ビジネスロイヤーのファーストキャリア選択 - Business & Law(ビジネスアンドロー)

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私は、2006年から企業法務系弁護士を対象とするヘッドハンティングを営んでいるが、いま、最も人材獲得競争が激しくなっていると感じている。
中途採用市場では「あの事務所のあの弁護士を引き抜いてくれないか?」という依頼が増えている一方で、新卒採用市場では、司法試験を法科大学院生が在学中に受験する制度の開始により、採用スケジュールの前倒しが進んでいる。ところが、早期に採用活動を終了したはずの法律事務所は、今度は“内定した修習生を裁判所や検察庁に奪われるのでは”と頭を悩ませることになる。そんな事態を見越して、第二新卒枠を拡大する法律事務所もある。
このように、事務所側も採用活動のあり方に自信を持つことができない時代に、司法試験受験生はどのような方向性のキャリアを目指して進路選択を行うべきなのか。本稿では、就職先の類型別に、キャリア形成上の魅力と方向性について解説してみたい。

※ 2023年10月10日に司法研修所大講堂で行った筆者の課外授業での質疑応答を踏まえている。

大手事務所入所後のキャリア

大手事務所の魅力は、数千億円規模のメガディールや最先端の法律問題に関与する機会を得られることにある。パートナーが100名以上所属しているため、“特定のパートナーと合わない”というミスマッチに対応できるし、複数の先輩弁護士から指導を受けられるなど、国内最高水準の教育環境が整備されている。数十人規模の新人採用により毎年後輩弁護士が増えていくことは、チームを束ねて仕事をする経験を段階的に積むことに役立つだけでなく、5年程度の勤務経験を経た後に後輩に手持ち案件を引き継ぎ、海外のロースクールへの留学や官庁等への出向に行って専門性を伸ばすしくみも支えてくれている。
キャリア・プランとしては、パートナーを目指す者だけでなく、基礎的なトレーニングを積んだうえで中小事務所またはインハウスへの転身を想定する者も多い(なお、四大事務所に所属するアソシエイトを対象に実施したアンケート(2023年夏)では、女性アソシエイトに“パートナー昇進意欲”の低い傾向が顕著であった)。転職市場においても大手事務所所属アソシエイトは書類選考を通過しやすいため、“まずは大手事務所に入ったうえで、働きながら将来のことを考える”という方針も合理的である。
他方、人材の層が厚いがゆえに生じるミスマッチもある。すべての法分野において先輩パートナーが存在することはジュニア・アソシエイト時代の修行には好都合であるが、パートナー昇進を見据えたシニア・アソシエイト期を迎えると、“自分がこれから新規に開拓できる空白地帯を見出すことが難しい”という課題にも直面する。そのため、“所属事務所の継続性”にこだわるならば、業務分野を問わず自分の年次に空きがある分野を探すことになるが、“経験を積んできた業務分野の継続性”を重視するならば、他の事務所への移籍も視野に入れたキャリア検討が求められることになる。

外資系事務所入所後のキャリア

外資系事務所の魅力は、欧米のトップファームのロイヤーと英語での共同作業を担う経験を得られることにある。日本では“弁護士は士業の最高峰であり、個人事務所にも優秀な弁護士がいる”といえる状況にあるが、欧米では、一流クライアントの依頼はトップファームに集中している。日本法的な発想に捉われず、クライアントニーズの本質をつかんで実現させようとする優れた欧米のロイヤーとの共同作業は、日本の法律事務所では得られないビジネスセンスを磨く機会を与えてくれる。
キャリア・プランとしては、“パートナー昇進を目標に起きにくい”という問題は存在するが(東京オフィスにパートナー枠を増やせるかどうかは、事務所のグローバル戦略を踏まえた経営方針次第である)、外資系企業のインハウスへの移行はスムースである(外国人上司とのコミュニケーションの前提となる英語力だけでなく、欧米企業の文化を学ぶことが転職準備にもつながる)。
なお、景気悪化時のリストラがリスクとして指摘されることもあるが、日系とは異なり、“リストラは恥”とみなされるわけではない。退職に伴う金銭的な補償も充実しているため、リストラを機にキャリアを見つめ直し、新たな分野に挑戦するアソシエイトも多い。かつては“欧米系トップファームでは、パートナーも事務所クライアントをメンテナンスするだけだから独立できない”と言われていたが、最近は、その固定概念を打ち砕き、欧米系ファームの出身者が中心となって事務所を設立し発展させる例も現れている。

