オンライン権利侵害に企業がとるべきブランド保護戦略 - Business & Law(ビジネスアンドロー)

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デジタルトランスフォーメーションが加速する昨今、インターネット上ではサイバー犯罪者によるブランドのなりすましや権利侵害の事例が後を絶たない。対する企業側のオンライン権利侵害に対するプロテクション体制は、巧妙化を増す犯罪者たちの手口を前に、脆弱度を増しているようにも見える。
では、現代企業にとって有効なオンラインブランド保護戦略とはどのようなものなのだろうか。非常に高度なセキュリティ体制で多くのオンラインブランド保護の実績を有し、世界の数多の企業に支持されるサービスプロバイダ・CSCジャパンの専門家と、先進的なブランドプロテクションを行う株式会社メルカリの担当者がその経験や戦略を紹介するセミナー 「オンライン権利侵害のテイクダウン判断に迷う時代に必要なブランド保護戦略~増加し続ける権利侵害と侵害タイプに対する優先順位付けのガイドライン」が行われた。

オンライン権利保護業界の実態とボトルネック

40億近いユーザーが無数に張りめぐらされたネットワークの網を利用して、さまざまな活動を行うインターネットの世界。そこには、企業が大切に育ててきたブランドを悪用する機会を狙う、サイバー犯罪者も数多く存在する。オンライン上で自社ブランドの信頼や価値を毀損される事態に陥った場合、当然ながら企業は、自社ブランドを守るために速やかに適切な対応をとらなければならない。しかし実際には、スピーディかつ有効な対策を講じられる企業はごくわずかでしかないのが現状だ。

その要因について、CSCジャパンのカントリーマネージャーを務めるサンドラ・シ氏は、「多くの日本企業で見られるオンラインブランド保護についての対策が、旧態依然とした“もぐら叩き”のようなアプローチになっていること、そして、オンラインブランド保護においていくつかの“ボトルネック”図表1)の存在が挙げられます」と指摘する。

図表1 オンラインブランド保護を妨げる四つのボトルネック

その一つ、「ビジネスモデル上のボトルネック」について、サンドラ氏は次のように語る。
「たとえば侵害品がプラットフォーム上で発見された場合、ブランドを持つ企業(以下、「ブランド企業」あるいは単に「ブランド」とする場合もある)としては“プラットフォーム側にそれを削除する責任がある”と感じますし、現状ではプラットフォーム側も、ブランド企業による侵害行為の立証があれば、その削除責任を受け入れています。とはいえ、インターネットサービスが進化した昨今、プラットフォーム側には日々、ブランド企業のみならず一般のインターネットユーザーや法執行機関などからも大量のクレームが寄せられるため、プラットフォーム側の処理能力の負担や対応コストの増大を招いてしまっています。その点、ブランド企業とプラットフォームとの間に立ち、権利行使を代行するのがサービスプロバイダ(以下、単に「プロバイダ」とする場合もある)ですが、現在のビジネスモデルでは、限られたコストの範囲内で大量のクレームへの対応が要求されるため、結果的に、サービスプロバイダ側の“クレーム対応のテンプレート化”が進んでしまっているのです」(サンドラ氏)。

本来、質の高いブランド保護と権利行使のためには、

・ 調査

・ 情報収集

・ 真正性の識別

・ クレームの作成

・ 証拠の提示

など、侵害の根拠を主張するに至るすべての段階において、法務や知財はもちろん、技術やインターネットポリシーなど、複数の分野にまたがる知見を持つアナリストや弁護士の専門性が求められるが、“質”よりも“量”を追求するあまり、テンプレート化されてしまったクレームでは、そうした専門性は活かされず、当然、クレーム自体の質も低下することになる。
「結果、クレーム処理の成功率は大きく低下し、ブランド企業からサービスプロバイダに転嫁されたコストが、今度はプラットフォーム側に転嫁されることになり、プラットフォーム側はクレーム処理の成功率の向上のため、より精度の高い証拠の要求や制限ポリシーの強化といった対応をとらざるをえなくなります。そうなれば、ブランド企業に新たなポリシーなどへの対応に要するコストが発生し、結果として、ブランド保護のコストがブランド側に追加で転嫁されるという悪循環(図表2)が起きるのです」(サンドラ氏)。

