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はじめに

金融機関は、金融犯罪対策、マネー・ローンダリング・テロ資金供与対策(以下、「マネロン等対策」という)への取り組みを進めているが、それにも関わらず、金融犯罪の被害は依然として増加傾向にある。
今後は、金融機関の創意工夫や主体的な対応によって、対策の実効性を向上させることが求められる。そのためには、狭義の法令等遵守の枠組みや、金融当局に「正解」を求めるルール・ベースの対応とは一線を画し、「なぜ、我々金融機関は、金融犯罪対策およびマネロン等対策に取り組むのか」という対策の意義・本質に向き合うことが必要だと考えている。
金融犯罪対策およびマネロン等対策に取り組む意義・本質とは何か。筆者は、「ビジネスと人権」、「SDGs」および「ESG」にあると考えている。これらの視点を持つことは、対策の実効性を向上させるとともに、金融包摂、公正・平等の促進といった社会課題の解決に資するものである。
本稿では、金融犯罪およびマネー・ローンダリング・テロ資金供与(以下、「マネロン等」という)の現状、両対策の意義・本質について概観する。
なお、本稿における内容は、筆者の経験を踏まえた個人の見解に基づくものであり、筆者が所属する・所属した組織や団体等の意見・見解を示すものではないことに留意されたい。

金融犯罪・マネロン等の現状

金融機関の提供する商品・サービスが悪用される金融犯罪に歯止めがかからない。
令和6年の特殊詐欺の認知件数・被害額は過去最悪となり、また、SNS型投資・ロマンス詐欺の認知件数・被害額も、前年に比べて著しく増加している。さらに、インターネットバンキングに係る不正送金事犯による被害も、依然として高い水準で推移しているほか、クレジットカード不正利用の被害額は、令和6年に過去最多となっている注1。これらの背景には、フィッシングの精緻化、身分証明書(ID)の偽造技術の精緻化・安価化、生成AI等の新技術活用など、犯罪手法の複雑化・巧妙化の実態が認められる。
金融犯罪の主体としても、匿名・流動型犯罪グループ、いわゆる「トクリュウ」と呼ばれる新しい犯罪集団が台頭している注2。「トクリュウ」は、SNSや求人サイト等を利用して実行犯を募集する手口により、特殊詐欺等を広域的に敢行している。2024年5月に大規模な金融犯罪事案が摘発されているが、これは、オンラインカジノや特殊詐欺等の犯罪収益が隠匿・送金されたマネロン事案であった。
さらに、近年では、犯罪グループが、SNS上で犯罪・マネロン等の「ツール」となる預貯金口座の売買を募集している実態も確認されている。
以上のように、金融犯罪およびマネロン等は、複雑化・巧妙化がより一層進んでおり、被害額は増加の一途を辿る深刻な状況にある。

金融犯罪対策・マネロン等対策の現状

こうした深刻な現状を踏まえ、金融機関は、金融犯罪対策およびマネロン対策に取り組んでいる。
金融犯罪対策については、「国民を詐欺から守るための総合対策2.0」(令和7年4月22日・犯罪対策閣僚会議)、さらに、金融庁・警察庁等が発出している各種要請文の内容も踏まえた対応が求められている。特に、金融庁・警察庁による要請文「法人口座を含む預貯金口座の不正利用等防止に向けた対策の一層の強化について」は、令和6年8月、すべての預金取扱金融機関宛てに発出され、その後、令和7年9月に項目が追加される等、内容がアップデートされており、預金取扱金融機関はシステム対応等も含めて計画的な対応を実施しているところである。
また、マネロン等対策についても、金融機関としては、犯罪による収益の移転防止に関する法律(犯収法)、外国為替及び外国貿易法(外為法)等の関係法令の遵守はもちろん、金融庁「マネー・ローンダリング及びテロ資金供与対策に関するガイドライン」(令和3年11月22日)(以下、「マネロンガイドライン」という)等に基づき、マネロン等リスク管理態勢の整備が求められているところ、既に多くの金融機関においては、金融庁の要請に従い、マネロンガイドラインの「対応が求められる事項」への対応による基礎的な態勢整備を完了している。
今後、金融機関においては、基礎的な態勢整備にとどまることなく、自らのマネロン等対策の有効性を計画的に検証し、不断に見直しを行い、整備された態勢の実効性の確保と高度化を図ることが必要である注3
マネロンガイドラインは、金融機関において、フォワード・ルッキングの観点からリスクベース・アプローチ(以下、「RBA」という)の実施を求めており、金融機関に対し、「ルール」の整備のみを求めるものではない。すなわち、マネロンガイドラインをチェックリストとして活用するルール・ベースの対応や、金融当局に「正解」を求める対応では、対策の有効性・実効性を確保することはできず、各金融機関の創意工夫・主体的な対応が必須である。
そのためには、「なぜ、我々金融機関は、金融犯罪対策およびマネロン等対策に取り組むのか」という根本に向き合うこと、対策の意義・本質を再認識することが必須と考えている。

