はじめに
事業承継の実務は法務と税務が複雑に交錯する高度な領域である。特に近年、企業や資産のグローバル化、親族内後継者の不足、相続税制・会社法制の変化等を背景として、事業・資産の承継をめぐる経営者のニーズも多様化しており、これに対応する専門家・実務家には、個々の経営者の要望、事情を踏まえ、国内外の家族法・相続法、会社法、信託等の幅広い法分野に加え、税務面にもわたる多角的な視点から最適解を導き出すことが求められる。
日本の中小企業・オーナー系企業の事業承継においては、自社株式に「財産」と「支配権」が集中していることが多く、これを次世代にいかに円滑に移転するかが最大の課題となる。
本稿では、事業承継・税務を専門とする実務家の視座から、親族内承継およびM&A(親族外承継)における法務・税務の重要論点を広く取り上げて解説する。
事業承継の本質と構造
財産権と経営権の二面性
事業承継は、「財産(自社株式等)」の承継と、それに付随する「支配権」の承継のプロセスと捉えることができる。オーナー経営者にとって、自社株式は個人の資産の大きな部分を占める経済的価値であると同時に、会社の支配権の源泉でもある。所有と経営が一致している中小企業においては、オーナー経営者が株式(議決権)の過半数、あるいは特別決議を単独で成立させうる3分の2以上を保有することで、迅速な意思決定を行っているのが実態である。
しかし、事業承継の局面では、この「財産」と「支配権」を一体として移転することが最適とは必ずしも限らない。
たとえば、以下のようなケースがありうる。
・ 後継者の資力不足:後継者に経営能力はあるが、多額の株式を買い取る資金力がない、あるいは贈与税・相続税を負担する担税力が不足する場合。
・ 後継者の能力に関する懸念:株式(財産)は生前に移転させて相続税対策を行いたいが、支配権(議決権)はオーナーが留保し、後継者の資質・能力を見極めたい場合。
・ 遺留分への配慮:財産権は複数の法定相続人に公平に配分しつつ、経営の安定に必要な議決権は後継者に集中させたい場合。
したがって、実務家は、これらのニーズに応じ、会社法上の種類株式や属人的株式、信託等の法的なスキームも活用して、財産権と支配権の分離や調整を図る必要がある。
承継を阻害する要因としての相続税とその対策
自社株式の承継において、税負担がボトルネックとなることが少なくない。非上場株式は、換金性が極めて低い(市場で売却できない)にもかかわらず、税務上の評価額(相続税評価額)は会社の業績や純資産の蓄積に伴い高額になる傾向がある。そのため、株式の承継に伴い発生する相続税や贈与税の納税資金をいかに確保するかが深刻な問題となる。
タックス・プランニングの要諦は、適法な手段を用いて株価(評価額)を引き下げ、株式の移転コストを抑制することにある。しかし、過度な「節税」対策は、税務当局による否認リスク(財産評価基本通達総則6項等)を招くだけでなく、会社の支配体制、財務体質を毀損し、本業の競争力を削ぐ結果にもなりかねない。
親族内承継における法務・税務
自社株式の承継におけるタックス・プランニングの基本
親族内承継においては、後継者への自社株式の移転に伴う税負担が最大の課題となることが多い。
その対策については、
・ 非上場株式の原則的評価方式を踏まえた株価の引下げ
・ 株式自体を相続財産から分離すること
の二つの視点から検討することが重要である。以下、解説する。
(1) 原則的評価方式の概要
非上場株式(取引相場のない株式)の相続税評価は、原則として財産評価基本通達(以下「評価通達」という)に基づき、会社の規模(大会社・中会社・小会社)に応じて、それぞれ概要次の方式により算定される(評価通達178~189)。
図表1 非上場株式の相続税評価方式
| 会社区分 | 評価方式 | |
| 大会社 | 類似業種比準価額と純資産価額のいずれかを選択可 | |
| 中会社 | 大 | 類似業種比準価額×0.9+純資産価額※1×0.10 |
| 中 | 類似業種比準価額×0.75+純資産価額※1×0.25 | |
| 小 | 類似業種比準価額×0.60+純資産価額※1×0.40 | |
| 小会社 | 類似業種比準価額×0.50+純資産価額※1×0.50と純資産価額※1のいずれかを選択可 | |
