はじめに
近時、世間におけるコンプライアンス意識が高まる中で、品質不正、会計不正、情報漏洩、横領・特別背任、ハラスメント等の企業不祥事が絶えず報道されており、特に2024年後半は金融機関における不祥事が相次いで報道されたが、報道されているものは氷山の一角に過ぎない。
このような不正を防ぐ社内体制の整備が重要であることは言うまでもないが、不祥事が発生するリスクを完全に排除することはできない以上、有事の際に自社が受けるダメージを最小限に食い止められるよう、企業として危機管理の基本は把握しておきたい。
本稿においては、有事対応に焦点を当て、事案の種類を問わず、不祥事が発生した場合に備えて改めて確認しておきたい不祥事対応の実務について解説する。
初動対応
事案概要の把握
不祥事対応の基本はやはり迅速な初動対応である。
事案概要の把握が遅れるとその後のすべての対応が後手になるため、たとえば、安全性が担保されない製品が市場に流通し続けるような場合には被害が拡大、深刻化するおそれがあることに加えて、会社から報告や公表等を行う前に不祥事が明るみになれば、隠蔽を図ったとの疑いを持たれることになりかねない。
また、不祥事が報道されているにもかかわらず、会社が不祥事の概要を把握できておらず、報道陣等への説明に窮することになれば、会社の内部統制システムの不備を露呈することになる等して、レピュテーションの更なる毀損も生じうるところである。
このような事態を避けるため、速やかに事態を把握し、対応方針を検討することが求められる。
そして、初期的に把握できた事情をもとに対応を進めることになるが、その際には、次項以下に記載する項目を、不祥事対応の全体像として念頭に置きつつ、適切な判断を行っていきたい。
対応チームの組成
(1) 社内対応メンバー
不祥事対応においては当初は秘密裏に対応が進められることも多く、情報管理等の観点から対応メンバーが管理職に限定される等、限られたメンバーで対応せざるを得ないことも多い。他方で、社内資料の調査等の作業を要する場合、対応メンバーが少なすぎると対応が遅れてしまうため、過不足のない社内対応メンバーの選定が必要になる。
当初は限定的なメンバーで対応し、情報管理は徹底しつつ、臨機応変に社内メンバーを拡充していくことも重要である。
なお、従業員等から「通報対象事実」(公益通報者保護法2条3項)に関する内部通報により不正が発覚したような場合は、公益通報者保護法の適用があるため、当該通報者に対して不利益な取扱いを行ってはならないことはもちろん、当該通報者を特定させる事項を必要最小限の範囲を超えて共有する行為(範囲外共有)が行われることのないよう社内規程等に従って通報記録の管理を行うとともに、通報者の探索が行われないよう社内対応メンバーにも改めて注意喚起しておく必要がある。
(2) 外部弁護士の起用
多くの企業不祥事は社内メンバーだけで対応することは難しく、外部弁護士も引き入れて対応することになるが、コンフリクトチェックへの対応も意識しておきたい。
初動対応においては、事件の相手方になりうる取引先等について詳細に把握できていないこともあるが、外部弁護士に依頼するにあたってはコンフリクトチェックが不可避であるため、相手方になりうる企業等は速やかに把握しておくことが望ましい。
(3) 社内弁護士の活用
社内弁護士は、外部弁護士と同様の働きを期待されることに加えて、取引関係や社内事情を熟知し、外部弁護士と社内担当者の橋渡しもできる貴重な存在であるため、不祥事対応全体の指揮を執る司令塔の役割も期待される。
(4) 調査委員会の設置
調査委員会にはさまざまな構成があり、具体的には、社内メンバーだけで構成される社内調査委員会、公認会計士や弁護士等の外部有識者による外部調査委員会、日本弁護士連合
会の「企業不祥事における第三者委員会ガイドライン」に準拠した第三者委員会等があるが、社内メンバーと外部弁護士が共同して柔軟に調査を行う“ハイブリッド型”もある。
不祥事の内容もさまざまであるので、調査の目的や必要性に応じて調査委員会の要否および構成等を検討することを要する。
たとえば、従業員が単独で行った重大とまではいえない不正等であればあえて調査委員会を組織するまでもないと考えられる一方で、会社に重大な損失をもたらす事案であれば、株主を含んだステークホルダーの理解を得られるよう外部有識者も含む調査委員会により調査することが望ましい。また、役員がからむ組織的な不正の場合には、通常その指揮監督を受ける立場にある会社担当者が調査を主導することは困難である可能性もあるため、公正性を期して第三者委員会の設置を検討する必要がある。