金融犯罪対策・マネロン等対策の意義・本質

金融機関が、金融犯罪対策・マネロン等対策に取り組む意義としては、以下の四つの観点が存在するものと思慮する。そして、筆者は、これらの本質はいずれも「ビジネスと人権」「SDGs」「ESG」にあるものと考えている。

利用者(顧客)保護~「ビジネスと人権」の観点~

上記記載のとおり、特殊詐欺やSNS型投資・ロマンス詐欺など、近年の金融犯罪の複雑化・巧妙化等により、金融機関の利用者(顧客)が広く被害を受けている現状がある。金融機関は、利用者(顧客)が詐欺等の被害に遭うことを防止する社会的責任を負っており、そのために、提供する商品・サービスが悪用される事態を防ぐ必要がある。
以上の内容は、金融犯罪対策・マネロン等対策の必要性として指摘されているところであり、目新しいものではない。ただ、この意義をより深堀りすると、その本質には「ビジネスと人権」の考え方が存在するものと考えられる。
すなわち、金融犯罪の被害者は、財産的な損害のみならず、多大な精神的な損害も被ることになる。被害者は、詐欺の被害に遭った自身を責め続け、家族に打ち明けることもできず苦しみ、打ち明けたとしても「なぜ騙されたのか」と責められる等の悪循環に陥る可能性もある。このように、金融犯罪は被害者の財産のみならず、心に深い傷を負わせ、生命・身体に影響を与えかねない重大な人権侵害ともいえる。
ビジネスと人権に関する指導原則」(以下、「指導原則」という)は、企業に対し、人権尊重責任を果たすために、企業の事業活動およびそのサプライチェーンを通じた人権への負の影響を評価・対処するという「人権デュー・ディリジェンス(DD)」を実施することを要請している。
金融機関は、指導原則の内容を踏まえ、「ビジネスと人権」の観点から、利用者(顧客)の人権に対する負の影響への対処という側面を認識したうえで、「ルール」の遵守にとどまらず、主体的に対策に取り組むことが求められる。

金融システムの健全性・信頼の確保~「SDGs」の観点

金融システムは、各金融機関等が行う送金・決済・振替等のさまざまな機能が集積して資金の流れを形成し、ネットワークを構築しており、社会のインフラに他ならない。この金融システム全体の健全性を維持するためには、参加者たる個々の金融機関等において、その業務や金融システムにおける役割に応じ、堅牢な管理態勢を構築・維持することが求められており注4、各金融機関は、金融システムの信頼を損なわないよう、金融犯罪対策・マネロン等対策に取り組む必要がある。
この金融システムの健全性・信頼の確保は、「持続可能な開発目標(SDGs:Sustainable Development Goals)」のうち、特に「目標10 人や国の不平等をなくそう」(10-5 世界の金融市場と金融機関に対するルールと、ルールが守られているか監視するシステムをより良いものにして、ルールが、よりしっかりと実行されるようにする)や、「目標16 平和と公正をすべての人に」(16-4 2030年までに、法律に反する資金や武器の取り引きを大きく減らし、うばわれた財産が返されたり、もとにもどされたりするようにする。あらゆる形の組織的な犯罪をなくす)の実現に直結するものである。
実際に、金融庁は、令和2年1月に更新した「金融行政とSDGs」において、「マネロン等の未然防止は、日本の金融システムの健全性を維持する観点から重要な課題であるとともに、平和と公正に係る目標達成に寄与」するものであると明示している。また、一般社団法人全国銀行協会も、「2024年度活動の総括および2025年度のSDGsの主な取組項目について」の中に、「金融犯罪の被害防止」、「AML/CFT態勢の高度化」を掲げている。

環境保護・人権尊重~「ESG」の観点~

近年、環境(E)に対する世界的な関心が高まる中、環境犯罪(希少な野生動植物の違法採取・売買、違法な森林伐採、違法な漁業、廃棄物の不法取引等の公害犯罪、貴金属の違法な採取等が挙げられる)の深刻化が問題視されている。
環境犯罪は、自然環境の破壊や生物多様性に影響を与えるほか、その希少性等ゆえに、収益性が非常に高い性質を有する。そのため、犯罪組織から資金源として狙われるとともに、他の重大犯罪である麻薬密売や金融犯罪との関連性も指摘されている。
こうした状況を踏まえ、金融活動作業部会(FATF)は、環境犯罪を助長する資金の流れや洗浄手法等に対する認識向上を目的として、2020年6月、「Money Laundering and the Illegal Wildlife Trade」、2021年7月には「Money Laundering from Environmental Crime」を公表した。
金融機関は、こうした国際的な動向を踏まえ、環境犯罪をマネロン等リスクとして認識して対応することを求められる。
また、環境(E)だけでなく、社会(S)の分野においても、人権尊重の観点から、金融犯罪対策・マネロン等対策との関連性が認められる。すなわち、米国財務省外国資産管理局(OFAC)は、人権侵害に加担した疑いのある企業・個人を特別指定国民(SDN)リストに随時追加しており、SDNに掲載された対象には、在米資産の凍結、米国人との資金・物品・サービスの取引禁止、米国への入国禁止などの制裁を課している。このように、人権侵害行為は、制裁の対象として位置づけられている。
以上を踏まえると、金融機関は、金融犯罪対策・マネロン等対策に取り組むにあたって、「ESG」の観点を取り入れたうえで、環境保護・人権尊重の実現に向けた取り組みを行うことが求められる。

