改正プロバイダ責任制限法 - Business & Law(ビジネスアンドロー)

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改正の背景

現行法の概要

「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律」(以下「プロバイダ責任制限法」または単に「法」という)は、権利侵害情報が匿名で発信された際、権利を侵害されたと主張する者(以下「被害者」という)が、当該情報を発信した者(以下「発信者」という)を特定して損害賠償請求等を行うために、一定の要件を満たす場合には、プロバイダに対し、当該発信者の特定に資する情報(以下「発信者情報」という)の開示を請求することができる旨を定めている(法4条)。
具体的には、被害者は、①被害者の権利が侵害されたことが明らかであるときであって、かつ、②発信者情報の開示を受けるべき正当な理由があるときには、プロバイダに対して発信者情報の開示を請求することができる(法4条1項)。そして、これを受けたプロバイダは、原則として当該発信者の意見を照会した上で、開示をするか否かを判断することとされている(同条2項)。
プロバイダは、SNS等のサービスを提供する事業者(以下「SNS事業者等」という)と、インターネット接続サービスを提供する事業者(以下「通信事業者等」という)とに分けられる注1

実務における課題

ウェブサイトに権利侵害投稿が行われた場合、一般的に、SNS事業者等は、発信者の氏名、住所等の情報を保有していないことが多いため、被害者が被害回復を図るために投稿時のIPアドレスを端緒として、権利侵害投稿の通信経路を辿って発信者を特定する実務が定着している。
しかし、実務においては、第一に、近時、現行法における発信者情報開示の対象情報のみでは、発信者の特定が困難な場合がある。たとえば、投稿時のIPアドレス等を記録・保存していないSNS事業者等については、投稿時のIPアドレスから通信経路を辿ることにより発信者を特定することができない。
次に、発信者情報開示の場面においては、被害者が投稿後、一定の時間が経ってから権利侵害投稿に気がついた場合、SNS事業者等における開示手続に一定の時間がかかる場合等には、通信事業者等が保有するIPアドレス等の通信ログが請求前に消去されてしまい、発信者の特定をすることができないことがある。
さらに、発信者情報開示について、問題となる投稿が権利侵害に該当するか否かの判断が困難な場合等においては、プロバイダは発信者情報を裁判外で開示しないことが多い。そのような場合、被害者は

(a) SNS事業者等への開示請求を行い、発信者による権利侵害投稿の際のIPアドレスおよびタイムスタンプの開示を受ける。

(b) 通信事業者等への消去禁止の仮処分と開示請求により発信者の氏名および住所の開示を受ける。

(c) 被害者から発信者に対して損害賠償等を請求する訴訟を提起する。

という、3段階の裁判手続を行わなければならない。
このように、実務における課題として、①発信者情報開示の対象情報の範囲、②IPアドレス等の消去、③3段階の裁判手続が挙げられる。

改正に向けた動き

上記の実務的な課題、および、近時、特定の個人に対するSNS等における誹謗中傷が深刻な問題となっていることを踏まえ、「プラットフォームサービスに関する研究会」において、2020年8月に「インターネット上の誹謗中傷への対応の在り方に対する緊急提言」が取りまとめられ、これを受けて、2020年9月に「インターネット上の誹謗中傷への対応に関する政策パッケージ」が取りまとめられた。また、「発信者情報開示の在り方に関する研究会」が開催され、2020年12月に最終とりまとめ(以下「最終とりまとめ」という)が公表され、改正の方向性が示された。
そして、2021年2月26日に「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律の一部を改正する法律案」が閣議決定され、同日、国会に提出され、2021年4月21日に改正プロバイダ責任制限法(以下「改正法」という)が成立した。

