「会議用に新聞をコピーしてもいいですか?」と聞かれたら、君はどうする? - Business & Law(ビジネスアンドロー)

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―現役知財法務部員が、日々気になっているあれこれ。本音すぎる辛口連載です。

※ 本稿は個人の見解であり、特定の組織における出来事を再現したものではなく、その意見も代表しません。

安全サイドの指導か、それとも見て見ぬ振りか

2023年7月、『職場の著作権対応100の法則』(日本能率協会マネジメントセンター)という本を出版した。近年、クリエイターのための著作権の解説本が多く出版されているが、案外“職場向け”というものは少ない。本書では、社内での著作物の利用、フリーソフト、フリー素材、情報収集、AI、広告、SNS、著作権契約、さらにはクレーム対応から著作権侵害をやらかしてしまったときの謝り方まで、出し惜しみせずに書いている。

この本を書くにあたって意識したことがある。それは“読者に対して簡単に‘ダメ’とは言わない”ということだ。

われわれ法務や知財部門の人間は、会社を法律トラブルから守らなければならないし、そのために社員一人ひとりのコンプライアンス意識を引き上げなければならない。ゆえに日々“安全サイド”の判断や指導を心がけている人は多いだろう。

だが、特に著作権のようなグレー領域の広い法分野においては、“安全運転”ではビジネスのスピード感や競争力を欠いてしまうことがある。今まさに、世間ではAIによる機械学習や生成物の利用の是非が議論になっているが、どんな職場にも関係のある、最も身近な著作権問題といえばこれだろう。

「会議用に新聞や論文をコピーしてもいいですか?」

これを聞かれたとき、どのように答えるべきだろうか。
ちなみに、“安全サイド”の回答は決まっている。

「業務における複製は私的複製にはあたらないため、著作権侵害になります」

これしかない。
実際、聞かれたら定型句のようにこの回答をしている人は多いだろう。
しかし、本音はこうではないだろうか。

「そんなこと、いちいち聞くな!聞かれたら立場上“ダメ”と言わざるを得ないんだから!」

このセリフをそのまま口に出す人はあまりいないと思うが、「聞かなかったことにしますから、自分で判断してください」くらいの対応をしている人は少なくないのではないだろうか。

しかし、“安全”な回答も“本音”の回答もどちらもいただけない。こうした対応を社内でしていてはダメである。

正論ばかり言い続けると“逆・オオカミ少年”になる!?

業務における著作物の複製を、一律に著作権侵害であるかのように指導することは、社内で著作権侵害を起こさないためには最も“無難”な対応だ。
だがこれは、あまりにもビジネスの現実から乖離している。仕事にならない。正論を言うだけ言って、社員の仕事の邪魔をしているようでは、企業法務は務まらない

それに、日頃から何でもかんでもダメだと言っていると、現場から「あの人に聞いてもどうせダメだと言われる」と思われてしまい、そのうち相談すら来なくなる。そうすると、本当にダメだと言わなければならない重大な問題が現場で発生したときに、それを止めることができなくなってしまうのだ。
いつも正論ばかり言ってみんなを困らせることで、誰からも相手にされなくなり、その結果、組織に深刻な不利益をもたらす“逆・オオカミ少年法務”の誕生である。

だからといって「聞かないでください」と見て見ぬ振りをするのもよくない。このような対応ができるのは、社内での著作物の複製が仮に著作権侵害にあたるとしても、それが著作権者に発覚することも、問題視されることも少ないという経験則があるからだ。

また、こうした“柔軟な対応”によって、現場から“現場に理解のある法務”と思われるという恩恵もあろう。これは気持ちがよいものだ。しかし、

法務:「見なかったことにしますから」
現場:「あざっす♪」

という共犯関係の気持ちよさに酔ってしまうと、いつか歯止めが利かなくなる。やがて一線を越えてトラブルになったとき、「どうせバレないだろうから…」と高を括っていたせいで、ノーガードでトラブルに向き合う羽目になってしまう

真剣に考えよう―社内複製はすべて複製権を侵害するのか?

