VUCA時代の到来
私は、約30年の社会人キャリアの中で27年間、法務に関連する業務に携わっています。現在は電子部品メーカーの法務部長として、グループ全体で約30名の法務スタッフをマネジメントしながら、リーガルオペレーションの進化に取り組んでいます。
私が社会人になってから今まで、ビジネスの環境は大きく変わり続けています。企業の経営システムは単体ベースから連結ベースに移り、ビジネスの範囲も日本中心から世界全体へ広がりました。また、FTAの推進により関税の障壁が、そして積極的な移民政策により国境の壁がなくなり、いわゆる“世界のフラット化”が急速に進行しました。ところがここ数年、“ポピュリズム”と呼ばれる大衆迎合的な政治思想の台頭により保護貿易政策が推進され、さらには新型コロナウイルス問題により国をまたぐ移動が制限され、今度は世界が“フラット化”から“ブロック化”へと進んでいます。
どちらもまったく先の読めない問題であり、まさに“VUCA時代の到来”という表現がぴったりではないかと考えています。
問いかけへの検討
―外部の法律事務所がいらなくなるシナリオはありうるのか?
久保弁護士から、「リーガルオペレーションの将来において、企業の法務部門にとって、外部の法律事務所はいらなくなるというシナリオがありうるか?」という問いかけをいただきました。この論点を議論するため、まずは、企業が法律事務所へ委託する業務の内容を整理してから、私の見解を述べたいと思います。
弁護士への依頼方法の変化―顧問弁護士かタイムチャージか
伝統的に日系企業は、特定の弁護士と顧問契約を締結し、弁護士費用を月額で固定して、日常的な法律相談を行う“顧問弁護士制度”を採用してきました。ところが昨今、法務部門の案件処理レベルが向上するにつれて、先進的な企業の法務部門や大企業の法務部門などでは日常的な法律相談は社内で内製化され、会社法、労働法、競争法といった専門的な法領域に対して専門知識を持つ弁護士にタイムチャージベースで案件を依頼するケースが増加しています。
ただし、発展途上の法務部門、スタートアップ企業、中小企業、弁護士の絶対数が少ない地方都市では顧問弁護士を起用することのメリットが少なくなく、また大企業でも、地方都市に一定数の案件がある場合や経営者のコンサルタント役として顧問弁護士制度を活用しているケースもあります。
(1) どのような業務を外部弁護士に依頼するのか
私は、法律事務所への委託内容を①一般法律相談、②専門法律相談、③業務委託の三つに区別しています。
①一般法律相談は、法務部門で処理される日常的な法理問題に対して、他社動向を確認したい場合に実施しており、例えば、新型コロナウイルスに関連するオフィス賃料減額交渉について、世間一般の動向や不動産業界の動きなどを確認したい場合等に実施しています。
②専門法律相談は、特定領域の法律問題について、最新動向や詳細情報を確認したい場合や、訴訟等の紛争案件が発生した場合に実施しています。特に、訴訟案件については、簡易裁判所案件や労働審判は社内弁護士で対応できますが、地裁レベル以上の訴訟案件は、日々実務をこなし訴訟実務に精通している弁護士に委託することが望ましいと考えています。
最後に、③業務委託については、M&Aのデューデリジェンス、法令リサーチ、一定量の契約審査等、法務部門で発生する作業系の業務を外注します。
(2) 企業の事情によって外部弁護士との関係はさまざま
企業と弁護士の関係性については、率直なところ、企業の法務機能のレベルが大きな影響を与えます。
そもそも法務機能がない、あるいは法務機能が弱い会社は、法律問題の整理、分析、回答というすべての法律相談プロセスに弁護士を関与させる必要があるため、顧問弁護士のような密着型サービスに対するニーズが高いと考えられます。一方で、既に充実した法務機能を社内に持つ企業であれば、法律問題の整理、分析、回答というすべてのプロセスを内製化できるため、法務担当者が回答を作成するために必要な情報を入手することを目的として弁護士を活用します。
