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強化の一途をたどる中国腐敗防止規制 日系企業の対応は

佐々木氏 中国は日本にとって最大の貿易相手国であり、現地でビジネスを展開する日本企業も拠点数で3万を超える重要なビジネスパートナーです。習近平体制の発足後、中国では腐敗撲滅キャンペーンが積極的に展開されていますが、現状はいかがでしょうか。

孫中国弁護士 反腐敗運動は現在も継続しており、公務員はその地位に関わりなく取締りの対象となっています。2021年からは収賄者だけでなく贈賄者に対する刑事責任追及も強化されている(2024年1月~9月で1.9万人が立件)ので、日系企業は社員研修、モニタリング、通報窓口の設置などを通じた不正防止体制の構築が重要となります。

佐々木氏 日系企業は、中国における贈収賄対策を引き続き徹底していく必要があるということですね。業種によるリスクの差などはいかがでしょうか。

孫中国弁護士 医薬、建築、エネルギー、運輸、小売などの業種が摘発の重点対象です。一方で、重点業種でなくとも、中国政府がイベント的に実施する特定の業種を対象とした調査によって取引先が巻き込まれるケースもあります。また、従業員の処分や解雇の際に、従業員側からの告発や恐喝がなされる事例もあり、注意が必要です。

孫 海萍 中国弁護士

佐々木氏 次に、いわゆるキックバックの問題について、私も過去に数回、中国子会社において大々的な調査を実施した経験があるのですが、最近の傾向はいかがでしょうか。

孫中国弁護士 現在も少なからず存在しますが、取締りの強化により、より巧妙な手口のもの(利益相反の取引や、会社を通じたキックバックの授受など)が増えました。それにより調査の難易度が高くなっています。一方、中国経済が弱まる中で日系企業が注力している子会社のコスト調査において、子会社間における利益とコストの比較から組織的な不正が発覚することもありますね。

佐々木氏 単純な金銭の授受だけではなく、別の形態での利益を受け取るなど、手口が巧妙になり検知しにくくなっているのですね。ご指摘の定期的な調達品のコスト比較は、証拠収集が困難なキックバックでも有効な証拠を揃えられる、非常に有効な調査手段だと思います。

中国ハラスメント規制の現状

佐々木氏 日本では、セクシャルハラスメント(以下「セクハラ」)とパワーハラスメント(以下「パワハラ」)が代表的なハラスメントとして話題になっていますが、中国ではいかがでしょうか。

孫中国弁護士 セクハラについては中国にも法令や判例があり、企業としてのセクハラ防止、通報時の適切な対応義務などが定められ、基本的な法体制が整備されています。一方、パワハラに関する明確な法令はまだありません。しかし、日本本社のポリシーに基づいて中国のグループ会社でもパワハラ防止体制を構築し、研修の実施や通報の受付を開始したケースもあります。

佐々木氏 就業規則等の社内規則でパワハラの禁止規定を置いて、懲戒・是正などを行っているということでしょうか。

孫中国弁護士 そうですね、社内規則でパワハラ防止に関する規定を設けている例は見受けられます。ただし、社内規則に規定があるからと行為者である従業員に対し解雇などの重い処分を科す場合、注意が必要です。中国の労働法では処分の相当性原則が重視されるため、パワハラ防止に関する明確な法的規定が存在していない現時点では、慎重な検討が求められます。

佐々木氏 法整備はまだということですが、社会的な課題としてはクローズアップされているのでしょうか。

孫中国弁護士 はい、特に若い世代には注目されていますね。何らかの不適切な指導を受けた場合に内部通報されるケースも多いですし、若者の離職率にも影響しています。

印鑑の濫用、水増し精算、情報漏洩は 一般従業員の行為にも注意

佐々木氏 このほか、現在、中国で問題となっている不正にはどのようなものがありますか。

孫中国弁護士 印鑑の濫用なども目立ちますね。PDFだけで契約する場合、別の契約書ファイルから印鑑部分をカット&ペーストするなどのケースです。私物購入を会社の経費で精算する“水増し精算”も相変わらず多いです。十数年間も続けていた事例もあり、かなりの金額に上っていました。秘密保持も大きな課題です。会社の情報を気軽に社外に持ち出して競合他社に流すようなケースも多々見られます。