※1 株式の取得者が属する株主グループの議決権割合が50%以下の場合は、純資産価額の80%で評価できる。
・ 類似業種比準方式:上場している同業他社の株価をベンチマークとし、評価対象会社の「配当金額」、「年利益金額」、「簿価純資産価額」の3要素を比準させて株価を算定する方法である(評価通達180)。一般に、純資産価額方式よりも評価額が低くなる傾向にあるため、本方式の適用割合を高めること、および各比準要素を圧縮することが対策の柱となる。
・ 純資産価額方式:課税時期における会社の資産・負債を相続税評価額に洗い替えて評価し、その差引純資産額を発行済株式数で除して算出する方法である(評価通達185)。
(2) 株価引下げの具体策
株価の引下げに当たっては、採用される評価方式の計算要素のうち、いずれの要素により株価が高くなっているのかを把握し、その要素に働きかける施策が講じられる。
上記のとおり類似業種比準方式は「配当」「利益」「純資産(簿価)」が、純資産価額方式は「資産(相続税評価額)」「負債」が主な計算要素となり、両方式に共通して引下げ効果のある施策と、一方についてのみ引下げ効果のある特有の施策がある。
この観点から、実務上採用される主な株価引下げ策を整理すると、以下のとおりである。
(a) 利益・純資産の圧縮(両方式に共通する施策)
損金の計上や資産の社外流出を伴う施策は、類似業種比準方式における「利益」および「純資産(簿価)」を引き下げると同時に、会社の資産を減少させることで純資産価額方式における評価額も引き下げる効果がある。
・ 役員退職金の支給:被相続人(先代経営者)への退職金支給は、多額の損金を計上して「利益」を大幅に圧縮する効果がある。さらに、退職金の支払は現預金の社外流出と未払金の計上により、会社の「純資産」も減少させる。このように、退職金支給は複数の比準要素および純資産価額を同時に引き下げる効果があるため、有効な対策とされる。ただし、不相当に高額な部分は法人税法上損金不算入となる(法人税法34条2項)ため、いわゆる功績倍率法等による適正額の算定が重要となる。
・ 含み損の顕在化(資産の売却・除却・評価損):帳簿価額よりも時価が低い含み損を抱えた資産(不良在庫、遊休固定資産、有価証券等)を売却または除却することで、損失を計上し、「利益」および「純資産」を引き下げる。また、法人税法上の損金算入要件を満たす貸倒損失の計上も同様の効果を持つ。
・ 減価償却資産(航空機・不動産等)への投資:オペレーティング・リース(航空機など)や中古不動産への投資を行い、定率法等による多額の減価償却費を計上して「利益」を圧縮する。特に中古資産は耐用年数が短く、早期に多額の償却費を計上できるため、利益圧縮効果が高いとされる。
(b) 配当政策と会社規模の変更(類似業種比準方式に関する施策)
類似業種比準方式の適用割合を高め、あるいはその計算要素に変動をもたらす施策である。
・ 配当政策:類似業種比準方式の「配当」要素は、直前期末以前2年間の平均額で計算される。そのため、計画的な減配により評価額を引き下げるということがなされる。ただし、無配(0円)にすると、特定の評価会社(比準要素数1の会社)として純資産価額方式が強制されるリスクがある点に留意を要する。また、「記念配当」や「特別配当」の名称による配当のうち、将来毎期継続することが予想できないものは計算から除外できるため、普通配当を低く抑えつつ、一時的な利益還元は記念配当等で実施することで、株価への影響を抑制するということがなされる。
・ 会社規模の引上げ:類似業種比準価額は純資産価額よりも低く出やすい傾向にあり、類似業種比準方式は、会社規模が大きいほど適用割合が高い。そのため、合併や会社分割により「従業員数」・「総資産価額」・「取引金額」を増加させ、会社規模を引き上げる手法が有効な対策となるとされる。ただし、課税実務上、合併による組織再編直後は、業態が変化し、適切に比準することができないため、類似業種比準方式の採用が認められない場合があることに留意を要する。
(c) 資産構成の組替え(純資産価額方式に関する施策)
