はじめに(再掲)
米国においては、外資による米国内への投資について、対米外国投資委員会(Committee on Foreign Investment in the United States: CFIUS)によって、国家安全保障上の観点からの審査が行われています。CFIUSによる審査制度は従前から存在していましたが、近年の中国による投資の増大およびそれによる技術流出への懸念等を背景に、2018年に外国投資リスク審査現代化法(Foreign Investment Risk Review Modernization Act: FIRRMA)が成立し、CFIUSの権限が強化されました。これにより、CFIUSの審査対象となる投資範囲の拡大や手続の変更が行われ、その結果、制度はより複雑なものとなりました。
CFIUSによる審査の結果、米国の国家安全保障を損なうおそれのある取引については、大統領の判断により、当該取引の中止が命じられる可能性があり、たとえそれに至らない場合でも、当該リスクを軽減するために当該取引にさまざまな条件が付される可能性があります。また、そのような実体的な問題以外にも、これらのCFIUSが課した条件に違反した場合や、CFIUSへの届出義務がある取引であるにもかかわらずそれを懈怠した場合等においては罰金が科される可能性もあり、日本企業を含む米国へ投資を行う外国人にとっては、非常に影響の大きい規制であるといえます。そのため、米国への投資を検討するにあたっては、CFIUSによる審査について、十分理解をした上で、慎重な対応を検討することが求められます。
そこで、諸外国における外資による投資・買収規制について解説する本連載の第1回・第2回として、本稿では、米国におけるCFIUSによる審査制度の概要を2回に分けて解説します。
米国についての後半である今回は、CFIUSの審査制度における届出手続、審査に関する事項、取引に対する決定、ならびに罰則の概要を説明したうえで、近時の審査状況について紹介します注1(なお、本稿では、第1回において定義した用語を使用しています)。
CFIUSの審査に係る届出手続
届出の種類
取引の当事者は、CFIUSに対し所定の届出を行うことで、取引に係る審査の開始を求めることができます。前回説明のとおり、届出には義務的に行われるものと、当事者が任意に行うものとがあります(届出義務に関する詳細は、第1回をご参照ください)。届出の方法としては、以下で説明する、正式な審査を求める手続である「通知(notice)」と簡易の手続である「申告(declaration)」の2種類の方法があり、当事者は、届出が義務か否かにかかわらず、いずれの方法をとることも可能です注2。以下で説明するとおり、届出の方法によって手続やCFIUSの対応に違いがあるため、その違いを踏まえて、当該取引との関係でいずれの方法が適切かを検討することになります。
(1) 通知(Notice)
通知は、CFIUSに対し正式な審査の開始を求める手続です(50 U.S.C.§4565(b)(1)(C))。通知に対する審査のプロセスは、図表1のとおり、通知がCFIUSに受理(accept)された後、順に、(a)一次的な「審査(national security review)」(通知が受理された日から45日間)、(b)一次審査の段階で国家安全保障上の懸念が払拭されない場合に実施される二次的な「調査(national security investigation)」(調査の開始日から45日間を原則とするが、特別な状況がある場合には15日間の延長が可能)(以下、本稿ではそれぞれ「一次審査」、「二次審査」と表記し、あわせて「審査」と総称します)、および(c)CFIUSによる審査の結果、取引が大領領に報告された場合に行われる大統領による決定(15日以内)の流れで実施されます(50 U.S.C.§§4565(b)(1), (b)(2), (d))。これらの正式なプロセスに加え、CFIUSによる通知のドラフトのチェックが行われることが一般的です。すなわち、当事者は、正式な通知を提出する前に通知のドラフトをCFIUSに提示し、CFIUSによる確認およびコメントを経て、必要に応じて修正した後に正式な通知を提出します注3。なお、ドラフトに対するコメントおよび正式な通知を受理するまでの期間については、通知上に「当該取引が審査対象取引である」と明記されている場合においては、CFIUSは10営業日以内にドラフトまた正式な通知に対しコメントを付すか、正式な通知を受理するかを判断するとされています(31 C.F.R.§§800.501(i)、802.501(i))。
図表1 通知を起点とするCFIUSの審査プロセス
一次審査の段階で「国家安全保障上のリスクがない」と判断されれば、その時点で審査は終了(すなわち、取引を承認)しますが、当該リスクに関する懸念が払拭されない場合等の一定の取引注4については、二次審査へ進むこととなります。審査期間中、CFIUSは当事者に対し質問や追加の情報提供の要請を行うことがありますが、この場合、当事者は原則として3営業日以内にこれに回答しなければなりません。また、当該審査の期間中、CFIUSと当事者の間で、後述する国家安全保障上のリスクに対応するための軽減措置に係る交渉も行われます。なお、CFIUSは、審査期間中、国家安全保障上のリスクのある取引について、取引を一時的に停止する権限を有します。
