに留意しなければならない。
実務対応
各企業においては、上記禁止事項を徹底できるよう、関係部署への啓発活動および体制整備を進めなければならない。
* *
以上、今回は、フリーランス新法の規制対象範囲、取引条件の明示義務、報酬の支払期日、継続的な委託を行う際の禁止事項について紹介した。
次回は、業務委託先の募集にあたっての広告規制や妊娠・出産・育児または介護に対する配慮義務、ハラスメント防止措置、解除・契約不更新の予告・理由開示義務を取り上げたうえで、同法に関する公正取引委員会、中小企業庁長官、厚生労働大臣による措置等についても紹介する。
→この連載を「まとめて読む」
- 「業務委託」は、事業者がその事業のために、他の事業者に物品の製造(加工を含む)、情報成果物の作成、または役務の提供を委託すること(法2条3項)と広く定義されるため、基本的に、「業務委託」の内容いかんによってフリーランス新法の適用対象から外れるということは想定しにくい。もっとも、物品には不動産は含まれないとされているため、建物の製造や加工はフリーランス新法の適用対象外となる(解釈指針3頁、第1部1(2)ア(ア))。[↩]
- 「特定業務委託事業者」とは、業務委託者であって、①個人であって、従業員を使用するもの、または、②法人であって、二以上の役員がありもしくは従業員を使用するもののいずれかと定義される(法2条6項)。法4条や5条のように「特定業務委託事業者」を主語とする規定は、委託者が従業員を使用しない個人や役員1名の法人の場合には適用されない。[↩]
- あからじめ「内容が定められないことにつき「正当な理由があるもの」とは、取引の性質上、業務委託に係る契約を締結した時点ではその内容を決定することができないと客観的に認められる理由がある場合をいう。具体例としては、ソフトウェアの作成委託において、業務委託時では最終ユーザーが求める仕様が確定しておらず、特定受託事業者に対する正確な委託内容を決定することができないため、「特定受託事業者の給付の内容」を定められない場合や、放送番組の作成委託において、タイトル、放送時間、コンセプトについては決まっているが、委託した時点では、放送番組の具体的な内容について決定ができず、「報酬の額」が定まっていない場合などが挙げられる(Q&A問39)。[↩]
- 内閣官房ほか「ここからはじめるフリーランス・事業者間取引適正化法」 13頁。[↩]
- 解釈指針において、支払期日が金融機関の休業日に当たる場合の取扱いが明記され、①支払日が土曜日または日曜日に当たるなど支払いを順延する期間が2日以内である場合で、②委託事業者と特定受託事業者との間で支払日を金融機関の翌営業日に順延することについてあらかじめ書面または電磁的方法で合意しているときは、結果として給付を受領した日から起算して法4条1項の60日または法4条3項の30日を超えて報酬が支払われても問題とはしないこととされた(解釈指針25頁、第2部、第2、1(5))。[↩]
- 再委託の場合においても、法4条1項の原則に従い、フリーランスから給付を受領した日から60日以内に支払期日を定めるのであれば、上記準準備は不要となる。[↩]
辻井 康平
弁護士法人御堂筋法律事務所 パートナー弁護士
2003年同志社大学大学院法学研究科前期博士課程修了(公法学専攻)。2005年弁護士登録、弁護士法人御堂筋法律事務所入所。2014年弁護士法人御堂筋法律事務所パートナー(現任)。独占禁止法違反対応・景品表示法違反対応・不正競争防止法違反対応・法人関係刑事事件対応等の企業不祥事対応、訴訟紛争対応、環境法対応を得意分野とする。
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