病院M&Aのスキーム選択
はじめに
近時、医療機関の中でも20床以上の入院施設を備える病院のM&A(本稿では、合併や買収に留まらず、経営権の第三者への承継を伴う取引等を包括していうものとする)のニーズは増加傾向にあるといわれる。
その要因にはさまざまなものがあるが、病院経営者の後継者問題に伴う事業承継、設備の老朽化、コロナ禍、医療コスト・人件費・人材紹介手数料等の上昇に端を発した経営難に伴うグループ化志向注1、病床過剰地域において規模拡大を志向する場合のほぼ唯一の選択肢であること、非本業である病院のカーブアウトなどの要因を挙げることができる。
このように、病院のM&Aには相応のニーズがあるが、そもそも病院の開設主体には、個人事業主、持分の定めのある社団医療法人(以下「経過措置型医療法人」という)、持分の定めのない社団医療法人(以下「基金拠出型医療法人注2」という)、財団医療法人注3、社会福祉法人、会社などさまざまな場合がある。後に述べるとおり、これらの開設主体ごとにM&Aの手法(スキーム)が異なりうるのが、病院のM&Aの大きな特徴の一つである。
本稿では、主な病院開設者ごとに、採りうるM&Aの手法(スキーム)を概説したうえで、スキーム選択上の留意点の整理を試みたい。
主な病院開設者ごとのM&Aの手法
(1) 経過措置型医療法人
平成19年施行の医療法改正前の時期には、出資持分のある社団医療法人の設立が認められていたが、現行法では、出資持分のある社団医療法人の新規設立をすることはできなくなった(このような経緯で、既存の出資持分のある社団医療法人が、経過措置型医療法人と呼称されるに至っている)。したがって、今後経過措置型医療法人が増加することはないが、少なくとも今日においては、多くの病院の開設主体はなお経過措置型医療法人である。
経過措置型医療法人のM&Aにおいては、
① 合併
② 出資持分の譲渡または払戻しを伴う社員の入退社(いわゆる「入退社方式」)
③ 事業譲渡
の手法が選択肢となる。
経過措置型医療法人については、会社分割に類する手続である医療法人の法人分割の手法を採用することができない(医療法(以下「法」という)60条、医療法施行規則35条の6)ところに、留意が必要である。
なお、上記②の入退社方式とは、買収対象である社団医療法人の社員総会を掌握するため、既存の社員を退社させ、買収側の者を社員に就任させる(必要に応じて、同時に理事会構成員も同様に変更する)方式により、買収対象である社団医療法人の経営権を掌握する手法である。
(2) 基金拠出型医療法人
基金拠出型医療法人のM&Aにおいては、
① 合併
② 基金がある場合には、基金の譲渡または払戻しを伴う社員の入退社
③ 事業譲渡
④ 法人分割
の手法が選択肢となる。
基金拠出型医療法人には、経過措置型医療法人と異なって出資持分という概念がない。すなわち、買収対象である社団医療法人の経営者は出資持分を有していないことから、その買取りに伴って実質的なキャピタルゲインを交付する、という手法を採ることができない。
他方で、基金拠出型医療法人(一部例外を除く)は、比較的近時の法改正によって許容された法人分割の手法を採ることができる。
(3)財団医療法人
財団医療法人のM&Aにおいて採りうる手法は、基金拠出型医療法人とほぼ同様である。
ただし、財団医療法人には基金という概念がないほか、入退社方式で入れ替えるのは社員ではなく評議員となる。
(4) 個人事業主
昨今では珍しくなったが、個人が事業主として病院(いわゆる「個人病院」)を開設していることがある。
個人病院のM&Aにおいては、①事業譲渡のほか、②個人病院を法人成させたうえで基金拠出型医療法人と同様の手法によってM&Aを行う手法を採ることができる。
(5) その他の手法による病院事業の掌握
後に述べるとおり、病院のM&Aは会社のM&Aに比べて障害が多いことから、M&Aによって病院の経営権そのものを把握することはないものの、病院に関する事業のうち、規制業種である医療業以外の医療関連業務を扱ういわゆるMS法人(メディカル・サービス法人の略称。多くは一般の会社形態を採る)を買収する場面も比較的多くみられる。
また、これも直接的な経営権の把握を伴わないものの、買収者が複数の病院開設者との間で包括的な業務提携契約を結び、自社の医療関連業務に係るサービス網(医薬品等の仕入れ、間接部門やシステムの共通化、医療人材の出向・派遣、広告その他BPOサービス等)に病院を組み入れることによって、買収者はサービスの拡充を、病院側はスケールメリットを享受する、という手法によって、病院のグループ経営に近い経済状態を生み出す例もみられる。