いずれの委員会構成とすべきかは一概には言えないが、一般的な考慮要素をまとめると概ね図表1のとおりになると考えられる。
図表1 調査委員会の要否および構成等を検討する際の一般的な考慮要素
組織構成 | 事案の重大性、影響等 | 事実関係の複雑さ | 専門的知見の要否 |
公表・公正性の必要性 |
委員会非設置 | 小 | 低 | 否 | 無 |
社内調査委員会 | 小~中 | 低~中 | 否 | 低 |
ハイブリッド型 | 中~大 | 中~高 | 要 | 低~中 |
外部調査委員会 | 中~大 | 高 | 要 | 中~高 |
第三者委員会 | 大 | 高 | 要 | 高 |
顧客対応
当該不祥事により顧客にも影響が生じる場合には、二次被害等の損害の拡大を食い止めるためにも速やかに顧客に報告することが鉄則であるが、報告する目的を明確にしておく必要がある。
すなわち、不祥事が生じた場合、隠蔽と評されることをおそれ、とにかく包み隠さずありのままの事実を伝えるべきではないかという発想に陥ることもある。しかし、顧客対応を行う際には、何のために報告を行うのか(被害が拡大してしまうおそれがある、顧客の判断を経なければどれほどの影響が及ぶのか判断できない、顧客との契約上報告すべき事項である等)、目的をはっきりさせたうえで当該目的に即した内容の報告を行わなければ、かえって顧客を混乱させたり、本来必要ではなかった過剰な対応を強いられたりするおそれがある。
また、複数の顧客への対応を要する場合、営業担当者ごとに、あるいは、報告するごとに顧客への報告内容が変わってしまうとさらに信頼を損ねるおそれもあるため、顧客向け報告書を作成したり、顧客からの問いがあった場合に備えてQAリストを作成したりする等して社内で目線合わせをしておくことも抜かりなく行っておきたい。
広報対応
公表すべき不祥事を公表しない場合には隠蔽を図ったものとして非難を免れないのみならず、取締役の善管注意義務違反と評価されるおそれもある。
この点に関して、ダスキン株主代表訴訟事件の控訴審判決(大阪高判平成18年6月9日判時1979号115頁)は、現在においてもなお参考になる。
当該判決においては、株式会社ダスキンが開発した肉まんに未認可添加物が含まれていることを関係業者から知らされた担当取締役がそれを販売してしまうとともに、当該業者に口止め料を支払い、事後それを認識した同社の他の経営陣が、当該事実がマスコミに漏洩する可能性を十分に認識しながら、「自ら積極的には公表しない」という方針を採用したことにつき、積極的な信頼回復の方策をとるべきであったのにそれを怠ったとして、善管注意義務違反が認められた。
本事案においては、肉まんは蒸した状態で販売されたため、発覚した時点で既に回収可能性が乏しい状況にあったものの、消費者やフランチャイジーからの信頼を決定的に失う事態を招いたことが重視されている。
もっとも、とにかく不祥事といえるものはすべて公表すべきというものではないことも理解しておく必要がある。
すなわち、取引先等に対して必要な報告や二次被害等の被害拡大を防止する措置がなされているのであれば、公表までは必要がないケースもあり、そのような場合に公表した場合、取引先等に却って迷惑をかけることになるときもあるうえ、必要でなかったはずの広報対応にマンパワー等の経営資源を割かなければならなくなってしまう。
たとえば、問題のある製品が一般消費者に流通している等、個別の顧客対応では防ぐことのできない被害が発生するおそれがあるような場合や、誤った情報が流通してしまい訂正を要するような場合、その他法令等により公表を要する場合等は格別、そのような必要性がないにもかかわらず安易に公表を行えば、前述したようなデメリットが発生しうることを念頭に置いて公表の要否を慎重に検討しなければならない。
ただし、内部通報等により不祥事が発覚した場合、企業においては公表しない方針を決めたとしても、当該内部通報者等から情報が開示されてしまう可能性もあるため、そのような事態に備えておかなければならない点には注意を要する。
警察・監督官庁への対応
(1) 警察の捜査への対応
被害届や告訴・告発等により、警察等の捜査機関による捜査が始まった場合、もはや会社側でそれをコントロールすることはできないため、捜査が開始された場合に動揺せずに対応できる社内体制を整えておきたい。