佐々木氏 印鑑の濫用は総経理等の高級役職者に多い印象でしたが、一般従業員のケースも増えてきているのでしょうか。また、秘密情報漏洩も以前は退職の際に頻発していましたが、現在はいかがでしょうか。

孫中国弁護士 中国では、正式な電子契約ではなく簡単なPDFで契約を締結するケースも少なくないので、一般担当者による不正にも注意が必要です。秘密情報の漏洩に関しては、退職時の持ち出しだけでなく、競合他社(元従業員が起業して設立した会社を含む)に対して、定期的に情報を引き渡すようなケースも見受けられます。企業としては、アクセス権限の管理を厳格にすることや、入社時に競業避止義務契約を締結しておく(中国では競業避止には経済補償金の支払が必要なため、退職時の状況を踏まえ、補償金を支払って義務を履行させるかを判断)など、より実効性のある対策が求められます。

佐々木氏 入社時に競業避止義務契約を締結するのはとても参考になる手法ですね。

佐々木 毅尚 氏

不正の発覚端緒と有効な調査手法

佐々木氏 こうしたさまざまな不正に対する調査手法はどうあるべきでしょうか。社内不正発見の端緒として、日本では従業員だけではなく取引先や退職者も含めた内部通報が多数を占めます。また、調査手法としてデジタルフォレンジックが多く用いられていますが、中国ではいかがでしょうか。

孫中国弁護士 中国でも同様に、退職者や取引先からの通報が調査のきっかけとなることが多く、また公務員に対する当局調査から、贈賄側の民間企業やその従業員に飛び火する場合もあります。調査手法としては、やはり日本と同様にフォレンジックが多く用いられています。個人のスマートフォンなど、私用機器への調査については、就業規則にそれを認める規定を設けるとともに、近年の個人情報保護規制の強化を踏まえ、個人情報取得に関する同意書をあらかじめ従業員から取得するなどの対応がとられています。インタビュー(ヒアリング)調査も重視されており、元検察官や元警察官出身の弁護士など、当該調査に精通した専門家と連携して証拠収集を行う例も多いです。

佐々木氏 今後、日系企業が注目すべき法令の制定や執行環境の変化等はありますか。

孫中国弁護士 個人情報保護分野では、個人情報保護影響評価(PIA)の実施を早めに行うことが肝要です。また、輸出管理規制が本格的に施行されたので、貿易制裁とともに注意が必要ですね。トランプ関税についても関税の負担に伴う契約履行が懸念される事態になったので、こちらも契約時には気を配ることが重要です。さらに、今後の不正競争防止法の改正動向にも注目・留意すべきだと思います。

佐々木氏 中国でビジネスを行う日系企業にとって、とても有意義なお話でした。ありがとうございました。

→『LAWYERS GUIDE 企業がえらぶ、法務重要課題2025』を 「まとめて読む」
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孫 海萍

中国弁護士
Sun Haiping

方達法律事務所(Fangda Partners) パートナー(日本業務チーム統括)。03年北京大学法学部卒業。07年東京大学大学院国際経済法専攻修了。日本、米国、中国の大手法律事務所において20年以上の勤務経験を有し、長年日系企業にリーガルサービスを提供。主な取扱分野は、M&A、VC投資、企業再編、腐敗防止、データセキュリティ等のコンプライアンス分野。

佐々木 毅尚

One Thought合同会社(25年3月設立)代表社員
Takehisa Sasaki

91年明治安田生命保険相互会社入社。YKK株式会社、太陽誘電株式会社、SGホールディングス株式会社、NISSHA株式会社等で法務部門のマネジメントを歴任。法務やコンプライアンスに関連する業務を幅広く経験し、リーガルテックの活用をはじめとした法務部門のオペレーション改革に積極的に取り組む。