リーガルテックで創造する「新たな法務実務」 - Business & Law(ビジネスアンドロー)

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2010年代後半から日本でも製品が多くリリースされ始めたリーガルテック。2020年以降、新型コロナウイルス感染症の流行に伴うリモートワークの導入拡大も追い風となり、法務のデジタル・トランスフォーメーションの動きもますます加速している。
今後、企業の法務実務のあり方はどのように変わっていくのだろうか。リーガルテックによる法務実務の「標準化」がもたらす企業法務の未来像について、株式会社LegalForce代表取締役社長の角田望氏が、主に日本企業における契約実務の研究を重ねてきた一橋大学法科大学院法学研究科教授の小林一郎氏に聞いた。

日本における契約実務の「進化論」

角田氏 NBL 2022年5月1日号(1217号)・5月15日号(1218号)掲載の小林先生の論文「契約実務におけるリーガルテックの活用とその将来展望―リーガルテックによる契約実務の標準化と契約スタイルの変容」を拝読しました。近い未来のテクノロジーによる契約実務の変容などについてとても示唆的であると同時に論考の解像度が高く、個人的にも非常に感銘を受けました。

小林氏 私は長らく企業に勤め、企業法務の現場でさまざまな契約やプロジェクトに関わってきました。そうした中で、「契約実務について、企業法務の現場では今までどのような変化があり、今後どうなっていくのか」といったことに興味を持つようになり、現在は大学で研究を進めています。
弁護士の数も少なく社会全体としても契約の重要性に対する理解が進んでいなかった高度成長期から現代に至るまでの日本の契約実務の進化において、一つの大きなキーワードとして挙げられるのは「標準化」です。
たとえば、各企業がさまざまな契約を締結していく中で、定形的な条項はボイラープレートのように残っていきます。こうした条項にさらに各企業の法務担当者が工夫を凝らし、模範となるモデルや雛形、つまり「標準化」された「型」を創造してきました。これが、法務実務、特に契約実務に関する大きな流れだと考えています。

角田氏 小林先生のおっしゃる「標準化」とは、単なる「平均化」ではなく、「ペストプラクティスが“標準”として体系化されていく」という意味でしょうか。ビジネスのリスクをよりコントロールできる契約として、歴史的な知恵や試行錯誤の結果が凝縮していった先に標準化があると。

小林氏 はい。「あるトライをしてリスク管理に失敗した」という経験から、その経験を次に活かすために新たな条項を設けてリスクの極小化を図っていく。それを繰り返すことで次々と新たな契約条項が生まれ、その積み重ねが契約書のモデルフォームを進化させてきたのです。このように、日本の契約実務は、契約書作成時のみならず、契約締結後の結果のフィードバックと、その結果に対する新しい打ち手の検討を重ねながら進化してきました。
1980年代や1990年代は、各企業の法務部門の担当者が過去取り交わした契約書などを参照しながらコツコツとバージョンアップを図ってきました。2000年代以降、欧米の契約実務が日本にも流入しましたが、それまでの日本の契約文化とうまく融合しながら、現在の契約書のモデルフォームを創り上げています。

法務の課題となる契約のライフサイクルマネジメント

角田氏 私も弁護士として契約書のチェックやレビューの依頼は多くありましたが、自らが関わった契約について締結後まで関与する機会はほとんどなかったように思います。一方で、企業の法務部には契約書に関するPDCAサイクルを回せる素地がありますね。

小林氏 特に大企業の法務部では、契約開発室や業務開発チームなど、ナレッジマネジメントを担当する部署を作り、締結された契約書の帰趨を追いかけ、その結果を新たな契約実務に反映させていくという努力を重ねています。それが企業内に法務部を持つことの一つの意義であるとも思います。

角田氏 まさにコントラクトライフサイクルマネジメントですね。とはいえ、事業部門との関係などもあり、締結後の契約をフォローし続けることが難しかったり、そうした体制構築のリソースやコストに悩まれたりする企業法務部の方も多くいらっしゃいます。そうした方々に向けて、小林先生からアドバイスをいただけますか?

小林氏 現代のように契約件数が増加し、その内容も複雑化してくると、契約書のデータベースの作成と管理・分析、アップデートを自前で、なおかつ人海戦術で行うのは、人員も時間も、コストもかかります。そこで、必要になるのは、ITの活用です。とはいえ、やはり一社の取り組みだけでは限界があります。その意味で、各企業では手の回らない契約ライフサイクルマネジメントを補完するような、複数の企業のナレッジを束ねるリーガルテック事業者の有用性も高まっていると考えています。
「コントラクトライフサイクルマネジメント」というキーワードは、何も目新しいものではありません。企業の法務部のみなさんが長年にわたって抱えてきた課題であり、いままさに、解決が求められているものとして、言葉として自然と顕在化したものなのです。

