自らをネーミングして存在感を示す―法務は会社の“ホーム”ドクター
小西氏 当社の法務課は6名の組織ですが、自らを社内の“ホーム(法務)ドクター”と称しています。業界によって法務部の“あり方”や“強さ”の意味も違うと思っています。例えば、前職の保険会社では、規制業種ゆえに「疑わしきは黒」と保守的なスタンスで対応し、事業部から法務へ足を運んでもらっていたのに対し、専門商社を源流とする当社では、リスクをコントロールしつつ“攻め”の事業展開ができるようサポートするスタンスで、法務が積極的に事業部へ出向いています。一般的に「法務は敷居が高い」と思われがちですが、敷居の高さを感じさせない身近なHOME(法務)となれるように事業部と接する工夫をしています。
結城弁護士 ネーミングは法務部のプレゼンス向上のためにも有効ですね。取り組みにキャッチーなネーミングをすることで社内アピールになります。
小西氏 町医者(ホームドクター)的な存在として事業部が悩みを気軽に相談でき、必要と判断すれば、すみやかに専門医(弁護士)に取り次ぐ。同じ日本語でも、事業部の扱う用語やニュアンスは外国語同然ですので、正しく解釈し、企業法務の共通言語に変換して伝達する。これは、AIやリテラシーの不十分な法務ではできず、各々学びを深めることで力を発揮していける点だと思います。法務機能強化で求められる“強さ”の一つかと考えて取り組んでいます。
若松弁護士 法務部が一社専業で事業を深く理解しているからこその前裁きですね。弁護士の持つ複数企業対応経験からの横軸(=専門性)と併せて縦横を使うのがうまい法務部は頼りになりますね。
川西弁護士 私も総合商社への出向経験がありますが、担当する事業部で起きる契約、プロジェクト(PJ)、紛争などすべての問題に対処し、関連法の確認も行うマルチタスクが求められました。さまざまな論点が絡み合うこともあるので、事業全体を俯瞰し、PJの進捗を踏まえて“これだけは譲れない重要な項目”を選択するなど、契約や交渉のマイルストーンを提案できる法務部も信頼性が高いです。
若松弁護士 海外案件では、相手方の商慣習(国民性)の理解も重要です。主張の押し合いを重ねて間を取ることが相手にとっての交渉であるときに、日本的な遠慮や気遣いをはじめから出しすぎてしまうと、結果的に相手に有利すぎる内容でまとまってしまうことがあります。また、お互いの持つ常識の違いから誤解が生まれやすいので、日本では説明不要と思えることでもすみずみまで説明し、不明瞭な点は細かく質問することが重要です。
定量的なKPIの設定が難しい法務 感謝の声、“隠れた”声をどれだけ入手できるか
若松弁護士 法務は性質上、定量的な評価基準ないしKPIの導入が容易ではありませんが、どうされていますか。
小西氏 迅速な対応や債権回収の実績は見える化しやすい部分かと思います。ただ、法務の世界は、プライスレスな部分、「ありがとう」と言われることの意義が大きく、見える部分だけにKPIを設定して事足りるかは疑問です。個別に事業部に問いかけ、本心を引き出し、耳に痛いことを含めた法務への評価といった情報が日頃から入ってくるように心がけています。
結城弁護士 当事務所でもセミナー後のアンケートなど、クライアントの“声”を重視しており、「どこが評価されているのか」、時には「どこが足りないのか」を意識するきっかけとなっています。KPIは私もまだ検討中ですが、コミュニケーションからいかに率直なコメントや要望を引き出すことができるかは、法務を強くする上で重要な要素だと思います。
経営・教育・アウトソーシング 法務のあるべき未来を見極める
小西氏 若手教育や経営層のパートナーとなりうる法務人材の配置も課題です。また、法務人材のPJマネジメント能力の強化も重要だと思っていますが、これについてはいかがでしょうか。
結城弁護士 法務部も法律事務所も“リーガルマインド”というツールがあります。例えば、価値相対主義(相手には相手の立場や背景がある)、主張と証拠の区別、手続の重要性といった当たり前に染み付いている思考のフレームワークを事業部とのコミュニケーションやPJマネジメントの場面で活用すると、社内からより感謝されるのではないでしょうか。OJTから学ぶ“職人技”と言われる法務も、ナレッジを共有できると考えています。