発信者情報の開示対象の拡大

上記2.のとおり、①発信者情報開示の対象情報の範囲について、現行法における発信者情報開示の対象情報のみでは、発信者の特定が困難である場合があるという問題が存在する。
発信者情報の開示対象については、「氏名、住所その他の侵害情報の発信者の特定に資する情報であって省令で定めるもの」(法4条1項)と規定されており、氏名および住所以外については、省令注2において限定列挙されている注3
ところが、近年、主要なSNS事業者等の中で、ユーザID、パスワード等の必要事項を入力してアカウントを作成し、その後当該ユーザIDやパスワードを入力することによって自らのアカウントにログインした状態でさまざまな投稿を行うことができるもの(以下「ログイン型サービス」という)が増加している。実務的にも、ログイン型サービスにおいて権利侵害が生じた際、発信者の特定のためにログイン時のIPアドレスおよびタイムスタンプ(以下「ログイン時情報」という)の開示を求めることがあったが、ログイン時情報が現行法上の発信者情報に該当するか否かは明確でなく、裁判例も分かれている状況であった注4。そのため、この点を明確にするために、発信者情報の対象情報にログイン時情報を追加するべきであるとの指摘があった注5
ただし、ログイン時の通信と権利侵害の投稿時の通信とは別々の通信であるため、それぞれの通信の発信者が異なる場合にログイン時情報を開示してしまうと、当該発信者以外の者の通信の秘密やプライバシーを侵害することになりかねない。そのため、ログイン時情報は、権利侵害投稿の通信とログイン時の通信とが同一の発信者によるものである場合に限り、開示できることにする必要がある。
また、現行法では、原則として、権利侵害投稿に係るIPアドレスを辿って発信者を特定することを想定しているため、権利侵害の投稿時の通信ではないログイン時情報等の開示が認められるのはあくまでも例外的な取扱いである。したがって、ログイン時情報を開示するのは、侵害投稿時の通信経路を辿って発信者を特定することができない場合(たとえば、SNS事業者等が投稿時情報のログを保有していない場合)に限定するのが適切であり、また、仮に大量のログイン時IPアドレス等がSNS事業者等から通信事業者等に開示される場合には、通信事業者等において発信者を特定することが大きな負担になるため、開示の対象とすべきログイン時情報等の範囲については、発信者の特定に必要最小限度のものに限定するべきである。
このほかに、電話番号等によるSMS認証を行った際の通信に係る情報や、アカウントを取得する際の通信に係る情報等によっても発信者を特定することができる場合がある。これらの情報についても、ログイン時情報と同様に、発信者の特定にあたって有用かつ必要な情報であると考えられる。
そこで、改正法においては、発信者情報に含まれる情報として「特定発信者情報」を新設し、特定発信者情報については、(特定発信者情報以外の)発信者情報の開示要件に加えて、一定の要件を充足した場合に限り開示を認めることとした(改正法5条1項3号)。

新たな裁判手続の創設および特定の通信ログの早期保全

新たな裁判手続(非訟手続)の創設

上記2.のとおり、実務においては、さらに②IPアドレス等の消去、③3段階の裁判手続という問題が存在した。
これらの問題を解決するために、改正法によって、現行の開示請求権に加えて、柔軟な制度設計が可能である非訟制度注6―すなわち、上記③の問題を解決するために一つの手続の中で発信者を特定することができる手続を創設するとともに、上記②の問題を解決するために、上記手続の中に特定の通信ログを迅速に保全できるようにする仕組みを設定する―を導入することとされた。
さらに、裁判所は、被害者からの申立てを受けて、新たな裁判手続(非訟手続)として、以下の三つの命令を発することができることとした。

(a) SNS事業者等および通信事業者等に対する発信者情報の開示命令(以下「開示命令」という)

(b) SNS事業者等が保有する権利侵害に関係する発信者情報を、被害者には秘密にしたまま、通信事業者等に提供するための命令(以下「提供命令」という)

(c) 通信事業者等に対して、SNS事業者等から提供された発信者情報を踏まえ権利侵害に関係する発信者情報の消去を禁止する命令(以下「消去禁止命令」という)

これにより、一つの手続の中で発信者が特定されることになり、より円滑に被害者の権利回復が図られることとなる。

三つの命令の流れ

上記1.における(a)開示命令(改正法8条)、(b)提供命令(改正法15条)、(c)消去禁止命令(改正法16条)の流れは、図表1のとおりである。

図表1 三つの命令(開示命令、提供命令、消去禁止命令)の流れ

「発信者情報開示の在り方に関する研究会最終とりまとめ」(2020年12月)18頁図2を基に作成。

被害者は、発信者情報開示命令(改正法8条)の申立後、提供命令および消去禁止命令を申し立てることができる(改正法15条1項、16条1項)。提供命令および消去禁止命令は、SNS事業者等への開示命令に先立って行われる中間的な手続であり、迅速に行うことが求められるものであるため、裁判所は、開示命令に対する申立よりも先に、提供命令および消去禁止命令の申立に対する判断を出すことが想定される。すなわち、被害者が発信者情報開示命令の申立をした後に、提供命令および消去禁止命令の申立をした場合において、裁判所がすべての申立を認めるときは、

(i) 裁判所はSNS事業者等に対して提供命令を発令し、

(ii) SNS事業者等が保有する発信者情報により特定される通信事業者等に対して発信者情報を提供し、

(iii) 裁判所が当該通信事業者等に対して消去禁止命令を発令し、

(iv) 裁判所が当該SNS事業者等および通信事業者等に対して開示命令を発令し、

(v) 被害者は、開示命令により取得した情報に基づいて発信者に対して損害賠償請求訴訟を提起する

という流れになる。
なお、SNS事業者等の発信者情報から通信事業者等を特定する作業は、これまでは被害者が行っていたが、新たに創設された提供命令においては、発信者情報を被害者には秘密にした状態で通信事業者等に提供する必要があるため、当該特定作業はSNS事業者等が行うこととされている(改正法15条1項1号イ)。

