―現役知財法務部員が、日々気になっているあれこれ。本音すぎる辛口連載です。
※ 本稿は個人の見解であり、特定の組織における出来事を再現したものではなく、その意見も代表しません。
弁護士がクライアントに一番言われたくないセリフ
法律事務所の弁護士がクライアントに言われたくない言葉ランキング第1位は、「無料の範囲で教えてほしいんですが~」であるという――というのは、私がそう弁護士に言い放ったときの相手の苦笑、こめかみのピクつき、硬化する空気などから得た感触に過ぎないのだが、まぁ法律サービスを有料で提供することを生業にしている弁護士にとって、歓迎しないセリフであることは間違いないだろう。
こういうことを常日頃から言われているのであろう弁護士の一部には、「誰も美容院で『無料の範囲で髪を切ってほしいんですが~』とは言わないのに、なぜ弁護士だけがそんな心無い言葉を投げつけられなければならないんだ!?」と嘆くむきもある。
その答えは、おそらく、美容師に「無料の範囲で髪を切ってください」と言うと、前髪の右半分だけ根元までバッサリいかれて「はい、ここまでです」と仕返しされそうな気がする一方、弁護士に無料のアドバイスを求めても、少なくとも助言を乞う側の不利益になるようなウソは教えないだろうという期待があるからではないだろうか。専門知と弁護士倫理に対する高い信頼の証である……と、いえなくもない。
誤解しないで頂きたいが、筆者が「無料でお願いできませんか」などとズケズケと言っていたのは若手時代だけである。“失礼”は、やってみないと失礼だとはわからないことがある。失礼は若者の特権なのである。どんどんやっていこう。
そして、カッコつけるわけではないのだが、今は、筆者はあまり弁護士費用を気にすることはない。有り余る富を有しているからではない。企業法務業務における弁護士相談費用は、当然に会社持ちで、自分の懐が痛まないからである。全然カッコよくないな。
もちろん、会社のカネとて、無尽蔵に使えるわけではない。軽い相談のつもりで弁護士に意見を尋ねたら、気合の入り過ぎた分厚い報告書と、予想だにしなかった額の請求書が届き、怒られたこともある。長期にわたる事件対応の場合は、毎月のようにまとまった額の請求書が届き、「港区の高級マンションの賃貸料!?」「毎月この額を個人で支払っていたら、裁判に勝っても破産するなあ!」などと心の中でセルフツッコミをしながら漫然と経費処理をして、怒られたこともある。
怒られてばっかりだ。
後にあまり怒られなくなったのは、弁護士とのコミュニケーションに慣れてきて、自力で費用をコントロールしながら必要な助言を受けられるようになってきたからだ。言い換えれば、「無料の範囲で」と言わずして、「納得できる費用の範囲で弁護士からの助言を得る」テクニックが身に付いたからである。
「無料で教えてくれませんか」はこう言い換えろ!