図表1 M&Aの手法まとめ
経過措置型 | 基金拠出型 | 財団 | 個人 | |
合併 | 〇 | 〇 | 〇 | × (法人成後〇) |
入退社方式 | 〇 | 〇 (持分譲渡×) |
〇 (持分譲渡×) |
× (法人成後〇) |
事業譲渡 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 |
法人分割 | × | 〇 | 〇 | × (法人成後〇) |
医療法人のM&Aにおけるスキーム選択上の留意点
(1) スキーム選択における視点
病院開設者である医療法人のM&Aを行うに当たっては、上記2.で述べた選択肢の中から、一般の法規制注4に加え、医療法人特有の種々の法規制に鑑みてスキームを選択することとなる。以下、
① 病院開設許可承継の難易度
② 組織法的な手続負担
③ 個別の契約関係等の承継の難易度
④ 法人の営む病院事業のうち一部分のみの承継の可否
⑤ 買収対象である医療法人の経営者に対するM&A対価の支払方法
といった視点注5から、各スキームについて概説する。
(2) 合併
医療法人の合併には、①都道府県知事の認可(法58条の2第4項、59条の2)が必要なものの、病院開設許可の承継そのものは後述する事業譲渡と比べて容易であり、また、③包括承継であるため、個別の契約関係等の承継も基本的には問題なくできるというメリットがある。
他方で、②社団医療法人ならば総社員の同意(法58条の2第1項、59条の2)、財団医療法人ならば寄附行為の定めに加え、原則として理事の3分の2の同意(法58条の2第2項、同3項、59条の2)が必要で、債権者保護手続も必要となる(法58条の4、59条の2)など、組織法的な手続負担が重い。特に、社員の一人でも同意をしない者がいる場合にはそもそも採用できないスキームであることにも、留意が必要である。また、④合併であるため、買収対象である医療法人の営む病院事業のうち一部のみを承継したい場面には向かない。
なお、⑤経過措置型医療法人の場合であれば、合併対価、あるいは合併と並行して出資持分を買い取ることによって対価の支払いは容易であるが、基金拠出型医療法人や財団法人の場合はかような手法が採れない注6点にも、留意が必要である。
(3) 入退社方式
入退社方式で医療法人のM&Aを実施する場合、①買収対象である医療法人そのものの組織の変更はないため、病院開設許可の承継問題は生じないし、③契約関係の承継の問題も生じないというメリットがある。特に病院開設許可の承継問題が生じないというメリットが大きいため、医療法人のM&Aにおいては、この手法がしばしば採られるようである。
他方で、②退社を拒む社員がいた場合に手続が難航しうるし、④買収対象である医療法人の営む病院事業のうち一部のみを承継したい場面には向かない。
なお、⑤経過措置型医療法人の場合であれば、入退社時に出資持分を買い取ることで対価の支払いは容易であるが、基金拠出型医療法人や財団法人の場合はかような手法が採れず注7、基金拠出型医療法人の場合に基金を額面で譲渡することができる程度であることに留意が必要である。
(4) 事業譲渡
医療法人の営む病院業の事業譲渡は、②社団医療法人の場合は、法律上理事会決議のみ注8、財団医療法人の場合でも評議員会の意見聴取(法46条の4の5第1項3号)と理事会決議を行えば足り、他の手法と比べると組織法的な負担は少ない。また、④買収対象である医療法人の営む病院事業のうち一部のみを承継することも可能であるし、⑤譲渡対価の支払いも容易である。
他方で、事業譲渡の場合、①買収対象である医療法人の持つ病院開設許可を承継することはできず、既存の開設許可の廃止と同時に、新規の開設許可を受ける必要がある。新規の開設許可には、地域医療構想調整会議の承認も必要であるところ、いわゆる病床過剰地域では新規の開設許可は原則として出ないので、そういった地域においては、事業譲渡はそもそも採り得ない手法ということになる。また、③会社の事業譲渡と同様、事業譲渡を行う場合には、個別に契約先との間で契約当事者の地位を移転する合意を取り付ける必要がある。
(5) 法人分割