図表2 オンラインブランド保護を妨げるコスト転嫁の悪循環

では、そうした悪循環を改善するためにはどのような方法があるのだろうか。
サンドラ氏は、「ブランドを持つ企業とプラットフォーム、サービスプロバイダの三者が、ブランド保護のコストを押しつけ合うのではなく、“侵害者に転嫁する”あるいは“互いのコストを効率的に吸収し合う”といった同じ目標を持ち、パートナーとして協力することが重要なポイントになります」と指摘する。
サンドラ氏によると、オンライン上での権利侵害における侵害コンテンツの効果的かつ速やかなテイクダウンには、まずはブランド企業が

・ 侵害に対する明確な定義

・ テイクダウンすべきかの判断基準

・ 真贋を判断するためのホワイトリスト

などをきちんと用意しておくことが重要だという。
「当社のようなサービスプロバイダの役割は、こうしたブランド企業の判断基準や資料をもとに、侵害コンテンツに対して速やかに調査を行い、適切なクレームを立て、ブランド企業の損失を最小限に抑えることですが、そうした速やかな対応には、プロバイダ側の経験や人脈、ブランド企業との日々のコミュニケーションが不可欠となります。ブランド企業にとっては、自社のポートフォリオやプラットフォームのポリシーへの理解が深い、信頼のできるプロバイダの選択が、ブランド保護のコスト抑制につながるのです」(サンドラ氏)。

企業が準備すべき侵害に対する定義と判断基準

日本最大のフリマサービスなどで有名な株式会社メルカリでは、従来は法務と知財の各チームで個別に対応していたオンラインでの権利侵害事案に会社全体として対応するため、各部を横断するブランドプロテクションのプロジェクトを設置した。
「当社では、メルカリのお客様が梱包の方法や商品情報の書き方などのノウハウをブログで掲載してくださることを“ファン活動”と捉えているのですが、こうした活動の中にも、形式的な知財侵害が含まれる場合があります。従来、当社では“どのような場合にテイクダウンを行うのか”の基準が明確ではなく、対応に苦慮する事例もありました。こうしたことから、会社としてテイクダウンの基準を作り、事例を収集しながらその基準をさらに精緻化していくという方針のもと、プロジェクトを立ち上げました」。メルカリのIntellectual Propertyマネージャ・弁理士の上野英和氏は、プロジェクト発足の経緯をこう説明する。
プロジェクトの発足に伴い、権利侵害の通報窓口も一本化し、社内外に周知。現在は、オンラインで販売されるメルカリを謳った情報商材をはじめ偽のECサイトなど、月に数十件の通報を受け付け、テイクダウンなどの対応を行っている。

上野氏によると、同プロジェクトには、ブランド、セキュリティ、法務、政策企画、知財の各チームからそれぞれ1名以上が参加。それぞれの出身チームの特性を活かし、

・ ブランド毀損の判断(ブランド)

・ 偽サイトに関連するフィッシング対策(セキュリティ)

・ 利用規約違反などのチェック(法務)

・ 省庁や業界団体との連携(政策企画)

・ 偽サイトのドメインなどの調査や侵害の判断と実際のテイクダウンの申立て(知財)

などを担当するという。

同社カスタマーマーケティング担当の上村一斗氏は、同社が定義するブランド毀損の基準について、「ファン活動を超えるものや、“メルカリ公認・公式”と誤認するような発信や表記がされている場合は“ブランド毀損”と判断します」と説明し、代表的な侵害事案として、以下の五例を紹介した。

▶ メルカリを使った副業に関するセミナーへの参加募集

→「ファン活動を超える」「メルカリ公認/公式と誤認する」に該当すると判断。知財侵害・規約違反も認められたため、テイクダウン対応へ。

▶ メルカリの名を使った第三者アプリ

APIを利用してフリマアプリの出品通知や一括検索が行えるアプリがStoreに掲載された事例。

→「ファン活動を超える」「メルカリ公認/公式と誤認する」に該当すると判断。知財侵害も認められたため、テイクダウン対応へ(現在はStoreから削除済み)。

▶ クラウドソーシングサービス上の募集

メルカリの名を使った効率化ツールの開発を募集した事例。

→「ファン活動を超える」「メルカリ公認/公式と誤認する」に該当すると判断。規約違反や知財侵害も認められる事案が複数存在するため、プラットフォーム事業者と連携体制の構築に着手。