契約書の雛形に込められた「メッセージ」を隅々まで落とし込む

角田氏 現在、法務部のミッションは、「契約書をきちんと作ってリスクマネジメントをすること」に重きを置かれているように感じます。しかし、今後は、契約事項を事業部門がきちんと守っているかをチェックする役割はもちろん、契約交渉の末に苦労して獲得した権利をビジネスにどう戦略的に活かすのかを検討して意思決定を行うなど、法務部門の役割が新たなフェーズに入っていくのではないでしょうか。

小林氏 そうですね。まず「内部統制の強化」において、契約コンプライアンスは「基本動作」とも言うべき主軸でもあります。しかし、特に大企業などでは、あまりの契約数の多さに、法務部がすべてをチェックできないという現実があります。
もちろん、最後は法務部で個別にクオリティコントロールをしていくわけですが、入り口のところでは、雛形のようなモデル契約書を活用したり、チェックリストや細かなメッセージを用意して、最低限の確認を各事業部門でも行ってもらえるようなプロセスを設けたりと、各社が自社の状況に応じた工夫を凝らしています。
そう考えると、コントラクトライフサイクルマネジメントにおいては、「雛形などのアセットを活かしながらもよりクオリティの高い標準モデルを各企業で作り上げ、それを各事業部の末端の担当者にまで浸透させる」というプロセスが必要になります。具体的には、過去のナレッジを蓄積して最新のリスク管理の手法を見出すといったことはもちろん、それをどのようにして平易なメッセージで末端にまで伝えていくか、さらにはよりクオリティの高い契約を作るためにどのような審査プロセスを導入するかといったことまでが、そのミッションになってくるのではないかと思います。

角田氏 コントラクトライフサイクルマネジメントにおける法務部門の役割は、より高いレベルでリスクマネジメントの「型」を標準化(①)し、それをわかりやすい言葉で現場に広め(②)、同時にモニタリングを行う(③)…ということですね。
特に2番目の現場へ浸透の部分では、そもそもの標準化の背景にある理論だったり、標準化した契約モデルによってどのようなリスクマネジメントが行われているのかといった基本的な部分について法務部員がしっかりと理解していないと、事業部門の隅々にまで行きわたるようなわかりやすいメッセージは出せないように感じます。

小林氏 おっしゃるとおりです。標準化された契約書は、業務効率化のためのツールではあると同時に、実はメッセージでもあります。その会社のポリシーとして絶対に必要な条項があったり、独自の角度からの検討がされていたり、あらゆる要素がフィロソフィとして契約書に入り込んでいるのです。そうしたフィロソフィを平易な言葉で末端にまで浸透させることができれば、企業が持つ事業構想を契約に落とし込む第一歩を、非常にスムーズに進めることができる。各社が独自に作成する契約書の雛形には、実は大きな付加価値があるのです。

角田氏 各社の契約書の雛形には、ビジネスリスクを適切にマネジメントするための叡智が詰まっているわけですね。

小林氏 はい。そのとおりです。

リーガルテックによって進化する契約実務

角田氏 そうした雛形の作成や標準化をはじめとする契約実務に、リーガルテックやAIなどがどのように貢献できるのか。小林先生のお考えをお聞かせいただけますか。

小林氏 リーガルテックの活用による目に見える第一の効果として、抜け漏れのチェックによる契約書の最初のドラフティングのクオリティの向上や、作業の効率化が挙げられます。
「標準化」という点においては、同じ売買基本契約書でも商品類型ごとにモデル契約書や雛形が無数に細分化されていくと、参照すべき雛形がどこにあるのかわからなくなってしまったり、せっかくの叡智を使いこなすことが難しくなってしまう可能性があります。そこで、テクノロジーを活用し、分散された標準化モデルを上手に整理して、担当者に必要な情報をアウトプットしていくような仕組みを作っていく。そうした仕分けはAIの得意とするところですし、契約書の差分分析などを行って、目当てのモデル契約書をすぐに見つけてくれるようなものがあれば便利だと思います。

角田氏 たしかに、同じ売買契約でも野菜を売るのと機械を売るのでは、想定されるリスクはまったく違います。先生のおっしゃる「標準化」ではない、「単純化」されたモデル契約書を使ってしまうとリスクが適切に制御できないおそれがありますし、一方で、あらゆる「機械」製品についてまでモデル売買契約書を細分化さてしまうと、今回の契約において最適なモデル契約書は何かがわかりにくくなってしまう。AIやリーガルテックによって適切な「標準化」を図るということについて、我々も今後の課題として検討していきたいと思います。

