アンダーソン・毛利・友常法律事務所シンガポールオフィスは、シンガポールやその周辺国における法律問題につき幅広く法的サービスを提供している。海外案件の豊富な経験を有する土門駿介弁護士に、海外案件における契約書のチェックをめぐる法律事務所とのコミュニケーションについてうかがった。
日本の常識や“阿吽の呼吸”は妥当しない海外案件
―準拠法・管轄など契約書上の留意点
「海外企業との契約交渉は、日本企業同士の契約交渉とは異なる場合が多いです。例えば、海外企業との契約交渉においては、通常であれば時間をかけて検討するような重要な事項についても“今日中に返事をもらわないと困る”などと強いプレッシャーをかけられることやハッタリの多用など、日本企業同士の交渉にはない厳しさがよく見られます。契約は“万が一”の時の助けとして機能するため、必要なプロテクションをきちんと主張することが肝要です。特に、英米法(コモン・ロー)系の法律が準拠法となる契約は、契約書の文言が重視されるため、重要な事項は必ず契約書に盛り込むよう細心の注意が必要です」(土門弁護士)。
土門弁護士は、海外企業との契約における準拠法に日本法を選択することは必ずしも有利にならないと指摘し、また、管轄については裁判所ではなく国際仲裁の活用を勧める。
「まず、準拠法条項については、相手方国の強行法規の適用に留意する必要があるほか、任意法規に関しても日本法を指定することが適切であるかを検討する必要があります。シンガポールにおける日本企業の製品の販売のため、代理店候補であるシンガポール企業との間の代理店契約を締結する場合、日本法を選択すると、いわゆる“継続的契約の法理”により代理店が手厚く保護されうるのに対し、シンガポール法の下ではそのような法理は存在しないため、日本法を選択すると日本企業にとってかえって不利になる場合も考えられます。管轄条項については、海外企業との取引の場合はニューヨーク条約により仲裁判断の執行が担保されている国際仲裁を選択することが一般的です。ただし、仲裁を選択する場合、仲裁条項を適切に定めないと仲裁条項が“無効”と判断されたり、その有効性や解釈をめぐって不要な争いが発生しうるため、注意が必要です。対応策の例として、選択しようと考えている仲裁機関のモデル条項を参考にすることが挙げられます」(土門弁護士)。
そのほか、“協議→調停→仲裁”等の多段階紛争解決条項を設けることにつき、そもそもそのような条項を定めることが妥当かを検討し、また、定める場合には“協議”等がいつ終了するのか具体的な条件を設定することが重要であるという。
コスト削減と品質向上につながる弁護士とのコミュニケーションとは
海外案件において日本企業が直接現地法弁護士と案件を進めていくことは、言語だけではなくさまざまな障壁がある。土門弁護士は「前提とする法制度や考え方が異なるため、現地法弁護士が日本企業の要望や質問の意図を正確に理解できず、その結果、得たかった回答とはまったく違う回答がなされてしまうといったことが往々にして生じ得ます。そこで、両国の法制度を理解し、国際的な案件の経験を豊富に持つ我々が間に入ることによって、このような障壁を取り除くことができると考えています」と自身の役割を語る。
紛争案件においても判断が難しい事態が多く生じる。例えば、日本企業が海外で訴えられた場合、正式な送達がなされていないときには必ずしも応訴せずに様子を見る方が有利なことがあるが、そのような状況下であっても、現地法弁護士からは“積極的に応訴するべきである”といったアドバイスを受けることもある。法的紛争という有事の際にどういった対応をとることが適切であるかの見極めには、やはり経験がものを言う。
それでは、契約書の作成について、企業を代理して現地法弁護士を活用し、時間(コスト)・品質面からクライアント企業の利益を確保する存在である日本法弁護士とはどのようなコミュニケーションをとればよいのだろうか。それは、“確認対象や作業スコープ等の相談事項の明確化”であると土門弁護士は考えている。
「例えば、“最初から最後まで細かく確認してほしい”のか、それとも、“既に法務部のチェックを経ており、コマーシャルな条件についても合意しているため、後は現地法に照らしてクリティカルな点のみを確認してほしい”のかなど、法律事務所に“具体的に何をしてほしいのか”を明らかにすることで効率的に協働することができます。また、現地法弁護士・クライアント企業のいずれも英語ネイティブでない場合には特に、視覚的に分かりやすい工夫が大切だと思います。簡単に実践できる例としては、メールを書く際にナンバリングをすること、質問事項は端的に書いて“何が聞きたいか”を分かりやすくした上で、補足的に“なぜその質問を行うのか”といったバックグラウンドを説明することなどが考えられます。また、これは海外案件に限らない話ですが、弁護士に依頼する際、予算のみならずタイムラインも最初に伝えると弁護士側も期待されている作業のイメージがつきやすいと思いますし、交渉の経緯や先方との力関係の説明といった背景事情の説明も、依頼を受けた弁護士が事案に即した助言を提供する上で有用です」(土門弁護士)。
読者からの質問(契約書の作法を効率的に学んでもらう方法)
土門 駿介
弁護士
Shunsuke Domon
10年東京大学法科大学院卒業。11年弁護士登録(第二東京弁護士会)。12年アンダーソン・毛利・友常法律事務所入所。17年New York University School of Law修了(LL.M.)。18年ニューヨーク州弁護士登録。2023年1月パートナーに就任。シンガポールを拠点とし、海外に進出する企業のサポートのほか、国際的な訴訟・仲裁・調停その他の紛争解決案件を担当。シンガポール国際仲裁センター(SIAC)や日本商事仲裁協会(JCAA)、ベトナム国際仲裁センター(VIAC)といった各仲裁機関における仲裁案件に加え、シンガポール国際調停センター(SIMC)・京都国際調停センター(JIMC-Kyoto)間のJIMC-SIMC Joint Covid-19 Protocolに基づくオンライン調停等の調停案件の代理人を務めた経験を有する。