■ 連載開始にあたって
近年、中国を含む新興国からの投資の増大に伴い、他国への機微技術の流出・他国による重要インフラの支配等の安全保障上の懸念に対応するため、先進国においては各種の法制度が施行・改正されてきています。特に、外国企業による国内企業に対する投資・買収は、当該企業が行うビジネスの内容によっては、国家の安全保障に深刻な影響を及ぼしかねません。
最近では、中国だけではなく、ウクライナ情勢をはじめとした世界情勢の不安定化が進んでおり、これらの規制も刻々と厳しくなることも予想される中、日本企業がクロスボーダー取引を行うにあたっては、これらの規制について常にアップデートしていく必要があります。本連載は、現在の各国における外資による投資・買収規制についてその概要をわかりやすくお伝えするものです。
今後検討されるクロスボーダー取引の一助となれば幸いです。
はじめに
米国においては、外資による米国内への投資について、対米外国投資委員会(Committee on Foreign Investment in the United States: CFIUS)によって、国家安全保障上の観点からの審査が行われています。CFIUSによる審査制度は従前から存在していましたが、近年の中国による投資の増大およびそれによる技術流出への懸念等を背景に、2018年に外国投資リスク審査現代化法(Foreign Investment Risk Review Modernization Act: FIRRMA)が成立し、CFIUSの権限が強化されました。これにより、CFIUSの審査対象となる投資範囲の拡大や手続の変更が行われ、その結果、制度はより複雑なものとなりました。
CFIUSによる審査の結果、米国の国家安全保障を損なうおそれのある取引については、大統領の判断により、当該取引の中止が命じられる可能性があり、たとえそれに至らない場合でも、当該リスクを軽減するために当該取引にさまざまな条件が付される可能性があります。また、そのような実体的な問題以外にも、これらのCFIUSが課した条件に違反した場合や、下記Ⅳ1.で紹介するCFIUSへの届出義務がある取引であるにもかかわらずそれを懈怠した場合等においては罰金が科される可能性もあり、日本企業を含む米国へ投資を行う外国人にとっては、非常に影響の大きい規制であるといえます。そのため、米国への投資を検討するにあたっては、CFIUSによる審査について、十分理解をしたうえで、慎重な対応を検討することが求められます。
そこで、諸外国における外資による投資・買収規制について解説する本連載の第1回・第2回として、本稿では、米国におけるCFIUSによる審査制度の概要を2回に分けて解説します。
前半である今回は、最初にCFIUSによる審査制度の全体像を概観したうえで、審査対象となる取引類型、および、その中でCFIUSへの届出義務が生じる取引について解説します注1。
CFIUSによる審査制度の全体像
CFIUSによる審査とは
CFIUSは、外国からの投資による米国の国家安全保障への影響を監督する省庁間委員会(委員長は財務長官)であり、1950年国防生産法(その後の改正注2を含みます。以下同じ)721条(Section 721 of title VII of the Defense Production Act of 1950 (50 U.S.C. §4565))、その施行規則(Chapter VIII of title 31 of the Code of Federal Regulations)(以下「規則」といいます)、および大統領令(以下「法令」と総称します)により、外国人による一定の類型の投資について国家安全保障の観点から審査し、対処する権限が付与され、これらの法令に従って運用されています。CFIUSは、その審査権限の及ぶ範囲の取引であれば、当事者からの届出の有無および取引の前後にかかわらず、審査を行うことが可能です。
CFIUSは、審査の結果、「取引に国家安全保障上の懸念は存在しない」との結論に至った場合は(必要に応じて条件を付したうえで)取引を承認しますが、「その懸念が解消されていない」と判断した場合等には、大統領に当該取引について報告し、大統領がこれを判断します。大統領は、当該取引が「米国の国家安全保障を損なうおそれがある」と判断した場合、当該取引の中止または停止(実行済みの取引については取引の解消)を命じることが可能です。
CFIUSによる審査は、通常、取引を行おうとする当事者からの届出を端緒として開始されますが、一部の例外を除いて、当事者によるCFIUSへの届出は義務となってはおらず、届出を行うかどうかは原則として当事者の自主的な判断に委ねられています。もっとも、上記のとおり、CFIUSは届出の有無にかかわらず既に完了している取引に対しても審査を開始することが可能であり、また、届出義務がない場合でも、国家安全保障上の検討事項がありうるとCFIUSが判断した場合には当事者に届出を求めることができます。そのため、取引の当事者は、事後的な取引の解消等が命じられるリスクを回避するためにCFIUSに対し自主的に届出を行い、取引の実行前にCFIUSの審査を受けることができます。審査の結果、CFIUSの承認を得ることができれば、特段の事情がない限り、今後同じ取引が再度のCFIUSの審査の対象とならないことの“お墨付き(セーフ・ハーバー)”を得ることができ、これにより取引の安定性を確保することができるというしくみになっています。そのため、米国への投資を行うにあたり、届出義務がある場合を除けば、CFIUSへの届出は必須ではありませんが、当事者において、取引の内容を踏まえ、CFIUSへの届出の要否を検討する必要があります。
どのような取引が審査の対象となるのか