では、どうすればよいのだろうか。
安全サイドの対応として一律に著作権侵害とみなすことと、見て見ぬ振りをすることは、一見真逆の対応に思えるが、“真剣に検討をしていない”という点において実は同じである。そうではなく、“真剣に問題に向き合って考えて答えを出す”ことが正解である。

本件でいえば、

・ 会議のために数部著作物を複製することが、本当に著作権侵害にあたるのか。

・ 侵害にあたらないとする理論構築は可能か。

・ どのような点に気をつければ侵害を免れることができるか。

・ ボーダーラインはどこか。

・ 合理的な侵害回避策はあるか。

これらを真面目に検討したうえで、なるべく法的に確からしい答えを示すべきなのだ

大規模、組織的なものは別だが、業務における単発的な複製行為が私的複製にあたるかどうかが争われた裁判例は極めて少ない注1。著作権者に発覚しにくいことも、問題視されにくいことも事実だろう。そのためか、学問上の議論も活発とはいえず、統一的見解が簡単に入手できる状況でもない。
それでも根気よく調査し検討すれば、著作権法が私的複製について著作権を制限する趣旨は、

・ 著作権者の利益保護

・ 私的領域における行動の自由(法の不介入)を保障する必要性

・ 私的領域における著作物の利用を促進することで文化の発展に貢献する必要性

のバランスの調整のためだと理解することができる。そして、そうであれば、“著作権者の利益よりも後者二つの必要性を重視すべき”と客観的に判断できる場合には、その複製を私的複製の範囲内と評価することが可能となるのである
学説においても、組織内でのコピーについては「事実上の私的領域の行動の自由を保障する必要性の高さと、権利者にもたらす不利益の程度の低さのバランス等を考慮して、私的複製の範疇と評価すべき場合がある」とする見解を複数見出すことができる注2

ダメ出しするときは、回避策の提案も忘れずに

以上のような検討を経て判断基準を導き出し、それを、相談を受けた具体的事案に当てはめて、私的複製とみなすかみなせないかを判断し、指導やアドバイスをすればよい。その際、“私的複製の範疇からはみ出る”と判断する場合には、「ダメ」と言うだけではなく、回避策の提案をすべきである。

例えば、複製の態様を調整することによって著作権者の不利益性を減じ、私的複製の範疇に収まるように工夫することが考えられる。また、原本の回覧など、そもそも複製を伴わずに社内共有する方法もあるし、資料などへの著作物の利用であれば引用の体裁をとることでも解決できるだろう。思い切って、出版社などから複製権の管理・許諾業務の委託を受けているJRRC(日本複製権センター)、JCOPY(出版社著作権管理機構)、JAC(学術著作権協会)などと包括許諾契約を締結するのも一考だ。

しかし、日々忙しい読者諸兄はこう言うだろう。

「社内から著作権に関する相談を受けるたびに、いちいち丁寧に法的検討をして、事案に当てはめて判断をしている余裕はない。それこそ仕事にならない」

と。
そんな方にこそ、冒頭で紹介した『職場の著作権対応100の法則』を手に取っていただけると嬉しいのである。そして、この本だけは、私的複製にあたるかどうかとあれこれ難しく考えることなく、つべこべ言わずに社員全員分買おう

→この連載を「まとめて読む」

[注]
  1. 東京地判昭和52年7月22日・昭和48年(ワ)第2198号「舞台装置設計図事件」が知られるが、社内における単発的、小規模、個人的な複製行為について一般化できる裁判例とは言い難い。[]
  2. 田村善之『著作権法概説〔第2版〕』(有斐閣、2001年)200頁、TMI総合法律事務所編『著作権の法律相談Ⅰ』(青林書林、2016年)303頁、島並良・上野達弘・横山久芳『著作権法入門〔第3版〕』(有斐閣、2021年)181頁など。[]

友利 昴

作家・企業知財法務実務家

慶應義塾大学環境情報学部卒業。企業で法務・知財実務に長く携わる傍ら、著述・講演活動を行う。最新刊に『職場の著作権対応100の法則』(日本能率協会マネジメントセンター)。他の著書に『エセ著作権事件簿—著作権ヤクザ・パクられ妄想・著作権厨・トレパク冤罪』(パブリブ)『知財部という仕事』(発明推進協会)『オリンピックVS便乗商法—まやかしの知的財産に忖度する社会への警鐘』(作品社)など。また、多くの企業知財人材の取材・インタビュー記事を担当しており、企業の知財活動に明るい。一級知的財産管理技能士。

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