CFIUSは、二次審査の完了または期間の終了後注5、大領領に報告を行うか、あるいは、大統領に報告せずに審査を終了するか(すなわち、取引を承認するか)を判断します。CFIUSは、①大統領に対し取引の中止もしくは禁止の決定を勧告する場合、②大統領に対し取引の中止もしくは禁止の決定を勧告すべきか否かの判断に至らなかった場合、または③大統領に対し取引に関する判断を行うことを求める場合に、当該取引を大統領に報告します(31 C.F.R.§§800.508(b), 802.508(b))。当該報告を受けて、大統領は15日以内にその取引に関する決定を行います。
(2) 申告(Declaration)
申告は、通知の代わりに行うことができる手続であり、通知よりも簡易の書式で行われ、また、当事者は、CFIUSが申告を受領注6した日から30日以内にCFIUSから回答を受けることができます(50 U.S.C. §4565(b)(1)(C)(v))。ただし、通知とは異なり、CFIUSが申告に対して行うことができる回答は以下の四つに限定されています。(50 U.S.C. §4565(b)(1)(C)(v)(III); 31 C.F.R.§§800.407, 802.405)。
(a) 「当該取引が国家安全保障に関わる検討事項を生じさせうる」と信じる理由がある場合、当事者に対し通知を提出することを要求する。
(b) 当事者に対し、当該申告に基づいて当該取引に関する措置を完了することができない旨、および、取引に関するすべての措置を完了したことの通知(すなわち、取引の承認)を得るために当事者は通知を提出することができる旨を伝える(すなわち、「取引に対して承認も通知の要請もしない」という回答)。
(c) 当事者からの通知を待たず、取引に対する正式な審査(上記の通知に基づく審査)を一方的に開始注7する。
(d) 当事者に対し、取引に関するすべての措置が完了したこと(すなわち、取引の承認)を伝える。
このように、申告は通知よりも簡易かつ短期間で取引の承認を得られる可能性がありますが、他方で、上記(a)の回答を受けた場合には、その要請に応じて改めて通知を提出しなければならず、また、上記(b)の回答を受けた場合には、CFIUSからの要請はないものの、そのままでは取引が承認されていない(すなわち、セーフハーバーが得られていない)不安定な状態が残ることから、承認を得るためには自主的に通知を提出する必要があります。したがって、上記(d)以外の回答の場合にCFIUSの承認を得るためには、改めて上記の通知に係る審査手続を経る必要があり、最初から通知を行っていた場合よりも承認を得るまでにより長い期間を要することになる可能性があります。
なお、申告については、通知のようにCFIUSが事前にドラフトのレビューを行うことはないとされています。また、通知と同様に、審査期間中にCFIUSから当事者に対し質問や追加の情報提供の要請がなされる場合がありますが、当事者は原則として(通知の場合よりも短い)2営業日以内にこれに回答しなければなりません。
届出の方法および時期等
届出は、通常、取引の当事者が共同して行います。当事者は、届出義務が課される場合、遅くとも取引完了の30日前までに届出を行わなければなりません(31 C.F.R.§800.401(g))。他方で、任意に届出を行う場合には、法令上の期限の制約は特にありませんが、取引完了後に審査が行われ解消命令等が下されるリスク等に鑑み、実務的には、通常、(届出義務のある取引を含め)取引実行予定日より前にCFIUSの承認が得られるようなスケジュールで届出が行われます。
通知および申告の記載事項は、それぞれ規則に定められており、取引に関する情報、外国投資家に関する情報、投資する米国事業に関する情報等についての記載が求められます。なお、⒈(2)で触れたとおり、申告については通知よりも要求される記載事項が少なく、簡易の様式となっています(31 C.F.R.§§800.404, 800.502, 802.402, 802.502)。
届出は、「CFIUS Case Management System(CMS)」という専用のウェブポータルを利用して提出する必要があります。また、申告については届出手数料は発生しませんが、通知の場合には、対象となる取引の価額に基づいて算定された届出手数料(上限は30万米ドル)を支払う必要があります注8(31 C.F.R.§§800.1101, 802.1101)。
届出の却下および撤回