現預金で不動産を購入し、資産構成を組み替える。現在の財産評価基本通達の定めによると、通常、土地や建物の相続税評価額(路線価や固定資産税評価額)は、取得価額(時価)よりも低くなる傾向があるため、その差額分だけ純資産価額が圧縮される(評価差額に対する法人税等相当額の控除効果も含む)。しかし、課税時期前3年以内に取得した土地家屋等については、路線価等ではなく「通常の取引価額(取得価額など)」で評価される(評価通達185)点に留意が必要である。
(3) 相続財産からの分離
オーナーの相続財産から自社株式を全部または一部分離することにより、相続税の課税対象から外し、相続税の総額を減らす効果がある。移転先(後継者個人、法人、従業員等)によって税務面・法務面の留意点が異なるため、以下、主に想定される移転先ごとに解説する。
(a) 後継者個人への移転(贈与・譲渡)
最も基本的な手法は、後継者個人に対して生前に株式を移転することである。
・ 生前贈与と暦年課税・精算課税:贈与は後継者の資金負担がない点がメリットである。しかし、贈与を受ける者に贈与税の課税が生じるほか、他の相続人の遺留分を侵害し、紛争に発展するリスクがある。
・ 有償譲渡(売買)による移転:オーナーが後継者に株式を売却する場合、オーナーには譲渡所得税(約20%)が課税され、後継者には買取資金が必要となる。また、譲渡価額が時価よりも著しく低い場合、税務上、みなし贈与(個人間、相続税法7条)やみなし譲渡所得(個人対法人、所得税法59条1項2号)に対する課税の問題が生じるため、所得税基本通達59-6等に基づき、税務上の適正時価(原則的評価額等)で取引を行う必要がある。
(b) 資産管理会社(持株会社)への移転
後継者が出資する資産管理会社が、オーナーから株式を買い取る手法である。
・ 資金調達と返済の効率化:個人(後継者)が借入金で株式を購入する場合、返済原資は所得税課税後の役員報酬や配当金となるため税負担が重い。一方、資産管理会社が金融機関から借り入れて株式を購入する場合、事業会社から受け取る配当金は受取配当等の益金不算入制度(法人税法23条)により一定額が益金不算入となるため、税負担を抑えつつ借入金を返済することが可能となる。
・ 株式評価上の効果(含み益に対する法人税等相当額の控除):資産管理会社が保有する事業会社株式は、純資産価額方式による評価において、含み益に対する「法人税等相当額(37%)」を控除して評価額を算定できる場合がある(財産評価基本通達186-2)。これにより、間接的に相続税評価額を圧縮する効果が期待される。ただし、「株式等保有特定会社」や「土地保有特定会社」に該当すると、原則として純資産価額方式の適用が強制され、評価額が高く出やすくなるため、資産構成に配慮する必要がある。
・ 留意点:取得資金を配当金により返済する場合、事業会社において多額の配当が必要となり、新規投資等に当たって事業上の制約となる可能性がある。また、資産管理会社に対する譲渡に当たって、適正時価の評価は所得税・法人税評価によることとなり、高くなりやすく、その分、資産管理会社の資金負担が重くなる。
(c) 従業員持株会への移転
従業員持株会を設立し、オーナー保有株式の一部を譲渡することで、経営参加意識の向上と相続財産の圧縮を図る手法である。
・ 配当還元方式の適用:従業員持株会(および会員である従業員)は、同族株主以外の株主等に該当するため、その株式評価は原則として「配当還元方式」による低い価額で行われる(財産評価基本通達188-2)。したがって、オーナーは配当還元価額を基準とした価格で持株会へ譲渡することが実務上行われており、これにより相続財産である株式を現金化しつつ、評価額の差額分だけ資産を圧縮する効果がある。
・ 留意点:持株会が株式を買い取る際の原資は、会員からの拠出金や奨励金となるため、退会者が相次いだ場合、買取資金が不足するおそれがある。対策として、会員が退会した際の株式買取価格について、純資産価額ではなく配当還元価額等で行う旨を持株会規約で定めておくのが一般的である。それでも買取資金が足りない場合、オーナーや会社が買い取ることが考えられるが、価格次第では前者についてみなし贈与課税、後者についてみなし配当課税等のリスクがある。
(4) 一般社団法人・一般財団法人への移転