医療法人の法人分割には、①都道府県知事の認可(法60条の3第4項、法61条の3)が必要なものの、病院開設許可の承継そのものは前述した事業譲渡と比べて容易であり、また、③包括承継であるため、個別の契約関係等の承継も基本的には問題なくできる。さらに、合併と異なり、④買収対象である医療法人の営む病院事業のうち一部を分割承継対象とすることも可能であるというところにもメリットがある。
他方で、合併と同様、②社団医療法人ならば総社員の同意(法60条の3第1項、61条の3)、財団医療法人ならば寄附行為の定めに加え、原則として理事の3分の2の同意(法60条の3第2項、同3項、61条の3)が必要で、債権者保護手続(法60条の5、61条の3)や労働契約承継法の手続も必要となる(法62条)など、組織法的な手続負担が重い。合併同様、社員の一人でも同意をしない者がいる場合にはそもそも採用できないスキームである。
なお、合併と同様、⑤経過措置型医療法人の場合であれば、分割対価、あるいは法人分割と並行して出資持分を買い取ることによって対価の支払いは容易であるが、基金拠出型医療法人や財団法人の場合はかような手法が採れない注9点にも、留意が必要である。
図表2 スキームごとのメリット・デメリット
開設許可承継 | 手続負担 | 契約承継同意 | 一部承継 | |
合併 | 認可 | 総社員の同意等 債権者保護手続 |
不要 | 不可 |
入退社方式 | 不要 | 退社社員の同意 | 不要 | 不可 |
事業譲渡 | 新規許可 | 理事会決議等 | 必要 | 可 |
法人分割 | 認可 | 総社員の同意等 債権者保護手続 労働契約承継手続 |
不要 | 可 |
社団医療法人を対象とする法務デューディリジェンスについて
はじめに
本項では、医療法人の大多数を占めるとされる社団医療法人を対象とする法務デューディリジェンス(以下「法務DD」という)を実施するうえで、あらかじめ把握しておくことが有益と思われる情報の一部を整理して記載する。
まず、前提として押さえておきたいのは、法令上、社団医療法人を含む医療法人には非営利性が求められるという点である。すなわち、医療法人が病院等を開設するにあたっては都道府県知事等の許可が必要とされているところ(法7条1項)、営利を目的として病院等を開設しようとする者については、この許可を与えないことができるものとされている(法7条7項)。また、医療法人においては剰余金の配当が禁止されてもいる(法54条)。
このように、社団医療法人については、株式会社等と異なり非営利性が求められており、この非営利性に由来するさまざまな制約等が存する。
組織について
(1) 事業報告書の作成等
社団医療法人は、会計年度終了後2か月以内に、事業報告書等の会計書類を作成し(法51条1項)、理事会および社員総会の承認(法51条6項、法51条の2第3項)を受けたうえで、当該承認を行った社員総会の終結後遅滞なく貸借対照表および損益計算書の公告等を行い(法51条の3)、さらに、会計年度終了後3か月以内に、事業報告書、監事の監査報告書等を都道府県知事に届け出る必要がある(法52条1項)。
(2) 社員
社団医療法人の社員について、法律上、資格要件は特に定められていない。通達上は、自然人のみならず法人も社員になることができるとされる一方で、営利を目的とする法人は社員となることができないとされている(「医療法人の機関について」平成28年3月25日付け医政発0325第3号)。
営利法人の役職員が社団医療法人の社員となれるかについては、上記通達でも明確にはされていない。この点、都道府県によっては、利害関係のある営利法人の役職員が医療法人の社員に就任することについて、非営利性の観点から一定の制限を加えるケースがあるため、対象となる医療法人を所管する都道府県に確認する必要があるとの指摘がなされている注10。なお、ここでいう「利害関係のある営利法人」の典型例はMS法人である。
(3) 理事
社団医療法人には理事3人以上および監事1人以上を置く必要があるところ(法46条の5第1項)、この理事には、原則として、開設するすべての病院、診療所、介護老人保健施設または介護医療院の管理者を加える必要がある(法46条の5第6項)。また、理事のうち1人は理事長とする必要があり、原則として、医師または歯科医師である理事から選出する必要がある(法46条の6第1項)。