CFIUSは、届出が規則に則っておらず不完全であった場合、届出がされた取引に重大な変更があった場合、届出において提供され情報と矛盾する重要情報が明らかになった場合、またはCFIUSからの質問や追加情報の要請に当事者が所定の期間内に対応しなかった場合等に、届出を却下(reject)することができます(31 C.F.R.§§800.406(a), 800.504, 802.404(a), 802.504)。
他方で、届出を行った当事者は、CFIUSの審査期間中であれば、届出の撤回を要求することができます。ただし、実際に撤回を行うためには、CFIUSの承認が必要です(31 C.F.R.§§800.406(c), 800.509, 802.404(c), 802.509)。下記Ⅳで述べるとおり、CFIUSからの質問への対応に時間を要する際に撤回を行う場合や、審査の過程でCFIUSの承認を得ることが難しいことが判明した場合等において、CFIUS(または大統領)の最終判断を待たずに届出を撤回し、取引内容を再検討する、あるいは取引自体を断念する場合等があります。
CFIUSによる審査および措置
審査の手法
(1) 審査の基準および分析の方法
CFIUSは、審査プロセスにおいて、対象となる取引による米国の国家安全保障への影響について検討します。取引を承認するか否かについての基準となるものは、あくまで「当該取引が米国の国家安全保障を損なうおそれがあるか」であり、それ以上の具体的な下位基準は示されておらず、また、「国家安全保障」の意義についても定義注9はされていません。もっとも、以下で説明するとおり、法令において審査の際に考慮されるべき要素が列挙されており、これに加え、近時の大統領令(Executive Order 14083。下記(2)も参照)により、CFIUSが重点的に考慮すべき項目として、一部の要素の精緻化および要素の追加が行われました。そのため、CFIUSは審査にあたりこれらの要素を考慮することが求められます。
また、CFIUSによる国家安全保障上のリスク分析の手法については、2008年に財務省が公表したガイダンス注10において示されています。これによると、CFIUSは、まず、取引の審査にあたり、法令上の考慮要素を含めた、審査対象となる取引に関連するすべての国家安全保障上の考慮要素を特定し、これらに照らして国家安全保障に影響を与えうる事実や状況について特定します。そのうえで、国家安全保障上のリスク分析を行うにあたっては、当該外国人が搾取するまたは損害を与える能力または意図をもっているか(脅威(threat)に関する分析)および米国の事業の性質、またはシステム、事業体、もしくは構造における弱点もしくは欠点との関係により、米国の国家安全保障が損なわれやすいかどうか(脆弱性(vulnerability)に関する分析)の検討を行うとされています。そして、この脅威と脆弱性の相互関係により米国の国家安全保障に与える潜在的な結果が、国家安全保障上のリスクであるとしています。また、このようなリスク分析は、取引の当事者から提供された情報、公開情報、政府が保有する情報に基づいて行われるとしています。
(2) 審査における考慮要素
(1)で触れたとおり、CFIUSおよび大統領が審査において考慮すべき要素は法令において列挙されています。法令上考慮すべきとされる要素は、以下のとおりです(50 U.S.C. §4565(f))。
(a) 予測される国防要件に必要とされる国内生産
(b) 人材、製品、技術、材料、ならびにその他の供給品およびサービスの利用可能性を含む、国防要件を満たすための国内産業の能力および生産力
(c) 国家安全保障上の要件を満たすために必要な米国の能力および生産力に影響を及ぼす、外国人による国内産業および商業活動の統制
(d) 当該取引が、テロ支援、ミサイル・生物兵器等の拡散、潜在的な地域的軍事的脅威が懸念される国として認定された国への軍事品、装備、または技術の販売に及ぼす潜在的影響
(e) 当該取引が、米国の国家安全保障に影響がある分野における米国の国際的な技術的リーダーシップに及ぼす潜在的な影響
(f) 主要なエネルギー資産を含む米国の重要インフラに及ぼす潜在的な国家安全保障関連の影響
(g) 米国の重要技術に及ぼす潜在的な国家安全保障関連の影響
(h) 審査対象取引が外国政府支配取引(foreign government-controlled transaction)注11であるかどうか
(i) 特に外国政府支配取引に関して、①当該外国の条約および多国間供給指針を含む核不拡散管理体制に対する遵守、②当該外国と米国の関係、特にテロ対策への協力の実績、および③輸出管理法および規制の分析を含む、軍事用途の技術の移転または転用の可能性に係る現在の評価の審査
(j) 米国のエネルギー源およびその他の重要な資源・材料の必要性に係る長期的な予測
(k) 大統領またはCFIUSが、一般的にまたは特定の審査や調査に関連して適切と判断するその他の要因
また、上記のとおり、2022年9月15日には、CFIUSによる審査において重点的に考慮すべき事項を定めた大統領令(Executive Order 14083)が公布されています。当該大統領令は既存の権限や手続に変更を加えるものではなく、上記考慮要素と併せて読まれるべきものであって、今後の審査において重点的に検討すべき分野や要因を定めたものとされています。当該大統領令では、以下の五つの要素を挙げています。
