第1部:事業戦略立案のパートナーになるための取り組み
オムロン株式会社は連結売上高約8,000億円、工場用制御機器を主力に、健康機器、電子部品、社会システムなど多様な事業を展開。海外売上比率は55%を占める。事業の多様性と国際性が、同社法務部の先進的な取り組みの背景にある。
オムロン法務部への出向経験がある弁護士法人第一法律事務所の山口航弁護士は、同社の特徴の一つとして、法務が事業の構想段階から関与することを挙げた。平井克美氏は介護システム事業の立ち上げを例に、「新規事業の構想段階から法務が深く関与することで、後工程での大幅な修正を回避できます」と説明。毎週実施する壁打ちミーティングでは、法務が事業部と共に取引構成図やデータフロー図、詳細なリスクリストを作成したという。「構想段階で論点整理を行い、リスク対策を事業計画に実装することで、事業開始後の運用負担が大幅に軽減されます。システム開発を伴う場合、リスク対策を要件定義に反映することも可能です」(平井氏)。
また、山口弁護士が「法務が早期に関与するには事業部からの信頼を勝ち取ることが必須」と指摘すると、平井氏は「入社した1990年代当時、上司から“法務の基本はサービス業”と教えられました」と振り返る。「法務部は審査部門ではなく、ソリューションを提供しなければなりません。複数のオプションを提示したうえで、メリットとリスク・コストのトレードオフを事業部と共に考えます。一緒に悩んで解を出す姿勢が重要です」(平井氏)。小林秀実氏は、「NDAは法務業界のヘラブナ(入口であると同時に奥深い)」と表現し、NDAの締結を通じて事業部の動向を把握していると語る。
「法務には事業を止める役割と進める役割の両方があります。これらを使い分けながらも、基本的には進める側として事業部に寄り添っていたいですね」(小林氏)。
提案型の姿勢は経営層への対応でも一貫している。
「経営目線を踏まえたリスクの洗い出しはもちろん、紛争事案では、法務が時にはフロントに出て折衝・交渉を行います」(小林氏)。
「海外駐在時は現地法人の社長と密に連携する機会も多く、経営目線の視座が養えます。この積み重ねが経営からの信頼につながりました」(平井氏)。
外部弁護士の活用においては、平井氏が「未知の領域では、早い段階から専門的知見を持つ外部弁護士とブレインストーミングすることで、潜在的なリスクを洗い出します」と説明。福本洋一弁護士は「介護システム事業でいえば、介護利用者の病歴等の要配慮個人情報の取得に対する本人同意の要否が懸念されていましたが、システムの運用・改善等も含めて介護事業所からの委託の範囲内であれば取得や利用に同意は不要であることを助言しました。そのうえで、将来も含めて事業における要配慮個人情報も含めたデータの利用範囲の広がりについて事業部も含めて議論したことで、将来における事業上の法的リスクを事業部と法務部で共有することができました」と実例を示した。
第2部:新たな法務課題への対応と目指すべき法務部のあり方
同社では、グループ横断の統一ルール「オムロングループルール」を法務部が所管し、企業倫理、財務会計、品質など24分野にわたり、英語を正文として制定している。
「各事業部門の自律性を重視する風土があるため、新たな課題に直面した際に拠り所となる統一ルールへのニーズは高く、想定以上に活用されています」(平井氏)。
「毎年10月を“企業倫理月間”と定めて、グローバルでコンプライアンス研修を実施しています。24分野あって網羅的にできているので、海外法人でも“不明点があれば統一ルールで調べる”という習慣ができています」(小林氏)。
山口弁護士が「法務は、ビジネス目標達成の支援と統制をバランスよく行う必要があります」と指摘すると、平井氏は、「個別案件では、事業目標達成に向けたソリューション提供が8割、ガバナンス観点での統制が2割の配分です。8割の支援があるからこそ、時々伝える耳の痛い意見も聞いてもらえます」と回答。小林氏も「適法性だけでなく、“倫理的・社会的に受け入れられるか”という視点でも問題提起しています。当社の社憲に照らして、“存在意義に反しないか”、“レピュテーションを貶めないか”を常に考えています」と補足した。山口弁護士は、「会社の求める行動規範を法務が日常の相談で実践することで、会社の独自のガバナンスの実現につながるのですね」と指摘した。
第3部:次世代の法務機能を実現する組織体制と育成
同社では、法務とリスクマネジメント機能を“グローバルリスクマネジメント・法務本部”として統合している。「リスクマネジメントは、多様な業界の情報を収集し、主体的に構築していく思考が養われますので、一つの本部内に両部門が存在することは強みです」と小林氏。統合リスクマネジメントルールにより、危機事案の報告体制も確立している。これについて、福本弁護士は顧問の立場から「過去にソフトウェアライセンス警告を受けた事案で、ライセンサーの監査ツールを社内ネットワークで稼働させることが、セキュリティに関する社内ルールに抵触するということで相談を受けたことがあります。法務部が法令よりも先に社内ルールから問題を捉えることで、初期段階で適切にエスカレーションされるガバナンスのしくみが機能しています」と、その実効性を評価した。また、「相談時に事案の時系列、事実関係、自社のポリシーを踏まえた解決方針をまとめた“ポジションペーパー”を共有いただくこともあり、流動的な状況においていまだ不確定な事実関係が明確になるため、追加で必要な情報を早期に整理でき、また会社の求める価値観を理解して事案対応を進めることができるので、とても有益なツールですね」と相談時の工夫についても紹介された。
また、同社では1990年代から海外ロースクール留学制度を設け、これまでにのべ10名が留学。さらに欧米統括法人での3か月研修、アジア各地への駐在などを含めると、トータルで20名以上が海外経験を積んでいる。さらに特徴的な取り組みが、“GLH(グローバルリーガルヘッドクォーターズ)”だ。四半期ごとに各地域の法務担当者が3日間のオンラインセッションを実施し、ガバナンス、リスクマネジメント、新規事業、リーガルテックなどのテーマを共同で推進している。「若手法務担当者に事務局を任せることで、グローバルメンバーを巻き込んだ会議運営を経験させます。負荷は大きいのですが、広い視野を持つことにつながります」(平井氏)。
コロナ禍前は“リーガル・マネージメントレビュー”として、各地域の法務責任者が年1回、各事業トップと対面でセッションを実施していた。「日本人の各事業トップが、米国・欧州・中国の現地法務責任者から直接各地域のリーガルリスクの説明を受ける機会は珍しく、各事業トップは興味を持って聞いていました。現地法務責任者が自ら説明し、事業トップからフィードバックを受けることが、価値を生む活動でした」(平井氏)。
最後に、福本弁護士は今後について「AI活用を含めたデータドリブンな経営が求められますが、そうなると事業スピードが加速します。法務担当者の事業を理解し協働する能力が事業推進のためにますます重要になります」と指摘。「オムロンでの取組事例が、“法務担当者が事業に積極的に関わるのが当然”という風土醸成の参考になれば」と締めくくった。

小林 秀実
オムロン株式会社 コーポレート法務部長
平井 克美
オムロン株式会社 コーポレート法務部 法務スペシャリスト 兼
オムロンヘルスケア株式会社 法務部 グループリーダー
福本 洋一
弁護士法人第一法律事務所 パートナー弁護士
山口 航
弁護士法人第一法律事務所 弁護士・中小企業診断士