そもそも、なぜ人は弁護士に「無料の範囲でいいので教えてもらえないか」と尋ねたくなるのか。
多くの場合、専門知を搾取して無料ですべて解決してもらおうといった悪意があって言っているわけではないだろう。自分(自社)が抱えている課題の解決を正式に依頼した場合、果たして費用対効果に見合う形で成果を出してもらえるかどうか、その見当をつけたいからである。つまり、「この弁護士に正式に委任して大丈夫かどうか」を悩んでいるのである。課題自体に対する答えを無料で求めているわけではない。これは“委任前の悩み”なのだ。
このような背景がある場合、「無料の範囲で教えてもらえないでしょうか?」ではなく、「受任可能かどうかお聞かせいただけないでしょうか?」と尋ねると、カドが立たない。
「無料の範囲で教えて」が一回でもムカつかれるのは、「一回だけでも無料で受任なんかできるか!ワシャ、通販のお試し健康食品かい!」と思われるからだ。「委任するかどうかを迷っている段階である」という立場を明らかにすれば、摩擦をかなり低減することができる。
委任するかどうか(弁護士にとっては受任可能かどうか)を判断するには、クライアントと弁護士が、クライアントの抱える課題の概要と、その課題分野に関する弁護士(事務所)の知見の程度、解決する手立てや見通しに関する初歩的な意見、そして大まかな費用感をお互いに開示し、把握し合うことが必要だ。
そして、それらがクリアになれば、クライアントとしては正式に委任するかどうかの意思決定がしやすくなるし、その後ではもう「無料の範囲で教えてくれ」とは言わないだろう。
費用に関する疑問や不満は遠慮なく伝えることが“お互いのため”
この際、費用はどのくらいかかるかの見通しをあらかじめ尋ねることを、クライアントは臆してはいけないし、弁護士も誠実に応えるべきだ。単発の見解書や鑑定書の場合は見積りも出しやすいだろう。事件対応などは、事件の展開に左右されるので難しいこともあるだろうが、大まかな費用感は出してほしい。
そして、提示された費用感を踏まえて、クライアントとして「この金額を超えないようにしてほしい」と、あらかじめ請求額の上限、いわゆる“キャップ”を設けておくと、後々請求額に悩まされるリスクを抑えられる利点がある。トータルの請求額にキャップを設けることもあれば、月々の請求額にキャップを設けることもあるだろう。キャップ設定の合意ができれば、予想外の金額の請求書が来て慌てたり、しれっと処理した私が社内で怒られたりすることもなくなる。
キャップを設けなかったり、設けたとしても、たとえば想定外に対応が長期化したりすれば、ときには当初決めた予算内に収まらなくなることもある。「想定外のことが起こったのであれば、予算も想定外に超過したってしょうがないじゃないか。怒られる筋合いなどない!」と私などは思ってしまうのだが、予算内での対応を遵守しなければならないシチュエーションもあるだろう。
もし予算を増やせないのであれば、費用の方を調整するしかない。日々膨らむ請求額に悶々とする前に、遠慮せずに、胸襟を開いて弁護士に相談しよう。請求を遅らせる、処理を急ぐ事情がなければ月単位の作業量を減らす、担当弁護士の数を減らす、パートナーではなくアソシエイトを主担当にする、などの提案を引き出せるはずだ。その際、一定程度は、品質とのトレードオフになることは受け入れなければならないが。
金額に関する不満はおいそれと言い出しにくい……という御仁もおられるだろう。しかし、「弁護士の手腕には文句はないし、解決はできたけど、予想以上に費用がかかったせいで徒労になってしまった。もうこの先生には頼めない……」ということになってしまえば、クライアントにとってはもちろん、弁護士にとっても、短期的な儲けにはなるとしてもその後に続かず、報われない話だ。
そうなればお互いにとって不幸な事態だが、弁護士の方から、「最近、ちょっと請求額が多くなってしまっていますが、大丈夫ですか?」などと声をかけてくれることはまずない。この不幸は、クライアントから切り出さなければ、防げないのだ。
弁護士との良好な関係を維持するためには、「無料の範囲でやってくれませんか?」と気軽に言ってはいけないが、「この予算内でやってくれませんか?」「費用がかかり過ぎているので抑える工夫はできませんか?」と相談することをおそれてはいけないのだ。
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友利 昴
作家・企業知財法務実務家
慶應義塾大学環境情報学部卒業。企業で法務・知財実務に長く携わる傍ら、著述・講演活動を行う。著書に『企業と商標のウマい付き合い方談義』(発明推進協会)、『江戸・明治のロゴ図鑑』(作品社)、『エセ商標権事件簿』(パブリブ)、『職場の著作権対応100の法則』(日本能率協会マネジメントセンター)、『エセ著作権事件簿』(パブリブ)、『知財部という仕事』(発明推進協会)などがある。また、多くの企業知財人材の取材・インタビュー記事や社内講師を担当しており、企業の知財活動に明るい。一級知的財産管理技能士として、2020年に知的財産官管理技能士会表彰奨励賞を受賞。
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