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“正解”のない労務実務 経営視点から解決策を導く

労務問題に“教科書どおりの正解”はない。石嵜・山中総合法律事務所の江畠健彦弁護士は、企業側の人事労務を長年手がける立場からそう断言する。
「労務問題の解決策は、条文や判例の字面を追うだけでは導き出せません。企業の事業内容、規模、経営方針、人員構成によって最適解は変わります。問題社員への対応一つをとっても、就業規則の整備状況や経営者の意思決定スタイルによって、とるべきプロセスや着地点は異なります。“法的な正解”にとらわれず、組織文化や従業員への影響、SNSでの拡散といった炎上リスクまでを考慮しながら、経営判断を支援する視点が求められます」(江畠弁護士)。
労働法の知識はもとより、企業の内部事情を踏まえた判断力が問われるからこそ、平時から継続的にコミュニケーションを重ね、組織風土や意思決定の特徴を理解しておくことが、実務上のリスクマネジメントに直結する。同事務所では、日常的な労務相談を通じて企業の内部事情を蓄積しつつ、約40名から成る専門家集団による体制のもと、大規模な調査案件や労務デューデリジェンス(DD)などにもスピード感をもって対応している。
「当事務所では、就業規則等の規程整備、予防法務としての多岐にわたる労務相談、恒常的に発生しうる問題社員への対応をはじめ、雇用契約解消や業務災害といった個別的な労務問題から、労働組合・ユニオンなどの集団的な労務問題の対応まで幅広い労務案件を扱っています。いずれも対応が遅れれば、現場の混乱やレピュテーションの毀損、訴訟など、経営全体へ影響が波及する可能性があるため、迅速な初動を重要視しています」(江畠弁護士)。
団体交渉では、弁護士自らがメインスピーカーとして労働組合と対峙し、街宣活動の現場に駆けつけることもある。こうした修羅場で培われた経験の蓄積が、いざという局面での対応力の差となって現れるという。
江畠弁護士は、リスクを“法的責任”だけで測る危うさも指摘する。
「労務トラブルへの対応を誤ると、法的制裁だけでなく、職場の士気低下や採用への影響まで、リスクの波及先は広範囲に及びます。そのリスクが“当該労働者との個別的な問題”なのか、それとも“個別の労働者を超えた企業全体としての問題”へと発展するおそれがあるものかという性質を見極めたうえで、経営判断の材料を整えることが重要です。労働者側の権利行使や利益を図りつつ、他方で、職場全体への配慮も必要であり、そのバランスを考慮し、多数の働く人を守るために、毅然と動くことが我々の役割です」(江畠弁護士)。

江畠 健彦 弁護士

変化する労働環境とハラスメント対応 重要なのは“世論に流されない”姿勢

近年の注目トピックの一つが、カスタマーハラスメント(カスハラ)への対応だ。法改正を受けて企業の義務が強化されているが、橘大樹弁護士は「単純に従業員を守ればよいという話ではありません」と釘を刺す。
「厚労省の指針を見ると、前提として“自社のサービスや対応が適切であったか”という視点も求められています。従業員を守るためにも、まずは顧客に正当なサービスを提供できているかを確認することが、結果としてカスハラを防ぐことにつながります」(橘弁護士)。
具体的な対応策として、橘弁護士は顧客対応力アップの教育を推奨する。
「人事労務のトピックは世論に流されがちですが、メディアの報道に左右されず、判例、指針などに基づいた経営目線の対応を着実にこなしていくことが肝要です」(橘弁護士)。
また、パワーハラスメント(パワハラ)についても、社会的認知が深まる一方で新たな課題が生じている。ハラスメントだと指摘されることを恐れるあまり、管理職が正当な業務指導まで躊躇してしまう“萎縮”の問題だ。
「パワハラ対応は、個別案件での判断と、研修を通じた意識の浸透、その両輪が必要です。“これはアウト、これはセーフ”という線引きだけを伝えても現場では機能しません。なぜそれが問題なのかという判断の軸と、具体的な場面に即した正しいマネジメントの技術、やり方を伝えることで、管理職が自律的に判断し、適切な指導を行えるようになります」(橘弁護士)。