さらに、医療法人が開設する医療機関と(開設・経営上の)利害関係のある営利法人の役職員は、原則として、当該医療機関の役員を兼務できないとされている(「医療機関の開設者の確認及び非営利性の確認について」平成5年2月3日付け総第5号・指第9号厚生省健康政策局総務・指導課長連名通知)。
(4) 管理者
病院等の開設者は、病院等を臨床研修等修了医師等に管理させる必要がある(法10条1項)。
また、病院等の管理者は、原則として、病院等にて勤務時間中常勤している必要があるとされている(「診療所の管理者の常勤について(通知)」令和元年9月19日付け医政総発0919第3号。なお、「管理者の常勤しない診療所の開設について」昭和29年10月19日付け医収第403号も参照)。管理者の常勤性については、当該管理者の労働実態に鑑みて判断する必要があり、当該判断にあたっては、当該管理者の住所と病院等の住所(両住所が大きく離れていれば常勤性に疑義が生じやすい)、当該管理者の労働時間といった情報を把握することが考えられる。労働時間に関しては、「医療法第25条第1項の規定に基づく立入検査要綱」(令和5年6月厚生労働省医政局注11)別紙の「常勤医師等の取扱いについて」において、「常勤医師とは、原則として病院で定めた医師の勤務時間の全てを勤務する者」であり、「病院で定めた医師の1週間の勤務時間が、32時間未満の場合は、32時間以上勤務している医師を常勤医師とし、その他は非常勤医師」とするとの定めが存することも参考となる。
さらに、理事と同様に管理者についても、医療法人の開設する医療機関と(開設・経営上の)利害関係のある営利法人の役職員が当該管理者を兼務することは原則として許されないものとされている(「医療機関の開設者の確認及び非営利性の確認について」平成5年2月3日付け平成5年総第5号・指第9号厚生省健康政策局総務・指導課長連名通知)。
なお、都道府県知事は、病院等の管理者に不正行為があったまたは当該管理者が管理をなすのに適しないと認めるときは、病院等の開設者に対し管理者の変更を命じることができる(法28条)。
事業について
(1) 業務範囲
社団医療法人の業務は、
① 本来業務(病院等の開設・運営)
② 附帯業務(医療関係者の養成等)
③ 附随業務(病院建物内の売店等)
に大別される(「医療法人の業務範囲〈令和4年2月22日現在〉」)。社会医療法人の場合、これに収益業務が加わる。
附帯業務を行うためには定款の定めが必要である(法42条1項)。なお、役職員への金銭等の貸付けは、附帯業務ではなく福利厚生として行われる必要があり、この場合、全役職員を対象とした貸付けに関する内部規定を設けることが必要とされている(「医療法人の附帯業務について」平成19年3月30日付け医政発第330053号・別表)。
社団医療法人が上記業務に含まれない業務を行っている場合、当該社団医療法人は措置命令(法64条1項)等の対象となる可能性がある。法務DDの対象となる社団医療法人につき、MS法人その他の利害関係のある営利法人がある場合は特に、当該営利法人に関連する業務を行っていないか等の確認を行うことが考えられる。
なお、実務上、病院外の医師に対し、患者への医療提供業務(たとえば、患者に対する麻酔の実施)の委託を行っている例は少なからず見られる。もっとも、厚生労働省医政局総務課「医療WG書面回答要請に対する回答」では、「診療行為等医療の提供そのものに係る業務の委託及び病院の運営管理の包括的な委託を除けば、病院の業務については、外部委託が可能である」とされており、当該回答上では、「診療行為等医療の提供そのものに係る業務」についての外部委託は許容されていない点には留意が必要である。
(2) 非営利性との関係での留意点
社団医療法人については、上記のとおり非営利性が求められており、そのため、「医療機関の運営上生じる剰余金を役職員注12や第三者に配分しないこと」が必要とされている(「医療機関の開設者の確認及び非営利性の確認について」 平成5年2月3日付け総第5号・指第9号厚生省健康政策局総務・指導課長連名通知)。この点に関しては、たとえば、医療法人の事業展開等に関する検討会(第4回・2014年)の資料2「医療法人における透明性の確保等について」では、「 医療法人とMS法人との取引について市場価格等から見て妥当な価格を超えた取引が行われていた場合には、医療法第54条に定める剰余金の配当の禁止に当たる」との指摘がなされており、「医療法人制度について」(平成19年3月30日付け医政発第0330049号)では、「賃貸料については、近隣の土地、建物等の賃貸料と比較して著しく高額なものである場合には、法第54条(剰余金配当の禁止)の規定に抵触するおそれがある」との指摘がなされている。
