―現役知財法務部員が、日々気になっているあれこれ。本音すぎる辛口連載です。
※ 本稿は個人の見解であり、特定の組織における出来事を再現したものではなく、その意見も代表しません。
表示規制をめぐる企業の葛藤
景品表示法、薬機法、医療法、特定商取引法など、広告やパッケージなどの表示にまつわる法規制は、企業にとって向き合い方が難しい。自信を持って世に送り出す自社商品について、消費者にその魅力を訴求し、市場競争で優位に立ちたい…という、商売人としての自然な欲求と、真っ向から衝突するからである。
だからこそ、企業人は、基本的なルールを把握したうえで、自らを俯瞰して律する姿勢、エビデンスの積み重ね、何より消費者の立場に立った目線を持たなければならないのだ。
とはいえ、言うは易しである。商品を売ってナンボ、盛り上げてナンボの現場担当者からすると、「これくらいなら別に誤認のおそれはないだろう!」「マジメにやってたら商品の魅力が全然伝わらないよ!」と言いたくなることが多いのも事実である。
そこで、内部にいながらも「客観的ポジション」を取りやすい法務部門の果たすべき役割は大きいのである。最前線にいるがゆえの現場の「思い込み」「驕り」を適切にコントロールして、行政処分リスクを回避するために、「アピールしたい気持ちは分かるけど…それは止めておきましょう」と、拳をぎゅっと握り締めて伝えなければならないこともある。それでも、できれば、ただ止めるだけでなく、なおも自社商品の魅力や優位性をしっかりと訴求できる、バランスの取れた攻めの広告表現を一緒に考えて、現場の想いにも応えられれば最高だ。
ギリギリの表示で攻めてくる企業―その試行錯誤の歴史
そんなことを考えながら、店頭に並ぶさまざまな商品を見ていると、なかには「これって、多少のリスクを織り込みつつも、処分を受けないよう、がんばって試行錯誤したんだろうなぁ」と思わされる、絶妙な表現を目にすることもある。
皆さんも、「痩せる」とは一言も書いていないのに「なんか痩せそう」と思わされる広告や、「便通を整える」などとは全然言っていないのに「何かがよく出そう」と思わされる商品パッケージを見て、しかもそれが結構大手企業のものだったりしたことを確認して、「攻めてるな~、ここの法務(?)」と思ったことはないだろうか。
こうした「表示規制に挑戦するタイプ」の広告表現の歴史は古い。そもそも、明治時代までは広告表現にさしたる法規制は存在しなかったため、この時代の広告表示は、とにかく誇大だった。当時の日本の主要産業といえば売薬業だったのだが、その広告を見ると、「万病に効く」「たちまち全治の速効あり」「如何なる病気も治る」「不治の難病必ず根治す」「最も善良」「新撰最上」と、今の厚労省や消費者庁の職員が目にしたら卒倒するであろうフレーズのオンパレードで、清々しいくらいである。
しかし、こうした誇大広告は徐々に業界や政府において問題視されるようになる。そして、大正3年(1914年)に、現在の薬機法につながる売薬法が制定される。この法律により、初めて医薬品の広告表現が法的に規制され、「虚偽誇大の証明若しくは医師其の他の者が効能を保証したるものと世人をして誤解せしむるの虞(おそれ)ある記事」を、売薬に関する広告、容器や包装、添付文書に記載することが禁止されている。
人面牛が日本で最初に表示規制に挑戦した広告表現だった!?
筆者は最近『明治・大正のロゴ図鑑―登録商標で振り返る企業のマーク』(作品社)を上梓し、そこでは、大正時代前後のロゴマークや広告表現を紹介している。
売薬法制定翌年というタイミングで発売された痔の薬に「如件(クダンのごとし)」という商品がある。そのロゴマークは図表1のとおり、ニコニコ顔の人面牛である。
図表1 「如件(クダンのごとし)」のロゴマーク

これは、「件(クダン)」と呼ばれる、西日本を中心に伝わる人頭獣身の妖怪を表している。なぜ、痔の薬に人面牛の妖怪を!? 恐怖・畏怖の対象である妖怪がロゴマークに採用されることは、天狗を例外として、それ以外にはあまり見られない。
ここで考慮すべきは、妖怪クダンが予言獣として伝えられていることである。この妖怪は、戦争や疫病などの吉凶を予言し、それは必ず的中するというのだ。昔風の書状や契約書には、「件の如し」という言い回しが使われることがあるが、これは「文書の内容が、書かれたとおり真正であること」を表す常套句であり、「クダンの予言の如く確かである」という意味合いが込められている。
このクダンにまつわる言い伝えと、制定されたばかりの売薬法の表示規制とを合わせて考えると、人面牛をロゴマークに採用した奇妙なセンスの背景事情が見えてくる。
つまり、事業者の意図としては、薬効をアピールすることが法規上憚られたため、「クダンの予言の如く、この薬には確かな効能がありますよ」ということをそれとなく暗示すべく、妖怪クダンをモチーフとしたのではなかろうか。
これが当時の消費者に伝わったのかどうかは定かではないが、少なくとも今日よりは「件の如し」の意味も通用していたはずである。
そう考えると、ロゴマークに添えられた文章「無効 薬価 返金す」にも意図を感じる。「無効だったら薬代を返金します」という意味だが、「有効」とは書かずして、有効性への自信をアピールすることに成功している。
これも、表示規制を逃れるための工夫だったのかもしれない。
売薬法制定以降、「万病に効く」系の誇大広告はかなり減り、不確かな効能を直截的に表現するのが難しくなった売薬業者は、知恵を絞って暗示的な表現を模索することになる。その最初期の事例が、クダンをモチーフにした「如件」の痔の薬だったのだ。表示規制が生まれたのとほぼ同時に、このような「お上との知恵比べ」が誕生していたとは、驚きだ。
表示規制との付き合い方に悩む、医薬品や健康食品などのヘルスケア業界の皆さん、広告のネタに困ったら、思い切って人面牛を出してみてはいかがでしょうか? 出したところで、意味わからんかもしれないけど…。
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友利 昴
作家・企業知財法務実務家
慶應義塾大学環境情報学部卒業。企業で法務・知財実務に長く携わる傍ら、著述・講演活動を行う。新刊に『明治・大正のロゴ図鑑』(作品社)、他に『企業と商標のウマい付き合い方談義』(発明推進協会)、『江戸・明治のロゴ図鑑』(作品社)、『エセ商標権事件簿』(パブリブ)、『職場の著作権対応100の法則』(日本能率協会マネジメントセンター)、『エセ著作権事件簿』(パブリブ)、『知財部という仕事』(発明推進協会)などがある。また、多くの企業知財人材の取材・インタビュー記事や社内講師を担当しており、企業の知財活動に明るい。一級知的財産管理技能士として、2020年に知的財産官管理技能士会表彰奨励賞を受賞。
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