一般社団法人等には「持分」の概念がないため、オーナーが株式を当該法人に寄附または譲渡することで、個人の相続財産から分離することができる。ただし、この仕組みを利用した過度な節税を防止するため、平成30年度税制改正により、「特定一般社団法人等」に該当する場合には、理事が死亡した際に、当該法人が純資産額に相当する金額を遺贈により取得したものとみなして相続税が課税されることとなった(相続税法66条の2)。「特定一般社団法人等」とは、一般社団法人等のうち、同族役員(被相続人を含む)の数の割合が理事総数の2分の1を超える期間が一定以上ある法人などを指す(同条2項3号)。したがって、長期・継続的な対策とするためには、理事の構成や運営実態について、非同族化を図るなどの厳格な要件管理が求められる。
(5) 信託の活用
信託契約により、自社株式の「財産的価値(受益権)」と「議決権行使の指図権」を分離して承継させる手法である。たとえば、オーナーが自社株式を信託し、後継者を受益者とする一方で、オーナー自身を指図権者とすることで、株式の財産価値は後継者に移転させつつ、実質的な支配権はオーナーが維持し続けることが可能となる。
遺留分と経営の安定化
親族内承継における法務リスクとしては、民法上の遺留分侵害の問題が重要である。自社株式の大半を後継者に集中して承継させようとすると、他の相続人(兄弟姉妹以外の法定相続人)の遺留分を侵害し、紛争に発展するおそれがある。
(1) 遺留分侵害額請求権
令和元年7月施行の改正民法(相続法)により、従来の「遺留分減殺請求権」は「遺留分侵害額請求権」へと法的性質が変更され、金銭債権化された。これにより、株式そのものが準共有状態となり、議決権行使が困難になるリスクや経営が不安定化するリスクは低減された。しかし、後継者が多額の金銭(侵害額相当分)を直ちに支払わなければならないという資金負担の問題は依然として残る。資金を準備できない場合には、結局、株式を代物弁済に充て、あるいは第三者に売却して資金を捻出するということになりかねない。
(2) 遺留分対策
この対策として、遺留分放棄(民法1049条1項)のほか、経営承継円滑化法に基づく「除外合意」や「固定合意」の活用が挙げられる。
・ 除外合意:後継者が先代経営者から贈与された自社株式を、遺留分算定の基礎財産から「除外」する合意である。これにより、株式について遺留分を主張されることがなくなる。
・ 固定合意:株式の価額を合意時の時価に「固定」するものである。後継者の経営努力により株価が上昇した場合でも、上昇分は遺留分請求の対象とならない。
遺留分放棄には遺留分権利者による申立てが、除外合意・固定合意には、推定相続人「全員」の合意が必要であり、家庭裁判所の許可等も必要となるため、法的手続のハードルは高いが、確実な紛争予防策として有効である。
親族外承継における法務・税務
事業承継型M&Aのスキーム
親族内に後継者が不在の場合、第三者へのM&Aや、役員・従業員への承継(MBO/EBO)が検討される。M&Aの主な手法としては、株式譲渡、事業譲渡、会社分割(吸収分割・新設分割)、株式交換などがある。
(1) 株式譲渡
中小企業のM&Aでは、手続の簡便さや税務上のメリットから、株式譲渡が選択されることが最も多い。売主となるオーナー個人に対する課税は、申告分離課税(所得税・住民税合わせて20.315%)であり、給与所得や配当所得(総合課税で最大約55%)と比較して税負担が軽い。
(2) 事業譲渡と会社分割
一方、特定の事業のみを切り出して譲渡したい場合や、簿外債務のリスクを遮断したい場合には、事業譲渡や会社分割が用いられる。事業譲渡の場合、個々の資産・負債の移転手続や契約の巻直し、従業員の転籍同意が必要となり実務上の負担が大きい。これに対し、会社分割は包括承継が可能であり、労働契約承継法による従業員の引継ぎも可能である。ただし、事業譲渡や会社分割によって対価を会社が受け取った場合、法人税が課税されるほか、その対価を株主であるオーナー個人に還流させる際に配当課税(総合課税)が生じる点に留意が必要である。
組織再編税制と適格要件
