【組織】社内法務リテラシーの向上方法とコミュニケーション - Business & Law(ビジネスアンドロー)

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事業部に近い管理部門として相談窓口・論点整理を

“法的問題=法務部門”という図式はもう過去のこと。時代は、各役職員が法務に関する“リテラシー”を持ち、法務部門が社内全体の法務リテラシー向上のため能動的かつ多面的に行動することを求めている。C to Cマーケットプレイス事業で急成長し、今なお新サービスを開拓してグローバルな成長を志す株式会社メルカリの法務・ガバナンス責任者4名に、ファシリテーターとして山下総合法律事務所・山下聖志代表弁護士を迎え、業界・業種を問わず参考となる社内法務リテラシー向上の最前線(現在)と未来について闊達な意見が交わされた。

山下弁護士 御社法務部門は“Legalチーム”と“Governanceチーム”という分け方が印象的です。自己紹介を兼ねて、法務セクションの体制について教えてください。

山下 聖志 弁護士

菊池氏 コーポレート部門に“Legal & Governance Division”が設置されており、私は法務、ガバナンスおよび知財、リスクマネジメントを所掌しています。その中には大きく分けて5チームあり、“Legal”“IP”“Risk Management”“Group Governance”に加えて、2023年秋に新規制や技術、新地域への進出時に関連しうる法令等をリサーチする専門のチーム(“New Reg, Tech and Regions”)をDivision内に組成しました。金融系子会社であるメルペイ・メルコインには別に専門の法務部門があり、当Divisionはメルカリ本体およびグループ全体を統括する機能を有しています。

宮島氏 私がマネージャーを務める“Legal”では、“Biz & Corp Legal”と“Knowledge & Operation Management”の2チームがあり、前者は伝統的な法務相談・契約審査を担い、後者はナレッジ集積や法務業務の効率化のしくみ作りを推進しています。

近藤氏 私は“Group Governance”チームのマネージャーを務めています。このチームでは、決裁権限の管理・運用、グループ会社の取締役会運営や適時開示・インサイダー取引規制、株式実務全般を担当しています。また、私は当社が指名委員会等設置会社への移行を受けて立ち上げた“Board of Directors Office”の責任者も務めており、取締役会、委員会の実効性向上に取り組んでいます。

瀬谷氏 私は“Biz & Corp Legal”チームのメンバーと“Knowledge & Operation Management”チームのマネージャーを兼務しています。後者では、日本版Legal Operationsフレームワーク「Core 8」に沿い、戦略やITツールの活用など、広範なビジネス上の専門知識をもってリーガルサービスの最大化を目指しています。また、採用にも注力しているところです。

山下弁護士 法務セクションとして、会社のビジョンの浸透のため、他部署や経営陣とのコミュニケーションや仕事の進め方で工夫していることはありますか。

菊池氏 経営の立場から見ると、「あらゆる価値を循環させ、あらゆる人の可能性を広げる」が当社のミッションなのですが、プロダクトやサービスの提供を推し進める過程でも法務部門が貢献している実感があります。Legalチーム自身も“価値の循環”を掲げ、社会常識や型にとらわれない思考を通じたチャレンジをしていると思います。

山下弁護士 御社法務部門では、事業部門との間で“コンセンサス・ベース”で検討を進めるということですが、事業部門からのアクセスの容易さや双方のコンセンサスのとり方など、どんな工夫をされていますか。

近藤氏 事業部門から法務部門に相談する際には、事前に双方のマネージャーに話を通さないと相談できないような企業もありますが、当社では担当者間で直に連絡し、必要な関係者のコンセンサスをとりに行くという、エンジニア間では既に浸透している業務遂行のあり方が法務にも根づいています。

宮島氏 法務相談は、原則としてSlackベースで実施しています。あるテーマの相談が生じると、すぐに専用のチャンネルが作られ、事業部門からの細かな質問を順次受け入れる。結果的に法務とは無関係な相談が届くケースや対応負担が重くなる面はありますが、相談への敷居の低さは大きなメリットです。