金融アクセス・サービスの拡充~「SDGs」・「金融包摂」の観点~

2025年度の「金融行政方針」において、金融庁は、「高齢者等、様々な利用者に対する金融アクセス・サービスの拡充等」「外国人による金融サービスの利用」を項目として挙げている。これらの項目自体は、金融犯罪対策・マネロン等対策の文脈ではないものの、以下の国際的な動向を踏まえると、両対策との関係性が高いものと思慮する。
すなわち、2025年2月、FATFは、勧告1(リスク評価とリスクベース・アプローチ)を改訂し、各国に対して、リスクが低い場合には「簡素化された措置」(SDD)の採用を奨励し、金融機関等による「簡素化された措置」の実施を後押しすることを求めた注5。また、2025年6月に「金融包摂及びマネロン・テロ資金供与対策に関する改訂ガイダンス」が公表された。これらは、「誰もが必要とされる金融サービスを利用することができる」という「金融包摂」をより促進することを目的としている(これは、「誰一人取り残さない」という「SDGs」にも関連するものと考えられる)。その背景には、世界において、金融機関の預貯金口座を持つことができず、金融システムにアクセスできない人々がいまだに多数存在する実態がある。
日本では、金融機関の預貯金口座の保有率は非常に高く、世界とは状況が異なるものの、「金融包摂」の問題がないわけではない。その一例が「高齢者」や「外国人」である(その他に、同様の問題が生じ得る属性として暴力団離脱者が存在するが、紙面の都合で説明は割愛する)。「高齢者」や在留期限の定めのある「外国人」は、マネロン等リスクの観点から、一般的には高リスク顧客の類型と考えられており、厳格な顧客管理(EDD)が求められるケースが多い。他方、そうしたEDDの実施が求められるがゆえに、金融サービスの利用の制限や不便が発生する可能性も否定できず、特に、「高齢者」については、詐欺被害が急増していることを踏まえ、実際にATM等での取引制限等が課されている事例注6も認められる。
こうした取引制限等の対応は、金融犯罪対策・マネロン等対策の文脈上、一定の必要性が認められるものの、他方、必要以上の制約・利便性の制限を課すことは、「SDGs」・「金融包摂」の観点から問題がある。
そこで今後は、金融犯罪対策・マネロン等対策の実効性向上と「SDGs」・「金融包摂」の両立をいかに図っていくかが重要な課題になるものと思慮する。この点について、両者は決して相反する関係ではなく、両立が可能であると考えている。すなわち、金融機関においてRBAの高度化を図ることが、真に金融サービスを必要とする利用者の利用を促進するとともに、不正を意図する利用者の悪用を防止することにつながるものと考えている。

まとめ

以上のように、金融犯罪対策およびマネロン等対策に取り組む意義・本質は、「ビジネスと人権」、「SDGs」および「ESG」にあり、これらの視点を持つことは、対策の実効性を高めるとともに、金融包摂、および公正・平等の促進に資するものであると考える。
今後、金融機関は、それぞれの対策・取り組みの意義・本質についての理解のもと、犯罪対策や「ビジネスと人権」等のいずれか一辺倒ではなく、社会課題解決のための大局的な観点からバランスを意識したうえで、主体的に対策に取り組むことが重要である。

→この連載を「まとめて読む」

[注]
  1. 令和7年2月警察庁長官官房「令和6年の犯罪情勢」[]
  2. 令和7年4月警察庁組織犯罪対策部「令和6年における組織犯罪の情勢」[]
  3. 金融庁「マネー・ローンダリング等及び金融犯罪対策の取組と課題(2025年6月)」[]
  4. 金融庁「マネー・ローンダリング及びテロ資金供与対策に関するガイドライン」(令和3年11月22日)1頁。[]
  5. 金融庁「FATFによる金融包摂を促進するための基準改訂の実施及び市中協議文書「AML/CFT及び金融包摂に関するガイダンスの改訂案」の公表について」(令和7年3月3日)[]
  6. 大阪府安全なまちづくり条例が改正されました ~特殊詐欺等の根絶に向けた取組の推進等~[]

吉森 大輔

霽月法律事務所 パートナー弁護士、CFE・公認AMLスペシャリスト

19年から財務省関東財務局理財部(金融証券検査官)、20年から22年まで金融庁総合政策局リスク分析総括課(専門検査官)、同マネロン・テロ資金供与対策企画室(室長補佐)に在籍し、マネロンGLの改訂、FAQの公表・改訂、金融機関等に対する検査・監督業務等に従事。その後、渥美坂井法律事務所・外国法共同事業パートナーを経て、24年6月より現職。24年より弁護士業務改革委員会・企業の社会的責任(CSR)と内部統制に関するPT幹事。反社・マネロン等対策、平時のコンプライアンス・リスク管理体制整備、有事の危機管理等に従事。