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契約締結時こそ“終わり”を意識する 紛争発生を見越した契約設計のススメ

生成AIの急速な普及やデータ利活用の進展に伴い、AI技術を持つ中小・スタートアップ企業と、データや業界知見が豊富な大企業とが共同開発・共同研究(以下「共同開発」)を行う機会が増えている。共同開発には多くの論点があるが、KTS法律事務所の佐藤安紘弁護士がまず強調するのは、“始まりがあれば、終わりがある”ことを意識した契約設計の重要性だ。
「共同開発は、双方が同じ目標を共有した状態でスタートし、信頼関係も重要になるため、契約締結時には将来の紛争をイメージしにくく、“何かあれば協議すればよい”という発想になりがちです。しかし、長期プロジェクトでは、担当者の変更や事業環境の変化などにより、当初の認識がずれていくことが多々あります。紛争発生後に契約書に立ち返っても、規定が曖昧であれば解決の役に立ちません。そのため、契約前の段階で、“何を実現したい契約なのか”を整理し、プロジェクトの頓挫や関係悪化まで見据えて、紛争解決の指針となる契約書を設計することが重要です」(佐藤弁護士)。
さらに、AIやデータが関わる共同開発には特有の難しさがあると、末吉亙弁護士は指摘する。
「AIやデータ関連の案件は、法的整理やビジネス自体が十分に成熟しておらず、予測可能性が低いという特性があります。リスクを過剰に見積もればビジネスの妨げになるため、法務担当者には難しい判断が求められます」(末吉弁護士)。

末吉 亙 弁護士

知的財産権の帰属は“将来の活用戦略”を念頭に

共同開発契約において、成果物に関する知的財産権の帰属は、将来の事業展開を左右する中核的な要素の一つだ。費用負担や貢献度など整理の基準はさまざまだが、実務上は“双方の共有”に落ち着くケースも多い。だが、小西絵美弁護士は、共有にはさまざまな落とし穴があると説明する。
「成果を共有にした場合、ライセンスや譲渡に制約が生じ、将来のビジネス展開に支障を来すおそれがあります。成果物が特許発明なら実施は自由ですが、著作物なら利用は単独ではできない等、法律の原則が異なるので、成果物の性質とその活用方法を想定したうえで、どこまで原則を修正するのか契約書で詳細に定めておく必要があります。そうでなければ将来思わぬ足かせになり得ます」(小西弁護士)。
契約実務では、将来発生する不確定事項について、“協議して決定する”と規定することも少なくない。だが、佐藤弁護士は、「協議条項それ自体が悪いわけではありません」と前置きしたうえで、その限界を指摘する。
「何をもって協議といえるのか。つまり、メールのやり取りで足りるのか、正式な会議が必要なのか。相互に資料の十分な開示がないまま打ち合わせをしても協議になるのか。さらに、協議が成立しなかった場合には、どのような帰結となるのか。こうした点が曖昧だと、結局、紛争になります。知的財産権は出願や権利化のタイミングが重要なので、仮に協議がまとまらず、出願機会を失う事態になれば、共同開発の価値そのものが損なわれかねません」(佐藤弁護士)。

佐藤 安紘 弁護士

もっとも、あらゆる事態をすべて契約で規定しておくことも現実的ではないと、末吉弁護士は付言する。
「将来の出来事をすべて予測するのは不可能です。重要なのは、協議条項に依存するのではなく、想定外の事態が生じた際の対応方針まで含めて整理しておくことです。一方で、想定外の事態が生じたときこそ、双方が知恵を出し合い、変更契約などで柔軟に対応できる関係を築いておくことも大切です」(末吉弁護士)。

AI時代に価値を増す“書面化できないノウハウ”