菊池氏 アクセスとレスポンスのよさを意識しているため、「もっと早く法務に相談してほしかった」との嘆きは大幅に減少していると思いますね。

瀬谷氏 マーケティングやエンジニア部門のミーティング(以下「MTG」)に適宜参加しての情報収集や、リーガルリスクが高いと考えられるチームを定期訪問して企画をシェアしてもらうMTGの開催も一役買っています。こう言っては語弊があるかもしれませんが、“アクセスのよさ”と“事業部門のリテラシー向上”は相反する面があるので、マネージャーを通す試みも一部導入しつつ、最適な法務相談のあり方を模索しています。

山下弁護士 日頃から事業部門や経営陣とのアクセスを良好に保つことで、一方通行の議論ではなく、コンセンサスをとりやすくしているのですね。では、相談内容はある程度整理して持ち込まれるのでしょうか。それともビジネス面も含む判断の助言まで混在しているのでしょうか。

宮島氏 税務対応やビジネス判断など、複数の論点を含む相談の方がやはり多いですね。Legalチームがまず受け付けた後、Slack上で論点と担当者を切り分け、ビジネス判断は相談部門自身でしてもらうように返すという流れが一般的です。

瀬谷氏 ありがたいことに法務が“最も事業部門に身近な管理部門”と認識されているためか、大体最初に法務に相談が来るので、法務・税務・ビジネスの切り分けなど、論点整理が重要な役割となっています。

菊池氏 論点の特定が不明瞭なまま、“生煮え”の状態で検討を進めても、正確なリスク判断はできません。法務部門が案件に応じて相談先をガイドできるのは好ましい状況です。

近藤氏 経営陣からの相談でも、スピード感はもちろん、幅広な観点と本質的な思考を求められています。先の指名委員会等設置会社への移行時にも、ガバナンスの本質に踏み込んだ鋭い指摘や質問があり、法的分析にとどまらない視野の広さと思考の深さの重要性を実感しました。

菊池氏 よい意味で“制度ありき”が通用せず、必要があれば制度自体の意義も問うていく文化がありますね。法務としてもその視点を持ち続ける必要があります。

菊池 知彦 氏

社内法務リテラシー向上 深いコミュニケーションと広い情報発信

山下弁護士 リテラシーの浸透を図る中では、法務部門の悩みとして、何度も同じ説明を繰り返す必要がある場面が取り上げられますが、御社ではいかがでしょうか。

菊池氏 経営サイドは継続的にやり取りを続けているためそう感じたことはほとんどないですね。他方、現場サイドは人の出入りも多く、社内手続の説明等には地道な活動が必要だと感じています。

瀬谷氏 たとえば、当社ひな形の業務委託契約書の締結一つをとっても、取引先登録から外部委託先管理申請、契約書レビュー申請、稟議申請、押印申請など、さまざまな申請作業が生じますが、各申請の作成において、社内エンジニアと協働して重複情報は自動入力させたり、今後はさらにAI・LLM(大規模言語モデル)の導入により業務効率を高める取組みに力を入れたりして、手続周りの省力化と社内周知向上に努めたいと考えています。

近藤氏 役員への相談や説明の際には、事前にブリーフィング資料を送付するのですが、MTGまでに質問・コメントのやり取りを数回重ねるのが通常です。それだけでも意思決定におけるリテラシー向上に大きく寄与できていると思いますし、MTGではすぐに論点の議論に入るよう、意識が徹底しています。

近藤 雅史 氏

菊池氏 CEOがすみずみまで目を通すのですから、他の役職員がしない理由がありません。また、タスク・議論が曖昧なままだと後々の負担はかえって増えるので、その場で決着させることへのインセンティブは強いです。

瀬谷氏 入社時から“時間を無駄にしないこと”は叩き込まれました。MTGの冒頭に“本日のGOAL”は必ず確認しますし、もし会議で解決せず、持ち帰りとなったタスクがあれば、担当者と期限を必ず決めて解散するよう徹底しています。また、業務効率化で言えば、ITツールの有用性を伝播する“社内インフルエンサー”的な存在がいるのも印象的です。