社団医療法人がMS法人を含む第三者と実施している取引に関しては、上記のような指摘も踏まえ、非営利性との関係での抵触が生じないかを検討する必要がある。検討にあたっては、取引対価が低廉ではないか(対価の相当性)、取引対価の設計が医療法人の収益と連動するかたちとなっていないか(収益との連動性)といった点に注目することが考えられる。また、当該第三者の支配主体が社団医療法人の社員、理事その他の役職員であった場合、当該第三者を介した内部者への利益配分という側面も生じることから、当該第三者の支配主体が誰かという点にも注目することが考えられる。
なお、社団医療法人には、関係事業者との取引状況報告書の作成・届出義務が課されている(法51条1項、52条)。ここでいう関係事業者に該当するかどうかは、①社団医療法人の役員等一定の属性を有する者が、②当該社団医療法人と一定額の取引を行っているかどうかで判断される(医療法施行規則32条の6)。法務DDにおいては、まず、この取引状況報告書の確認を通じて、社団医療法人との密接な関係者との取引の有無等を確認することが考えられる。
(3) 療担規則との関係
社団医療法人の開設する病院等が保険医療機関に該当する場合、その事業に関しては、保険医療機関及び保険医療養担当規則(以下「療担規則」という)による制限も意識する必要がある。一例として次のような制限が存する。
● 保険薬局に対する患者紹介料等の提供禁止
「保険医療機関は、保険医の行う処方箋の交付に関し、患者に対して特定の保険薬局において調剤を受けるべき旨の指示等を行うことの対償として、保険薬局から金品その他の財産上の利益を収受してはならない。」(療担規則2条の5第2項)
● 事業者に対する患者紹介料等の提供による誘因の禁止
「保険医療機関は、事業者又はその従業員に対して、患者を紹介する対価として金品を提供することその他の・・・経済上の利益を提供することにより、患者が自己の保険医療機関において診療を受けるように誘引してはならない。」(療担規則2条の4の2第2項)
なお、自費診療における紹介料の支払いは対象外とされている(「自費診療領域においてサービス利用企業を紹介した者に対する紹介料の支払いに関する確認(疑義照会)」への回答(令和2年6月19日))。
● 患者に対する利益提供による誘因の禁止
「保険医療機関は、患者に対して・・・物品の対価の額の値引きをすることその他の・・・経済上の利益の提供により、当該患者が自己の保険医療機関において診療を受けるように誘引してはならない。」(療担規則2条の4の2第1項)
なお、「医療機関等における一部負担金のキャッシュレス支払いについて」(令和5年9月29日事務連絡)では、「医療機関等における一部負担金の支払いにおいて、現金と同様の支払い機能を持つクレジットカードや、一定の汎用性のある電子マネー・・・による支払い・・・を利用することは、患者の利便性向上、医療機関等における事務の効率化の観点から差し支えありません」とされている一方、キャッシュレス支払いに生じるポイントの付与は、「保険医療機関及び保険医療養担当規則及び保険薬局及び保険薬剤師療養担当規則の一部改正に伴う実施上の留意事項について」(平成24年9月14日付け保医発 0914第1号 )で示されているとおり、あくまで「当面、やむを得ないものとして認める」という位置づけとなっている。
(4) 広告規制
医療に関する広告にはさまざまな制限がある。社団医療法人の開設する病院等に関して広告がなされている場合、当該制限との抵触の有無にも留意する必要がある。
たとえば、病院等に関しては、虚偽広告・誇大広告等(法6条の5第1項、2項2号)のほか、患者等の主観または伝聞に基づく、治療等の内容または効果に関する体験談の広告(法6条の5第2項4号、医療法施行規則1条の9第1号)等が禁止されている。
