経営陣による不正発覚の難しさ 内部通報制度が機能しない理由
覺道弁護士 私は金融庁総合政策局リスク分析総括課での勤務経験も含め、金融機関のガバナンス、コンプライアンス・リスク管理に多く携わっていますが、金融機関での経営陣による不正については、金融庁の検査の過程で発覚するケースが多い印象です。当局が不審な点を深掘りする中で経営陣の関与が判明するケースも多い一方で、外部通報やマスコミへのリークが端緒となることもあります。ただ、経営陣が主導している不正は、当局やマスコミといった外圧がなければ明るみに出ることは極めて珍しいのではないでしょうか。現場の担当者が覚えた違和感が告発につながるケースも稀にはありますが……。
岩井氏 一般的にメーカーは、金融庁によるもののような強い監督を受けないため、経営陣の目線も売上や事業成長に向きやすく、不正防止の難易度が上がる側面があります。内部通報や経理部門の気づきによる自浄作用に頼らざるを得ない分、土台となる組織風土の醸成が重要です。制度を整えても、経営陣の一言で無視されるような環境では何も機能しません。
覺道弁護士 金融機関でも、内部通報制度が十分に機能しているとはいいがたい例があります。不正発覚後、“なぜ内部通報制度が利用されなかったのか”と疑問に感じるケースも少なくありません。文化的な抵抗感に加え、“制度を利用しづらい”と受け取られているように感じます。

覺道 佳優 弁護士
声があがるかはしくみ次第 信頼を育てる実践的アプローチとは
岩井氏 通報者が最も恐れるのは、“身元の特定”と“報復”です。組織が小さければ小さいほど、また不正が組織ぐるみであるほど、通報のハードルは高くなります。結局、声をあげずに静かに退職するという選択をする人が多いのではないでしょうか。内部通報制度への信頼感を高めるためには、“報復禁止”“不利益取扱い禁止”を研修等で繰り返し伝えることと、通報によって問題が解決した実績を周知することが有効です。また、コンプライアンスオフィサーの顔写真と“秘密厳守を約束します”というメッセージを載せたコンプライアンスカードを全従業員に配布した例もあります。このように担当者の顔が見えると心理的なハードルは大きく下がりますが、これだけでは不十分です。経営トップやビジネス部門の長が“不正による利益は認めない”と明言し、その姿勢を従業員に示し続けることが基盤になります。
竹田弁護士 従業員にとって、実際に通報対応を行う担当者の顔やキャラクターがわかれば、通報へのハードルが下がりますね。企業によっては、同僚や社内のメンタルカウンセラーなど、相談しやすい立場の人に従業員が上司の不正を相談するといった例もあります。しかし、内部通報制度を利用した方がその後の初動対応や情報統制を適切に行えますので、通報者保護等に関する情報を発信するとともに、制度への信頼を高めるための工夫をし続ける必要があります。

竹田 いさか 弁護士
岩井氏 監査部門とコンプライアンス部門の連携も重要な課題です。不正発覚の端緒は経理・コンプライアンス・人事など多岐にわたるため、情報の一元化が難しい。また、監査部門の人材育成やローテーションのあり方についても、独立性の観点から検討が必要です。
覺道弁護士 監査の独立性は当然守るべきですが、問題発覚後は部門横断で、一枚岩として協力すべきです。また、より実効的な監査の実施のためには、CIA(公認内部監査人)の資格を有する人材等、監査に関する専門的知識を有する人材を内部監査部門に配置するなどの態勢整備を行うことが必要だと思います。
子会社・社外役員・顧問弁護士 連携の網をいかに張り巡らせるか
岩井氏 グループ会社のマネジメントにあたり、子会社・孫会社……となるほど人的リソースは少なくなります。親会社から出向者を送る際には、財務・経理・人事が優先され、コンプライアンスや法務の人材が子・孫会社に配置されることは少ないため、第2線・第3線の機能を担える人材がいないのが実態です。これは、海外子会社であっても国内子会社であっても同じです。

岩井 佑介 氏
覺道弁護士 子会社内で密かに経営陣が不正に及んでいる場合、親会社側からの発見は相当難しい。また、仮に定期的な会議等で不正の端緒が出ていたとしても、親会社側のリスク感度が十分でないと適時適切な対応がとれず、不正を止められないケースもあります。特にM&Aで傘下に入った会社は企業文化が異なるケースも多いため、親会社側にはより高度なリスク感度が求められます。子会社経営陣の不正リスクを把握するためには、たとえば、親会社からの出向者が子会社に入り、日常的に丁寧なコミュニケーションをとることで、いざという時に不正の端緒を直接把握できるようにしたり、“重要事項を親会社に報告する”という決裁規定を整備しつつ、運用上もそれが機能するように、親会社側でも子会社の報告に対する丁寧な対応や日常的なリスク感度の向上に努めるといった対応が重要です。
竹田弁護士 内部通報制度以外にも不正のリスクをキャッチする間口を広げるため、社外役員や顧問弁護士を活用することも有用です。たとえば、社外役員が取締役会資料等から不正の可能性を指摘し、深掘りしたところ、コンプライアンス上の問題が発覚したということもあります。また、社外役員が日頃から従業員と接点を持つことで、従業員が“不正かどうかがわからないので内部通報まではできない”と社外役員に相談し、経営陣による不正が発覚したというケースもあります。“顧問弁護士の活用”という点では、法務担当者が不正の端緒を把握した際、日頃から気軽に連絡をとっていた顧問弁護士にすぐに相談したことで、迅速かつ適切な初期対応につながったというケースもあります。
岩井氏 結局のところ、制度以上に、“気づいたことを誰かに話せる関係性を日頃からどう作るか”に尽きると思います。組織が大きくなるほど難しいのですが、通報制度であれ社外役員との接点であれ、顧問弁護士との関係であれ、“顔の見えるような信頼関係”の積み重ねが、不祥事への対処の礎になるのではないでしょうか。
覺道弁護士 コンプライアンスの重要性と、“問題を見つけたら組織内に共有する”という意識を継続的に浸透させ続けること。それを支えるのが、トップのコミットメントと、日頃の関係の積み重ねだということですね。
覺道 佳優
弁護士
Yoshimasa Kakudo
09年北海道大学法学部卒業。11年神戸大学法科大学院修了。12年弁護士登録(大阪弁護士会)、北浜法律事務所入所。18~21年金融庁総合政策局リスク分析総括課に任期付公務員として赴任、リスク管理検査室経営管理等チーム、フィンテックモニタリング室等にて勤務。専門分野は銀行法・資金決済法・金融商品取引法・保険業法など金融関連法令、コンプライアンス・リスク管理。
竹田 いさか
弁護士
Isaka Takeda
08年早稲田大学法学部卒業。11年早稲田大学法務研究科修了後、検察官としての勤務を経て、20年弁護士登録(第一東京弁護士会)、北浜法律事務所入所。上場企業を含む複数の企業で社外役員を務める。専門は、不正調査・危機対応、訴訟、コンプライアンス。
岩井 佑介
日清食品ホールディングス株式会社 ガバナンス部 次長
Yusuke Iwai
02年早稲田大学法学部卒業。生命保険会社勤務を経て、09年上智大学法科大学院修了。10年弁護士登録(第一東京弁護士会)、都内法律事務所に入所。主に損害保険・賠償関係の訴訟・交渉に従事。14年株式会社LIXILに入社し、一貫してコンプライアンス推進および不正調査を担当。21年同社Compliance & Ethics部長。25年日清食品ホールディングス株式会社入社。