山下弁護士 コンプライアンス醸成の視点でもよく語られますが、経営トップが模範や本気度を示すのは、文化浸透に一番効果的ですよね。では、社内法務リテラシー向上のための業務手法について、インフラ・ツール面や人間関係等のソフト面で工夫やアドバイスはありますか。

近藤氏 “部門横断的なコミュニケーションの場”は効果的です。たとえば“1 on 1”は、一般的には所属部門の上司・部下間が主流ですが、当社では他のチームのマネージャー、メンバーとも実施することを奨励しています。“チーム”を越えて親近感を高めることで得意分野や悩みの共有にもつながり、業務にも活かせるため、他社でも取り入れる余地があるはずです。

瀬谷氏 “情報発信の場”の活用もカギだと思います。社員総出の集会で好きなコンテンツを持ち寄ったり、SlackのAllチャンネルで全社に発信したりする機会が日常的にあります。

近藤氏 大企業に比べると、各チームや各メンバーが社内に向けて情報発信するうえでのハードルは確かに低いですね。

宮島氏 “社外・社内向けサービス間でUX(ユーザーエクスペリエンス)の温度差をなくす工夫”もよいと思います。つまり、社外向けプロダクトでは、ユーザー登録までのクリック回数の最小化を極限まで追求する一方、社内手続の場合は、比較的安易に手続を追加して、その分負荷も増える傾向にあります。後者もUXの観点を意識して、業務効率化やナレッジ共有方法を探っていくべきでしょう。

瀬谷氏 “UXの高品質化”には、デザイナーの知見も取り入れたいところです。相談者目線でUI(ユーザーインターフェイス)・UXデザインを練るためにも、Legal以外のキャリア保有者にチームに加入いただきたいと考えています。

菊池氏 一理ありますね。他社では、法務・知財にPR会社の社員を採用し、社内発信を強化している実例もあるようです。

不透明な事業環境におけるリスクテイクの琴線

山下弁護士 続けて、コーポレートガバナンス・コードでもなじみの深い“適切なリスクテイク”についてうかがいます。どのようにリスクを適切に把握し、どのような場合にテイクするか、判断の道筋をお聞かせください。

菊池氏 金融事業はリスクテイクには慎重、かたやマーケット・プレイスは個人情報保護等を除いて比較的自由度が高い状況です。現在、案件の性質に応じたリスク評価方針の設計会議を開いています。型にはめると評価自体が堅苦しくなりますし、製品のリリース時期も遅れるのでバランスは意識しています。

宮島氏 リスクの性質が“民事的(損害賠償や業務コスト等)”なものか“公的(行政・刑事罰等)”なものかで判断していますね。前者はいわば金銭で解決するものであり、基本はビジネス判断を尊重。後者はビジネス判断ではカバーできないのでLegalが主導する等、両者の切り分けは明確化しています。

宮島 和生 氏

瀬谷氏 私は現場レベルのリスクを近くに見ている立場ですが、たとえば規制当局からの指摘等、“リスクが顕在化するおそれがあるか”、また、“そのリスクが顕在化したら取り返しがつかなくなるおそれがあるか”が一つの基準です。事業部門寄りのA案、法務寄りのC案に加えて、折衷案のB案まで整理して、リスクの妥協ラインを探ります。

宮島氏 当局の指摘リスクについて“発覚する可能性は低い”という話が出ることがありますが、それはリスクテイクの理由にはならないと考えています。“法令に抵触していない”という実質的な整理ができるか否かが、リスクテイクの判断では重要になります。

山下弁護士 私が以前出向していた証券業界では、やはり規制当局である金融庁の意向は非常に重いものでした。一方御社は、事業の多角化により所管する規制当局も多岐にわたることから当局リスクが分散され、“攻め”の事業が容易な側面もあるのですね。では、最近、“No(リスクテイクは不可)”と判断したご経験はありますか。その場合、どのような表現を使って伝達されているのでしょうか。

宮島氏 検討次第で解決の道が見出せることもありますので、「未来永劫No」とは言いませんね。多くの案件がある中で、検討のリソース配分の優先順位の観点から「今はNo」と言う時もあります。

