―現役知財法務部員が、日々気になっているあれこれ。本音すぎる辛口連載です。
※ 本稿は個人の見解であり、特定の組織における出来事を再現したものではなく、その意見も代表しません。
“契約書なんて面倒くさい”オーラが感じられる依頼者
企業法務の日常的な仕事といえば、契約書の作成・審査でしょう。
契約書がなくても合意があれば取引は進む、というセオリーはありますが、現実には、社内規則や信用の問題で契約書がなければ売買や支払いが開始できないことが多いですし、何よりトラブルがあったときに解決の拠り所になるのは契約書です。
ある意味、取引の基盤を作り上げるための仕事ですが、M&Aのような大型案件などは別として、どうも日常業務においては社内から感謝されにくいというか、軽んじられるというか、どうかすると疎まれがちですらあります。
まぁ、面倒くさい作業だと思われているのでしょう。
事業担当者同士のやりとりだけで進められるようなシンプルな取引でも、契約書を起案するとなれば、想定していなかった細かい取り決めもしなければなりません。そのため、これまで現場同士で良好にやってきたのに、契約交渉の段になって意見が折り合わずにギスギスしてしまうことも珍しくありません。また、契約交渉に時間がかかり、取引の開始が遅れてしまうこともあります。
できることならやりたくないというのが人情です。
そんな後ろ向き思考の担当者から“仕方なく”頼まれる契約書の作成・審査でも、取引の将来に禍根を残さないために力を尽くすのが企業法務の役目です。
でも、その後ろ向きのオーラが依頼者の態度に表れることもしばしばあり、それによって契約担当者が心をくじかれることも…。
今回は、依頼者には悪気はないのかもしれませんが、契約担当者が言われてカチンと来るセリフを挙げてみましょう。
なんでそんなことをするかって?
契約担当者の留飲を下げ、事業担当者が少しだけ気を遣える世の中にしたいからですよ。
「ひな形だけ送ってもらえればいいんで」
言われるな~。
「秘密保持契約のひな形をください」
「共同出願契約のひな形をください」
「ライセンス契約、知財保証抜きで!」
と一方的に注文される日々…。
「わしゃ、スタバの店員かい!」と自分で自分に突っ込んでいる契約担当者も多いでしょう(いないか)。
事業担当者が取引の経緯や背景、目的を知らせないで「ひな形だけくれればいい」と気軽に言うのは、自分でひな形をチャチャッといじって締結すればいいだろうと楽観しているのかもしれないし、好意的にとらえれば、「こんなシンプルな取引で法務部に手間かけさせませんよ」という優しさなのかもしれません。
でも、これを言われたら契約担当者は不安になりますね。
もっとも、モノによっては結果的に“いつものひな形”で済むことも少なくないので、ひな形の受け渡しが一律にダメというわけではありません。
しかし、条件選択の幅が広い取引類型、たとえば共同出願やライセンスに関する契約は、相手や状況、目的などに応じて、条件や書きぶりを変えていく必要があります。それにもかかわらず「ひな形をくれればいいです」と言われては「本当にそれで大丈夫か!?」と思うわけです。
「いや、ちゃんと事情をヒアリングさせてもらって、一から作りましょう」と諭したときに、“めんどくせぇな”みたいな顔をされると本当にイヤになりますね。
「簡単な契約なんでチャチャッとお願いします!」
じゃあ自分でやれや!
…失礼。取り乱しました。
でも、これを悪気なく言う人いるんだよな~。
この手のセリフを言う依頼者が真に伝えたいのは“チャチャッとお願いします”の部分、つまり“早めに仕上げてください”ということなのだが、もっと他に言い方があるだろ!
レストランで「パスタだったら簡単でしょ。チャッチャと持ってきて!」と注文しますか?そんなふうに注文したら、シェフにフケ入れられるぞ?
甲と乙全部逆にして書いてやろうか?
