事例から得られる知見(3) - Business & Law(ビジネスアンドロー)

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はじめに

私の公私の事情により前回からかなり時間があいてしまいました。前回の最後では、今回ももう少し事例から得られる知見を見ていくということで締めくくっていました。もっとも、この連載自体の企画が行われてから既に1年以上が経ってしまっており、この間の私自身の経験もさらに蓄積されたことで、当初想定していたものと比べて、自分の中でお伝えしたいと考えるメッセージの一部が大小変わってしまっているところも生じてきてしまいました。
今回以降はできるだけコンパクトに話を進めつつ、連載の完結を目指していきたいと決意を改めたいと思っています。最後までお付き合いいただけると幸いです。

事例から得られる知見

創作事例(観光客のデータを利活用した観光・地域振興施策)

(1) 事例の概要

今回は創作事例を用いたいと思います。創作故に細部の設定はないところがあります。
ある観光地αでは、観光客のデータを利活用した観光振興(地域振興)施策を実施したいと考えていました。そうしたところ、企業Aがそのソリューションを提供できそうであるとのことで、まずはAの施策として期間限定で実際にそのソリューションを実施することにしました。もう少し具体的にいえば、Aの顔認証技術を用いて、α域内の寺社仏閣、博物館、観光牧場、夜景スポット、飲食店、土産物店、旅館等において、顔認証決済や顔認証チェックイン/アウトなどをできるようにしたり、混雑度に応じた観光ルートのレコメンドを行ったりすることで、観光客がスムーズで楽に観光できるようにすることにしました。
そして、これに加えて、観光振興(地域振興)を目的として、次のような施策を行うことにしました。

① 一定の特徴を有する人相(たとえば、犯罪を犯す傾向にあるとされる人相などが考えられる)の観光客を対象として、それらの観光客が家族連れが多い観光地から遠ざかるように仕向けるレコメンドを行う。

② 旅館等からあまり外出せず、他の同様の属性の観光客より金銭を使用しない観光客に対して、その同様の属性の観光客と同程度の金銭をα域内で使用するように仕向けるレコメンドやクーポン発付等を行い、消費を喚起する。

(2) 得られる知見

(a) ①の施策

①の施策であれば、おそらく実施しない方がいいという感覚を持つ方が多いのではないでしょうか。
この施策の目的は観光振興、もう少し突っ込むと、家族連れの観光客等が、観光地においてより快適で安心感を得られやすくすること、またそのような雰囲気にしていくことといったところでしょうか。施策の対象となる観光客からすると、このような観光振興目的やスムーズで楽に観光できるようにすることからは、人相による分類という態様は連想が難しく、その予測可能性がほとんどないように思われます。また、人相から犯罪性向を繋げるというのも、犯罪性向という評価事項の重大さや、科学的根拠の乏しさなどと相まって、バランスを失しているといえます。しかも、場合によってはその観光客は、当該観光地を訪問しにくくなり、その結果、同地を訪問することが適わなくなるという影響度も大きそうです。
このように考えてくると、①は実施困難と考えることが適当なように思われます。

(b) ②の施策

では②はどうでしょうか。
私としては、これは情報提供を充実させるという意味で実施してもよいのではないかと思いますが、人によって結論が異なる可能性もあるかもしれません。
①と同じように検討してみると、観光及び地域の振興を目的としていますが、観光客からすると、お金の使い方を他の同じような属性の観光客と比較されたうえ、よりお金を使うように導かれるということは、いくら観光(地域)振興を目的としていたとしても、想定の範囲をやや超えているきらいがありますし、スムーズで楽に観光できるようにすることからしても、やや経済的な目的に重みを置きすぎているように思われ、予測可能性には疑問符がつきます。ただ、他の同じような属性の観光客の外出頻度や金銭の消費の仕方と比べること自体は、この取組みの目的からそれほど逸脱しているわけでもないですし、その手のデータ取得の容易さと行動変容を促されるターゲットに対する影響度のバランスもそれほど逸しているとはいえないように思われます。
そうだとすれば、予測可能性の点を何らかの手段でケアできれば、②の施策自体は実施可能なのではないでしょうか。前回、日本企業の場合、プライバシーポリシーに目的がわかりやすく具体的に書かれていることは少ないのではないかと書きましたが、まず、その点を改善することが考えられます。ただ、それでも、結局、誰も読まないプライバシーポリシー問題は解決できないし、企業の努力としても十分ではないでしょう。
ここで有効と思われるのが、パブリック・リレーションズ(PR)的な考え方です。一部の日本企業では、一時、プライバシー・センターと呼ばれるものを構築し、そこで自社のデータ利活用について説明するという手段が取り入れられましたが、これはあくまで全社的な取組みの説明になっていたため、まだまだ抽象的な説明になっている点が多かったですし、一般人の視点では具体的にイメージして理解するにはあと一歩わかりにくかったように思われます。しかし、“そのプロジェクト”“そのサービス”、あるいは“そのビジネス”といった個別の切り口で、PRのように自社のデータ利活用の態様をウェブサイト等でグラフィカルに説明することで、こういった問題点をある程度解決できます。
そういった企業努力を行えば、この②の施策でも、より安全に実行できるのではないでしょうか。

次回以降へ向けて

さて、ここ3回は具体的な案件から知見を得ましょうということで話を進めてきましたが、具体例を見るのはこの辺りで止めて、次回からは、これらのことがどうしてガバナンス体制構築に繋がるのかといったことに話を移していきたいと思います。
そこでは、まさに冒頭で述べたような、ここ1年の取組みで私自身が新たにメッセージとしたいと思うに至った要素(連載当初は予定していなかった要素)もお伝えしていきたいと思っています。

→この連載を「まとめて読む」

渡邊 満久

principledrive株式会社 代表取締役
principledrive法律事務所 弁護士

弁護士登録後、企業を当事者とする紛争・訴訟に強みを有する国内法律事務所にて5年強、M&A等の企業法務を主に取り扱う外資系法律事務所に1年半強勤務し、訴訟・仮差押え・仮処分等の裁判業務、税務紛争、M&A、債権法・会社法・労働法・消費者関連法等企業法務全般の経験を有する。近時は、個人データに限らずデータ全般を利用したビジネス・プロジェクトの立ち上げ支援、データプライバシー、データを含むさまざまな無形資産の権利化といった側面から、日本国内のみならず、東南アジア、インド、中東、ヨーロッパ、米国をまたぐ、企業のDXプロジェクトの促進に取り組む。