(ⅰ) 米国内の重要なサプライチェーンの強靭性(resilience)および安全性(security)に対する影響(上記(c)の要素の精緻化):国家安全保障の基礎となる生産能力、サービス、重要鉱物資源、または技術に係る支配を外国人に移すような外国投資は、将来の重要な製品・サービスの供給の途絶に対して米国を脆弱にする可能性があり、ひいては国家安全保障を弱体化させる可能性があるとの考えのもと、CFIUSには、米国内のこのような重要分野におけるサプライチェーンの強靭性(resilience)および安全性(security)に対する、審査対象取引による影響を検討することが求められています。国家安全保障の基礎となる領域としては、マイクロエレクトロニクス、人工知能、バイオテクノロジー・バイオマニュファクチャリング、量子コンピューティング、先端クリーンエネルギー等が挙げられています。また、当該影響の検討にあたっては、同盟国・パートナー国のサプライヤーも含めたサプライチェーン全体における代替可能なサプライヤーによる多様化の度合い、投資対象の米国事業と米国政府等との供給関係、特定のサプライチェーンにおける外国人による所有や支配の集中度合い等を検証することとされています。
(ⅱ) 米国の安全保障に影響を与える分野の米国の技術的リーダーシップへの影響(上記(e)の要素の精緻化):マイクロエレクトロニクス、人工知能、バイオテクノロジー・バイオマニュファクチャリング、量子コンピューティング、先端クリーンエネルギー、気候適応技術といった米国の国家安全保障に影響を与える分野における米国の技術的リーダーシップを保護することが不可欠であるという考えのもと、CFIUSに対し、審査対象取引が当該リーダーシップに与える影響について検討することを求めています。当該検討にあたっては、「審査対象取引が米国の技術的リーダーシップの(ひいては国家安全保障の)基礎となる分野(上記分野)における生産能力、サービス、重要鉱物資源、または技術を含むか」「当該外国人が国家安全保障に対する脅威を及ぼす可能性のある第三者と関係を有するか」、また、「当該取引が将来的に国家安全保障を損なう可能性のある技術の将来の発展や応用をもたらす可能性があるか」を検証します。なお、科学技術政策室(Office of Science and Technology Policy)は、CFIUSの他のメンバーと相談のうえ、米国の技術的リーダーシップの基礎となる分野に係るリストを定期的に公開することとしています。
(ⅲ) 特定分野における投資の傾向(追加的な考慮要素):ある投資について、特定のセクターや技術に対する単一の投資案件として見れば限定的な脅威であったとしても、過去の取引との関連で見た場合には、重要産業における機密技術の移転の促進や安全保障への損害をもたらす場合があるとの懸念のもと、CFIUSは特定分野または関連分野における複数の取引との関連を考慮したうえで、当該取引により生じるリスクを検証することが求められています。
(ⅳ) 安全保障に損害をもたらす可能性のあるサイバー・セキュリティー上のリスク(追加的な考慮要素):サイバー攻撃等を行う能力と意図を持つ外国人による投資は、国家安全保障上のリスクをもたらす可能性があるとの懸念のもと、CFIUSは、「審査対象取引がこのような外国人や関連する第三者に、米国または米国人の利益に影響を与える悪質なサイバー活動(選挙、重要インフラ、防衛産業基盤等を妨害することを目的とした活動等)を行うための機能や情報のデータベースまたはシステムへのアクセスを与えることになるか」、また、外国人や関連する第三者にそのような活動を許容する可能性のあるすべての取引当事者のサイバー・セキュリティの態勢、慣行、能力およびアクセスについて検証することが求められています。
(ⅴ) 米国人の機微データに対するリスク(追加的な考慮要素):データは、個人または個人のグループを監視、追跡、標的化するための強力なツールとなってきており、潜在的に国家安全保障に悪影響を及ぼす可能性がある等という懸念のもと、CFIUSは、「審査対象取引が米国人の機微データにアクセスできる米国事業を含むかどうか」「当該外国人やその関係者が国家安全保障を損なうような形でそれらの情報を悪用する意図・能力があるか」を検証することが求められています。
審査過程におけるCFIUSの権限
(1) リスク軽減措置