菊池氏 事業部門は、以前は楽観的な見通しを立てることもありましたが、各種コスト、必要となる人員、トラブル対応方針等も検討・説明すべきことがようやく理解されてきた印象です。「“光”と“影”の両面をわかったうえで進めるならOK」という言い方はよくします。

近藤氏 法令上、絶対に遵守する部分、とりわけ適時開示やインサイダー取引規制など、株主・投資家や資本市場と向き合う分野はどうやっても曲げられません。ただ、常に“最適解はないか”の可能性は検討します。

山下弁護士 御社は、外部相談の際に「こうしたい」「このような解釈は可能か」と明確にお伝えになることが印象的です。リスクテイクの判断における、外部専門家の活用状況についても教えていただけますか。

菊池氏 外部専門家は頻繁かつ気軽に活用していますが、弁護士費用が嵩んでいる印象はありません。各部門ともシナリオを組み立てたうえで依頼しているため、“‘丸投げ’で費用が肥大化し、十分な成果が得られない”といったケースは見かけないですね。

近藤氏 ガバナンス領域では、法的に義務化されていることの対応はある程度定型になっています。一方、情報管理や開示の実務など、具体的に実務に落とし込む次元では悩ましい問題もありますので、他社の事例・情報を入手するために専門家に相談することも多いです。

宮島氏 外部専門家の起用は、“社内における知見が乏しい場合の論点スポッティング(パターン1)”“論点・リスクは概ね明らかだが、デュー・プロセスまたは客観性の観点からの外部意見の聴取(パターン2)”“単純な人員不足の補填(パターン3)”に分けて、それぞれ適切な依頼先を考えています。

山下弁護士 内容を問わず気軽に相談できる相手がいることはよいことですが、分野に応じて相談できる専門家のラインナップを揃えていく方がより望ましい方向性であるということですね。

瀬谷氏 宮島さんの示したパターンのうち、3番目の“人員不足”を除けばご指摘のとおりです。

山下弁護士 当事務所でも取り組んでいますが、法務分野の人材不足をどう外部事務所がカバーするかは、今後、より重要な視点になっていきそうですね。

次世代の法務人材・リーダーの育成に向けて

山下弁護士 最後に、法務人材の獲得・育成についてうかがいます。御社が将来の法務責任者やチームリーダーに求める人物像はどのようなものですか。

菊池氏 「自分の仕事を客観的に見てほしい」とよく思います。こういう対談の場での自己表現も客観化の一つですし、体制を組み替えて異なる目線を得たり、他社の法務担当者と意見交換したりすることも有効です。採用の際は、“現場とのコミュニケーションや情報収集がしっかりできそうな人材か”を重視します。

近藤氏 “マネージャー育成”という観点では、“答えがすぐに出ない状況に慣れること”を強調します。特に若手の頃は、法的論点に性急に答えを出し、相手に正論を突きつけてしまうこともあるでしょうが、上席者になると他部署の利害関係、動きも考慮したうえで、“全社視点”や“全体最適”を意識した意思決定が不可欠です。

宮島氏 法律の周辺、ファイナンスや税務等の知識は企業法務のリーダーとして必要ですが、スキル面の向上は個人で追求できる分野です。ただ、それだけではなく、社内オペレーションを回す技能も重要であり、両者は“車の両輪”の関係にあると考えています。

瀬谷氏 ある商品をメルカリで出品できるかを社内で再三議論し、自分の常識・感覚を疑いつつも、一定の条件下で解禁したことがありました。法令上問題がなく需要があるとしても、“それは社会人、ひいては人間として許容される判断か”、また、“そのサービスの提供に従事する社員がどう感じ、反応するのか”“自社サービスに誇りをもてるのか”という視点も忘れてはなりません。視点を広く構えられる方に仲間になっていただけたら嬉しいですね。

瀬谷 絢子 氏

菊池氏 当社は混然とした中で組織・プロダクトをスケッチしていける企業だと思います。現場や経営とのやり取りを重ねる中で、成長機会の大きさを再認識しています。

山下弁護士 法務リテラシー向上に意欲的に取り組む御社が人材を惹きつける秘訣がよくわかりました。今後も御社のビジョンが法務分野を通じても実現することをサポートできればと願っています。