▶ FAKEサイト

メルカリの出品情報をコピーし、販売しているような外見を持つ偽サイトが出現した事例。

→「ファン活動を超える」「メルカリ公認/公式と誤認する」に該当すると判断し、政策企画メンバーが消費者庁通報を行う等の対応を実施。

▶ 中国人向け偽サイト

メルカリの出品情報をコピーし、中国人向けに販売していたと思われる偽サイトが出現した事例。

→「ファン活動を超える」「メルカリ公認/公式と誤認する」に該当すると判断し、テイクダウン。CSC社に当該偽サイトの運営者の調査を依頼し、特定にも成功。

上村氏は、同プロジェクトの展望を「メルカリグループ全体のコーポレートやサービスブランド活動への貢献を目指す」と語る。
「権利侵害事案への対応については、現在の国内フリマ事業を統括するプロジェクトから、いずれはグループ全体に展開するプログラムとなるように、事例の収集や判断フローのブラッシュアップなどを行っていきたいと考えています。一方で、メルカリの価値を広める活動をしてくださるお客さまの発信活動については、クリエイターのみなさまにメルカリの魅力をSNSで安心安全に発信していただける世界を作っていけるよう、ガイドラインやナレッジの提供も行っていきたいですね。“ブランドプロテクション”とはいえ、“守り”を固めるだけでなく、“攻め”のアクションにもつなげていきたいと思っています」(上村氏)。

ケーススタディから得られる知見や最近の権利侵害のトレンド

CSCでは、自社のブランド保護ソリューションであるディスカバリーエンジンを活用し、オンライン上のコンテンツやドメイン登録、SNSなど複数のチャンネルを監視。侵害の可能性のある行為などを特定したうえでクライアントに報告し、スピーディな対応を行っている。同社のモニタリングプログラムでは、クライアントが重視する侵害行為を優先的に報告することはもちろん、関連情報を得るための分析を行うなど、クライアントのニーズに応じた対応が可能だという。

同社のモニタリングアナリストであるアンデリード・カール氏は、主要なオンラインでの侵害行為として

・ 不正なドメインの登録

・ 商標や著作権の不正使用

・ ブランドのなりすまし

・ オンライントラフィックのリダイレクト

・ 機密情報の公開

などを指摘。こうした行為を放置すると、顧客が正規チャンネルから流出し、模倣品の流通が拡大するなど、エンドユーザーや関連企業など多くのステークホルダーにまで影響が及び、最終的には、ブランドの信頼失墜やイメージの低下、収益の減少にまでつながるリスクがあるという。さらには、「不正に登録されたドメインがフィッシング攻撃や他の詐欺行為に使用され、サイバー犯罪者たちが企業の機密情報や重要なシステムへのアクセスを獲得する恐ろしいツールになる可能性もあります」と、カール氏はセキュリティ面のリスクにも言及する。

オンラインでのオペレーションが企業活動において必須になりつつある昨今において、オンラインブランド保護の必要性は、B to BとB to Cといったビジネス形態を問わず増しているとカール氏は指摘。「特に国際的なネットワークを持つ企業の場合は、ドメインポートフォリオや商標の使用権などの管理が複雑化するため、ブランド侵害のリスクが高まります」(カ―ル氏)。特にグループ企業などの場合は、オンラインセキュリティに関心に低い部署や子会社などがあると、そのような“隙”から網の目のように攻撃が仕掛けられていくケースもあるという。自社ブランドを守るためには、組織“全体”で高い意識を持つことが重要になる。
「最近は、ロゴなどを不正利用してブランドオーナーと協力関係に見せるケースや、製造業者や卸売業者が模倣品を正規品として装って販売したり、代替性を謳ったりするケース、そして、オンラインセキュリティにも関わる不正なドメイン登録も増えています。特に不正なドメイン登録については、企業やブランドのWebサイトの不正コピーやフィッシング攻撃への使用、さらにはランサムウェア攻撃やビジネスメール詐欺など、より深刻な被害につながることもあるので、注意が必要です」(カール氏)。