役職員が取調べに呼び出された場合は、事案の状況や会社の対応方針、一般的な取調べの流れや供述調書の意味合い等について事前にレクチャーし、取調べ後にはその内容について報告を受けることもあるが、会社が供述内容をコントロールしようとしている等、警察に誤解を与えるような対応にならないよう留意する必要がある。
なお、捜査対象となっている役職員が弁護士の起用を希望する場合もあるが、会社と当該役職員の利益が相反する場面も想定されることから、会社で起用している弁護士とは別の弁護士が起用されることが多い。
(2) 監督官庁への報告、調査等の指示への対応
企業の事業形態によっては、顧客対応もさることながら監督官庁とのやり取りが重要な場合が多い。監督官庁への報告に関する基本的な対応は上記⒊の顧客への対応と類似するところがあるが、監督官庁が当該不祥事をどのように受け止めるか次第で事件の流れが大きく変わりうるため、少なくとも誤解を与えることのないよう正確な報告に努めなければならない。
不正調査
事実関係
当該事案における事実関係や類似の不正の有無は、事案の終結に向けた対応方針を決定する基礎になるため極めて重要であり、まず社内における客観的な資料を精査したうえ、関係者にヒアリングを行い、事実認定を行っていくことが多い。
まず、社内における客観的な資料は調査の出発点となり、また、事実認定においても重要なものとなるが、外部弁護士から必要性の高い証拠類型や証明力の程度等について助言を受けつつ、社内担当者にしかわからない資料や事情については社内対応メンバーにおいて積極的に調査する必要がある。
また、現在は電子データで社内業務が行われることが多く、電子データの証拠としての重要性は極めて高いといえるため、事案によってはデジタルフォレンジックにより証拠を保全することが有用な場合もある。
関係者に対するヒアリングは、初期的なヒアリングは社内対応メンバーにおいて行うこともあるが、対象者の供述内容や客観的証拠との整合性を確認しながら供述を引き出す点では訴訟での証人尋問に近く、また、ヒアリング事項等の準備やヒアリング記録の作成にも相応の時間を要すること、ヒアリング対象者が多数になる場合には社内メンバーだけでは対応しきれない場合もあることから、外部弁護士に依頼されるケースも多い。
そして、得られた客観的証拠とヒアリング結果から事実を認定していくことになるが、かかる作業は裁判における事実認定に近いものであり、訴訟分野に携わる弁護士の専門性が要求されることが多く、また、報告書作成作業にも相応の時間を要するため、報告書の作成等についても外部弁護士が活用されることが多く見られる。
原因究明・再発防止
調査が進めば、不祥事が起きた原因が徐々に明らかになっていき、企業風土、いわゆる「コンプラ疲れ」注1、納期逼迫・プレッシャー注2、売上至上主義等、さまざまな原因について検討することになる。
かかる原因究明を経て、再発防止策を検討することになるが、一度不祥事が起きた後に同様の不祥事が発生すれば、それだけで役員の内部統制システム構築義務や善管注意義務違反等の責任を問われかねないことから、万全の再発防止策を講じなければならない一方で、実現するのに過大な時間やコストを要する再発防止策を定めると却って経営の足枷となり(コンプラ疲れの原因にもなる)、不祥事からの再建を妨げることにもなりかねないため、実務的に無理のない再発防止であるといえるかについて吟味することも肝要である。
不正関係者への対応
社内処分(取締役/従業員)
(1) 役員の処分
不祥事について役員にも責任があり、退任が避けられない場合において、役員の責任がそれほど重くなく、任期満了が近いときは再任しないという対応が穏当といえる。
そのようなときでなければ辞任を求めることになるが、万一当該役員が辞任に応じない場合や、役員の責任が重大である場合には解任についても検討を要する。この際、解任については、会社法339条2項により「正当な理由」がなければ解任された役員が会社に対して損害賠償請求ができると定められていることから、「正当な理由」を基礎づける事実関係と証拠の整理が必要となる。
また、役員報酬を減額したり、役員自らその報酬を返還したりするといった処分が公表されることがあるが、このような対応は当該役員との委任契約等においてクローバック条項注3やマルス条項注4等の定めがない限り、法的に強制できるものではない。
