相手方の契約違反によって生じた弁護士費用は誰が負担するのか
まず、Q1に対する回答をⅠ〜Ⅲで解説した後、 Q2に対する回答をⅣで解説する。
我が国の民事訴訟手続において「弁護士強制主義」は採用されておらず、制度上は弁護士に依頼するかどうかは当事者の自由な判断に委ねられている。もっとも、現実には、複雑な契約に関する紛争や企業間の紛争において、弁護士に依頼せずに適切な訴訟対応を行うことは容易ではない。そのため、実務上は弁護士に依頼して訴訟対応を行うことが通常だが、そうすると、相手方の契約違反がなければ本来負担する必要のなかった弁護士費用について、相手方に請求することができないかが問題となる。
民事訴訟では、敗訴者が訴訟費用を負担するのが原則である(民事訴訟法61条)。訴状の「請求の趣旨」欄における「訴訟費用は、被告の負担とする」という記載は、この規定に基づくものである。もっとも、訴訟費用には、申立手数料、送達費用、証人の日当等は含まれるものの、弁護士費用は、特殊な例外(民事訴訟法155条2項および民事訴訟費用法2条10号参照)を除いて訴訟費用に含まれない。したがって、弁護士費用を訴訟費用として相手方(敗訴者)に負担させることは原則としてできない。そこで、発生した弁護士費用を、訴訟費用ではなく、相手方の契約違反に基づく損害賠償として相手方に請求できないかが問題となる。この点については、最高裁判例および下級審裁判例の蓄積が存在するため、まずは裁判例の状況を確認する。
損害賠償請求訴訟における弁護士費用に関する裁判例
不法行為に基づく損害賠償請求の場合
本稿は契約違反(債務不履行)に基づく損害賠償請求を検討対象とするが、その関係でも不法行為に関する最高裁判例が参考にされているため、まずは不法行為に関する最高裁判例を見ておきたい。
不法行為に基づく損害賠償請求訴訟においては、判例上、一定の範囲の弁護士費用について、不法行為と相当因果関係に立つ損害として賠償が認められている。すなわち、最高裁昭和44年2月27日判決・民集23巻2号441頁(以下、「昭和44年最判」という) は、相手方の不法行為によって自己の権利を侵害された者が訴訟追行を弁護士に委任した場合には、その弁護士費用は、事案の難易、請求額、判決で認容された額(以下「認容額」という)その他諸般の事情を考慮して相当と認められる額の範囲内に限り、不法行為と相当因果関係がある損害に当たる(すなわち、損害賠償請求が可能である)と判示した。
債務不履行(契約違反)に基づく損害賠償請求の場合(弁護士費用の請求に関する契約上の定めがない場合)
これに対し、債務不履行(契約違反)に基づく損害賠償請求については、不法行為の場合のように一般化できる判断基準を示した最高裁判例は存在しない。弁護士費用の請求に関する契約上の定めがない場合に、弁護士費用が債務不履行に基づく損害として認められるかについては、最高裁は以下の(1)~(3)のとおり、請求する権利の内容や事案の類型に応じて個別に判断している。さらに、(4)のとおり、下級審裁判例においても、弁護士費用の請求に関する契約上の定めがない場合において、一定の場合に弁護士費用を債務不履行に基づく損害賠償として認めているものがあるが、請求が否定されている例もある。
(1) 金銭債権の場合(否定)
まず、金銭債務の履行遅滞の場合には、最高裁昭和48年10月11日判決・判時723号44頁が、弁護士費用その他の取立費用の賠償を否定している。
民法419条により、金銭債務の不履行における損害賠償額は、法定利率(約定利率の方が高ければ約定利率)によって定められ、債権者は損害の証明をする必要がないとされている。
上記最高裁判決は、このような民法419条の趣旨を踏まえ、その反面として、たとえ債権者がそれ以上の損害が生じたことを立証してもその賠償を請求することはできないとして、法定利率または約定利率により計算した遅延損害金とは別に、金銭債務の取立てのために支出した弁護士費用その他の費用を請求することはできないと判断した。
(2) 安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求権の場合(肯定)