CFIUSは、その審査の過程において当該取引が国家安全保障に関するリスクを生じさせると判断した場合、当該リスクを軽減(mitigate)するために、一定の条件を当事者に課す、または当事者との間で条件に関する合意をすることができます(以下、「リスク軽減措置」といいます。50 U.S.C. 4565(l)(3))。これまで多くの取引は無条件で承認されていますが、一定の取引についてはこのような条件を遵守することを前提に取引が承認されています。上記のとおり、リスク軽減措置は、当事者とCFIUSが指定する主導機関(lead agency)との間の軽減合意という形式で行われる場合もあり、審査の過程でCFIUSと当事者との間でリスク軽減措置に関する交渉も行われます。なお、CFIUSは、当事者により自主的に取引が断念された場合においても、残留する国家安全保障上の懸念に対処するためのリスク軽減措置を講ずることができるとされています。
リスク軽減措置は取引の性質に応じて課されるものであり、その内容は、取引自体に制限を課すもの、取引後のコーポレート・ガバナンスに関する義務やコンプライアンスに関する義務等多岐にわたり、事案ごとに検討されます。たとえば、CFIUSが公表した直近の年次報告書(2021年度版。詳細は下記VIをご参照ください)によれば、2021年に実施された審査において、以下のようなリスク軽減措置が課され、または、(最終的に課されたかまでは不明ですが)CFIUSと取引の当事者との間で交渉されたとされています。
・ 特定の知的財産、企業秘密、または技術情報の移転または共有を禁止または制限すること
・ 米国政府またはその請負業者(contractors)との既存または将来の契約、米国政府の顧客情報、その他の機密情報を取り扱うためのガイドラインや条件を設定すること
・ 特定の技術、システム、施設、または機密情報へのアクセスを許可された者のみとすることを保証すること
・ 米国政府が承認した、セキュリティオフィサーや取締役会メンバーの任命、セキュリティポリシー、年次報告書、独立監査の要件の採用等、外国からの影響を制限しコンプライアンスを確保するための企業セキュリティ委員会や議決権信託、その他の仕組みを確立すること
・ 外国人の米国事業所への訪問を事前に保安担当者、第三者監視員または関連する米国政府関係者に通知し、承認されること
・ 特定の機密性の高い米国資産を取引から除外すること
・ 米国事業の一部を売却すること 等
なお、CFIUSはリスク軽減措置に関する合意がなされた後も、当該軽減合意の遵守状況等について、主導機関を通じて、モニタリングを行います。リスク軽減措置が遵守されていないかった場合、以下Ⅴで述べるとおり、当事者に対して罰金が科される場合があり、また違反が重大である場合には、承認が得られた後であったとしてもCFIUSによる再度の審査の対象となる可能性があります。
(2) 取引の停止
CFIUSは、国家安全保障上のリスクが懸念される取引について、審査の期間中、一時的にその取引を停止させることができます(50 U.S.C.§4565(l)(1))。
取引に対する決定
CFIUSは、審査の結果、審査を行った取引に関する最終的な判断として、「当該取引に関する措置を終了する(すなわち、取引を承認する)か」または「大領領に報告しその判断を仰ぐか」の決定を行います(ただし、申告に基づく審査に対する応答方法が限定的であることについては上記Ⅱ⒈(2)を参照ください)。そして、大統領は、CFIUSからの報告を受けた場合、取引に対する最終的な判断を下します。
取引の承認
CFIUSは、審査の結果、「当該取引による未解決の国家安全保障上の懸念は存在しない」との結論に至った場合、当該取引に関する措置を終了(すなわち、当該取引を承認)します。CFIUSが取引を承認した場合(または、以下のとおり、大統領が当該取引について取引の中止命令等の権限を行使しないことを公表した場合)、CFIUSは、以下で説明するような特段の事情がない限り、当該取引について再度の審査を行うことは許されなくなります(すなわち、承認により取引の当事者は一種のセーフハーバーを得ることができます)(31 C.F.R.§§800.701, 802.701)。
ただし、取引の承認が得られていたとしても、①当該審査において当事者が、虚偽のあるいは誤解を招く重要な情報をCFIUSに提出していた場合、もしくはCFIUSに提出した情報に重要な情報または書類を含めていなかった場合、または②「合意されたリスク軽減措置の重大な違反があった」と認定され、「当該違反に対する十分かつ適切な対処法が他に存在しない」とCFIUSが判断した場合については、例外的にセーフハーバーの対象ではなくなり、CFIUSによる再度の審査対象となりえます(50 U.S.C. §§4565(b)(1)(D),(E); 31 C.F.R.§§800.501(c)(1)(ii), 802.501(c)(1)(ii))。
大統領による決定