また、病院等に関し広告可能な事項(法6条の5第3項)は法令上限定されており、限定解除要件(医療法施行規則1条の9の2)を満たさない限り、広告可能事項以外の事項の表示を行うことは禁止されている(法6条の5第3項、医業若しくは歯科医業又は病院若しくは診療所に関する広告等に関する指針(以下「医療広告ガイドライン」注13という)11頁等)。限定解除要件の詳細は医療広告ガイドライン32頁以下が詳しいが、その要件の一つとして、「医療に関する適切な選択に資する情報であって患者等が自ら求めて入手する情報を表示するウェブサイトその他これに準じる広告であること 」が挙げられているところ、広告のサジェスト機能を有するSNS上での広告が、「患者等が自ら求めて入手する情報を表示するウェブサイトその他これに準じる広告」といえるかどうかが問題となる場合がある。この点について確定した見解は見当たらず、広告の実態や都道府県への照会結果も踏まえながら対応を検討するほかないように思われる。
なお、病院等に関する広告が多数実施されている場合において、その全部の適法性を調査することが時間等の制約から困難な場合も存する。このような場合においては、当該病院等における広告の適法性を確保するための体制の有無および内容を確認するという対応も考えられる。
労務について
(1) 長時間労働
病院等との関係で留意すべき労務関連の問題としては、医師を中心とした職員の長時間労働に伴う問題が挙げられる。具体的には、長時間労働に伴う過労死その他の労働災害の発生といった問題や、時間外労働に対する割増賃金・深夜労働等に伴う割増賃金の未払いといった問題である。
また、医師については、令和6年(2024年)3月までは時間外・休日労働の上限規制の適用が猶予されていたが、「医師の働き方改革」に伴い、同年4月から医師も当該上限規制の適用対象となった。具体的には、時間外・休日労働の上限は、36協定を締結した場合は原則として月45時間・年360時間となり(労働基準法施行規則69条の3第5項)、特別条項付き36協定を締結した場合は月100時間未満・年960時間となる(労働基準法施行規則69条の4)。また、特定地域医療提供機関の指定(法113条1項)を受けた場合には、上限が月100時間未満・年間1860時間となる(医療法第128条の規定により読み替えて適用する労働基準法第141条第2項の厚生労働省令で定める時間等を定める省令1条1号)。なお、かかる指定を受けるためには、医師労働時間短縮計画注14の案を都道府県に提出しなければならない(法113条2項)。法務DDにおいては、「医師の働き方改革」に伴う改正内容を踏まえ、適切な36協定注15が締結されているかどうか等の確認を行うことが考えられる。
(2) 医局との関係
実務上、勤務医の採用を希望する病院等が、大学の医局に対し、当該医局に所属する医師の推薦を依頼するという例がみられる。勤務医の確保につき大学の医局からの推薦に頼るところが大きい病院等との関係では、当該医局が当該病院等の運営にあたり重要な役割を担っているといえるところ、かような病院等が当該医局との間で何らかの紛争・問題を抱えた場合、医師の確保に困難が生じる可能性がある。
以上を踏まえ、大学の医局から勤務医の推薦を受けている病院等については、当該医局との間で紛争・問題が生じていないかまたは生じるリスクがないかを確認することが考えられる。
許認可等について
(1) 許認可等
社団医療法人の設立には都道府県知事の認可が必要である(法44条1項)。認可の存在は認可書で確認することも考えられるが、社団医療法人の設立登記にあたっては認可書が添付書類のため、設立登記の確認を通じて上記認可の存在を確認することも考えられる。
また、病院等の開設には都道府県知事等の許可が必要である(法7条1項)。
(2) 指定
病院等は、保険医療機関の指定、生活保護法指定医療機関の指定、労災保険指定医療機関の指定、介護療養型医療施設に関する指定など、さまざまな指定を受けている場合があるため、病院等が受けている指定の詳細を開示するよう求めることが考えられる。
紛争等について
病院等において医療事故(①医療従事者が提供した医療に起因しまたは起因すると疑われる(医療起因性)、②死亡または死産、③管理者が当該死亡または死産を予期しなかった、の3要件を満たすもの)が発生した場合、病院等の管理者は、その原因の調査を行い(法6条の11第1項)、結果を医療事故調査・支援センターに報告する必要がある(法6条の11第4項)。もっとも、病院等における重大な紛争は死亡事案に限られるものではないため、当該調査等の対象とはなっていない医療事故の存在および内容にも注意が必要である。
