実効性のあるグローバル内部通報制度はどう作る? どう運用する? - Business & Law(ビジネスアンドロー)

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日本企業の海外展開が活発化するにつれ、海外子会社管理の重要性は増しており、その一環として、不正の早期発覚に有効な「グローバル内部通報制度」の導入が進んでいる。
一方で、体制構築や運営面で課題を抱えている企業も多いのが実情だ。

2024年7月2日に開催した本セミナーでは、内部通報制度の第一人者である西垣建剛弁護士(GIT法律事務所)に、視聴者から寄せられた質問にお答えいただきながら、実効性のあるグローバル内部通報制度のあり方についてご解説いただいた。

司会進行役を務めたのは、グローバル標準の内部通報管理ツール「WhistleB(ホイッスルビー)」を提供する、SaaSpresto株式会社の代表取締役社長CEO、御手洗友昭氏。

なお、今回は、同社が国内販売を手がけるイベント管理プラットフォーム「Cvent(シーベント)」を利用。アンケートを実施してその結果をリアルタイムで画面に表示したり、匿名で視聴者の質問を受け付けたりと、視聴者参加型のインタラクティブなセミナーが実現した。

制度導入の進む現状と体制構築のあり方

セミナー前半は、開催側で用意した質問に対し、視聴者が提示された選択肢を選んで回答するという形で進められた(回答はすべて匿名で集計)。

冒頭、「グローバル内部通報制度をどの拠点で導入しているか」という質問に対し、「基本的には全拠点で導入している」と回答した視聴者が過半数を超えた(回答者は全部で100名強)。
かつて日本企業は欧米と比べて同制度の設置率が低いとされていたが、近年の積極的な導入状況を示す結果となった。

以下、当日出された質問と回答、西垣弁護士の解説について概括する。

グローバル内部通報制度の受付チャネルは何を揃えるべきか

「グローバル内部通報制度で、現在設けているチャネル(受付方法)は何ですか?」という質問に対しては、視聴者の回答は、図表1という結果となった(合計237)。
なお、回答者数は100名強であるが、複数回答が認められていたため、各社ともマルチチャネルを設置している状況が明らかになった。

図表1 グローバル内部通報制度で、現在設けているチャンネルはなんですか?

(複数選択可)

この結果に対し西垣弁護士は、

「電話受付を設置している企業が少なくないようですが、国内の内部通報制度と異なり多言語対応が必要となる等、費用対効果の点からも、その必要性は見直しの余地があると思います。グローバル内部通報制度は軽微な不正よりも重大不正の発見を重視しており、電話通報はその用途にそぐわないという考え方もあります。」

「さらに近年は、“客観的な事実の通報にはウェブ(オンラインシステムを介した通報方法)が適しているため、窓口はウェブのみで十分”という考え方も優勢になってきており、最低限揃えるべきチャネルについては、各社とも改めて検討されてはいかがでしょうか」

と述べた。

適正な運用体制とは

次に、「グローバル内部通報制度を、国内では何名体制で運用していますか?」という質問に対しては、「2〜3名」という回答が最も多かったが、「1名」や「そもそも担当が不在」という回答も複数あった。

西垣弁護士は、「公平性・透明性を確保するためにも、担当者は一人ではなく複数人とするのが望ましい」と述べ、

「実効性を高めるためには、役員クラスの職員が担当する体制を整備する必要があります。たとえば、現地法人の経営者に不正の疑義が生じた場合、経営者の続投を期待する事業部サイドでは公正な調査を行えない場合も多く、日本本社の上位職員が調査を先導すべきと考えます」

「通報データへのアクセス権も日本本社の担当者に限定し、現地法人へのアクセス権付与は日本本社が決定すべきでしょう」

と、実際的な見地からコメントを加えた。

グローバル内部通報制度の定義とは

そもそも「グローバル内部通報制度」とは何を意味するのか。
その定義を問われた西垣弁護士は、

「グローバル内部通報制度とは、日本に本社がある場合、その本社の統一的な通報窓口に海外拠点の役職員が通報することができる制度のことです」

と回答。

たとえば、タイの現地法人が現地の法律事務所に通報窓口を設置しているような「現地完結型」の内部通報制度は「グローバル内部通報制度に該当しない」と続けた。

「現地完結型」の制度が整備されていれば、一見、グローバル内部通報制度と同様の機能が期待できそうにも思えるが、現地経営陣により通報が揉み消される危険性があるため、不正の芽を確実に把握するためには、やはり海外拠点からの通報内容を日本本社で統括的に確認できる仕組みが不可欠だという。

ただし、膨大な数の海外拠点を持つ会社の場合、一気に全拠点での導入を図るのは容易ではない。
その際は、「リスクベースで優先度の高い国や地域から徐々に導入を進めていけばいいでしょう」と西垣弁護士。

「その意味で、たとえ現時点で全拠点を網羅したシステムが未構築でも、日本本社が統括的に通報を管理する仕組みを整備していれば、“グローバル内部通報制度”を構築していると言って差し支えないと思います」

と結んだ。

グローバル内部通報制度の運用で押さえるべきKPI

企業法務から頻繁に寄せられる質問として御手洗氏が挙げたのが、グローバル内部通報制度のKPI(目標数値)の設定に関する質問だ。
受付件数を数値目標として設定する場合に何件程度にすべきか、悩んでいる企業も多いという。

御手洗 友昭 氏

それに対して西垣弁護士は、「業態にもよるが、受付件数は従業員100人当たり年間1件」が目安だと説明した。

KPIに認知度を設定する企業も多いようだが、その点、西垣弁護士は、「毎年アンケート調査や研修を実施するなど、地道に取組みを積み重ねることで、認知度は確実に高まっていくはず」と指摘。周知のための継続的な取組みの必要性を強調した。