共同開発を行う際は、ノウハウの保護にも留意する必要がある。製造手順など書面化できるノウハウは営業秘密として管理でき、不正競争防止法の保護も受けられる。しかし、現場で蓄積された経験や勘のような暗黙知は、必ずしも書面化できない。
「現場で培われた知見や工夫が、共同開発の過程で自然に共有されてしまうことがあります。しかし、共同開発の範囲を超えた利用を把握・立証することは難しく、秘密保持義務だけでは抑止力として不十分です。競業・並行開発禁止条項による対応も、過度な制限は競争制限リスクを伴います。こうした場合、“そのような知見や工夫は相手方に利用されてもやむなし”と割り切れるか、他のビジネス条件で埋め合わせられるかなどを検討する必要があります」(佐藤弁護士)。
さらに近年は、AIによって暗黙知そのものを形式知化する動きが始まっていると、末吉弁護士は話す。
「人の頭の中にしか存在しなかった暗黙知を、AIに学習させて管理できる時代です。これが共有されてしまうこともあります。こうした暗黙知をどこまでAIに取り込むかも、今後の重要なテーマです」(末吉弁護士)。
暗黙知を蓄積・共有可能な資産に変えることには、業務効率化などのメリットもあるが、ひとたび流出すれば完全な秘匿は困難になる。共同開発に着手する前に、どこまでをAIに学習させるか、明確な線引きとしくみ作りが求められるだろう。

共同開発の前に見直したい データの取扱いと“情報管理”という土台

データ利活用が前提となる共同開発では、データの取扱いが契約設計上のカギを握る。
「データには、特許権のような排他的権利が当然には生じません。利用権限や第三者提供の可否などを契約で決めておかないと、実際に支配する者が自由に利用できる状態になってしまいます。“データの利用ルールは契約によって初めて作られる”という理解が出発点となります」(小西弁護士)。

小西 絵美 弁護士

こうした契約上の論点に加え、末吉弁護士は、情報管理体制の整備こそ重要だと説く。
「情報管理は“基本のキ”です。管理体制が不十分なまま共同開発を行えば、情報の受領にも提供にもリスクが生じます。共同開発に先立ち、まずは“情報管理”という土台を固めることが重要です」(末吉弁護士)。
知的財産、ノウハウ、データといった観点を、いかに契約書に反映させ、共同開発を成功に導くか。紛争実務を熟知したKTS法律事務所の指摘は、重要な示唆を与えている。

読者からの質問(営業秘密と認められるための管理方法)

Q 当社では技術資料を社内サーバーで管理し、外部からアクセスできないようにしています。この対応で、営業秘密として保護されると考えてよいでしょうか。
A 外部からアクセスできないだけでは、営業秘密として保護されない可能性があります。営業秘密の重要な要件に、“秘密管理性”があります。ここでは、社外ではなく、社内の方々が“会社の秘密である”と認識できるかがポイントです。社内情報の中には秘密情報とそうでない情報が混在していますので、単に外部からアクセスできないというだけではなく、社内でもさらにアクセスできる部署や人を限定したり、パスワードをかけたり、“㊙”表示をしたりすることなどが求められます。そのようにして初めて、会社が秘密として管理しているのだという認識が醸成されます。

→『LAWYERS GUIDE 企業がえらぶ、法務重要課題2026』を 「まとめて読む」
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掲載弁護士の所属弁護士会:第二東京弁護士会

末吉 亙

弁護士
Wataru Sueyoshi

81年東京大学法学部卒業。83年弁護士登録(第二東京弁護士会)、森綜合法律事務所(現 森・濱田松本法律事務所外国法共同事業)入所。07年末吉綜合法律事務所(現 潮見坂綜合法律事務所)設立。20年KTS法律事務所設立。約40年間、企業法務、知的財産および訴訟に関する案件を担当。

佐藤 安紘

弁護士
Yasuhiro Sato

06年東京大学法学部卒業。08年東京大学法科大学院修了。09年弁護士登録(第二東京弁護士会)。13年インディアナ大学ブルーミントン校ロースクール修了(LL.M.)。13~14年Sughrue Mion, PLLC、Kenyon & Kenyon LLPにて米国の知的財産実務を経験。14年ニューヨーク州弁護士登録。20年KTS法律事務所設立。技術・データ・デザイン・ブランドが関わる紛争、契約交渉、国際案件を扱う。

小西 絵美

弁護士
Emi Konishi

11年東京外国語大学外国語学部ロシア語専攻卒業。16年情報セキュリティスペシャリスト試験合格。18年弁理士試験合格。22年弁護士登録(第二東京弁護士会)。特許事務所での内外特許出願関連業務やデータベース運用、メーカー法務部での商標実務等を経て、23年KTS法律事務所入所。システム開発、データ利活用等のIT・知財分野を中心に取り扱う。