大統領は、CFIUSからの報告を受け(CFIUSが大統領に報告するか否かの基準については、上記Ⅱ 1.(1)を参照ください)、「当該取引が米国の国家安全保障上を損なうおそれがある」と判断した場合、取引の禁止または停止を命じることができます(50 U.S.C.§4565(d)(1))。ただし、当該命令を出すためには、大統領が、「①当該取引を実行する外国人が、国家安全保障に脅威を与える行動に出る可能性があると大統領が信じるに足る確かな証拠があり、かつ、②本法律(Section 721 of title VII of the Defense Production Act of 1950)および国際緊急経済権限法(International Emergency Economic Powers Act)を除いて、大統領が当該問題に係る国家安全保障を守るための十分かつ適切な権限を与える法律の条項がない」と認定することが必要とされています(50 U.S.C.§4565(d)(4))。他方で、大統領が当該命令を行わないことを決定した場合、取引の承認と同様に、当該取引はセーフハーバーの対象となります(50 U.S.C.§§4565(b)(1)(D),(E))。
なお、法令により、大統領の決定は、司法審査の対象とはならないとされています(50 U.S.C. §4565(e))。ただし、当該決定に至るまでの手続については、司法審査の対象になる可能性があります注12。
なお、CFIUSは、当事者が上記Ⅱ 1.(1)の審査期間内に未解決の国家安全保障の懸念のすべてに対処できない場合等に、時間的猶予を与えるため、一旦通知を撤回して、再提出することを認める場合があります。また、当事者は、ビジネス上の判断で取引を断念する場合、リスク軽減措置を受け入れられない場合、または、CFIUSが大統領に報告するという決定をした場合等に通知の撤回を求めることがありますが、そのような場合にも、CFIUSは最終的な決定を行わずにこのような撤回を認める場合があります。
罰則
CFIUSの審査に係る一定の手続違反等に関し、罰則が設けられています。具体的には、以下の罰金が科される可能性があります(31 C.F.R.§§800.901, 802.901)。
① 通知または申告に重要な虚偽や不記載があった場合、または虚偽の認証(certification)を行った場合:25万米ドル以下の罰金
② 義務的届出がなされなかった場合:25万米ドルまたは取引価額のいずれか高い金額を超えない金額の罰金
③ リスク軽減措置の重要な条項・条件に違反した場合:25万米ドルまたは取引価額のいずれか高い金額を超えない金額の罰金
罰則の適用に関しては、2022年10月20日に、CFIUSにより執行と罰則に関するガイドライン(CFIUS Enforcement and Penalty Guidelines)が公表されており、当該ガイドラインにおいては、当事者が法令上の義務に違反した場合に、CFIUSが罰則を科すかどうかおよびその金額を評価する際の方法に関する情報、ならびにその判断においてCFIUSが考慮する要素等が示されています。
CFIUSによる直近の審査状況(年次報告書)
CFIUSは、毎年、前年の審査状況等に関する情報を年次報告書(annual report)として議会等に提出することが法令上義務付けられており(50 U.S.C.§4565(m))、ウェブサイト上で当該報告書を公表しています。これにより、該当期間における届出の件数や届出を行った外国人の国籍の内訳、届出された取引の産業分野別の分布、審査の結果の内訳等の情報を確認することができます。以下では、直近の年次報告書(2021年の状況)(Annual Report to Congress for CY 2021)に記載されている情報の一部をご紹介します。
・ 届出の状況:2021年に審査の対象となった届出は、申告が164件、通知が272件であり、CFIUSが審査した取引の数としては過去最多であったとされています。また、当該申告のうち、47件が届出義務の対象でした。なお、過去3年間の届出の件数は図表2のとおりです。
図表2 過去3年間における届出数の推移
2021年に審査対象となった届出を行った企業の国籍(申告または通知の件数が10件以上の国)については、まず申告に関してはカナダが22件と最も多く、続いてドイツ、日本、シンガポール、韓国がいずれも11件、英国が10件となっています。通知については中国が44件、カナダが28件、日本が26件、ケイマン諸島が18件、フランス、シンガポール、韓国、英国がいずれも13件、イスラエルが12件、ドイツが10件でした。
・ 申告に関する審査の状況:CFIUSは、提出された164件の申告のうち、30件に対して通知の提出を求め、12件について申告に基づいて措置を完了することができない旨を当事者に回答しました。そして、120件については取引を承認しました(残りの2件は却下されています)。
・ 通知に関する審査の状況:受理された272件の通知のうち、130件に関して第二次審査まで進んでおり、そのうち3件が15日間の延長の対象となりました。通知された取引のうち、26件に関してリスク軽減措置を課したうえで承認しています。他方で74件が撤回されており、そのうち9件については、CFIUSが当事者に対し「その取引に係る国家安全保障上の懸念を解消するリスク軽減措置が認められない」と伝えた後に、または、当事者によって「CFIUSの提案したリスク軽減措置が受け入れられない」として撤回または取引の断念がなされており、また、2件の取引については商業的な理由で取引が断念されています。撤回された通知のうち残りの63件は、再度通知が提出されています。なお、リスク軽減措置については、上記の承認された取引および撤回された通知に係る取引等を含め、31件の措置が講じられています(リスク軽減措置の内容については、上記Ⅲ2.(1)をご参照ください)。なお、2021年に大統領によって阻止された案件はありませんでした(これまで大統領が阻止した案件は6件注13です)。