さらに、「数値化できるものではありませんが、通報受付後にきちんと調査が行われているかが、運用上は非常に重要です。本社が主体的に、ある程度のコストをかけて調査を実施する必要があります」と加えた。

「通報件数がなかなか増えない」という悩みも多く聞かれるところだが、「導入当初は通報件数が伸び悩むのは当然」だと、西垣弁護士。
定期的に現地説明会を開催したり周知ポスターを掲示したりするなど、地道に広報活動を積み重ねることで徐々に増えていくものだと説明した。

社内認知を上げるにはどんな施策を行うべきか

通報を促すためには社内認知を高める努力が必須となるが、各社、どのような施策を講じているのだろうか。
その問いに対する視聴者の回答は、図表2のような結果となった。

図表2 グローバル内部通報制度の社内認知を上げるため、どんな施策をしていますか?

(複数選択可)

西垣弁護士は、「さまざまな施策を実行しているようですが、“トップメッセージとして発信”している企業が意外に少ない印象です」と指摘。

「日本本社のトップだけでなく、現地法人のトップからも発信してもらうことで、通報件数が増加する傾向にあります。通報件数が伸び悩んでいる企業はぜひ試してみてください」と呼びかけた。

匿名通報も受け付けるべきか

続いて、「グローバル内部通報制度で匿名通報を受理しているか」という質問に対しては、回答者の90%以上が「受理している」と回答した。

匿名通報の場合、虚偽通報や不必要な内容の通報が懸念されたり、通報者と連絡が取れないため通報内容の真偽を調査・確認しにくかったりといった問題が考えられる。
だが、顕名通報に限定した場合、利用者は報復を恐れて通報をためらうケースも多く、制度としての利用度が著しく損なわれることは間違いない。

西垣弁護士は、「NAVEXのようなグローバルベンダーが提供する内部通報管理ツールを利用すれば、セキュリティが確保され、匿名通報者とのコミュニケーションも容易に行えますし、不適切な通報があっても運用側の判断で却下すれば済む話です。ハンドリングさえ間違えなければ、匿名通報を許容した場合のデメリットは少ないと言えるでしょう」と述べた。

実効性のある制度運用をめぐる一問一答

セミナー後半では、視聴者から寄せられた数々の質問に、西垣弁護士が具体的な解決策を提示した。

海外子会社からの通報があった際の調査対応

「海外子会社からの通報があった際、調査には現地の法律事務所などを活用した方がよいか、本社主導で行うべきか」という質問がなされた。

通報内容が軽微なもの(軽度のハラスメント等)である場合は、現地のコンプライアンス担当部署に任せるのが一般的だが、現地経営陣による不正のような重大な案件については、やはり本社主導で調査を行うべき、というのが西垣弁護士の見解である。

その際、現地語での対応が求められる、社内リソースが限られている、といった理由から、「現地の法律事務所を活用したほうが効率的でしょう」と西垣弁護士。

「実務的には、国内法律事務所に調査の取りまとめを依頼したうえで、現地の法律事務所と連携して調査を進めてもらう方法がよく取られています」と解説した。

西垣 建剛 弁護士

現地法令への対応

グローバル内部通報制度の構築・運用にあたっては、海外子会社が所在する国の法令の把握が不可欠だが、各国の法規制を網羅的かつタイムリーに把握するのは至難の業ともいえ、頭を抱えている法務担当者も多いだろう。

対応方法として、西垣弁護士は「リスクベース・アプローチ」を勧める。

「展開している全拠点の法規制を調査するのではなく、リスクの高い国に照準を定めた対応を取るべきです。その代表例が欧州と中国です」

「グローバル内部通報制度の運用にあたって、現地役職員の個人情報を収集する必要があるため、所在地の個人情報保護法制の遵守が欠かせません」

欧州においてはGDPR対応が求められる。
日本は十分性認定を受けているため、日本への個人データ移転は認められているが、「だからと言って、GDPRの遵守が不必要だというわけではない」と西垣弁護士。
「情報管理等においてGDPRを遵守した体制整備は不可欠です」と注意喚起した。

また、中国の個人情報保護法では、個人情報の処理には本人同意の取得が必要となるため、その取扱いには何らかの工夫が必要になるという。

「たとえば、現地の法律事務所を仲介し、ある程度匿名化した個人情報をシステムにアップロードするといった、ケースバイケースの対応が求められます」

その他にも、制度の運用に悩む視聴者から数々の質問が寄せられた。西垣弁護士は時間の許す限り回答に応じ、セミナーは盛況のうちに終了した。

西垣 建剛

弁護士法人GIT法律事務所 代表社員 / パートナー

2000年から2020年まで国際的法律事務所「ベーカー&マッケンジー法律事務所」に所属し、同事務所のパートナーを10年以上務める。国際訴訟・紛争解決、国内外の上場企業の不正に関する調査、米国FCPA(the Foreign Corrupt Practices Act)のコンプライアンス、製薬・医療機器メーカーのコンプライアンスを行う。不正調査、米国FCPAに関して、多数のセミナーで講師を務める。その他、グローバル内部通報制度の構築、国際労働事件の解決、米国クラスアクション、GDPRを含む個人情報保護法関連のコンプライアンスなどの法的助言も行う。主な著書に『グローバル内部通報制度の実務』(2022年5月)がある。

御手洗 友昭(司会)

SaaSpresto株式会社 代表取締役社長CEO

SaaSpresto株式会社は、日本電気株式会社(NEC)と、米国投資ファンドのVista Equity Partners Management, LLC(本社:米国・テキサス州)が協業して設立したSaaSを取り扱う事業会社。同社が提供する内部通報管理ツール「WhistleB」は、グローバルで1万3000社以上に導入されている。

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