「先方の契約案でそのまま締結したいんです」
これもしばしばありますが、事業担当者が取引相手側に取り込まれているケースです。
とにかく相手方の意向を優先し、関係性を維持することを重視する思惑があります。
確かに、契約書が原因で相手方との関係をギスギスさせるのはよくありません。関係性を踏まえた契約条件を選択する必要はあるでしょう。
そうだとしても、「アンタ、どっちの味方なの?」と言わざるを得ないほどに取引相手の意向に同調するのは行き過ぎで、自社に不利益を与える可能性もある態度です。
いくら「この条件を受け入れたら、こんな困り事が起きますよ」とアドバイスしても、「大丈夫です。そんなことにはなりません」の一点張り。
相手方との契約交渉以前に、社内で抵抗勢力と対立しなければならないのは、精神力を消耗します。
こんなとき、どうすればいいのでしょうか。
想定される理論上のリスクをきちんと説明して、それを理解してもらったうえで、それでも「大丈夫です」と言うのであれば、事業判断に委ねる(事業判断を信じる)ことが適切なときもあるでしょう。
しかし、契約担当者は大局的な視点も持たねばなりません。
事業担当者は、目の前の取引を上手く進めることに考えが偏りがちですが、契約書案には、他の事業、あるいは将来の自社の企業活動を拘束する内容が潜んでいることも珍しくありません。そうであれば「アンタ(事業担当者)はよくても会社が困るんですよ」と伝えて、契約書案を改める必要があります。
また、言うまでもありませんが、独占禁止法に違反する行為や贈賄など、法令違反につながる内容であれば、いくら事業担当者側のお偉いさんが「大丈夫」と言ったところで、まったく大丈夫ではありません。
法務部門の責務として、はってでも止めましょう。
「全部“別途協議”にしましょう」
これを言う人は、何のために契約書を作るのかを理解していない可能性があります。
「この業務委託の対価はどうしましょう?」
「まだ決められないんですよ。“別途協議”にしておいてください」
「納期は?」
「今決められないですね。“別途協議”でお願いします』
「こういったトラブルが想定できますが、そうなったときの対応はどうしましょう?」
「決まってないんです。“別途協議”にしましょう」
「権利の帰属はどう考えていますか?」
「いや~まだ具体的には」
「何のために作るんだよ、この契約書は! 協議してからもっぺん来いよ!」と言いたくなります。
まぁ、ここまで何も決められていないことは珍しいと思いますが、よくあるのは、社内稟議などのために契約は締結しなければならないが、具体的なことが何も決まっていないというシチュエーションです。
そのようなシチュエーションにおいて、対価や納期などの具体的条件は“別途協議”としておき、基本的な合意事項についてのみ契約書にするということはあります。しかし、その場合、具体的な条件について合意に至ったら、改めて個別契約や覚書などの締結が必要です。
ところが、契約締結の目的を“社内稟議を通すため”と考えてしまっている事業担当者は、この個別契約や覚書などの締結を忘れがちです。
結果として、一番大事なところが契約書なしに進んでしまい、トラブルになったりするわけです。
だから「とりあえず“別途協議”で切り抜けようとしているな」という態度が透けて見える事業担当者と対峙すると、どうしても「大丈夫か?」と神経を尖らせてしまうのです。
「“別途協議”でもいいけど、この部分は契約したことにはなりませんからね! 何も決まってませんからね!」
と釘をさす必要があるでしょう。
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友利 昴
作家・企業知財法務実務家
慶應義塾大学環境情報学部卒業。企業で法務・知財実務に長く携わる傍ら、著述・講演活動を行う。最新刊に『職場の著作権対応100の法則』(日本能率協会マネジメントセンター)。他の著書に『エセ著作権事件簿—著作権ヤクザ・パクられ妄想・著作権厨・トレパク冤罪』(パブリブ)、『知財部という仕事』(発明推進協会)、『オリンピックVS便乗商法—まやかしの知的財産に忖度する社会への警鐘』(作品社)など。また、多くの企業知財人材の取材・インタビュー記事を担当しており、企業の知財活動に明るい。一級知的財産管理技能士。
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