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変わりゆく市場ルールと今後のM&A実務への影響

日本のM&Aを取り巻く環境が大きく変化している。東京証券取引所(以下「東証」)による上場基準の厳格化や、同意なき買収リスクの高まりを背景に、近年、経営陣・支配株主等による非公開化を選択する企業が急増。それに応えるように、東証は上場会社の買収ルールを改革し、“公正性”と“透明性”をこれまで以上に厳しく問いかけている。
非公開化取引に関する助言・支援実績を豊富に有する山下総合法律事務所の山下聖志弁護士は、2025年4月に東証から公表された「MBOや支配株主による完全子会社化に関する上場制度の見直し等について」について次のように説明する。「非公開化取引のように買手である経営陣・支配株主等と少数株主の間に構造的な利益相反がある取引では、「公正なM&Aの在り方に関する指針」(経済産業省、2019年6月28日)を踏まえ、これまでも特別委員会の設置をはじめ公正性担保措置を講じる実務が定着していました。しかし近年、公正性に疑問符がつく事案が見られるようになり、より実質的な公正性を確保すべくルールが改正されたのです」。
改正のポイントは主に“特別委員会に求められる役割の強化”と“情報開示”にある、と山下弁護士は続ける。「まず、特別委員会は一般株主にとって“不利益でないこと”ではなく“公正であること”の意見を述べる必要があります。これに伴い、特別委員会は、今後は価格交渉により主体的に関与するなど、これまで以上に少数株主の利益を意識した役割を求められます。さらに情報開示の内容が拡充され、株式価格算定の根拠となる財務予測の前提となる考え方や割引率の根拠(特殊条件等)などの開示が求められるとともに、特別委員会の意見書そのものが添付資料として開示されることになりました。我々としては、検討・判断過程の仔細がそのまま開示され、時に裁判で検証されることを念頭に置きながら、アドバイスの質を一層高めなければならない、そんな時代になったと実感しています」(山下弁護士)。

山下 聖志 弁護士

持ち合い解消が変えつつある市場の景色とアクティビストの躍進

こうした規制強化と並行して、日本の株式市場そのものの構造も変容を続けている。その象徴が、“株式持ち合いの解消”だ。「かつての日本企業は、銀行や取引先といった“安定株主”が互いの株を持ち合うことで、経営の安定を図ってきました。主要株主が20%も持っていれば、安泰な体制を築けたわけです。しかし、コーポレートガバナンス改革の流れの中で“非効率な政策保有株式は売却すべし”という圧力が強まり、持ち合いは急速に解消されています。これが意味するところは、市場に流通する“浮動株”の激増です。全体的な傾向として、一般株主やファンド等が市場で株式を買い集めることが、以前よりもかなり容易になりました。もはや、上場している限り、どの企業もアクティビストと無縁ではいられません。この市場環境の変化を、経営者・実務担当者は改めて認識しておく必要があります」(山下弁護士)。

読者からの質問(2024年に改正された公開買付規制の影響)

Q 2024年に改正された公開買付規制の影響について教えてください。
A 今回の改正で、30%を超える市場内買付けも公開買付規制の対象になりました。これにより、従来のように市場内取得で買い増して企業に対する影響力を獲得する手段に大きな制約となります。その背景には、“企業の支配権をめぐる動きは、透明・公正であるべきだ”という潮流があります。
企業への影響としては、段階的な株式取得戦略が描きにくくなる点が挙げられます。たとえば、“まずは30%程度出資し、公開買付け時のプレミアムを付けずに市場で買い増しながら、タイミングを見て子会社化を目指す”といったシナリオが難しくなります。上場会社の20~30%の株式を取得すれば、“将来、TOB(株式公開買付け)を仕掛けるのではないか”という憶測を呼び、アクティビストが先回りして株を買い始めるおそれもあります。大株主は市場での買い増しが難しくなるため、最初の資本提携の段階で、将来の展開やアクティビストによる買い集めのリスクまで見据えたうえで、取得割合や提携のあり方を慎重に設計することが、これまで以上に重要になるでしょう(塚原弁護士)。