・ 届出がなされていない取引に関する状況:CFIUSは、省庁間照会、一般からの情報、メディア報道、商業データベース等を活用して、通知または申告がなされていない取引の特定を行っており、2021年に特定された取引でCFIUSに検討のために提出されたものは135件で、CFIUSは、そのうち8件の取引に対して届出を行うよう求めています。CFIUSは、非通知/非申告プロセス選任のスタッフの採用を増やす等、これらの取引の特定を改善する方法を引き続き強化するとしています。
おわりに
日本企業を含め、米国での投資を行う外国法人にとって、CFIUSの審査に関する検討および対応は避けては通れないものとなっています。
検討している取引がCFIUSの審査対象に含まれるのか、また、それに届出義務が発生するのか、届出義務がないとして自主的に届出を行うべきかどうかの判断等は、複雑かつ専門的です。これらの該当性について判断するためにも、取引を行う前に、対象となる米国事業のデュー・ディリジェンスを実施し、事業内容を精査する必要があります。また、実際に届出を行う場合、必要となる書類の作成やCFIUSからの質問・交渉の対応等は、事案によっては容易なものではないでしょう。上記の審査対象への該当性判断等も含め、知見を有する日本における弁護士、さらには専門の米国法弁護士の協力を得て、慎重に検討・対応することが必要であると考えられます。
→この連載を「まとめて読む」
- なお、本稿の作成および英文の翻訳にあたっては、以下の文献を参考としています。
・ White & Case LLP「経済産業省 委託調査報告書『令和3年度重要技術管理体制強化事業(対内直接投資規制対策事業(諸外国における投資環境動向調査))』」(経済産業省ウェブサイト、2022年3月)(参照2023年3月16日)
・ 日本貿易振興機構(ジェトロ)ニューヨーク事務所「対米外国投資委員会(CFIUS)および2018年外国投資リスク審査現代化法(FIRRMA)に関する報告書」(2019年8月)(参照2023年3月16日)
・ Congressional Research Service “The Committee on Foreign Investment in the United States (CFIUS)”(Congressional Research Serviceウェブサイト、2020年2月)(参照2023年3月16日)
[↩] - 前回に述べたとおり、法令上、届出義務は、「義務的申告(mandatory declarations)」として、原則としては申告による届出が義務づけられており、当事者は申告の方法で届出を行えば、当該義務を果たすことができます。もっとも、法令上、通知により代替することも可能と規定されており、当事者の判断により、いずれの方法で行うことも可能です(50 U.S.C.§4565(b)(1)(C)(v)(IV); 31 C.F.R.§§800.401(a), (f))。[↩]
- 規則上もこのようなCFIUSによる事前確認が奨励されており、少なくとも通知提出の5営業日前までの相談またはドラフトの提出を求めています(31 C.F.R.§§800.501(g), 802.501(g))。[↩]
- 二次審査に移行する条件は、①CFIUSのメンバーが、スタッフ・チェアパーソン(staff chairperson)に対し当該取引により米国の国家安全保障を損なうおそれがあり、その恐れが軽減されていないと考えていることを伝えた場合、②主任機関(lead agency)が二次審査を行うことをと勧告し、CFIUSがこれを承認した場合、③取引が外国政府支配取引(foreign government-controlled transaction)である場合、または、④外国人により重要なインフラが支配される取引であって、CFIUSが、その取引が国家安全保障を損なうおそれがあり、そのおそれが軽減されていないと判定した場合のいずれか場合です(50 U.S.C.§4565(b)(2)(B); 31 C.F.R.§§800.505, 802.505)。[↩]
- なお、CFIUSは、一次審査の段階でも大統領に報告することができるとされています(50 U.S.C. §4565(l)(2)。[↩]
