―現役知財法務部員が、日々気になっているあれこれ。本音すぎる辛口連載です。
※ 本稿は個人の見解であり、特定の組織における出来事を再現したものではなく、その意見も代表しません。
メチャクチャな法律相談を受けて頭を抱えるとき…
現場部門から、「支離滅裂な法律相談」を受けたことはないだろうか。
「もうこの条件で合意してしまっていて、契約書は一切直せないんですが」という前置きで依頼される契約審査。
「新しいビジネスモデルの特許出願をしたい」と呼ばれて説明を聞いたら、個人情報保護法上の問題だらけだった。
「取引先が契約違反して是正してくれない! どうにかしてくれ!」と頼まれたので、契約書を読み返して話を聞いたら、どう考えても違反しているのはこっちのほうだった。
このように、現場には、誤った法律知識や理解不足があふれている。ほかにも、「問題が起きる前に相談してくださいね」と言っているのに、いつも問題が大きくなってから相談が来るし、「NDA」の意味を「取引先と最初に締結する契約書」のことだと思っている。あらゆる資料にとりあえず「CONFIDENTIAL」と書いておけばいいと思っており、本当にCONFIDENTIALな文書がどれだか分からなくなっている。
そんなことばっかりだ。そんなとき、あなたはどうしますか?
「何言ってんの? バカじゃないのか!?」などと放言する人も今どきいないだろうが、「あ~あ。しょうがねぇなぁ」「一から説明しなきゃなんないのかぁ」という態度が、顔や言葉やメールの端々からにじみ出てはいないだろうか。
しかし、こんなときこそ、相手を見下したい気持ちをグッと抑えて、意識的に丁寧に接することが肝心だ。
「審査しても直せない契約書なら、審査する意味がないんです。この契約書はここに問題があって、このまま締結すると当社にはこういう不利益が生じる可能性がありますが、どうしますか?」
そう笑顔で説明しなければならない。身内の無知は、決して笑ってはいけないのだ。
社内の情弱を笑うな!
法務に限らないが、専門職の仕事の価値は「情報格差」によって成り立っている。ある分野において人々が持つ知識や技能の平均値よりも、高い知識や技能を持つのが専門職であり、それらを駆使して、人に教えたり、指導したり、代行したりするのが我々の仕事である。
その能力を活かせば、普通は現場から感謝や信頼を得られて然るべきなのだが、しばしば、知識や技能は一級であるにもかかわらず、現場から嫌われてしまう専門職がいる。そういう人は、自分が情報格差の上流にいることについて「驕り」を持っていることが多いのだ。
いつからか、「情弱(情報弱者)」「情強(情報強者)」という俗語が生まれ、情強が情弱を見下すという構図が確立した。テレビや新聞、SNSなどで誤りや浅い解説が流れると、すかさず情強からのツッコミが入るという光景は、今日では珍しくない。公に流れる誤情報や不正確な情報を正すことには意義があり、識者の見解によって勉強になることも多い。見ていてスカッとすることもあるだろう。しかし、これを社内コミュニケーションに持ち込んではいけない。
企業法務・知財部の仕事は、現場社員とのコミュニケーションで成り立っている。法律の知識を持たない社内の仲間を見下すようになっては、いくら高度な専門知識を持ち合わせていても、社内でうまくはやれない。
そういう人は、会社員でいるよりも、その立派な知識を活かして難解な論文をたくさん書いていただき、しかし周りから「あの人とマトモにコミュニケーションをとれたことないのよね」と嫌われる偏屈な学者先生になっていただくほうが向いている。
法務部門が、情弱を笑う「情強コミュニティ」になってはいけない
「法律の知識を持たない社内の仲間を、決して見下さない」という態度は、こうして言語化すれば、社会人として至極常識的な態度だと思うが、法務部門で働いていると、意外とその重要性を自覚できない。というのは、「現場の困ったチャン」を嘆いたり嘲ったりするネタは、法務部門の内部ではウケることが多いからだ。
そんな愚痴が法務部門内で共感を得るのは、法務部門が、情弱を笑う情強たちのコミュニティになっているからである。しかし、これを良しとしてはならない。もし部下や後輩がこんなことで部内のウケをとっていたら、一緒になって笑わず、
「いや、君のほうこそ、相談者からしたら“いけすかない人”になっている可能性があるよ。ちゃんと寄り添って話を引き出してあげなさい」
と指導してあげなければならないのだ。
現場から支離滅裂な法律相談を受けたとき、嘆くべきは相手の知識のなさやリテラシーの低さではない。己のコミュニケーションスキルの低さである。
ワケの分からない、しどろもどろな相談から詳しい話を引き出し、問題の本質を探り当て、こちらで整理したうえで解決策を導き出すのが、リーガルパーソンに必要なコミュニケーションスキルではないだろうか。
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友利 昴
作家・企業知財法務実務家
慶應義塾大学環境情報学部卒業。企業で法務・知財実務に長く携わる傍ら、著述・講演活動を行う。著書に『企業と商標のウマい付き合い方談義』(発明推進協会)、『江戸・明治のロゴ図鑑』(作品社)、『エセ商標権事件簿』(パブリブ)、『職場の著作権対応100の法則』(日本能率協会マネジメントセンター)、『エセ著作権事件簿』(パブリブ)、『知財部という仕事』(発明推進協会)などがある。また、多くの企業知財人材の取材・インタビュー記事や社内講師を担当しており、企業の知財活動に明るい。一級知的財産管理技能士として、2020年に知的財産官管理技能士会表彰奨励賞を受賞。
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