オーダーメイドの資本設計 “種類株式”と経営者インセンティブ

企業買収においては、単に普通株式のみが利用されるわけではない。特にファンドが関わる案件や、複数の投資家が共同で買収するようなケースでは、より柔軟で精緻な資本設計が求められる。そう説明するのは、証券会社・投資会社への出向経験があり、ファンドによる買収を数多く扱ってきた小薗江有史弁護士だ。「その際に活用されるのが“種類株式”です。たとえば、ファンドが共同で投資する場合、経営の主導権を握りたいファンドは議決権のある普通株式を欲しがりますが、純粋な資金の出し手としてリターンを重視する投資家もいます。その場合は、議決権がない代わりに配当を優先的に受け取れたり、会社が清算する際に先に資金を回収できたりする種類株式を設計します。このように、各プレイヤーの目的やリスク許容度に応じて、権利の内容をオーダーメイドで作り分けることができるのです。なお、スタートアップ企業に対するVC(ベンチャーキャピタル)による投資がなされる局面でも、経営者株主は普通株式、VC投資家は種類株式を用いる投資がなされることもあり、同様の検討が必要となります」(小薗江弁護士)。
また、買収後の企業価値向上に不可欠なのが、対象会社の経営陣等へのインセンティブ設計だ。特にファンドは、買収先の経営陣が最大限のパフォーマンスを発揮できるよう、報酬体系を工夫する必要があると、小薗江弁護士は述べる。「ファンドは必ず最後に株式を売却して利益を得る“イグジット”を目指します。その売却益を経営陣にも分かち合うことで、“会社の価値を上げれば、リターンも大きくなる”という強力なインセンティブを生み出すのです。一方で、ファンドとしては経営の支配権は掌握していたいため、買収先の経営陣の議決権を一定程度制限するなどの工夫も必要です。“報酬体系(インセンティブ)として、単に金銭的報酬だけでなく、ストックオプションも含めた株式報酬を利用できないか”との相談も増えてきており、税務的な観点も含めて、どのようなスキームが最も効果的か、そうした総合的な面から検討することになります。また、種類株式を利用したものではありませんが、近時は経済産業省が設置した有識者検討会において、モデルLPA(投資事業有限責任組合契約)の改定が検討されており、その中では、個人のファンドマネージャーに対するインセンティブ(キャリード・インタレスト)を意識した改定が検討されています。このように、M&Aを成功に導くために、各当事者にとって有効に機能するインセンティブについて、視野を広げた検討が必要になってきているように感じています」(小薗江弁護士)。

小薗江 有史 弁護士

競争上の機微情報を守る交渉戦略

M&Aの対象が、事業上の競合相手である場合、そのプロセスは一層複雑な様相を呈する。買収に先立つデューデリジェンスや独占禁止法の手続で相手の内部情報を知る必要があるが、そこには原価や地域・サービスごとの財務情報、仕入先といった営業上の機微情報が含まれており、これらが安易に共有されると、万が一取引が破談(ブレイク)した際に自社の首を絞めかねないからだ。塚原雅樹弁護士は、競合会社の買収案件を数多く手がける中で、情報の取り扱い方に変化を感じているという。
「競合会社を対象としたM&Aでは、営業部門など、競争に直接関わる担当者を遮断し、管理部門等の限定されたメンバーや外部アドバイザーだけで開示した情報を取り扱うよう求められるケースが、それほど規模が大きくない案件でも増えています。M&Aは最後の最後で価格等の条件が折り合わずに破談になるケースが意外と多く、もしディールがブレイクすれば、昨日までのパートナー候補は、明日からまた熾烈な競争相手に戻るわけです。そのとき、相手に自社の原価構造や仕入先を知られていたら、致命的な打撃を受けかねません。そのため、“万が一、この話がまとまらなかったら”という視点を持ち、どこまでの情報を、どのタイミングで、誰に開示するのかを慎重にコントロールする必要があります」(塚原弁護士)。

