森・濱田松本法律事務所 - Business & Law(ビジネスアンドロー)

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カーボン・クレジットを扱うプラットフォームを設置

2000年代前半からいち早く地球温暖化問題・排出権取引に取り組んできた森・濱田松本法律事務所。京都議定書の国内法制化・二国間クレジット制度(JCM)、東京都条例に基づく排出権取引制度などの制度設計や、企業による具体的なプロジェクトを通じたカーボン・クレジットの組成から売買までさまざまなクライアントに向けた法的アドバイスを提供してきた。
地球温暖化問題・排出権取引の分野は現在、パリ協定を皮切りに世界的なカーボンニュートラルに向けた取り組みが加速し、その主体は国家の枠を越えて自治体や企業、投資家、NPO・NGOなど国家以外の当事者にまで広がりを見せている。
「日本は世界的にカーボンニュートラルへの取り組みが遅れていると言わざるを得ない状況でしたが、菅政権下において2050年までにカーボンニュートラルを実現するという目標が掲げられ、さまざまな分野における温室効果ガスの排出削減を実現すべく、急ピッチで検討が進められるようになりました。企業もこうした状況をビジネスチャンスと捉え、カーボンニュートラルに関わる課題により積極的かつ野心的に向き合うようになっています。そのような取り組みの一環として注目を集めるのがカーボン・クレジット取引です」と語るのは、エネルギー・インフラストラクチャー・資産証券化を含む代替投資分野の第一人者として牽引的役割を果たしてきた佐藤正謙弁護士だ。
同事務所は、これまで培ってきた知見を基に、カーボン・クレジットに関する法的問題にワンストップで対応し、ソリューションを提供する体制を強固なものにするため、2022年9月にカーボン・クレジット・プラットフォームを立ち上げた。「いまやその業務がカーボンニュートラルの文脈と切り離せないエネルギー・インフラストラクチャープラクティスの弁護士を中心に、レギュレーション、ファイナンスプラクティスや独禁法分野など、幅広い分野に及ぶ所内横断的なチーム編成となっています」(佐藤弁護士)。

注目される民間主導の制度設計GXリーグの議論の動向に注目を

「日本はかつて京都議定書のもと、いわゆる“キャップ・アンド・トレード方式”(企業に排出枠を設け、その排出枠である余剰排出量や不足排出量を取引する制度)による排出権取引制度を創出する動きがありましたが、導入には至りませんでした。その結果として、現在の日本は炭素効率において世界に後れをとりつつあります」と語るのはカーボン・クレジットに関する各種審議会のメンバーとして約20年前から制度設計に関わってきた武川丈士弁護士だ。武川弁護士は、現在に至っても日本の状況は根本的には変わっていないと語る。
「日本においては、J-VER制度、国内クレジット制度が導入され、これらが発展的に統合されてJ-クレジット制度が創設されるなどの動きはありましたが、法律に基づく削減義務があるわけではなく、ハードローとしてはさほど動きはありません。一方で、変革の胎動は非常に強く感じられる状況です。2023年にはGX(グリーントランスフォーメーション)に向けた経済社会システム全体変革のための議論と新たな市場の創造のための実践を行う場として“GXリーグ”の設立が予定されています。今後どういう形になるかは分かりませんが、ある種のカーボンプライシングが何らかの形で導入される兆しが感じられます」(武川弁護士)。
GXリーグで議論される日本のキャップ・アンド・トレード方式の制度設計は諸外国と比較して特徴的だと語るのは、プロジェクトファイナンスをはじめとする多種多様なファイナンス取引に関与し、留学中にUCバークレーでエネルギー法制を中心に学んだ鮫島裕貴弁護士だ。
「GXリーグにおける排出権取引制度は国や政府がキャップを設定するのではなく、参加企業が独自に温室効果ガスの排出削減目標を設定する形になる予定です。この取り組みは“プレッジ・アンド・レビュー方式”と言われますが、世界的に新規性があり、企業独自の目標設定がどう運用されるかが注目されることになるでしょう。日本政府は2030年までに2013年と比較して二酸化炭素の排出を46%抑える目標を設定しているため、基本的にはそれに整合するような形になるかと思いますが、容易に達成される水準に削減目標が設定されると、クレジットが大量に発行され、市場価格が下がるという現象も予測されます。逆に目標設定が厳しすぎると、達成できる企業が少なく、GXリーグに参加する企業が増えないといったことも予測されます。この点は今後話し合いが行われるところかと思います」(鮫島弁護士)。