最高裁平成24年2月24日判決・判時2144号89頁は、労働者が使用者に対してその安全配慮義務違反を理由として債務不履行に基づく損害賠償請求を行った事案において、労働者が安全配慮義務違反を主張する場合に主張立証すべき事実は不法行為の場合とほとんど変わらず、弁護士に委任しなければ十分な訴訟活動をすることが困難な類型に属するとして、昭和44年最判を引用しつつ、事案の難易、請求額、認容額その他諸般の事情を考慮して相当と認められる額の範囲内に限り、弁護士費用は安全配慮義務違反と相当因果関係がある損害に当たる(すなわち、損害賠償請求が可能である)と判断した。
(3) 土地売買契約に基づく土地引渡請求権および所有権移転登記手続請求権の場合(否定)
最高裁判令和3年1月22日判決・判時2496号3頁(以下「令和3年最判」という)は、土地売買契約に基づく土地引渡請求権および所有権移転登記手続請求権の履行を求めるための訴訟追行費用等を、同契約の債務不履行に基づく損害賠償として請求できるか否かについて、①契約上の債務の履行を求めることは、侵害された権利利益の回復を求めるものではなく、契約上予定された利益の実現を求めるものであること、②契約を締結しようとする者は、任意の履行がされない場合があることを考慮して、契約の内容を検討したり契約を締結するかどうかを決定したりすることができること、③土地の売買契約において売主が負う土地の引渡しや所有権移転登記手続をすべき債務は、同契約から一義的に確定するものであることを理由として、弁護士費用を請求できないと判断した。
(4) その他の下級審裁判例
下級審裁判例をみると、医療訴訟や建築訴訟などの専門的知見を要する分野では、契約上の定めがなくとも弁護士費用の賠償を認めた裁判例が相当数存在する。
また、それ以外の類型についても、非典型的な場合または専門的知見を要する場合など、弁護士に委任しなければ十分な訴訟追行が困難である場合や、債務不履行に基づく損害賠償請求権と同時に不法行為に基づく損害賠償請求権が成立するような事案において、弁護士費用の賠償を認めた裁判例が存在する(大阪高裁令和4年10月28日判決・判時2594号81頁等)。
他方で、債務不履行に基づく弁護士費用の損害賠償請求については、訴訟追行に必ずしも弁護士の専門知識を要するとはいえないなどとして、その賠償を否定した裁判例も存在する(東京地裁令和5年3月29日判決・判例秘書L07830257等)。
(5) まとめ
以上より、弁護士費用の請求に関する契約上の定めがない場合の債務不履行に基づく損害賠償請求については、事案によっては弁護士費用の賠償が認められる可能性はあるものの、当然に認められるわけではないことに留意する必要がある。
債務不履行(契約違反)に基づく損害賠償請求の場合(弁護士費用の請求に関する契約上の定めがある場合)
以上は、弁護士費用の請求に関する契約上の定めがない場合の裁判例である。これに対し、弁護士費用の請求に関する契約上の定めがある場合には、弁護士費用の請求を認めている裁判例が見られる。
たとえば、M&Aにおける株式譲渡契約においては、表明保証違反や契約違反があった場合には合理的な弁護士費用を含めて損害の賠償をする旨の条項が定められることが実務上よくある。このような契約条項がある場合、当該契約条項に基づき弁護士費用の請求を認めている裁判例がある(東京地裁令和4年10月27日判決・2022WLJPCA10278024等)。
また、国交省が公表している「マンション標準管理規約」には、違約金としての弁護士費用を請求することができるとの定めがある。これに準拠して定められた管理規約に基づき、弁護士費用の請求を認めた裁判例もある(東京高裁平成26年4月16日判決・判時2226号26頁等)。
契約実務においてどのように対応すべきか