M&Aにおいて組織再編(合併・分割・株式交換等)を用いる場合、税制適格要件を満たすか否かが税務上の最大の検討事項となる。適格要件を満たせば、資産の譲渡損益の計上が繰り延べられる(簿価引継ぎ)が、非適格の場合には時価で譲渡したものとして課税に影響が生じるため、実務上は、適格要件を確認し、予期せぬ課税リスクを回避する設計が求められる。特に、スクイーズアウト(少数株主排除)を目的とした株式併合や株式交換においては、金銭対価となることが一般的であるため、原則として非適格となり、課税関係が生じる点に注意が必要である。
支配権確保のための手法
財産権を移転しつつも、オーナーが支配権を維持するために、主に以下のような手法が活用される。
種類株式等の活用
・ 拒否権付種類株式(黄金株):株主総会または取締役会において決議すべき重要事項(取締役の選任・解任、合併、定款変更等)について、その決議のほかにこの種類株式を有する株主を構成員とする株主総会(種類株主総会)の決議を必要とする種類株式である。これを後継者やオーナーが保有することで、持株比率が低下しても経営の重要事項について拒否権を持つことができる。
・ 議決権制限株式(無議決権株式):株主総会において議決権を行使することができる事項の全部または一部に制限がある株式である。後継者には普通株式(議決権あり)を、経営に関与しない非後継者には議決権制限株式を承継させることで、財産および配当等の経済的利益は非後継者にも帰属させつつ、議決権を後継者に集中させることが可能となる。非後継者への配慮として、配当優先権を付与する場合もある。
・ 属人的株式:種類株式ではないが、非公開会社においては、定款の定めにより、株主ごとに「株主総会における議決権」、「剰余金の配当を受ける権利」、「残余財産の分配を受ける権利」について異なる取扱いを設けることが可能である(会社法109条2項)。たとえば、「Aの保有する株式は1株につき10個の議決権を有する」といった定めが可能であり、登記が不要である。種類株式よりも柔軟な設計が可能である反面、その法的効力や課税上の取扱いについて慎重な検討を要する。
民事信託の活用
民事信託を活用することで、財産権(受益権)と支配権(議決権行使の指図権)を分離して次の世代に承継する設計が可能となる。
・ 遺言代用信託:委託者(オーナー)が生前に株式を受託者(同族内の法人等)に信託譲渡し、自らを受益者としたうえで、委託者の死亡により、指定された第二次受益者(後継者)に受益権を取得させる信託である。委託者の死亡の際、株主は受託者のまま変更がないため新たに株主名簿の名義書換等を行う必要がなく、遺言の検認手続や遺産分割協議も経ずに直ちに受益権を承継させることができるため、経営の空白期間を回避できる。また、自由に撤回できる遺言(民法1022条)と異なり、第二次受益者の同意なく信託契約を変更できないように設計することで後継者の地位を安定させることも可能である(ただし、この場合には後継者の暴走リスクやオーナーとの紛争リスクについて検討が必要である)。
・ 議決権行使の指図権の留保:株式を信託し、財産的価値(受益権)を後継者に移転した後も、信託契約において「議決権行使の指図権」を委託者(オーナー)に留保することで、オーナーは実質的な経営権を維持・コントロールすることができる。これは、後継者が未熟な場合など、支配権はオーナーに留保しつつ、財産的価値は株価上昇に伴い相続税・贈与税負担が増大する前に後継者に移転したい場合に有効である。
・ 受益者連続型信託:受益者の死亡により順次他の者が受益権を取得する定めのある信託(信託法91条)である。オーナー死亡後は配偶者、その次は子、というように、数世代にわたる資産承継の順位を指定することが可能である。これにより、配偶者の再婚や子の配偶者への財産流出を防ぎ、直系血族での承継のニーズを実現できる、第二次以降の受益者への受益権の承継について遺留分侵害の問題を回避できるなどの利点がある。
一般社団法人の活用
一般社団法人は「持分」がなく、構成員(社員)や理事としての地位も原則として相続の対象とならないため、オーナーが一般社団法人に株式を移転しておけば、相続による支配権の分散を避けることができ、一般社団法人を安定株主として機能させることができる。一般社団法人のガバナンスは法の規律に服する点で設計の柔軟性に欠ける面もあるが、一般社団法人を民事信託における受託者とし、信託の柔軟さと組み合わせることで個々の事業承継場面のニーズに応じた設計も可能である。