~対談を終えて~

山下弁護士 今回、株式会社メルカリ(以下「メルカリ社」)の法務の責任者の方々をお迎えしましたが、あっという間の1時間でした。
法務リテラシーの向上のうえでは、“情報発信”と“教育・研修”がよく語られますが、その二つが効果的に機能するためには、①経営陣・事業部サイドのリーガルマターへの関心・当事者意識と、②法務部サイドの経営・事業活動への興味・当事者意識の両方がしっかりと土台になっている必要があると感じています。その点で、メルカリ社は、経営陣・事業部サイドのリーガル的な危機意識が高く、また、法務部サイドも“事業を一緒に作り上げている”という自負があり、その間をつなげて互いに高め合っているのが、コミュニケーションツールを活用した良好なアクセス環境と日々の円滑なやり取りであるといえそうです。特に対談の中で(日々のご相談の中でも)感じたのは、経営陣も事業部門の方も、「この法務メンバーだったら相談しやすいだろうな」「相談してみたくなるだろうな」という、お一人おひとりの、そしてチームとしての雰囲気でした。“受容性(キャパシティ)”と言った方がよいかもしれません。「この方はよく盲点に気づいてくれる」「この担当は事業を前に進めようとしてくれる」「この人は解決策を提示してくれる」「このリーガルはとにかく親身に話を聞いてくれる」――今回は事業部門の方は同席されませんでしたが、日々そんなやり取りがなされているのだろうと感じさせられる対談でした。同時に、対談を通して、法務部門が“相談窓口”として有効な機能を果たしているため、自ずと、法務部門とメンバーお一人おひとりの社内プレゼンスが高くなっているのだろうとも感じさせられました。
メルカリ社はTech企業のリーダー的存在ですが、今回の対談内容は、さまざまな企業で適用・応用が可能なのではないかと思っています。必ずしも上長を通さない、事業担当とリーガル担当との直接的なコミュニケーションや、ランチタイムなど、集まりやすく話しやすい機会を用いたshort timeでの自主的な勉強会、“リスクテイク”or“リスク回避”の決定における判断の切り分け方、専門分野に応じて外部専門家のラインナップを充実させること、事業部門からリーガルインフラへのアクセスを容易にするためのコミュニケーションツール・リーガルテックの活用、1 on 1や日々の相談を通じて他部署との交流の機会を増やしていくこと、社内のリーガル担当の人員不足を補うための法律事務所の多面的な活用――などなど。
それぞれの企業・法務部門においていろいろな事情・経緯・課題がおありの中で、今回の対談が、日々の業務と部門の“壁”を突破するためのヒントとなれば、(きっと)メルカリ社の皆様も、そして私も、非常に嬉しく思います。