- 法律の文言上は、通知と異なりCFIUSによる「受理(accept)」ではなく「受領(receive)」から期間が起算することになっていますが(50 U.S.C.§4565(b)(1)(C)(v)(III)(bb))、規則上、申告がなされた場合には、まずはスタッフ・チェアパーソン(staff chairperson)がすみやかに申告の内容が規則に定める記載事項等に照らし不完全ではないかを点検し、受理した後にCFIUSがそれを受領し、審査期間が開始します(C.F.R.§§800.405, 802.403)。なお、通知に関しても、通知の完全性についてはスタッフ・チェアパーソンが判断するとされています(C.F.R.§§800.503, 802.503)。[↩]
- 手続としては、CFIUSの構成員等が、当該取引が審査対象取引であって、国家安全保障上の検討事項を提起する可能性があると信じる理由がある場合に、スタッフ・チェアパーソン(staff chairperson)を通じて機関通知(agency notice)をCFIUSに提出することで、「通知(notice)」に基づく審査が開始されます(31 C.F.R.§§800.501(c), 802.501(c))。[↩]
- CMSのマニュアルや入力フォーム、および通知手数料の算定表等については、U.S. DEPARTMENT OF THE TREASURYのウェブサイトで確認することができます(参照2023年3月16日)。[↩]
- 法令では、国家安全保障には「国土安全保障」(homeland security)に関連する問題を含む旨の注記がなされていますが(50 U.S.C. §4565 (a)(1))、「国家安全保障」自体の定義はありません。[↩]
- Guidance Concerning the National Security Review Conducted by CFIUS, 73 Fed. Reg. 74567 (Dec. 8, 2008)[↩]
- 「外国政府支配取引(foreign government-controlled transaction)」とは、外国政府または外国政府によって支配されるもしくは外国政府のために行動する者が米国事業を支配する結果となりうる対象支配取引をいいます(31 C.F.R.§800.222)。[↩]
- Ralls Corp. v. Committee on Foreign Investment in the United States, et al., No. 13-5315, slip op. (D.C. Cir. July 15, 2014)[↩]
- これまでに大統領により取引の中止または命令が出された事案は、次の6件です。①中国宇宙航空技術輸出入公司(China National AeroTechnology Import and Export Corporation)によるMAMCO Manufacturingの買収に対する解消命令(ブッシュ大統領、1990年)、②Ralls Corporationによるオレゴン州の風力発電事業の買収に対する解消命令(オバマ大統領、2012年)、③Grand Chip Investment GmbHによるAixtronの買収禁止命令(オバマ大統領、2016年)、④China Venture Capital Fund Corporation LimitedによるLattice Semiconductor Corporationの買収禁止命令(トランプ大統領、2017年)、⑤BroadcomによるQualcommの買収禁止命令(トランプ大統領、2018年)、⑥北京中長石基信息技術(Beijing Shiji Information Technology)によるStayNTouchの買収に対する解消命令(トランプ大統領、2020年)。[↩]
龍野 滋幹
アンダーソン・毛利・友常法律事務所外国法共同事業 パートナー弁護士・ニューヨーク州弁護士
2000年東京大学法学部卒業。2002年弁護士登録、アンダーソン・毛利・友常法律事務所入所。2007年米国ニューヨーク大学ロースクール卒業(LL.M.)。2008年ニューヨーク州弁護士登録。2007~2008年フランス・パリのHerbert Smith法律事務所にて執務。2014年~東京大学大学院薬学系研究科・薬学部「ヒトを対象とする研究倫理審査委員会」審査委員。国内外のM&A、JV、投資案件やファンド組成・投資、AI・データ等の関連取引・規制アドバイスその他の企業法務全般を取り扱っている。週刊東洋経済2020年11月7日号「「依頼したい弁護士」分野別25人」の「M&A・会社法分野で特に活躍が目立つ2人」のうち1人として選定。
水本 啓太
アンダーソン・毛利・友常法律事務所外国法共同事業 アソシエイト弁護士
2011年神戸大学法学部、2013年東京大学法科大学院卒業。2014年弁護士登録、2015年アンダーソン・毛利・友常法律事務所外国法共同事業入所。2022年米国カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)ロースクール卒業(LL.M.)、2022~2023年米国・ロサンゼルスのPillsbury Winthrop Shaw Pittman法律事務所にて執務。