―現役知財法務部員が、日々気になっているあれこれ。本音すぎる辛口連載です。
※ 本稿は個人の見解であり、特定の組織における出来事を再現したものではなく、その意見も代表しません。
ホワイト企業では成長実感が湧かないってホント!?
5月、6月といえば五月病の季節だ。仕事にやる気が出ぬままネットサーフィンに興じ、このページに辿り着いた御仁もおられるのではないか。そんな皆さんの背中を押す記事がこちらです。ようこそ!
人が会社を辞めたくなる理由は、人間関係や家庭の都合などの個別事情を除くと二つに集約できる。「この会社にいても自分が成長できない」「この会社にいても会社に貢献できない」のいずれかまたは両方の気持ちを抑えられなくなったときである。若手のうちは前者が重視され、経験を積むと後者が重視される傾向にある。
「成長できない不安」といえば、近時、労働環境がホワイト過ぎると、かえって若手が「成長できない不安」を感じて辞めてしまうという言説が一部でささやかれる。しかし、ホワイトかブラックかはこの不安とは関係がない。業務を通して、自己成長につながる知識や経験を得られる(と実感できる)かどうかの問題である。
たとえば、法務部に配属になったはよいが、あてがわれた仕事は法務局に収入印紙を買いに行き、会社に戻って一日中契約書に収入印紙を貼ることで、それだけをやって定時に帰る、それがもう3か月間毎日続いている。ということがあったとしよう。怒られもせず、毎日定時で帰れるのだからホワイト環境だ。しかし、これでは不安になるだろう。
だがこの場合、何も職場がホワイトだから不安になっているわけではなく、自分の業務に何の意味があるのかがわからず、これをやり続けた先の自分がどうなるのかのイメージが湧かないから不安が生じているのである。
ホワイトかブラックかではなく「仕事の価値」を実感できる環境かどうか
これがもし、同じ仕事を「一日1,000枚収入印紙を貼るのがお前のノルマだ! できるまで帰るな!! 徹夜してでもやり切れ!!!」と強要されるブラック企業だったとしても、「成長できない不安」は変わらず、それならホワイト企業の方が1,000倍マシであろう。
収入印紙を貼る仕事に価値がないなんてことはなく、価値を理解せずに漫然と糊づけするマシーンと化しているから成長も貢献も実感できないのだ。自分が収入印紙に関する業務をマスターすることは、会社の業務を円滑・適法に回すために必要であり、法務パーソンとして成長するうえでも必要なステップなのだと実感できれば、成長意欲も貢献意欲も満たすことができる。加えて、収入印紙業務の負荷を軽減するための業務改善(印紙税額を減らしたり、印紙税の納付が不要な契約書上の工夫を施したり)につなげられれば、一層やりがいも増すというものだ。
そのためには、上司や先輩が、なぜ収入印紙を貼る必要がある契約書があるのか、印紙税法の趣旨や、貼る必要のある契約書と必要のない契約書の見分け方などを丁寧に指導する必要があるだろう。OJTでも、外部セミナーに行ってもらうでも、手段はそれぞれだが、こうした指導・教育を欠いて、「新人のうちは、ただ言われたことを素直にやっておけばええんや」というナメた態度で若手に接していたら、そのうち退職代行サービスから連絡が来るであろう。
会社と本人のポジションが変わるとき、ベテランは動揺する
ベテランになってくると、自分のスキルや経験を存分に生かして会社に貢献することが、やりがいの比重として高まってくる。同じ組織内でキャリアを重ねていくと、自ずと貢献できる余地が増えていくことが多いのだが、異動や組織改廃、会社の方針転換、はたまた本人の出世によって、ポジションと当人の貢献意識にミスマッチが生じることがある。
たとえば、機械事業が縮小し、会社が「これからは素材事業だ!」「いや、コンテンツ事業だ!」と事業ポートフォリオをガラリと変えることがある。そこで、機械分野で特許一筋に仕事をしてきた担当者にとっては、化学や著作権の分野ではこれまでの自分のスキルを活かしにくい、ということが生じ得る。
あるいは、出世して経営層と仕事をする機会が増えるにつれ、そのコンプライアンス意識の欠如を目にするようになり、いくら自分が法的観点から進言してものれんに腕押し。この会社でコンプライアンスを説き続けても意味がないのでは…との諦念に駆られることもあろう。
ここで、「それならば新たな事業分野での知財スキルを身に着けよう」とか、「経営層への法教育の取り組みを強化するには何ができるだろう」などと成長意欲を振り絞ることができれば、なおも踏みとどまれるだろう。しかし、一定の分野で十分なスキルと経験がある人材であれば「自分のスキルを活かせる他の環境に身を置いた方が、手っ取り早く貢献意識を満たせる」と考えても不思議はないし、その方が本人のやりがいや生きがいにつながる場合は多いだろう。特に、法務や知財の職種は、比較的業種や企業規模にとらわれず「ツブシ」が効くので、業界をまたいだ転職も一般的であるし、資格を生かして法律事務所や特許事務所へのキャリアシフトもよくある話だ。
漫然と出世させるだけでは、中堅社員の心は離反する!?
逆にいえば、組織としては、事業ポートフォリオの転換や、社員のポジション変更の際には、ある程度の成長意欲を満たした中堅・ベテラン社員が「もう自分はこの会社には貢献できないかもしれない」という不安を抱くことを見越して、彼らの成長意欲をもう一度鼓舞するための施策をとらなくてはならない。
「ベテランなんだから勝手はわかるでしょ?」とばかりに漫然と異動させるのではなく、そのポジションでどのような活躍を期待するのかを本人と共有し、そのために足りないスキルがあれば、年齢や役職にとらわれず、リスキリングなどの支援体制を整えるべきである。出世によるポジションチェンジも同様だ。今や、現場実務から離れ、調整業務が増え、責任が重くなる管理職への登用を忌避する向きも珍しくない。「今日からキミもマネージャーだ! 嬉しいだろ? がんばってくれたまえ!」という態度では、「いや嬉しくないです」とは言われないまでも、表向きは笑顔のままで心が離れていくことは十分にあり得るのだ。
さて読者の皆さんは、今の仕事を今のまま続けて、自己の成長を実感できそうでしょうか? または今の会社に貢献できそうでしょうか? なんだかやる気が出ないモヤモヤの原因を探るために、たまには、自問自答してみてはいかがでしょうか。
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友利 昴
作家・企業知財法務実務家
慶應義塾大学環境情報学部卒業。企業で法務・知財実務に長く携わる傍ら、著述・講演活動を行う。著書に『企業と商標のウマい付き合い方談義』(発明推進協会)、『江戸・明治のロゴ図鑑』(作品社)、、『エセ商標権事件簿』(パブリブ)、『職場の著作権対応100の法則』(日本能率協会マネジメントセンター)、『エセ著作権事件簿』(パブリブ)、『知財部という仕事』(発明推進協会)などがある。また、多くの企業知財人材の取材・インタビュー記事や社内講師を担当しており、企業の知財活動に明るい。一級知的財産管理技能士として、2020年に知的財産官管理技能士会表彰奨励賞を受賞。
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