三つの命令の内容

提供命令および消去禁止命令は、いずれも「発信者情報開示命令の申立てに係る侵害情報の発信者を特定することができなくなることを防止するため必要がある」ことが要件となっているが(改正法15条1項、16条1項)、これは比較的緩やかな要件であると解される。なぜなら、IPアドレス等の情報は常に消去されてしまう可能性があり、また、提供命令および消去禁止命令は、発信者の特定に結びつく情報を被害者に秘密にした状態で行われるため、プライバシー侵害等のリスクが低いからである注7。なお、提供命令または消去禁止命令を受けたプロバイダは、当該命令に対し、即時抗告をすることができる(改正法15条5項、16条3項)。
これに対して、開示命令の要件は、特定発信者情報以外の発信者情報については現行法と同様の要件であり、特定発信者情報については、より厳しい要件が課されている(改正法5条1項)。これは、適法な匿名表現を行った者の発信者情報が開示されるおそれが高まれば、表現行為に対する萎縮効果を生じかねないからである注8。また、開示命令の申立に対する決定に不服がある当事者は、当該決定の告知を受けた日から1か月の不変期間内に、異議の訴えを提起することができる(改正法14条1項)。そして、決定を認可し、または変更した判決で発信者情報の開示を命じるものは、強制執行については、給付を命じる判決と同一の効力を有する(改正法14条4項)。また、当該決定の告知を受けた日から1か月の不変期間内に、異議の訴えが提起されなかったとき、または当該訴えが却下されたときは、当該決定が確定判決と同一の効力を有する(改正法14条5項)。
なお、新たな裁判手続においても、現行法と同様に、被害者の相手方として、プロバイダが直接の当事者となり、また、プロバイダが当事者としての主張を行う前に、プロバイダは、発信者に対して、開示の請求に応じるかどうかについての意見を照会し、発信者が開示の請求に応じるべきでない旨の意見である場合には、その理由についてもあわせて照会することとされている(改正法6条1項)。

まとめ

改正法においては、①発信者情報開示の対象情報の範囲、②IPアドレス等の消去、③3段階の裁判手続という実務的な問題のうち、①については発信者情報の中に新たに「特定発信者情報」を新設して開示対象の範囲を拡大することにより、また、②および③については新たな裁判手続を創設するとともに、当該裁判手続において特定の通信ログの早期保全を可能とすることにより、それぞれ対応している。
本改正は、プロバイダ責任制限法が制定されて以来の大きな改正であり、実務に大きな影響を与えることが予想される。


注1  「発信者情報開示の在り方に関する研究会最終とりまとめ」(2020年12月)1頁。

注2  「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律第4条第1項の発信者情報を定める省令」(平成14年総務省令第57号)。

注3  「発信者情報開示の在り方に関する研究会中間とりまとめ」(2020年8月)(以下「中間とりまとめ」という)において、「電話番号」を発信者情報の開示対象に追加することが適当であるとされ、これを踏まえて、省令に「電話番号」(3号)が規定され、令和2年8月31日から施行されている。

注4  肯定例として、東京高判平成26年5月28日判時2233号113頁、東京高判平成30年6月13日判時2418号3頁。否定例として、東京高判平成26年9月9日判タ1411号170頁、知財高判平成30年4月25日(平成28年(ネ)第10101号)。

注5  中間とりまとめ10~14頁、最終とりまとめ7~11頁においてそれぞれ検討・指摘されている。

注6  訴訟事件と非訟事件を区別する本質的な基準について、多数説は、訴訟事件の裁判は法規を適用して紛争を解決するのに対して、非訟事件では国家が端的に私人間の生活関係に介入して命令処分をする点で、本質を異にすると解している(中野貞一郎ほか『新民事訴訟法講義』〔第3版〕(有斐閣、2018年)10頁)。

注7  最終とりまとめ21頁。

注8  最終とりまとめ28頁。

濱野 敏彦

西村あさひ法律事務所 弁理士・弁護士

2002年東京大学工学部電子工学科卒業、弁理士試験合格。2004年東京大学大学院新領域創成科学研究科修了。2007年早稲田大学法科大学院法務研究科修了。2008年弁護士登録。2009年弁理士登録。2011~2013年新日鐵住金株式会社知的財産部知的財産法務室出向。理系の大学・大学院の3年間、ニューラルネットワーク(今のディープラーニング)の研究室に所属し、プログラミング等を行っていたため、AI技術に詳しい。著作『AI・データ関連契約の実務―AI技術、限定提供データの創設を踏まえて』(中央経済社、2020年)『秘密保持契約の実務』〔第2版〕(中央経済社、2019年)ほか多数。