業務処理コストを考えて弁護士への業務委託を選択することもあります。たとえば、スタートアップ企業では、法務機能を社内で持つよりも外注した方が固定費抑制の観点から有利であることが多く、さらに法務機能を社内に持つ企業でも、M&Aにおけるデューデリジェンス等の一時的な作業は、内製化するよりも外注した方が有利であると考えられます。
企業法務から見た弁護士・弁護士事務所の課題と未来像
弁護士について考えてみると、私としては、二つの大きな課題があると考えています。
最初の課題は、ずばり“競争を促進する環境がない”ということです。競争を促進するためには、提供するサービスの内容、品質、価格が開示され、それぞれが適切に評価される仕組みが必要で、さらにこれらの情報が広く公開されていなければなりません。
現状、弁護士の評価制度を持つ企業は少数ですが、これから評価制度を構築していく企業が徐々に増加していくと思われます。具体的には、評価指標として、①コスト、②スピード、③品質、④サービス提供分野、⑤ネットワーク等を設定し、それぞれを3~5段階で評価するケースが多いと考えられます(図表1参照)。将来的に、このような弁護士の評価情報が企業の枠を越えて一般に公開されると、弁護士間の競争が促進され、より良いサービスが生まれるのではないでしょうか。
図表1 弁護士評価のイメージ
二つ目の課題は、“法律事務所業務のシステム化の遅れ”です。たとえば、アメリカではビリングシステムを通じて請求書を法律事務所から企業へ送付することが一般的になりつつありますが、日本の法律事務所はなぜかオンプレミスにこだわり、クラウド自体を受け入れないところも多いと聞いています。銀行がクラウドを活用する時代になぜこのようなスタンスを継続するのか大いに疑問です。
これから近い将来、クライアントである企業と法律事務所がEメールではなくクラウド上のプラットフォームでつながる時代が来ると考えています。
法務部長から弁護士への問いかけ
弁護士は“競争”をどう考える? 弁護士から見た企業法務の課題は何か?
これからの企業は、弁護士を適切に評価し、ニーズに応じて最適な弁護士を選択していく時代になると思います。マーケットの中で、コスト勝負の弁護士、品質勝負の弁護士、営業力勝負の弁護士、人間性勝負の弁護士、専門知識勝負の弁護士、ネットワーク力勝負の弁護士…といった、弁護士それぞれの個性が際立つ世界で競争が促進される姿が理想なのではないでしょうか。
私からの今回の問いかけは、「弁護士は競争についてどう考えるのか?」ということです。弁護士は競争をポジティブに捉えるのか、それともネガティブに捉えるのか。そして、どのようにサービスを差別化していくのか、非常に興味があります。
あともう一つ、弁護士から見た“企業法務の課題”は何でしょうか。多くのクライアント企業に接している久保弁護士の率直なご意見をお聞きしたいと思います。
佐々木 毅尚
「リーガルオペレーション革命」著者
1991年明治安田生命相互会社入社。アジア航測株式会社、YKK株式会社を経て、2016年9月より太陽誘電株式会社。法務、コンプライアンス、コーポレートガバナンス、リスクマネジメント業務を幅広く経験。2009年より部門長として法務部門のマネジメントに携わり、リーガルテックの活用をはじめとした法務部門のオペレーション改革に積極的に取り組む。著作『企業法務入門テキスト―ありのままの法務』(共著)(商事法務、2016)、『新型コロナ危機下の企業法務部門』(共著)(商事法務、2020)、『電子契約導入ガイドブック[海外契約編]』(久保弁護士との共著)(商事法務、2020)、『今日から法務パーソン』(共著)(商事法務、2021)、『リーガルオペレーション革命─リーガルテック導入ガイドライン』(商事法務、2021)。
著 者:佐々木 毅尚[著]
出版社:商事法務
発売日:2021年3月
価 格:2,640円(税込)