小林氏 将来的にリーガルテック企業のみなさんに求められるのは、「どれだけコンテンツや“型”を用意できるか」だと思います。そのためには、各企業に蓄積されたナレッジをうまく共有し、活用していくことが不可欠です。
各企業のナレッジがビッグデータとして収集されることで、きめ細かな「標準化」が生まれ、業務効率化はもちろん最新のリスクへの契約書上での対応の工夫が、さらに多くの企業に行きわたっていく。これがコントラクトライフサイクルマネジメントの理想の形ではないでしょうか。
LegalForceさんをはじめとする日本のリーガルテック企業のみなさんには、そうした役割の中心を担っていただくことを期待しています。

角田氏 ありがとうございます。ただここで悩ましいのは、業界標準を作っていくためには各企業のナレッジをシェアしていく必要性がある一方、契約の条件やリスクをマネジメントする手法は、会社にとっての守秘情報でもある点です。こうしたニーズとの背反的な側面をどう解決していくかについて、何かアイデアはお持ちでしょうか。

小林氏 企業の法務自身が内部統制の中で解決しなければならない問題はたしかにたくさんあります。ただし、契約書は必ず相手があるものなので、自分が作り上げた契約書は少なくとも2社の間で共有され、新しい契約リスクマネジメントの問題意識が双方に共有されることになります。そして、そこで共有された問題意識がさらに別の当事者との取引で何らかの形で共有されると、意識しなくても伝播されていく。各社の企業秘密をこじ開けなくても、すべての当事者が共通して立ち向かうリーガルリスクについてはこのように自然に伝播していくし、これまでもこのようにして各社が雛形を作り、役所がモデルフォームを作り、契約実務は進化してきました。

角田氏 その視点はありませんでした。たしかに、一つの契約書を作成する中で思いついたアイデアはいろんな取引先に使うことになるので、実は当事者間だけで閉じない。契約にはこのような形でネットワーク外部性が存在するのですね。

リーガルテックと人間の役割分担

小林氏 もちろん各社の個別の課題というのは存在し、それは閉じた世界でしっかり解決する必要があります。こうした自社固有のリスクについては、企業は今後も徹底して人とナレッジと時間をかけて対応していくべきです。ただ、ユニバーサルなリスク課題についてはもっと効率的なやり方があり、それがリーガルテックがいま脚光を浴びている理由だと考えています。

角田氏 それこそがテクノロジーでうまく効率化していくべき部分と、個別の事案ごとに人の手でオーダーメイドでリスクをマネジメントしていくべき部分の役割分担への示唆なのかもしれません。

小林氏 そのとおりだと思います。標準化できるところはリーガルテックで解決できても、企業の個別課題や新しい課題の解決は人間である法律家の目を通さないと解決できません。そこをリーガルテックに期待することは現実的ではないでしょう。

角田氏 おっしゃるとおりだと思います。リーガルテックを使ってうまく標準化・効率化した土台の上に、契約実務をより高度化させていく役割を私達人間が担っていくというのが一つの方向性でしょうね。

小林氏 そうですね。ですから、リーガルテックがいかに発展しても、人間の仕事は絶対に減らない。企業法務の仕事はどんどん高度化していき、いま以上に忙しくなっていくのだろうと思います。

 株式会社LegalForce 

2017年に大手法律事務所出身の弁護士2名によって創業され、弁護士の法務知見と自然言語処理技術や機械学習などのテクノロジーを組み合わせ、企業法務の質の向上、効率化を実現するソフトウェアの開発・提供をしています。
京都大学との共同研究をはじめ、学術領域へも貢献しています。2019年4月より契約審査プラットフォーム「LegalForce」、2021年1月よりAI契約管理システム「LegalForceキャビネ」を提供しています。


▼ 契約審査プラットフォーム「LegalForce」

https://legalforce-cloud.com/

▼ AI契約管理システム「LegalForceキャビネ」

https://legalforce-cloud.com/cabinet

小林 一郎

一橋大学大学院法学研究科教授

1994年東京大学法学部卒業、三菱商事株式会社入社。2003年コロンビア大学ロースクール卒業(LL.M)。2004年ニューヨーク州弁護士登録。三菱商事コンプライアンス委員会事務局長、法務部部長代行を経て、2022年4月より一橋大学大学院法学研究科教授。著作「米国契約法における帰責性(fault)の役割」NBL 1062号27頁、「契約実務におけるリーガルテックの活用とその将来展望―リーガルテックによる契約実務の標準化と契約交渉スタイルの変容(上)(下)」NBL 1217号38頁・1218号40頁ほか多数。

角田 望

株式会社LegalForce 代表取締役社長・弁護士

2010年京都大学法学部卒業。2012年弁護士登録。2013年森・濱田松本法律事務所入所、M&Aや企業間紛争解決に従事。2017年に法律事務所の同僚である小笠原匡隆(現・LegalForce代表取締役共同創業者)と共に独立し、株式会社LegalForceと法律事務所ZeLo・外国法共同事業を創業し、現在、LegalForceの代表とZeLo副代表弁護士を務める。