法律が通用しない国での紛争解決はどうすればいい? - Business & Law(ビジネスアンドロー)

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―現役知財法務部員が、日々気になっているあれこれ。本音すぎる辛口連載です。

※ 本稿は個人の見解であり、特定の組織における出来事を再現したものではなく、その意見も代表しません。

知的財産権法が“ない”国がある

日本で仕事をしていると、法律に従ってビジネスをすることや、トラブルは法律や司法に頼って解決することを当たり前だと思ってしまう。ところが、それは普遍的な真実ではない。一部の国では「法律が通用しない」ことがままある。
違法行為であっても執行機関がそれを正す実効力を持たなかったり、法律で定められた正当な手続が、別の力によって歪められたり…それらはたとえば、裁判や行政審判における自国民優遇、行政・司法機関の担当者や役人における法律知識の不足、賄賂の横行(汚職)などによって引き起こされる。
そのような傾向は、アフリカや東南アジアの一部などで見られる。これらの国では、日本企業も法制度の不備を含むさまざまなカントリーリスクを考慮して、支社などを構えずに現地の代理店を用いる事業形態をとるケースが多いかもしれない。しかし、現地に支社がなくとも法的トラブルに見舞われることはある。模倣品の問題はその一つだ。

たとえば、高級リゾート地として有名なモルディブには、産業財産権を保護する法律がない
これを聞いたとき、「そんな国ある!?」と私は笑ってしまった。だがあるのだ。タックス・ヘイブンみたいなもので、この国では模倣品の流通は“合法”と言ってよい。一応、3年に一度、新聞広告で“商標の所有”を宣言することで商標を保護できるという“建前”はあるが、筆者の経験上、これには実効力はない。新聞社と法律事務所が儲けているだけではないかと疑っている。

まぁ、これは極端な例であって、名の知られているほとんどの国に知的財産権法はある。
しかし、前述したように、アフリカや東南アジアの一部などでは十分に機能していないこともある。

“愚直”に法的に正しい主張をしても勝てない

このような国では、法律に則ってトラブルを解決しようとしても、ズバリ“無駄”である。
賄賂を渡さないと裁判で勝てない構造になっている国では、理論上はどんなに勝ち筋の訴訟でも敗訴が待っている。だからといって、修羅の国よろしく、模倣品業者をいきなり拉致してバギーカーに括りつけて「ヒャッハー!!」と雄叫びをあげながら市中引き回しの刑に処すわけにも、地元の有力政治家や裁判官に札束を握らせて多額の怪しい接待交際費や使途不明金を計上するわけにもいかないのが、法治国家に住まう我々の辛いところである。

ではどうするか?

まず心がけるべきは、行動を起こす前に、その国ではどのくらい法制度に頼れるかをよくリサーチし、それに基づいて戦術を練ることである。法治国家の恩恵にどっぷり浸かっている日本人は、しばしばこの確認を怠り、「正しい主張立証をすれば負けない」というピュアな先入観に囚われたまま、真正面から戦いを挑んで成果を出せずにいる。これは“愚直”というべきであって、戦い方を知らない者の戦い方である。
中国やインドといった成長国においても、地域によっては自国民優遇や自由競争偏重の傾向があり、外国人の知的財産が正当に保護されない状況がまだ残っている。そこで、「有利に戦える裁判地を選ぶこと」が勝敗を決めるうえでの重要な初手になる。新興国においては、それ以上に「法の実効性を確認すること」を基本動作とすべきである。

NGO団体のトランスペアレンシー・インターナショナルは、毎年国別の「腐敗認識指数ランキング」を公表しており(最新版は2022年版)参考になるが、最も参考になるのは現地の法運用に精通した代理人の声である。
ただし、現地の法律事務所の中には、自国の行政や司法が腐敗していると明かすことに消極的な向きもある。法運用の実態については、クライアントが能動的に尋ねなければ正しい助言は得られにくいのだ。また時には、「郷に入っては郷に従え」ということなのか、賄賂を促すような助言をする事務所さえもある。知らず知らずのうちに汚職に加担しないよう、案件管理には注意を払う必要がある

法律が頼れない国で頼れるのは“己の交渉力”

法律で頼れない国での戦い方としておすすめなのは、行政や司法には頼らず、当事者間交渉での解決を目指すことだ。
「警察も裁判官も頼れない国で、犯人と直接交渉するなんて、アンタ正気か!?」と思われるかもしれないが、正気である。

確かに、模倣品製造には反社会的勢力が関与していることもあり、安全対策は最重要事項だ。相手方所在地の治安状況などからリスクを推し量ったり、現地に営業所などがあるなら情報共有を怠らず、身辺警備を強化するなどの措置も必要だろう。
しかし、何も北野武映画よろしく「事務所に乗り込んで、お互いのこめかみに銃を突きつけ合いながら交渉しろ!」と言ってるのではない。模倣品の製造販売を自主的に止めるよう要求し、応じなければ法的措置を検討する旨を添えるという、一般的な書面による警告手続で十分である。

「法律が通用しない国で“応じなければ法的措置を検討する”というブラフが通用するのか?」と思われるかもしれない。ところが、これが意外に奏功する。なぜならば、マフィアなどの本当にバリバリの反社会的勢力は別として、一般的な模倣業者には自国の法制度や法運用に関する知識がなく、自国の行政や司法が権利者の味方をするとは限らないことを知らないからである。
法律をよく知らない相手に、法律をオーバーに解釈した警告を突きつけることによって、その国の法制度・法運用で実現できる内容以上の要求を呑ませるブラッフィングの手法は、万国共通の戦術なのである。

……と、こうして文章にしてみると、ある意味どっちが反社会的勢力なのかわかりませんな。
依るべき法規範が実質的にない国で紛争解決にあたっていると、「“正義”って何だろう……」と思わされることが多い

ちなみに、モルディブだけは「応じなければ法的措置を検討する」のブラフすらも通用しないことが多い。自国に産業財産権法がないことは当地の模倣業者もよく知っており、だからこそ安心して堂々と模倣品ビジネスを展開しているのだ。こうなると、もう模倣品をコンペティターと考えて正々堂々(?)市場で競争するしかない。“理不尽”という言葉を頭から拭うことは難しいが、この国ではそれが“正義”なのである。

知的財産の担当者は、一度はモルディブで自社商品の模倣品が出回っていないか、視察に行ってみた方がよい。青い海と白い砂浜は、“地上の楽園”の称号にふさわしい。出張で行けたらサイコーだ。

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友利 昴

作家・企業知財法務実務家

慶應義塾大学環境情報学部卒業。企業で法務・知財実務に長く携わる傍ら、著述・講演活動を行う。主な著書に『エセ著作権事件簿—著作権ヤクザ・パクられ妄想・著作権厨・トレパク冤罪』(パブリブ)『知財部という仕事』(発明推進協会)『オリンピックVS便乗商法—まやかしの知的財産に忖度する社会への警鐘』(作品社)など。また、多くの企業知財人材の取材・インタビュー記事を担当しており、企業の知財活動に明るい。一級知的財産管理技能士。

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