懸念が残るクレジットの信頼性 現状では検証が難しい問題

国内のカーボン・クレジットに関する制度設計が大きく動こうとする中、関連する課題が山積している。制度的な課題としては企業の排出削減に対するディスインセンティブや相対取引における取引実態や価格決定方法の不透明性などが挙げられる一方、企業の担当者が実務上の問題意識として抱えている一つがクレジットの“質”の問題だという。
「カーボン・クレジットには世界に多種多様な制度があり、大規模なものは国際機関や国が管理していますが、GXリーグのように民間レベルで管理されるものもあり、世界的に制度が乱立しています。ある制度で一定の削減量とされるクレジットを確保することで本当にその分の削減量を確保したといえるのか、その点が信用できない場合にはグリーンウォッシュの問題が発生するのではないかという点は、クライアントのみなさまが気にかけているところかと思います」と語るのは、再生可能エネルギープロジェクトなど、さまざまなエネルギー案件に関与している久保圭吾弁護士だ。
「逆に、信頼できる制度下で安心安全なクレジットを創出できれば強いアピールポイントになるでしょう。しかし、どのようなシステムの下で生み出されるクレジットであれば信頼性が高いといえるかについては、国際的に議論が続いているところです。今後何が合意され、何が共通スタンダードになるかは大きな関心事項ですし、我々も国際的な議論を追い続けていきます」(久保弁護士)。
武川弁護士は、クレジット制度の信頼性の基準作りは議論が続いており、一定の基準が公表されているものの個別のクレジット取得の際に基準に照らして問題ないかを検証することは容易ではないと語る。「制度自体の信頼性が高くても当該プロジェクトの運営がうまくいっているかは別物です。そうした点については、信頼できる国際機関や金融機関、商社などの仲介者を活用することが一つの解決策なのではないかと思います」(武川弁護士)。

金融機関のクレジット取扱いには当局・内外の情報を得て的確な支援を

現状は運用が先行し制度や規制が後追いとなっているカーボン・クレジットについては、取扱い一般を規制する業規制は存在しない。しかし、その普及の一翼を担うべき金融機関については、売買または仲介や媒介を行う上で業規制上留意しなければならない点が存在する。
「銀行法や、金商法などの業規制上、金融機関がカーボン・クレジットに関するビジネスを取り扱うことができるかについては、規定自体は京都議定書が締結された2008年頃から存在します。前向きな内容になっていますが、昨今は海外由来のものを含むさまざまなクレジットが世の中に出回るようになり、“現行の規定がそのまま適用されるのか”という検証が必要になっています」。再生可能エネルギー案件に多数関与し、国内大手金融機関の法務部に所属経験もある大木健輔弁護士はこのように語る。
大木弁護士は金融機関のニーズに対して法解釈に基づいたアドバイスを行うほか、時には金融当局との対話を通じて、リスクを判断した上で臨むべき方向にビジネスを展開できるようサポートしているという。「カーボン・クレジットの国際的な性格からして、外国規制の理解も不可避となっています。法律事務所として内外の動向を絶えずフォローし、クライアントに向けて積極的に発信する必要性を強く感じます」(大木弁護士)。

問題が山積するクレジットの定義 リスクを見極めた上で取引を

「現存のカーボン・クレジット制度の多くは法制化されておらず、国際的には民間の認証主体が発行するいわゆる“ボランタリー・カーボン・クレジット”が取引の大半を占めます。未解決の法的および実務面での課題も少なくありません」と語るのは、太陽光、風力をはじめとする多種多様な再生可能エネルギー発電の案件を多く手がけ、エネルギー関連のM&A取引にも多数関与している小林卓泰弁護士だ。
「そもそも法的に“クレジットとは何か”という点も定まっていません。“動産類似のもの”という意見もあれば、“単なる契約上の地位に過ぎない”という意見もあります。取引の対象であるクレジットが各国の法律の中でどう位置付けられるのか、国が発行しているクレジットと民間が発行しているクレジットでどう区別されるのか、といった点もはっきり分かりません。ただ、現実に取引が制度に先行している以上、我々法律家としても、“走りながら”考えていくしかないといえるでしょう」(小林弁護士)。
法的な性質が明確でないことによって、取引はできても結果的に問題につながる事態は起こりうるという。「例えば、“クレジットに担保が設定できるのか”“譲渡の対抗要件は何か”“差押え・執行はできるのか”“倒産時の取扱いはどうなるのか”などの問題が生じます。法理論上一定の結論が出たとしても、具体的なクレジットの制度自体が担保設定などの取扱いを想定していないこともあるでしょう。“はっきりしないなら参入しない”という判断もビジネスジャッジかと思いますが、現状はそうとは言っていられないでしょう。ならば、法的性質の議論があることを認識した上で、リスクの所在を見極めて取引をすることが重要だと思います」(小林弁護士)。

