日本組織内弁護士協会(JILA)の統計データによると、2022年6月末時点での企業内弁護士数は、前年比145人増の2,965人(JILAが発足した2001年度の人数は66人)。また、企業内弁護士を採用する企業数も前年から48社増えて1,372社となった。企業内弁護士・法律事務所勤務弁護士は、法曹を目指す人たちのキャリアの選択肢としてそれぞれどのような意義を持つのか、長島・大野・常松法律事務所を経て、企業内弁護士に転身した日本組織内弁護士協会理事長の坂本英之弁護士に伺った。
キャリアの積み方と差別化の重要性
——坂本理事長は、司法修習中は裁判官を目指されていたとのことですが、弁護士へと志望を変えられた理由は。
坂本 司法修習中に知人と一緒に長島・大野・常松法律事務所を訪問した際にM&Aや海外案件の話を聞いて、とても魅力的だと思いました。そして、未知の世界を経験してみたいという気持ちが強くなり、弁護士志望に変わりました。急に志望を変えて裁判教官からは驚かれましたが(笑)。
――実際、大手事務所に入ってみていかがでしたか。
坂本 大手事務所の場合、携わる案件の数が多く、私はM&A、訴訟など幅広い案件を担当できました。多忙を極めましたが、新しいことに挑戦できる、自分自身を成長させることができる、そこにやりがいを感じました。
――弁護士としてキャリアを積んでいくためには、どのような研鑽が必要だとお考えですか。
坂本 中堅以上になると、自分で依頼者を獲得しなければなりません。そのためには“差別化”が重要で、若いうちからこの点を意識しておくことが大切です。今であれば、フィンテック、AIなど新しいビジネスが創出され、新しい規制ができています。他の人がまだ手をつけていない分野を積極的に研究して差別化を図るのもよいと思います。
キャリア選択のポイント
――法律事務所を選ぶ際のポイントをお聞かせください。
坂本 自分が将来どのようなキャリアを選びたいのかを考えるとよいでしょう。大手事務所であれば、そのままパートナーとして活躍していくほかに、専門性を磨いてブティック事務所や外資系の事務所に移籍する、または企業内弁護士となる、という将来の選択肢が多いことが魅力です。一方、中小規模の事務所であれば、パートナーとなって長く働くというキャリアを描きやすいことが魅力でしょう。
――2011年にプルデンシャル・ホールディング・オブ・ジャパン株式会社にバイス・プレジデントとして入社されました。
坂本 当時、事務所でパートナーになるかを決めるタイミングでしたが、2点で迷いを感じていました。1点目は既に100人もパートナーがいる中で新たにパートナーになって差別化できるかという点です。2点目はワークライフバランスです。当時、地裁で勝訴していた税務訴訟の高裁で逆転負けしてしまい、何日も徹夜しながら準備しましたが(最高裁で再逆転勝訴)、プライベートでは次男が生まれたばかりで、このような働き方を続けていけるのかと迷いを感じていました。そんな折に、プルデンシャルから声をかけてもらい、事務所のパートナーより、外資系金融機関のチーフ・リーガル・オフィサー(CLO)というポジションの方が私のキャリアにおいて差別化できるだろうという気持ちが強くなって、企業内弁護士への転身を決意しました。
新しいキャリアのつくり方
――業務内容は、期待どおりでしたか。
坂本 M&A、金融規制対応、人事などを担当しながら経営会議に入って意思決定に携わることで、企業内でビジネスを一気通貫で見ながら、幅広い業務を扱えたことは期待どおりでした。ただ、想定していたよりも、“プレイヤー”よりも“マネジメント”としての側面が強かったです。今思えば当たり前なのですが、入社前は周りにCLO経験者がおらず、分かりませんでした(笑)。
――企業内弁護士の魅力は何でしょうか。
坂本 ビジネスの全体像を見ながら意思決定に関与できることです。法律事務所との比較では、ワークライフバランスを大切にできることも魅力です。
――外部弁護士との役割分担はどうなっていますか?
坂本 外部弁護士は“各プラクティスの専門家”と捉えています。保険業法、労働法などの専門の外部弁護士に、最新の情報と知見によるアドバイスを提供してもらった後、これにビジネスの視点を加味して、「法的にはこうしたリスクがあるが、リスクをコントロールしながらビジネスを進めていくべきだ」というリスクテイクをしていくのは、企業内弁護士の仕事になります。
――企業内弁護士から法律事務所へというキャリアも有効だと思われますか。
坂本 それはとても意義のあることです。企業の内部事情に精通している企業内弁護士は、法律事務所の立場からも企業に実務的なアドバイスを提供することができると思います。企業内弁護士の経験と専門性を活かして大手事務所やブティック事務所で活躍する弁護士が増えています。
――採用にあたって、企業側としては、法律事務所での経験の有無は重要視されるのでしょうか。
坂本 最近の傾向では、法律事務所経験を経た弁護士を採用する企業が増えています。他方、司法研修所新卒の弁護士を採用してその企業のビジネスを学びながら法務の仕事を覚えてほしいと考える企業もあります。
――企業内弁護士を目指す場合、必要となるものは何でしょうか。
坂本 企業内弁護士にとっては、自社のビジネスに共感できることが大切です。その“共感”が、ビジネスを推進するために法的専門性を活かしたいという気持ちにつながると思います。
――最後に、これから法曹を目指す方々にメッセージをお願いいたします。
坂本 若い方には、どんどん新しいことに挑戦をしていただきたいと思います。たとえ失敗をしてもやり直せばよいのですし、挑戦した経験自体がそのあと必ず生きてきますので。私自身、これまで挫折をいくつもしてきましたが、挫折したときの方が成長できたと思います。
→『RECRUIT GUIDE 2023』を「まとめて読む」
坂本 英之
ジブラルタ生命保険株式会社 執行役員 CLO
日本組織内弁護士協会 理事長
弁護士・ニューヨーク州弁護士
00年東京大学法学部卒業。長島・大野・常松法律事務所にて企業取引、紛争解決、倒産および税務を担当。11年プルデンシャル・ホールディング・オブ・ジャパン株式会社にバイス・プレジデントとして入社、12年にプルデンシャル ジブラルタ ファイナンシャル生命保険株式会社の執行役員CLOに就任。14~15年プルデンシャル・ファイナンシャルの米国本社にて勤務。17年1月より現職。