では、実際にCSCが関わった権利侵害の事例にはどのようなものがあるのか。同社のブランド・エンフォースメント・アナリストである相澤真珠氏は、事例を物販系とコンテンツ系に分けて、ケースごとの特徴やテイクダウンにおける課題・必要な証拠などを図表3図表4のように整理して紹介した。

図表3 物販系での権利侵害の事例

図表4 コンテンツ系での権利侵害の事例

ただし、昨今は、こうした侵害行為もますます巧妙化・クロスチャネル化が進んでいるという。こうした課題に対応するため、同社では複数のチャンネルでのモニタリングのみならず、権利行使にあたっては国境を越えた連携を重視・強化していると、相澤氏は語る。
「日本企業のブランドを保護するために、国外のウェブサイトでもテイクダウンを行う必要がある場合には、当該国との時差やスピード感の認識の差などで通知が迅速に処理されないケースもあります。そのような場合であっても、他のリージョンで活躍するCSCのアナリストと緊密に連携することで、迅速な対応が可能となっています」(相澤氏)。

締めくくりとして、相澤氏はブランド企業が取り組むべき課題について以下のように指摘する。
「企業のブランド保護にあたっては、信頼のおけるプロバイダの活用はもちろんですが、やはり社内でホワイトリストや偽物を判別するためのガイドラインを策定しておくこと、そして、自社ドメインや商標のリスト作成といったポートフォリオを管理することが重要です。こうしたものが揃っていると、権利行使のスピードを格段に高めることができます。権利侵害の増加や、手口の巧妙化が進んでいる今だからこそ、効果的なブランド保護のための素地を築いておいてはいかがでしょうか」(相澤氏)。

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サンドラ・シ

CSC 日本カントリーマネージャー

香港出身。日本に7年以上在住し、日本企業との協業歴も10年以上を有するなど、日本文化へ深い理解を持つ。APACの市場開拓担当として2016年CSC入社し、日本企業に従事した後、2019年~日本カントリーマネージャー。グローバルのサイバーセキュリティやオンライン権利侵害に関する深い知見を持ち、日本の企業の商習慣とビジネス体制に合わせた最適なアドバイスを提供。「デジタル資産管理が進んでいる欧米での事例や知見をまとめ、ニーズが高まって来た日本市場へデリバリーする」という使命感を持ちながら日々さまざまな活動を展開している。

上野 英和

株式会社メルカリ Intellectual Property マネージャ 弁理士

電機メーカおよびゲームメーカにて特許の権利化および係争を担当し、2018年8月メルカリに入社。以降、知財全般を担当。

上村 一斗

株式会社メルカリ Customer Marketing 担当

2016年1月、新規サービスのCSチーム立ち上げ担当としてメルカリに入社。CSメンバーの採用・育成を担当する部門のマネージャーを経て、2019年7月にイベント等を通じてお客さまとの接点を直接持つCommunityチームやBrandingチームを新たに立ち上げ、マネージャーとして従事。現在はCustomerMarketing担当としてさまざまなプロジェクトを推進。

アンデリード・カール

CSC アソシエイト ブランド モニタリング アナリスト

CSC入社後、モニタリングアナリストとして主に日本やAPACのクライアントのブランド保護活動をサポート。日本に在住経験があり、日本語や日本の文化に深く興味を持つ。日本の著名なスポーツ用品メーカー(マーケティング、eコマース関連業務担当)に約6年間勤めた経験・知識を活用しながら、幅広い観点からのオンラインのブランドモニタリングサービスを提供している。

相澤 真珠

CSC ブランド・エンフォースメント・アナリスト

人工知能のテストエンジニアを経てCSCへ入社。ボーダーレスな環境でさまざまなオンラインブランド保護のニーズに対応。市場開拓、R&D、プロジェクトマネジメントを多角的な視点で理解し、ソリューションやリスク管理を総合的に判断しながらお客様をサポートしている。

[モデレーター]名越 皓司

CSC 日本市場担当

高炉系鉄鋼メーカー出身。海外でIT・知財管理業務などを経て、2018年CSC入社。これまで数多くのグローバル企業のドメイン管理統合プロジェクトへ従事。日本企業が抱える課題やニーズを理解したうえで、日本企業に合ったデジタル資産管理やオンラインブランド保護の推進を精力的に続けている。