中小事務所入所後のキャリア

中小事務所の最大の魅力は、“自分を直接に信頼してくれるクライアントのために働ける”という点にある。大手事務所も外資系事務所も、大企業のクライアントとの間で組織的な信頼関係を構築している。それがゆえに、事務所の業務に支障があれば、自分の親しい家族や友人からの依頼であっても受任することができない。特に紛争案件については利益相反を生じやすく、弁護士業務のエンゲージメントの源泉は“自分を頼ってくれる依頼者のために尽くす”という点にあるにもかかわらず、「ぜひ先生にご相談したい」と自分を頼って来てくれたクライアントに対して「コンフリクトがあるため受任できません」と門前払いしなければならないのは、職業的使命に背くような無念さがある。中小事務所は、クライアントとの距離の近さや強固な信頼関係の構築を重視する弁護士にとって、その思いを実現できる場であるといえる。
キャリア・プランとしては、“多数のアソシエイトを競わせて、勝ち残って審査に合格した者だけをパートナーに昇格させる”といった選抜システムは存在せず、“アソシエイトのうちから少しずつクライアントの信頼を得るように準備を進めてもらいたい”という長期的な視点でのパートナー育成がなされることが通例である。
他方、毎年多数の新人を採用するわけではないため、アソシエイトが留学や出向を希望した場合の業務の引き継ぎ等には、パートナーに率先して調整してもらわなければならない。このため、留学や出向に対する事務所側の意向は確認しておく必要がある(事務所に“アソシエイトの留学・出向実績があるかどうか”よりも、所属パートナーに“自分の案件をすべて引き取ってでもアソシエイトを送り出す男気があるかどうか”の方が大きい)。

裁判官・検察官任官・任検後のキャリア

司法修習において裁判官としての適性を認められ、声をかけられたならば、任官は真剣に考えるべき選択肢といえる。“法律文書を起案するトレーニングを受ける”という視点で言えば裁判所は日本最高水準の教育機関である(法律事務所では、アソシエイトの仕事のレビューについて時間単価の高いパートナーが費やせる時間は限られてしまうが、裁判所では、コスト度外視で現役バリバリの部長が判決書の添削に全力を注いでくれる)。将来、異動や家庭の事情で転職を考えることになったとしても、その経験はビジネスロイヤーの基礎的訓練にも振り替えることが可能である。
また、刑事に興味を抱くならば、任検も真剣に考えるべき選択肢である。検察官としての捜査経験を活用できるビジネスロイヤーの業務領域は確実に広がっている。そのため、組織で決裁官に昇格することを望まない場合には、不祥事調査を含めた危機管理対応を専門とする弁護士にキャリア・チェンジする可能性は十分にありうる。
任官でも任検でも、欧米のロースクールに留学すれば、ビジネスロイヤーとしての人材市場価値を飛躍的に高められる。具体的なプランを描けていない段階であっても、TOEFL/TOEICの点数だけは確保して留学制度に立候補しておくことがキャリアの選択肢を広げることにつながる。

以上、就職先の類型別にキャリア形成上の魅力と方向性について簡単に紹介した。読者諸氏の今後のキャリア形成の一助になれば幸いである。

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西田 章

西田法律事務所/西田法務研究所 代表弁護士

西田法律事務所/西田法務研究所 代表弁護士(第一東京弁護士会、修習51期)。長島・大野法律事務所(現・長島・大野・常松法律事務所)入所後、経済産業省や日本銀行への出向を経て、06年に独立し「西田法律事務所」を設立。07年有料職業紹介事業の許可を受け「西田法務研究所」を設立し、弁護士専門ヘッドハンターとして活動。著作『新・弁護士の就職と転職』(商事法務、2020)等。