橘 大樹 弁護士

社会動向のアップデートが不可欠 法改正には先走らず、地に足のついた対応を

労務分野には、社会動向の影響を受けやすいという特徴がある。ダイバーシティ、LGBTQ、AIを含む技術進展などが、今後の雇用のあり方や人事制度に確実に影響を及ぼしていくだろうと、両弁護士は指摘する。
「AIによる人員代替など、現在進行形の問題については最新状況を常にアップデートしていく必要があります。一方で、流行りのトピックに引きずられて自社の対応を見誤らないよう、法令の趣旨と指針に立ち返ることも重要です。たとえば、間近に控えた労働基準法の改正も、既存の制度が一変するわけではなく、細かな不備を全般的に手直しする側面が強い。先走って対応を急ぐのではなく、法改正の細部が固まり、他社の対応動向が見えてきた段階で、腰を据えて自社の方針を定めるべきです」(江畠弁護士)。
同事務所では若手弁護士向けの実務研修を実施しており、最新判例の共有はもちろん、裁判から交渉術、相談対応まで、教科書的ではないノウハウが伝承されている。
「若手に対しては、“リスク説明屋になるな”と助言しています。法的にリスクがあるから難しい、と結論づけるのは容易です。もちろんリスク分析は重要ですが、依頼者が求めているのはリスクの列挙ではなく、“では、どうすれば目的を達成できるか”という突破口の提案です」(橘弁護士)。
これは企業の法務担当者にも通じる視点だ。労務リスクが経営課題に直結する今、法務担当者には法的判断の正確さに加えて、そこから先の一手を描く構想力と実行力が求められている。

読者からの質問(長期休職者の復職可能性をどう見極めるか)

Q メンタルヘルス不調により長期休職中の社員から、「1か月の療養を要した後、復職可否を判断する」との診断書が毎月提出されています。会社側は休職延長を継続するほかないのでしょうか。本人の状況を踏まえ、円満な形で退職や転職を検討してもらうことは可能でしょうか。
A 機械的に休職を更新し続けるだけではなく、復職可能性を適切に見極めるための対応を行うことが重要です。具体的には、休職期間満了前から本人と面談し、症状や治療状況、就労可能性などを確認する方法が考えられます。必要に応じて主治医への照会も検討すべきでしょう。復職後に想定される業務内容や働き方を具体的に伝え、真摯に話し合うことで、本人自身が今後のキャリアを見直し、結果として自主退職や転職を選択するケースも見られます。

→『LAWYERS GUIDE 企業がえらぶ、法務重要課題2026』を 「まとめて読む」
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所在地・連絡先
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ウェブサイトhttps://www.iylaw.jp/

代表弁護士の所属弁護士会:第一東京弁護士会

江畠 健彦

弁護士
Takehiko Ebata

98年早稲田大学政治経済学部卒業。05年弁護士登録(第一東京弁護士会)、石嵜信憲法律事務所(現 石嵜・山中総合法律事務所)入所。企業の労務相談、団体交渉、訴訟等、労働問題全般を手がけ、各種セミナーの講師としても活動。著書に『問題社員のリスクと実務対応』(労働調査会、2021)『個別労働紛争解決の法律実務』(共著)(中央経済社、2011)『労働時間規制の法律実務』(共著)(中央経済社、2010)ほか多数。

橘 大樹

弁護士
Hiroki Tachibana

05年慶應義塾大学法学部卒業。07年一橋大学法科大学院修了。08年弁護士登録(第一東京弁護士会)、石嵜信憲法律事務所(現 石嵜・山中総合法律事務所)入所。労働法・人事労務(企業側)を専門分野とし、労働時間、ハラスメント、労基署対応などさまざまな実務相談に対応。著書に『パワハラ防止ガイドブック』(共著)(経団連出版、2020)、「「同一労働同一賃金」議論を追う」(ビジネス法務連載)ほか多数。