また、病院等における重大な紛争としては、診療報酬の不正請求に関する紛争(当該病院等が保険医療機関の場合)、補助金の不正受給(過大受給)に関する紛争といったものが考えられる。
→この連載を「まとめて読む」
- 本稿では紙幅の都合上触れないが、一部では地域医療連携推進法人を活用した業界再編の動きもみられる。[↩]
- 持分の定めのない医療法人の中には、社会医療法人、特定医療法人も含まれるが、本稿では紙幅の都合上、社会医療法人や特定医療法人ではない一般の基金拠出型医療法人のみを対象とする。[↩]
- 財団法人に関しても、社会医療法人や特定医療法人ではない一般の財団法人のみを対象とする。[↩]
- 一般的な法規制の一つなので本稿では詳述しないが、病院は補助金を受給して事業を行っている例も多く、M&Aの実施により補助金の返還を要するなど不測の事態が生じないか等も確認しつつ、スキームを選択することになろう。[↩]
- 本稿は法的な問題に特化して論じているが、別途税務面にも留意する必要がある。合併・法人分割の場合には税制適格となるか否かが重要であるし、出資持分の払戻しを受ける場合には、いわゆるみなし配当課税により多額の納税リスクがあるという問題もある。[↩]
- 別途退職慰労金を支給したり、M&A実施後の法人で相応に処遇をしたりして解決する例などがあるようである。[↩]
- 前掲注6)と同様。[↩]
- 法46条の7第3項1号、4号。なお、定款に社員総会決議も要する旨の規定がある場合も多く、その場合には社員総会決議も必要となる。[↩]
- 前掲注6)と同様。[↩]
- 上﨑貴史「営利法人による医療法人/MS法人の「買収」における法的制約と実務」MARR online2023年7月号(345号)[↩]
- 当該要綱は直近で令和6年5月31日に一部改正されている。[↩]
- 医業経営の非営利性等に関する検討会(第6回、2017年)の資料2「医療法人の剰余金の使途の明確化について」では、不適切な費用負担の例として、「役員、社員等への根拠のない高額報酬や法人の運営と関連しない不適切な資金貸付け」が挙げられている。[↩]
- 医療広告ガイドラインについては厚生労働省によりQ&Aも作成されている。[↩]
- 医師労働時間短縮計画に関しては、厚生労働省が、その作成のためのガイドライン(「医師労働時間短縮計画作成ガイドライン」)を公表している。[↩]
- 36協定の様式は厚生労働省のウェブサイト(https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_35595.html)で公表されている。[↩]
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細野 真史
弁護士法人大江橋法律事務所 パートナー弁護士・ニューヨーク州弁護士
01年大阪大学法学部卒業。11年University of Southern California Law School 卒業(LL.M.)。11年~12年Weil, Gotshal & Manges LLP (New York) 勤務。主な取扱分野は、株主総会対応(アクティビスト対応含む。)、M&A、不正調査対応、会社法・金商法・労働法の訴訟案件及び相談案件(医療機関を当事者とするものを含む。)。著書として『新型コロナウイルスと企業法務 ─ with corona / after corona の法律問題』(共著)(商事法務、2021年)、『特殊状況下における取締役会・株主総会の実務―アクティビスト登場、M&A、取締役間の紛争発生、不祥事発覚時の対応』(共著)(商事法務、2020年)等がある。
弁護士法人大江橋法律事務所のプロフィールページはこちらから
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佐藤 俊
弁護士法人大江橋法律事務所 パートナー弁護士
04年慶應義塾大学法学部卒業。主な取扱分野は、一般企業法務のほか、事業再生・倒産法関係、事業承継法務、危機管理・コンプライアンス関連、会社法・M&A等。著書として『ケーススタディで学ぶ債権法改正』(共著)(商事法務、2018年)、「医療機関における犯罪行為、ハラスメント等のリスクとそのセキュリティ」(月刊/保険診療2023年10月号)(医学通信社、2023年)等がある。
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