リーガルテックをかけ合わせた攻守に優れる法務体制

リーガルテック(以下「LT」)サービスが群雄割拠する日本の企業法務の最前線において、株式会社メルカリの法務部門におけるLTサービスの選択と活用の現状は、ITツールを武器に業務・組織のさらなる改善・強化を達成したい各企業にとって、最適解のサンプルを提示したものといえよう。
「最初に、法務相談にかかる業務の一部始終を、①相談受付から②調査・検討、③相談元(現場)への回答、LTサービスの主戦場である④契約作成・レビュー、⑤電子契約、そして⑥契約管理から⑦ナレッジ集約と、フェーズごとに切り分けます。なお、相談元とのコミュニケーションはSlackが一気通貫して担っています。Slack上の入力フォームで、相談のテーマと法務に伝えるべき情報の項目が一覧表示されることで、特に、法務にとっては②調査・検討に必要な情報のやり取りの迅速化、相談元にとっては①受付時の相談の種別や法務内で相談すべき相手のスムーズな把握の、それぞれ助けとなっています。②調査・検討に用いる社外のデータベースは、相談案件の多様化に応じて複数契約・導入しながらも、利用頻度やサービスの品質をモニタリングしながら、毎年度、適切な組替えを図っています。また、同時に、相談内容、相談先や回答スピードの傾向をダッシュボード上で分析し、社内レベルでの業務改善策につなげる試みも実施予定です」(瀬谷氏)。
次に、④契約作成・レビューでは、審査申請から委託先・取引先のチェック、稟議、クラウドサイン申請までの業務フローを一元的に管理するサービス(ServiceNow)と、契約書の形式的な文言修正に特化するオンプレミスのMS Wordプラグイン(BoostDraft)の併用が特徴的だが、後者は特に操作性の高さに関する社内評判が上々とのこと。
「最後に契約相手方のクラウドサインが完了したデータが文書管理システム(Suzuyo)に自動的に保管され、一連の法務業務が完結します」(瀬谷氏)。
さらに、人材の流動が大きく、ITサービスを複合的かつグローバルに展開する同社にとって、日々の実務と並行したナレッジの集約は喫緊の課題。現在、担当チーム(KOM)が運営・管理するオンラインのワークスペース(confluence)上では、景表法・競争法などの関連の強い規制法令の解説や、主要な契約類型にかかるレビューポイントを整理したページが作られるだけでなく、事業ごとに注意すべき項目がまとめられたコンテンツが充実。過去の相談・検討結果も併記することで、類似した相談の重複回避と現場の自己解決に結びつけることができているという。
知財やコーポレートガバナンスなど、法務の周辺チームからも類似したツール導入の要望を受けていることから、今後は、全社目線に立った効率的なツール活用のしくみの再構築を目指しているとのこと。同社は、革新的なITサービスの開拓者としてのみならず、LTサービス利活用と組織最適化のモデルとしても業界を牽引していくことになるのではないだろうか。

図表 法務相談のフェーズに対応したLTサービスの活用状況(メルカリ社提供)

→『LAWYERS GUIDE 企業がえらぶ、法務重要課題2024』を 「まとめて読む」
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所在地・連絡先
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【TEL】03-6268-9511

ウェブサイトhttps://www.y-lawoffice.com/

山下 聖志

弁護士
Seiji Yamashita

98年東京大学法学部卒業。02年弁護士登録(東京弁護士会)、柳田野村法律事務所(現・柳田国際法律事務所)入所。05~07年国内大手証券会社法務部門出向。10年米国ミシガン大学ロースクール修了(LL.M.)。11年ニューヨーク州弁護士登録。12年柳田国際法律事務所パートナー就任。16年山下総合法律事務所設立、同事務所代表弁護士。

菊池 知彦

株式会社メルカリ 執行役員 CLO
Tomohiko Kikuchi

01年株式会社小松製作所入社。その後、日産自動車株式会社、三菱商事株式会社にて主に海外法務を担当。18年グーグル合同会社入社。シニアカウンセルとして個人情報保護法・電気通信事業法コンプライアンス、クラウドサービスに関する契約案件に従事。23年メルカリ参画。米国ニューヨーク州弁護士。

近藤 雅史

株式会社メルカリ Director, Legal & Governance Division
Masashi Kondo

06年株式会社日立製作所入社。法務部門にてコーポレートガバナンス、ディスクロージャーに関する業務に加え、資本政策(株式・社債発行による資金調達、株主還元政策)やM&A・事業再編(上場子会社の完全子会社化・売却、企業買収など)の各種案件に携わる。14年米国ノースカロライナ大学経営学修士修了(MBA)。22年メルカリLegal & Governance Division参画。23年10月~同社Board of Directors OfficeとLegal & Governance DivisionのDirector。

宮島 和生

株式会社メルカリ Manager, Legal
Wasei Miyajima

03年弁護士登録(第一東京弁護士会)、長島・大野・常松法律事務所入所。紛争処理案件に従事し、09年米国ノースウェスタン大学修了(LL.M./Kellogg)。外資系スタートアップ企業の法務責任者を経て、22年株式会社メルロジ入社。現在、オンラインマーケット、アルバイトマッチングその他株式会社メルカリの事業全般の法務を担当。米国ニューヨーク州弁護士。

瀬谷 絢子

株式会社メルカリ Manager, Legal Knowledge & Operation Management
Ayako Seya

12年柳田国際法律事務所入所。株式会社オプト法務部を経て、18年株式会社メルカリ入社。