英文契約を読むためのコツ
会社法・金融関連法務をはじめとする幅広い法分野を手がけるとともに、多業種・多様な契約法務の英語対応はもちろん、中国律師も所属し中国語対応にも長けた山下総合法律事務所。同事務所には、英文契約書のドラフトやレビュー、英語での契約交渉について日々多くの相談が寄せられている。「初心者のためのコツは“とにかく数をこなして経験を蓄積すること”です」と小薗江有史弁護士。クライアントの中には、ひな形をひたすらタイピングして特訓して習得した人もおり、慣れるまで繰り返すことが習得の近道だという。
「英文契約書でよく使われるテクニカルタームや英米法の固有概念はさほど多くありません。これらについて解説書を利用して勉強し、ある程度共通している一般条項をマスターしておけば、かなり読みやすくなります」(小薗江弁護士)。
例えば、英米法の固有概念であるEntire Agreement(完全合意条項)は、契約書で合意内容のすべてが完結していることを明確にし、争点が契約の外に広がることを防ぐためのものだが、同事務所代表の山下聖志弁護士は「これは米国の訴訟法にルーツがあるという背景を知っていれば、“合意が難しい点であってもサイドレターを作るのではなく契約書本体にすべての論点を条項として挿入し作成すべき”という理解につながります」とフレームとして捉える方法も指摘する。
地政学的リスクを踏まえた外国企業との契約交渉のポイント
ウクライナ情勢や米中対立、台湾危機など既に顕在化した問題も含め、近年は地政学的リスクを契約に反映することが大きな関心となっている。この点について小薗江弁護士は不可抗力条項の検討が重要だと指摘する。「不可抗力条項はテンプレート的な規定で済ませがちですが、商流やサプライチェーンなど自社の具体的なビジネスを考慮し、想定されるリスクを可能な限り詳細に規定することが有益です」(小薗江弁護士)。
近年、この不可抗力条項は天災や疫病、紛争などでのリスクが顕在化した。「東日本大震災による工場の被災や新型コロナウイルスによるロックダウン、ウクライナ情勢に関連した物流の混乱などで、納期が守れない事例は多くありました。少しでも先を予測して一言“地震”“津波”“疫病”“紛争”と文言を加えるだけでも大きな効果があります。書き方に悩んだ場合は弁護士に相談すれば、企業や取引に応じた書き方を提案できます」(小薗江弁護士)。
一方で、地政学的リスクの契約への反映は、国・地域によっては相手方が敏感に反応する論点でもあるため、アプローチに注意が必要な場合もあるという。「例えば取引先の調達地域で強制労働の疑いがある場合に、国外企業がその存在の有無の調査権限を契約書に盛り込む提案をすると、相手方企業は大いに不快感を示す可能性があります。一方で、納品を受ける日本企業側も“呑めないならば取引しない”とは言えない状況であることが大半です。その場合は、直接的に調査権限を契約に盛り込む交渉を行うのではなく、全社的なSDGsポリシーを定め、相手方だけでなく取引先全社にポリシーの遵守を依頼する形式にするなどのアプローチを工夫すると合意が得られやすくなります」(山下弁護士)。
英語での契約交渉で主導権を握るにはどうすべきか
英語での契約交渉で主導権を握るためには、とにかく事前準備がものを言う。「事前のメールや契約書のやり取りを通じて交渉のトピックを予測し、交渉上の強み・弱みを整理して話せるようにする必要があります。当事者や取引の概要について図を書いて整理し、重要な固有名詞や定義を書き込んで準備することも有効ですね」(小薗江弁護士)。
また、母語ではない英語での交渉だとしてもあまり気負いすぎる必要はなく、本質的な点を突く手法が効果的であるという。「慣れてくると、意外と相手方の発言内容も万全ではないことが分かります。英語が母国語の話者の中には会話で圧倒して優位に立とうとしている場合もあり、実は内容に重複や曖昧さがある場合もある。分からなければ堂々と聞き返せばよいのです」(小薗江弁護士)。
「口頭での交渉でトピックになりやすい点は、取引条件に関する条項やその他の権利義務・契約期間に関する条項など、ある程度決まっています。売買契約ならWarranty(保証)、Risk of Loss(危険負担)、Product Liability(製造物責任)、Indemnification(補償)というように、M&A契約、技術提携契約など分類によって交渉事項は予測できるため、内容を絞って準備ができる。事前の論点整理は日本人が得意な分野です。交渉では会話の量より質で攻めることが得策です」(山下弁護士)。
英文契約書や英語での交渉を過度に恐れず一生のスキルに
「英文契約は取り組んでみると意外と定型的なものが多く、慣れればスムーズに対応できることが多いため、あまり敷居を高く考えずに取り組むことが肝要かと思います」と小薗江弁護士。
「私も若手のときに先輩にコツを聞いたところ、“主語と述語を意識するとよい”と回答されました。確かにその二つを把握して読むと“誰が何をできる/しなければならないか”が明確になり、その後の文章が予測できる。そうした小さな積み上げでコツコツと上達していくものです。また、英文契約は一度習得すると長く活用できるスキルであり、法務キャリアにおいて取り組む価値は非常に高いといえるでしょう」(山下弁護士)。
読者からの質問(英米法上のConsiderationとして求められる“対価性”)
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山下 聖志
弁護士
Seiji Yamashita
98年東京大学法学部卒業。02年弁護士登録(東京弁護士会)、柳田国際法律事務所入所。05~07年国内大手証券会社法務部門出向。10年米国ミシガン大学ロースクール修了(LL.M.)。11年ニューヨーク州弁護士登録。12年柳田国際法律事務所パートナー就任。16年山下総合法律事務所設立。現在、同代表パートナー弁護士。
小薗江 有史
弁護士
Yushi Osonoe
02年東京大学経済学部卒業。05年弁護士登録(東京弁護士会)、柳田国際法律事務所入所。06~08年国内大手証券会社自己投資部門出向。11~13年国内大手証券会社M&Aアドバイザリー部門出向。14年米国ノースウェスタン大学ロースクール修了(LL.M.)。19年柳田国際法律事務所パートナー就任。20年山下総合法律事務所入所。21年同パートナー弁護士。