【SDGs/人権】人権DDに効果をもたらすステークホルダーエンゲージメント - Business & Law(ビジネスアンドロー)

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企業活動の拡大に伴い、企業は国民の生活向上や雇用創出など、経済発展に寄与する存在である一方で、企業活動による「負の影響」が新たな課題として浮かび上がるようになった。そのなかで近年、とくに注目されているのが、労働力の搾取などに代表されるビジネスと人権の問題である。しかし、日本においてはまだまだ法整備なども進んでいない状況である。このビジネスと人権という新たな課題に企業はいかに向き合うべきか、弁護士法人 御堂筋法律事務所の寺井昭仁弁護士、武井祐生弁護士、山﨑陽平弁護士、森悠樹弁護士、藤岡天斗弁護士に伺った。

欧州で進む“ビジネスと人権”に関する法制化 企業に求められる厳しい対応

2022年2月、欧州委員会は「企業持続可能性デュー・ディリジェンス指令案」を公表した。早ければ約3年後には、各加盟国において、“ビジネスと人権”に関する同指令に則した法整備がなされることになる。

「欧州における“ビジネスと人権”に関する法規制には、取組状況等の開示を義務付けるにとどまるものと、人権デュー・ディリジェンス(以下、「DD」)の実施まで義務付けるものがあります。後者では、今年1月に施行されたドイツのサプライチェーンDD法が注目されています。欧州における法規制は徐々に厳格化しており、2015年制定のイギリス現代奴隷法は規制内容も緩やかなものでしたが、その後に制定されたフランスやドイツの厳格な法規制を踏まえ、イギリスでも法改正が図られている状況です」(寺井弁護士)。

寺井 昭仁 弁護士

「現地の弁護士と話をしたところ、ドイツ以外の多くの国では人権DDの法制化はまだ先ですが、調達先等との契約書には人権DDに関する条項を盛り込む等の備えを今から行っておく必要があると言われています。企業側でも、リスクベースアプローチで人権DDに取り組む前提として、サプライチェーン全体を見渡して危険な地域や産業分野をヒートマップ化するなどの準備が求められているといえます」(山﨑弁護士)。

山﨑 陽平 弁護士

読者からの質問(企業に対する義務規定)

Q 欧州での“ビジネスと人権”の法制化では、企業に対してどのような義務規定が設定されるのでしょうか?
A 指令案によれば、DDの射程には、自社と子会社の企業活動に加えて、バリューチェーンにおける結びつきの強さや期間の観点から、継続的なビジネス関係を持つ取引先による企業活動が含まれます。取締役に対してもDDを実施・監督する義務を課しており、対象企業がこれらの義務に違反した場合、加盟国は、売上高に応じた罰金を科すことができます。また、対象企業は、自社が人権侵害を発生させた場合に民事上の損害賠償責任を負うほか、取引先による人権侵害についても同責任を負う場合があります。

日本の“ビジネスと人権”―現在地と今後の展望

一方、日本政府は、2020年10月に「「ビジネスと人権」に関する行動計画(2020-2025)」を策定、2022年9月には「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」を公表。どちらも法的拘束力はなく、法制化の進む欧米には後れをとっているものの、アジアで国別行動計画を採択しているのは日本、タイ、パキスタンのみの状況である。

「アジアで人権尊重の取り組みが後れているのは、“人権の尊重がビジネスの足を引っ張る”との誤解がまだまだあるからだと推測されます。日本も、少しずつ前進していますが、超党派の議員有志による法制化の提言といった動きはあるものの、ただちに法制化の動きが具体化するとは思いません。もっとも、2021年11月に経産省と外務省が実施したアンケートでは約7割の企業が人権方針を策定しているものの、約半数の企業は人権DDを実施しておらず、“実施方法が分からない”ことが一つの要因とされていました。この点については具体的な方策を示すガイドラインが策定されたことで、日本における取り組みは促進されると思われます」(武井弁護士)。

2023年4月には、経産省が「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のための実務参照資料」を公表。武井弁護士は、この後も第二、第三の実務参照資料が公表され、ソフトローの中で人権DDへの取り組みが進んでいくと見通している。

武井 祐生 弁護士

効果的、持続的な人権DDの進め方

このような状況の中で、効果的、持続的に人権DDを進めるヒントは、まずはガイドラインのポイントを整理してみることだという。

「人権尊重の取り組みとして、ガイドラインは企業に三つの対応を求めています。まずは、人権を尊重する責任を事業活動に取り込む人権方針を策定すること。次に、人権への負の影響を特定し、防止、軽減するための人権DDを実施すること。最後に、人権に負の影響を受けた個人等が救済を得られるための苦情処理メカニズムを確立することです」(森弁護士)。

また、森弁護士は、①取組主体の明確化(すべての事業主)、②対象範囲の明確化(二次サプライヤー等も含むサプライチェーン全体、さらには投融資先等も含むビジネス上の関係先)、③経営陣の責任の明確化、④ステークホルダーとの持続的な対話の重要性がガイドラインのポイントであると指摘している。

森 悠樹 弁護士

「人権DDのプロセスにおいては、ステークホルダーとの対話が何よりも重要です。人権リスクの所在や、その解決方法等の必要な情報の多くはステークホルダーから収集可能です。対話の方法としては、情報提供窓口の設置や自社の工場で起きた労災事故の当事者へのインタビューなどさまざまなレベルがあります。また、新規取引先との契約時に人権尊重の状況を調査するしくみや、業務委託マニュアルなどで取引先に違法な時間外労働がないか等をチェックするしくみを作っていくことも実務上のポイントです」(藤岡弁護士)。

藤岡 天斗 弁護士

しかし、ガイドラインどおり進めるだけでは、形は作れるが魂を込めることはできない。経営陣を含め、社員一人ひとりが人権尊重の重要性を理解した上で、人権DDのプロセスを回していくことが肝要である。

→『LAWYERS GUIDE 企業がえらぶ、法務重要課題』を 「まとめて読む」
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寺井 昭仁

弁護士
Akihiro Terai

01年慶応義塾大学法学部卒業、03年弁護士登録(大阪弁護士会)。10年米国ミシガン大学ロースクール卒業(LL.M.)。11年ニューヨーク州弁護士登録。14年御堂筋法律事務所入所。16年同パートナー。

武井 祐生

弁護士
Yuki Takei

06年京都大学法学部卒業。08年京都大学法科大学院修了。09年弁護士登録(大阪弁護士会)。10年御堂筋法律事務所入所。18年同パートナー。

山﨑 陽平

弁護士
Yohei Yamasaki

08年同志社大学法学部卒業。10年同志社大学法科大学院修了。11年弁護士登録(大阪弁護士会)。12年御堂筋法律事務所入所。17年米国カリフォルニア大学ロサンゼルス校ロースクール卒業(LL.M.)。19年ニューヨーク州弁護士登録。20年同パートナー。

森 悠樹

弁護士
Yuki Mori

12年京都大学法学部卒業。14年京都大学法科大学院修了。15年弁護士登録(大阪弁護士会)。16年御堂筋法律事務所入所。

藤岡 天斗

弁護士
Takato Fujioka

18年神戸大学法科大学院修了。19年弁護士登録(大阪弁護士会)。20年御堂筋法律事務所入所。

※5名ともに、人権ポリシーの策定や人権DDの実施に関する相談や欧州規制等への対応について相談を受けるなどしている。