【ライフサイエンス】次世代医療基盤法改正でできるようになったことと留意点 - Business & Law(ビジネスアンドロー)

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複合的な視野をもって最先端の問題にも果敢に取り組む

高齢化が着々と進行する我が国において、ヘルスケアは誰にとっても大きな関心事だ。そこに商機を見出す企業も数多く、彼らは医療機関や介護事業者とのアライアンスを模索している。
そこで壁になるのが、業界間での商慣習の違いや業界特有の法規制だ。KTS法律事務所は、医療を取り巻くさまざまなプレイヤーのビジネス事情や関連法に深い知見があり、この分野のリーガルサポートを得意とする。

「ヘルスケア業界のさまざまな事業者や医療機関に対して、法律相談からM&A支援まで幅広く手がけてきた経験から、複合的な視点でアドバイスできるのが当事務所の強みです。たとえば、製薬会社から“医療データの収集”という観点で相談を受けると、“医療機関では、医療法関連の規制上、こういう論点が問題になりますので、こういう行動は避けた方がいい”といった双方の立場を考慮した対応ができます」(辻川昌徳弁護士)。

辻川 昌徳 弁護士

同事務所は2020年に設立された新しい法律事務所だ。多くの知財訴訟を手がけた実績をもつ弁護士を中心としつつ、コーポレートやM&Aを得意とする複数の弁護士が加わり、技術と法務の知見を活かしたリーガルサービスを提供している。最先端の問題にも果敢に挑戦し、先ごろ法務・知財業界で大きな話題をさらった、AIを“発明者”とした特許出願の有効性が争われた裁判では原告側代理人を務める。技術の進歩や時代の変化と現行法制との折り合いのつけ方に日々悩むビジネスパーソンにとって心強い姿勢だ。

次世代医療基盤法で何が変わったか

ヘルスケア業界では医療情報の利活用ニーズが日々高まっているが、そこで向き合うべきは個人情報保護法の特別法・次世代医療基盤法(「医療分野の研究開発に資するための匿名加工医療情報及び仮名加工医療情報に関する法律」)だ。同法は2017年に成立し、見直し条項により2024年4月に改正法が施行された。
同法は個人情報保護法のもとでは十分な利活用が難しかった医療情報について、医療分野の研究開発のための円滑な利活用を促すためにできた法律だが、これまで何が課題となっていて、それがどう変わったのだろうか。須賀裕哉弁護士は、法制定前の主な課題として、二つのポイントを挙げる。

「第一に、個人情報保護法上、学術研究目的や公衆衛生の向上のために必要な場合には、個人データの第三者提供に際して本人同意を不要とする例外規定があります。しかし境界線があいまいで、この例外規定を活用するにはためらいがありました。第二に、匿名加工情報であれば一定条件下で本人の同意なく第三者提供ができるものの、医療機関側では、現実的には法的要件を満たす匿名加工を行うことは容易ではありません」(須賀弁護士)。

須賀 裕哉 弁護士

この課題を解消したのが次世代医療基盤法だ。同法の成立に伴い、国が認定した匿名加工事業者に生データを渡して匿名加工を委託できることとなり、医療機関が自らの責任で匿名加工を施す必要がなくなったほか、複数の医療機関の情報を突合して利用することが容易になった。これにより医療情報の利活用促進が期待されたが、今度は“匿名加工医療情報はそもそも研究開発の場面で使いにくい”という課題が浮き彫りになった。

「たとえば、希少疾患に関する情報や数値は、希少性ゆえに個人が特定されやすい。そのため、疾患に関する情報自体を削除しなければなりませんでした。そうした貴重な情報にこそ、難病に関する問題を解決するためのカギがあるかもしれないのに、です。また、研究のためには患者の状態変化を知ることが大事ですが、匿名加工情報では、時期の違う情報が同一人のものかどうかも追えなくなるため、時系列での経過がわかりません」(須賀弁護士)。

こうした課題を受け、2024年の改正法では“仮名加工医療情報”というコンセプトが創設された。氏名などは削除する必要はあるが、医療情報の中身は原則として削除・加工しなくてもよい。また、仮名加工医療情報の提供を受けた利活用者による第三者提供について、例外的に薬事承認のための承認機関への提供は許容されることになった。
この改正により、「事業者にとっての大事な部分について、法律が少し道を開いてくれました。ようやく“かゆいところ”に手が届き、データ利活用の幅が広がったのです」と須賀弁護士は評価する。さらには、匿名加工医療情報について、匿名加工を担う認定事業者は、国などの公的なデータベースの情報と連結させて提供することができるようになったことも大きい。

法改正で残された課題と新たに生まれた注意点

ただし、なおも残った課題や法改正によって生じた注意点も存在する。たとえば、“個人識別符号”にあたるゲノム情報は、匿名・仮名加工医療情報のどちらにもあてはまらず、本人同意なしには利用できないままとなったことを惜しむ研究者は少なくない。
また、仮名加工医療情報を利用しようとする事業者は、国の認定を受けなければならないこともハードルだ。その認定要件の一つに“仮名加工医療情報を扱うのに十分なセキュリティ体制の構築・維持”があるが、「たとえば規模の小さなスタートアップでは、そのためにかかるコストで事業採算が合わなくなるという難しさがあるのです」(須賀弁護士)という。
仮名加工医療情報の利用目的が医療分野の研究開発に資するかなども審査対象となっている。辻川弁護士は「“次世代医療基盤法の認める利用目的において事業を行うこと”が大前提となるという点も確認しておく必要があります」と、企業にとって欠かせない視点を指摘した。

読者からの質問(医療情報の利活用を考える事業者がまず検討すべき点)

Q 改正次世代医療基盤法を踏まえて、医療情報の利活用を考える事業者がまず検討すべき点を教えてください。
A 本文で述べた、“仮名加工医療情報利用事業者としての認定を受けられるか”という観点での検討も重要ですが、それ以前の検討として、事業を行うにあたって必要な医療情報の内容・レベルを見極める作業が必要です。“仮名加工医療情報”を利用するには利用者も認可を受ける必要があり、負荷がかかりますが、“匿名加工医療情報”を利用する分には、自社が認可を受ける必要はありません。さらには、統計情報で足りるのであれば個人情報の埒外であり、第三者提供等に関しても特段の制限はありません。また、“入手したい医療情報を保有する医療機関が次世代基盤法のスキームに協力しているか”という点も考慮する必要があります。自社のなしたい事業との関係で、必要な情報レベルとそれにアクセスする手段を選択することが、“出発点”として必要な検討です。

 

→『LAWYERS GUIDE 企業がえらぶ、法務重要課題2024』を 「まとめて読む」
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辻川 昌徳

弁護士
Masanori Tsujikawa

04年東京大学法学部卒業。06年弁護士登録(第一東京弁護士会)。12年米国シカゴ大学ロースクール修了(LL.M.)。12~13年Arnold & Porter LLP(ワシントンD.C.オフィス、ブリュッセルオフィス)にて執務。13年ニューヨーク州弁護士登録。

須賀 裕哉

弁護士
Yuya Suga

15年東京大学法学部卒業。17年東京大学法科大学院修了。18年弁護士登録(第二東京弁護士会)。21~22年株式会社東京証券取引所出向。