そして、このような対応には、不祥事が発生したことを受けて、会社から株主や従業員等のステークホルダーに対して、会社が当該不祥事に関してどのように考えているかについてメッセージを送るという要素があるため、ステークホルダーにどのように受け止められるのかという観点からその対象者の範囲や金額等を検討することになる。
(2) 従業員の処分
不正を行った従業員に対しては、調査において認定された事実関係に基づき就業規則等に従って懲戒処分等を行うことはもちろんであるが、ある時点で収集できている証拠に照らして懲戒解雇となることがほぼ確実な従業員であっても、その他の者の関与を含む不正行為の全容を把握するため、社内調査等に協力させる必要があることから、すぐに懲戒解雇せずに給与を払う前提で自宅待機をさせるというケースもありうる(この場合、同一事由について重ねて懲戒処分を行うことはできないため、当該自宅待機が懲戒処分ではないことを明確にしておく必要がある)。
もっとも、自宅待機は不正を行った者に対して給与を支払い続けることになり、不正行為者に対していわば追い銭を支払うという側面もあるので、自宅待機期間が無用に延びることのないよう速やかに調査等を完了させる必要がある。
責任追及(民事/刑事)
(1) 善管注意義務違反について
たとえば、長年行われてきた不正について、当該役員は積極的に関与していなかったといえるものの、不正について認識し得た可能性は否定できない(確実な認定までには至らない)ケース等においては、会社としても当該役員に対して多額の損害賠償請求等を行うことに躊躇することも多いが、そのような場合には、請求しないことについて現役員の善管注意義務違反とならないかも検討しなければならない。
一般的には、裁判例注5を踏まえて、
① 訴訟において当該請求が認容される蓋然性の程度
② 債務者の資力等からみた現実的な回収可能性
③ 回収が見込まれる金額と回収にあたって必要となるコストとの比較
④ 事案の性質やレピュテーションへの影響
その他の要素を総合的に考慮し、当該請求の要否を判断するが、判断が悩ましい場合には外部弁護士の意見書を取得することも必要である。
(2) 刑事告訴の是非
犯罪行為に該当する不正を行った個人においては、刑事事件で身柄を拘束されることが最も重大であるといえるため、刑事告訴は非常に強力な手段となり、また、会社が不正を許さないという徹底した態度を示すことにもなる。他方で、一般的には刑事手続は企業の被害回復には直結せず、逆に捜査・刑事公判の過程で企業としては公開を積極的には望まなかった不祥事に係る事実が明るみに出ることもあるため、刑事告訴に踏み切るにあたっては顧客対応や公表の要否の観点と合わせて検討することを要する。
おわりに
近時も企業不祥事が相次いで報道されている中、不祥事への対応に備えて社内ルールを整備している企業も少なくないと思われるが、上記のとおり不祥事対応は多岐の分野にわたり、総合的な対応を要することから、断片的なルールではいざというときに機能しない。
不祥事対応を一歩誤れば会社に大きなダメージを与えることになりかねない現代社会において、もしも自社において不祥事が生じた場合に基本的な対応を誤らないよう、上記の対応項目を念頭に置いて不祥事の発生に備えておくことが求められる。
→この連載を「まとめて読む」
- ときには過剰といえるほど複雑になったコンプライアンス対応業務で労力や時間等の経営資源を割かざるを得なくなり、疲弊してしまうことをいう。[↩]
- 取引先や上司等から納期に間に合わせることについてプレッシャーを受け、守るべき品質や工程よりも納期に間に合うことを優先させてしまうようなケースをいう。[↩]
- 役員に重大な不正行為があった場合や重大な財務諸表の修正があった場合に、会社から支払済みの役員報酬を所定の範囲で会社に返還する義務を定めた条項をいう。[↩]
- 最終的な支給が留保されているインセンティブ報酬等について支給前に減額または消滅させる条項をいう。[↩]
- 東京高判平成16年12月21日判タ1208号290頁等[↩]
奥村 尚史
弁護士法人御堂筋法律事務所 パートナー弁護士
12年大阪大学法学部卒業、14年京都大学法科大学院修了。15年弁護士登録、16年弁護士法人御堂筋法律事務所入所。18年事業会社法務部に出向、20年弁護士法人御堂筋法律事務所に復帰。24年弁護士法人御堂筋法律事務所パートナー。企業不祥事対応に加え、訴訟・紛争解決、M&A等を中心に企業法務全般に携わる。
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