大田弁護士 教育面では、若手法務・アソシエイト弁護士のいずれに関しても、基本分野を偏りなく経験させる配慮は欠かせないですね。当事務所では、さらに視野や興味関心を拡げる機会として、分野ごとの情報交換や勉強会を開催しています。また、研究会等への参加を通じて外部からの刺激を受けることは若手のモチベーションアップにつながるため、積極的に奨励しています。これは企業でも同じではないでしょうか。
なお、当事務所では企業へのパートタイム出向や研修など法務機能のアウトソースにも対応しており、顧問契約形態の多様化を感じています。企業から社内弁護士を期間限定で受け入れた実績もあり、「業界横断的な経験ができた」と高評価をいただきました。そういった法律事務所の活用方法の多様化や、昨今のリーガルテックの普及からも、法務部員にしかできない業務を取捨選択し、見直す動きが顕著です。
川西弁護士 “経営と法務”の観点では、リスク管理やコンプライアンス全般を所掌する欧米企業のゼネラルカウンセル(GC)相当の人材を育成する方針をとる大規模法務部が増えていると思います。一方で、専門性を深めたい法務部員の希望に応えるキャリアも配慮が必要ですね。
若松弁護士 海外では、GCのほか、プロダクトカウンセル(自社製品の法令遵守について開発段階からチェックする立場)など、特定の業務分野に特化した社内弁護士もおり、今後、日本でも法務の守備範囲の拡大と細分化が進行しそうです。
結城弁護士 経営層へのアプローチでは、外部弁護士を活用して法務の現状を診断し、役員研修で法務強化の重要性・方向性に理解を得ていくところから取り組むことが考えられます。「さまざまな立場の人をどう巻き込んでいくか」が今後の法務にとってカギになるはずです。
結城 大輔
弁護士
Daisuke Yuki
96年東京大学法学部卒業。98年弁護士登録(第二東京弁護士会)、のぞみ総合法律事務所入所。00~02年日本銀行、08~09年韓国ソウルの法律事務所出向。10年University of Southern California Gould School of Law卒業(LL.M.)。10~13年米国ロサンゼルス・ニューヨークの法律事務所出向。12年ニューヨーク州弁護士登録。15年公認不正検査士登録。
若松 大介
弁護士
Daisuke Wakamatsu
06年一橋大学経済学部卒業。07年弁護士登録(第二東京弁護士会)。東京で英系・米系法律事務所の勤務、三井物産株式会社への出向を経て渡米し、14年University of California, LA School of Law卒業(LL.M.)。15年カリフォルニア州弁護士登録、株式会社ソリトンシステムズ株式会社米国子会社勤務。18年~のぞみ総合法律事務所ロサンゼルスオフィス所長。
川西 風人
弁護士
Kazato Kawanishi
05年京都大学法学部卒業。07年弁護士登録(大阪弁護士会)、大江橋法律事務所入所。14年University of California, LA School of Law卒業(LL.M.)。14~15年Oon & Bazul LLP(シンガポール)、16~19年双日株式会社出向。17年ニューヨーク州弁護士登録。19~20年大江橋法律事務所(東京)を経て21年のぞみ総合法律事務所。
大田 愛子
弁護士
Aiko O ta
11年一橋大学法学部、13年一橋大学法科大学院卒業。15年弁護士登録(第二東京弁護士会)。英国系法律事務所での勤務を経て、17年のぞみ総合法律事務所。20年シンガポール国立大学卒業(LL.M.)。20~22年Rajah&Tann Singapore(シンガポール)出向。
小西 由晃
帝人フロンティア株式会社 法務部法務課長
Yoshiaki Konishi
大学卒業後、企業法務中心の法律事務所でパラリーガルとして勤務し、損害保険会社、専門商社、専門商社兼メーカーの法務部門にて企業法務一般、業法対応、B to BおよびB to Cビジネス、債権回収、国内外M&A、グループ再編等の案件に関与。企業法務ネットワーク構築を目指し、法務部員中心の勉強会立ち上げにも関与。企業法務と私生活での農業の両立を工夫する日々。