また、一般社団法人への株式の移転により、株式を相続される個人財産から切り離すことができ、個人の死亡による相続税の課税も原則として生じないという利点がある。ただし、上記Ⅲ1.(4)のとおり、相続税法上、一般社団法人等を利用した相続税回避防止措置が定められている点に留意が必要である。
事業承継における課税リスクと対策
事業承継においてタックス・プランニングが行われる場合、それが税負担の減少を伴うものである以上、課税リスクの検討が不可欠である。事業承継の場面ではさまざまな課税リスクが問題となりうるが、以下、典型的なリスクについて簡単に解説する。
・ 低廉譲渡に対する課税(みなし贈与・みなし譲渡・受贈益):個人から個人へ株式を譲渡する場合、譲渡価額が著しく低いと、贈与を受ける者に対して、時価との差額について贈与税が課税される(みなし贈与課税、相続税法7条)。個人から法人へ株式を譲渡する場合、譲渡価額が時価の2分の1を下回ると、売主(個人)には時価で譲渡したものとして譲渡所得税が課され(みなし譲渡所得、所得税法59条1項2号)、買主(法人)には時価と対価の差額について受贈益課税(法人税法22条2項)が生じる可能性がある。
・ 「総則6項」による否認リスク:相続財産の評価は財産評価基本通達の定める評価方法に従って画一的になされるのが原則(平等原則)である。しかし、財産評価基本通達6項(いわゆる総則6項)は、「この通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価する」と定めている。判例(最判令和4年4月19日民集76巻4号411頁)も、一定の場合に、平等原則の例外として財産評価基本通達による評価額を上回る価額によることを認めている。
近年、多額の借入れを伴う不動産の購入による相続財産価額の圧縮や、会社の資産構成の変動等による株価圧縮を通じた相続税回避スキームなどに対し、納税者が申告の基礎とした通達評価額が否認され、鑑定評価額等の時価により課税される事例が相次いでいる。特に、相続開始直前に、相続税負担を著しく減少させる行為を意図的に行ったと判断される場合に、このような課税がなされている。
・ 名義財産(名義株等):自社株を後継者に承継する内容の株式譲渡契約書、株主名簿等の書類を作成しても、それが資産移転の実体を伴わず、実質株主はオーナーのままであると認定されれば、オーナーの相続財産として課税される。このような実質株主の認定は、譲渡に係る書類の内容や当事者の認識のほか、株式取得資金の拠出者・拠出方法、取得の目的、取得後の利益配当や権利行使の状況等を総合的に考慮してなされる。
おわりに
事業承継は、法務と税務が複雑に絡み合う分野であり、いずれか一方の視点だけでは最適な解決策を導き出すことはできない。また、タックス・プランニングに偏重しすぎると、法的な安定性を欠いたり、租税回避として否認されたりするリスクを高めることにもなる。経営者の意向や事業の継続・発展を最優先事項としつつ、最新の法令・判例・通達に基づき、法務・税務の両面からバランスの取れたスキームを構築・提案していくことが重要である。
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安田 雄飛
弁護士法人北浜法律事務所 パートナー弁護士・税理士
08年京都大学法学部卒業。10年京都大学法科大学院修了。11年弁護士登録、三宅坂総合法律事務所入所。16~19年東京国税不服審判所勤務(国税審判官)、19年弁護士再登録、北浜法律事務所入所、税理士登録。
主に租税争訟(税務調査対応、審査請求、税務訴訟)、事業承継、経営紛争、M&Aを取り扱う。事業承継案件においては、幅広い法分野にわたる知見と、企業法務全般の豊富な経験を活かして、個々のクライアントの要望・事情に応じた法務サービスを提供するとともに、外部の税務専門家とも適切に連携し、税務面もバランスよく踏まえたアドバイスを行う総合力を強みとする。
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