塚原 雅樹 弁護士

複雑化するM&Aスキームにリーガルを超えた対応力でサポート

塚原弁護士は、近年のM&Aの複雑化について指摘したうえで、こう述べる。「単純な株式譲渡や公開買付けだけでなく、何段階ものステップを踏むような複雑なスキームが増えています。税務上のメリット等、さまざまな理由があるのですが、M&Aに慣れていないクライアントが、大手法律事務所のアドバイスを受ける巨大ファンド等からそうした難解なスキームを提案されたら、圧倒され、不安になるのも当然です」(塚原弁護士)。
そうした状況下では、同事務所が貫く少数精鋭のスタイルが独自の強みを発揮する。
「日常的にM&Aを扱っているわけではないクライアントには、なぜ相手方がそんな回りくどい手法をとるのか、その狙いやメリット、そして潜在的なリスクは何かを、噛み砕いて説明します。財務アドバイザーなど他の専門家とも連携し、クライアントが不利にならずに相手と交渉できるようサポートする。このように、M&Aに注力していきたい企業がM&Aにスムーズに参加できるようにすることもまた、私たちの存在価値ではないかと思っています」(塚原弁護士)。
比較的小規模なM&A案件にも、特有の複雑さがある。事業それ自体やリーガルとは直接関係のない、人間関係や長年のしがらみといった問題が浮上することが少なくないと、小薗江弁護士は話す。「買収に際し、対象会社が過去に行っていた事業に関して、行政や地権者との交渉が問題となる案件がありました。このような場合には、単に法的手続を粛々とこなしていくだけでなく、M&Aを成功に導くために、全体的な戦略そのものをクライアントと一緒に描いていく作業が必要になります」(小薗江弁護士)。
そうしたリーガル面を超えたサポートは、日本企業による海外企業の買収時にも必要になるという。
「アウトバウンドM&Aにおいては、現地の文化や商習慣の違いへの配慮が不可欠です。海外においては、日本人にとっては信じられないような慣習や、実務が存在することもあります。日本企業がどこに不安を感じるかを先回りして考え、現地の法律事務所と論点を詰めたうえでクライアントに報告するといった、“一手間”かけることが重要になります」(小薗江弁護士)。
それは、弁護士という職域を越えた役割ともいえるだろう。こうした手間をかける案件は大規模事務所では多少敬遠されがちというが、同事務所では“ここだけ見てほしい”というクライアントの要望に対しても、リスクの濃淡を見極めながらコストを抑えた対応を心がけているという。M&Aという、ある意味冷徹な世界にあって、こうした“温かみ”のあるサポートこそが、企業の命運を左右する重要な局面で同事務所が信頼を集める理由の一つなのかもしれない。山下弁護士にそう問いかけると、「サイズ感がちょうどいいのでしょうね」という答えが返ってきた。
「当事務所程度の規模で、会社法・金融商品取引法に精通していて、株式・証券実務にも詳しい事務所は珍しいのかもしれません。私たち三人を含め、証券会社や投資会社への出向経験があるメンバーが在籍しているため、買手、市場、そして規制当局といったさまざまな関係者がそれぞれ何を考え、何を求めているのかを肌で理解しています。そのため、小回りが利くというか、スピード感とバランス感覚を多分に持ち合わせています。それに加えて、私たちはクライアントの“カルチャー”をとても大事にしています。それぞれの会社の文化を理解したうえで、交渉の進め方についてのアドバイスもできる。継続的に関係を築いているからこその強みだと思っています」(山下弁護士)。

M&Aを成功に導く平時の備えとは

円安を背景に、海外から見た日本企業は魅力的な投資対象であり、同意なき買収のリスクは常に存在する。企業はどう備えればよいのか。
「重要なのは、いざという時にすぐに相談できる専門家との“チャネル”を持っておくことです。事が起きてから慌てて弁護士を探すのでは、どうしても後手に回ってしまいます。平時から、M&Aや金融商品取引法に詳しく、海外案件にも対応できる専門家と相談できる関係を築いておくことが、何よりの防御になります。“どんなアドバイザーを選んだらよいか”という段階から専門家の助言を得れば、打てる手は格段に増えるはずです。その意味で、もう一つ重要な要素が“スピード感”です。M&Aは最後の局面まで交渉の状況が変わりうるため、相手からの提案に対して、迅速かつ的確に対応できるかどうかで、交渉の成否・着地が決まります」(山下弁護士)。
「今は書籍やセミナーでM&Aに関する情報を入手しやすくなりましたが、そこで得られる情報は、あくまで“一般論”に過ぎません。それぞれの会社が抱える課題やニーズは、似ているようで少しずつ違う。自社特有の課題に対処するなら、やはり経験のある専門家に相談するのが一番の近道です」(小薗江弁護士)。
「M&Aを成功させるには、弁護士も含めたアドバイザーが、いかに“ワンチーム”として機能するかも重要です。それぞれの専門家がバラバラに意見を言うのではなく、一つのチームとして最適な解決策を練り上げて提示することで、クライアントは安心して決断を下せるからです。私たちは信頼できる専門家の方々と緊密な連携を築いていますので、今後も他の専門家と協力して、“クライアントに安心感を与える”という価値を提供していきたいと思っています」(塚原弁護士)。

→『LAWYERS GUIDE 企業がえらぶ、法務重要課題2025』を 「まとめて読む」
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山下 聖志

弁護士
Seiji Yamashita

98年東京大学法学部卒業。02年弁護士登録(東京弁護士会)。05~07年国内大手証券会社法務部門出向。10年米国ミシガン大学ロースクール修了(LL.M.)。11年ニューヨーク州弁護士登録。16年山下総合法律事務所設立。現在、同事務所代表パートナー弁護士。

小薗江 有史

弁護士
Yushi Osonoe

02年東京大学経済学部卒業。05年弁護士登録(東京弁護士会)。06~08年国内大手証券会社自己投資部門出向。11~13年国内大手証券会社M&Aアドバイザリー部門出向。14年米国ノースウェスタン大学ロースクール修了(LL.M.)。20年山下総合法律事務所入所。21年~同事務所パートナー弁護士。

塚原 雅樹

弁護士
Masaki Tsukahara

04年北海道大学法学部卒業。08年弁護士登録(東京弁護士会)。14~16年国内大手証券会社コンプライアンス部門出向。18年山下総合法律事務所入所。21年~同事務所パートナー弁護士。