国をまたぎ多様化するクレジット創出を現場で支援するサポート体制

カーボン・クレジット制度は他のカーボンニュートラルの取り組みと切っても切れない存在であり、今後クレジット創出のカギとなるプロジェクトは多様化するだろうと武川弁護士は指摘する。
「今後、水素・アンモニアを用いた混焼・専焼発電のプロジェクトやCCS・CCUSといった温室効果ガスの人工的な吸収・貯蔵を目標とするプロジェクトなど、商業化の段階に至っていないプロジェクトに広がっていくことも予想されます。新規性のある案件については、国境を越える取引関係やサプライチェーンの構築が求められる場合も少なくなく、現地の法律家との協働が必要です。特にパリ協定の枠組みのもと、日本が積極的に推し進めるJCMにおいては東南アジア諸国のプロジェクトが対象であることも多くあります」(武川弁護士)。
同事務所は東南アジア諸国に多数の拠点を有しており、2023年1月にインドネシアのジャカルタに拠点を新設する。「拠点がある国では、現地法も理解した上で当事務所の弁護士が直接支援しますし、拠点がない国については本分野を知悉する現地事務所と協力の上でサポートします。長年培ってきた現地の法律事務所とのコネクションをフルに活用し、案件ごとに適切なチームを組んでいきたいと思っています」(武川弁護士)。

→『LAWYERS GUIDE 2023』を「まとめて読む」
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※「LAWYERS GUIDE 2023」本誌・EBOOK版に於きまして、佐藤 正謙弁護士のプロフィールに誤記が御座いましたので、お詫びして訂正いたします。
<誤>90年東京大学法学部卒業
<正>88年東京大学法学部卒業
 DATA 

ウェブサイトhttps://www.mhmjapan.com/ja/

所在地・連絡先
〒100-8222 東京都千代田区丸の内2-6-1 丸の内パークビルディング16階
【TEL】03-5220-1800

【E-mail】mhm_info@mhm-global.com


所属弁護士等:弁護士673名(2022年12月現在)

沿革:1971年設立

過去の主要案件:▽カーボン・クレジットの売買をはじめとする種々の取引の交渉・契約書等の作成業務▽カーボン・クレジットを巡る各種業規制の調査▽カーボン・クレジットの組成を目的とする国際的なプロジェクトへの法的支援▽その他多数

佐藤 正謙

弁護士
Masanori Sato

88年東京大学法学部卒業。90年弁護士登録(第二東京弁護士会)。93年シカゴ大学ロースクール(LL.M.)修了。94年ニューヨーク州弁護士登録。

小林 卓泰

弁護士
Takahiro Kobayashi

95年東京大学法学部卒業。98年弁護士登録(東京弁護士会)。02年ニューヨーク大学ロースクール(LL.M.)修了。03年ニューヨーク州弁護士登録。

武川 丈士

弁護士
Takeshi Mukawa

96年東京大学農学部卒業。98年弁護士登録(東京弁護士会)。02年カリフォルニア大学デービス校ロースクール(LL.M.)修了。03~04年三井物産株式会社法務部出向。06年カリフォルニア州弁護士登録。12年シンガポール外国法弁護士登録。22年ベトナム外国弁護士登録。

久保 圭吾

弁護士
Keigo Kubo

10年東京大学法学部卒業。12年東京大学法科大学院修了。13年弁護士登録(第二東京弁護士会)。16~18年みずほ銀行プロジェクトファイナンス営業部出向。20年ロンドン大学ロンドンスクールオブエコノミクス大学院修了。22年イングランドおよびウェールズ弁護士登録。

大木 健輔

弁護士
Kensuke Oki

10年東京大学法学部卒業。12年東北大学法科大学院修了。15年弁護士登録(東京弁護士会)。16~17年株式会社三菱東京UFJ銀行(現・三菱UFJ銀行)勤務。17~20年Baker & McKenzie法律事務所(外国法共同事業)執務。22年全国通訳案内士登録。

鮫島 裕貴

弁護士
Yuki Sameshima

13年東京大学法学部卒業。15年弁護士登録(第二東京弁護士会)。19~20年みずほ証券株式会社グローバル投資銀行部門プロダクツ本部出向。22年カリフォルニア大学バークレー校ロースクール(LL.M., Business Law Certificate、Certificate of Specialization in Energy & Clean Technology Law)修了。22年シンガポール外国法弁護士登録。

『ESGと商事法務』

著 者:森・濱田松本法律事務所 ESG・SDGsプラットフォーム[編著]
出版社:商事法務
価 格:2,640円(税込)

『中国投資・M&A法務ハンドブック』

著 者:康石・森規光・本間隆浩[編著]、森・濱田松本法律事務所 中国プラクティスグループ[著]
出版社:中央経済社
価 格:7,480円(税込)

『新アプリ法務ハンドブック』

著 者:増田雅史・杉浦健二・橋詰卓司[編著]
出版社:日本加除出版
価 格:2,970円(税込)

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