「AIによって法務の仕事はなくなる」——そんな言説さえ語られる一方、現場では「事業部門が勝手に生成AIを使い始めていて不安だ」「出てきた成果物に誤りや抜け漏れがあった」という戸惑いの声も絶えない。
世間が「AI時代」を喧伝するなか、企業法務はいわば「AI時代過渡期」――AIのリスクや影響をめぐる見解が錯綜し、自社としてどう向き合うべきか答えの定まらない混沌のただ中にある。本セミナーでは、三浦法律事務所の坂尾佑平弁護士が、生成AIですでに起きている/今後起こりうる問題を具体的に分析しながら、この過渡期を生き抜くために法務・コンプライアンス部門に何ができるのかを約60分で解説している。出発点は、自社の姿勢が「軽視」と「軽信」のどちらに傾いていないか――その自己診断だ。
そのプロンプト、入れて大丈夫か—個人情報・著作権に潜む「答えの出ない」論点
法務・コンプライアンス部門がまず取り組むべきは、生成AIのリスクの解像度を上げることだ。なかでも現場から質問が集中するのが「この情報を入れていいか」「出てきたものを自由に使っていいか」という個人情報と著作権の論点である。
たとえば個人情報をプロンプトに入力する行為は、AI提供企業への「第三者提供」に当たるのか。これを回避する「クラウド例外」が生成AIにも使えるかは見解が分かれ、結論が定まっていない。著作権でも、自社コンテンツがAIの学習に使われる場面では著作権法30条の4の解釈が、生成物が他人の著作物に似てしまう場面では類似性・依拠性が問われる。さらに「AIが自律生成したものは著作物に当たらない」という出発点や、作り込み次第で利用者が著作権者になりうるという考え方など、シンプルな疑問の裏に難しい論点が控えている。セミナーでは、報じられた提訴事例や書類送検事例にも触れながら、「一対一の答えは出ず、ケースバイケース」という前提に立った実践的な向き合い方が示される。
「牽制」は今なお重要か—AI時代の法務・コンプラ部門の存在意義
「法務・コンプライアンスがブレーキを効かせすぎると、AI活用が進まず競争力が落ちる」。活用を急ぐ現場では、こうした言説も聞かれる。しかし講師は、ブレーキの付いていない車に誰も乗りたくないように、牽制・抑止機能はAI時代にこそ重要だと強調する。社内ルールのないまま現場が独断でAIを使い始める——こうした「軽信」の暴走に歯止めをかけるのが、法務・コンプライアンス部門の役割だ。
具体的な打ち手として示されるのが、生成AI利用ガイドラインの策定とAIガバナンスの構築だ。入力してよい情報・禁止事項・成果物の扱いをルール化し、リスクを受容可能な水準で管理していく。セミナーでは、実態が伴わないのに「AI活用」を喧伝する“AIウォッシング”という新たな論点や、ガイドライン雛型の入手先まで、すぐ動き出せる実務情報が整理されている。
「AIに仕事を奪われる」は本当か—効率化の先にある“業務変容”
契約レビュー、リーガルリサーチ、内部通報対応、不正の検知・予防——法務・コンプライアンス業務へのAI導入はすでに進む。だが効率化だけに目を向けると、「人手はいらなくなる」「いずれ仕事はAIに奪われる」という悲観論にたどり着いてしまう。
講師が勧めるのは、「業務効率化」から一歩進んだ「業務変容」という発想だ。法務はブレーキから、リスクをいち早く捉える“センサー・アンテナ”へ。コンプライアンスは不正の発見から“予防”と教育研修へ——役割そのものが変われば、従来型の仕事は減っても、人が関わる理由はむしろ増える。AIの正答率が上がるほど、残りわずかな誤りを見抜くレビューや「この観点が抜けている」と直感できる基礎力の価値は高まる。なぜ仕事はなくならないのか、その理路がセミナーで具体的に語られる。
AIを“信じすぎる”組織で何が起きるか—企業文化という死角
最後の視点は、AIが役職員の心理や企業文化に与える影響への想像力だ。講師は「AI大過信時代」の到来を警告する。稚拙な入力による誤った出力やハルシネーションさえ「AIが言うなら正しい」と無批判に受け入れる心理が広がれば、従業員は主体性を失い、働く喜びも損なわれかねない。
より深刻なのは企業文化の変容だ。企業文化を「役職員の間で共有されている価値観の総体」(金融庁)と捉えるなら、「自ら考え、お客様に最高のサービスを提供する」といった自社の美徳すら、AIへの過信によって揺らぎうる。だからこそ「人間の目」は欠かせない――誤情報のリスクがゼロにならない以上、AIの精度が上がるほどチェックの重要性はむしろ増す。セミナーでは、この想像力を今から育むべき理由と、法務・コンプライアンス部門が果たせる役割が示される。
セミナーではこのほか、国内外のAI関連法・ガイドライン、AI利活用における民事責任の類型整理、ディープフェイクを念頭に置いた「AIと人権」という論点にも踏み込んでいる。AI時代過渡期の混沌のなかで、自社が「軽視」にも「軽信」にも傾かず、法務・コンプライアンス部門が次の一手を描くために――確認しておきたい一本だ。
関連セミナー詳細・ご視聴はこちら:https://businessandlaw.jp/seminar/k191385247/
坂尾佑平
三浦法律事務所 パートナー弁護士
2011年東京大学法科大学院修了。2018年University of Pennsylvania Law School (LL.M. with Wharton Business & Law Certificate) 修了。長島・大野・常松法律事務所、Wilmer Cutler Pickering Hale and Dorr LLP(Washington D.C.)、三井物産株式会社法務部出向を経て、2021年3月より現職。危機管理・コンプライアンス、コーポレートガバナンス、ESG/SDGs等を中心に、広く企業法務全般を取り扱う。The Best Lawyers in Japan 2025-2026のCorporate Governance and Compliance Practice部門選出。