前記Ⅱ2.のとおり、弁護士費用の請求に関する契約上の定めがない場合には、債務不履行に基づく損害賠償請求訴訟において弁護士費用が損害として認められるかは必ずしも明らかではない。他方で、前記Ⅱ3.のとおり、契約上の明示的な定めがある場合には、弁護士費用の請求を認めている裁判例が見られるところである。さらに、令和3年最判が、「契約を締結しようとする者は、任意の履行がされない場合があることを考慮して、契約の内容を検討したり契約を締結するかどうかを決定したりすることができること」を考慮要素としてあげていることを踏まえると、最高裁は契約において弁護士費用の請求に関する定めを設けることが可能であるのにあえてそうしていない場合は、その請求を認めない可能性もある。そこで、契約実務においては、契約違反があった場合の損害賠償請求訴訟において弁護士費用を損害として請求したい場合には、弁護士費用が損害に含まれる旨を契約書に明記しておくべきである。条項例としては、次のような定めが考えられる。
第●条(損害賠償)
甲または乙は、本契約に違反して相手方に損害(合理的な範囲内の弁護士費用を含む。)を与えたときは、これを賠償する責任を負うものとする。
弁護士費用の賠償が認められる範囲
次に、弁護士費用の賠償が認められる場合に、どの範囲で賠償が認められるかを検討する。
まず、不法行為に基づく損害賠償請求については、昭和44年最判が示した枠組みの下、事案の難易、請求額、認容額その他諸般の事情を考慮して相当額が認定されている。実務上は、認容額の1割程度を目安に、切りのよい額が認定されることが多い。
また、前記Ⅱ2.で検討した、弁護士費用の請求に関する契約上の定めがない場合に関する裁判例のうち、債務不履行に基づく損害賠償請求として弁護士費用の請求を認めた事例においても、認容額の1割程度を目安とする例が多い。
これに対し、前記Ⅱ3.で検討した、弁護士費用の請求に関する契約上の定めがある場合に関する裁判例においては、認容額の1割を超える弁護士費用の賠償が認められた事案もある(東京地裁令和3年5月11日判決・2021WLJPCA05118018は、認容額が約1億130万円であったのに対し、約1,230万円の弁護士費用の賠償を認めた)。また、訴訟追行に要した弁護士費用のみならず訴訟前の交渉に要した弁護士費用の請求を認めた事例もある(東京地裁令和4年10月27日判決・2022WLJPCA10278024)。
おわりに
契約実務においては、損害賠償条項は契約書の中でも典型的な条項として位置づけられている一方、弁護士費用については特段の記載がない例も少なくない。しかし、契約違反が生じた場合には、損害そのものに加えて、権利行使のための弁護士費用が大きな負担となることもある。
前記Ⅱ2.で裁判例を見たとおり、弁護士費用の請求に関する契約上の定めがない場合、契約違反に基づく損害賠償請求において、弁護士費用の請求は当然に認められるわけではないことに留意する必要がある。また、前記Ⅳのとおり、弁護士費用の請求に関する契約上の定めがある場合には、認容額の1割を超える弁護士費用の賠償が認められている事例がある。以上を踏まえると、とりわけ、相手方の契約違反があった場合に多額の損害が生じることが想定される契約や類型的に紛争が生じる可能性が高い契約については、弁護士費用の請求も可能である旨を契約上明記しておくことが望ましい対応といえよう。
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田中 翔
桃尾・松尾・難波法律事務所 弁護士
桃尾・松尾・難波法律事務所パートナー。取扱分野は契約書審査を含む一般企業法務のほか、国際取引、独占禁止法(取適法・景表法・フリーランス法等を含む。)、紛争解決手続(特に国際仲裁を含む国際紛争)など。現在Business&Lawにおいて「基礎の基礎から学ぶ契約書レビュー」と題するセミナーを配信中。
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佐能 理基
桃尾・松尾・難波法律事務所 弁護士
21年京都大学法学部卒業。23年弁護士登録(第一東京弁護士会)、桃尾・松尾・難波法律事務所入所。
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