CFIUSによる審査の対象となる取引(すなわち、CFIUSの審査権限が及ぶ範囲)は、一定の取引に限定されており、外国人による米国への投資のすべてがCFUISの審査を受けるわけではありません。CFIUSの審査対象となる取引には、大別して、①外国人が米国事業を支配することとなる投資(対象支配取引)、②重要技術等を扱う米国事業への一定の投資(対象投資)、および③一定の不動産への投資(対象不動産取引)の3類型があります。なお、審査対象に含まれる取引であっても、すべての取引が必ず審査を受けるわけではなく、当事者から届出がなされた取引およびCFIUSが独自に審査が必要と判断した取引のみが実際に審査を受けることになります(下記Ⅲ「CFIUSの審査対象となる取引の範囲」を参照)。
このうち、CFIUSへの届出が義務づけられているのは、①外国政府が関与する一定の取引および②一定の重要技術等を扱う米国事業への投資といった、米国の国家安全保障との関係で懸念の大きい取引に限定されています。もっとも、上記のとおり、届出義務が生じない場合でも、取引の当事者は、CFIUSによって国家安全保障上の何らかの懸念が示される可能性が否定できないと思われる取引について、事後的な審査およびそれに基づく取引に影響ある判断のリスクを回避するために、任意に届出を提出し、取引前にCFIUSの承認を得ておく場合があります。したがって、外国人が米国への投資を行う際には、①当該取引がCFIUSの審査対象に含まれるか、②審査対象に含まれる場合に届出義務が生じるか、③届出義務がない場合でも任意に届出を行うか、を順に検討することになります(下記Ⅳ「届出義務の対象および届出義務のない取引への対応」を参照)。
どのように審査がなされるのか
CFIUSは独自に審査を開始する権限を有していますが、通常は、取引の当事者からの届出を端緒として審査を開始します(上記のとおり、届出には“義務的になされるもの”と“任意になされるもの”があります)。CFIUSへの届出には、「通知(notice)」という方法と簡易の方式による「申告(declaration)」という方法の2種類があり、それぞれで手続の所要期間やCFIUSによる対応等が異なります。
CFIUSおよび大統領が取引を承認するか否かについての基準となるものは、あくまで当該取引が「米国の国家安全保障を損なうおそれがあるか」であり、それ以上の具体的な下位基準は示されておらず、また、“国家安全保障”の意義についても特に定義注3はされていません。もっとも、法令で審査において考慮されるべき要素が挙げられており、米国の国防、重要な技術、重要なインフラ等に関する影響や外国政府の関与に関する事項等の要素が審査において検討されることになります。さらに、近時の大統領令(Executive Order 14083)により、審査において重点的に考慮すべき要素として、①米国内の重要なサプライチェーンの強靭性等への影響、②米国の安全保障に影響を与える分野の米国の技術的リーダーシップへの影響、③特定分野における投資の傾向、④サイバーセキュリティ上のリスク、および⑤米国人の機微なデータに対するリスクが挙げられています。CFIUSは、これらの要素を踏まえ、国家安全保障上のリスクの有無を分析します。
また、CFIUSは、国家安全保障上のリスクを軽減する観点から、取引自体や投資後の運営体制等に一定の条件を課すことを求めることができ、審査中にこのようなリスク軽減措置に関する取引当事者との交渉も行われます。取引当事者がリスク軽減措置や上記の届出義務に違反した場合等においては罰則があり、事案に応じて罰金が科される可能性があります(以上については、第2回にて解説します)。
以上が、CFIUSによる審査制度の全体像です。以下では、上記で示したそれぞれの項目について、概説していきます。
CFIUSの審査対象となる取引の範囲
CFIUSの審査対象となる取引(covered transaction)(以下、「審査対象取引」といいます)には、以下で説明する、
① 対象支配取引(covered control transaction)
② 対象投資(covered investment)
③ 対象不動産取引(covered real estate transaction)
の3類型があります。また、外国人による投資の実行時点で審査対象外であっても、事後的に上記の取引と同様の状況をもたらす当該外国人の権限の変更が行われる場合には、その時点で審査対象取引に含まれるとされています(50 U.S.C. §4565 (a)(4); 31 C.F.R.§§800.213, 802.212)注4。なお、上記Ⅱのとおり、審査対象取引に該当する取引のすべてについて実際にCFIUSの審査を受けるわけではなく、取引の当事者から届出がなされた取引およびCFIUSが独自に審査が必要と判断した取引のみが実際に審査を受けることになります。
対象支配取引(Covered Control Transaction)
「対象支配取引」とは、「外国人(foreign person)」による「米国事業(US Business)」の「支配(control)」をもたらす一切の取引をいいます(50 U.S.C. §4565 (a)(4)(B)(i); 31 C.F.R.§800.210)。対象支配取引に該当するか否かについては、規則において規定されている以下の各用語の定義と照らし合わせて、その分析が行われます注5。
・ 外国人(Foreign Person):外国国民、外国政府、外国企業、または外国人の支配下の企業を指す(31 C.F.R.§800.224)。ただし、外国企業については、その企業の持分の過半数を最終的に保有しているのが米国籍の者である場合は除外される(31 C.F.R.§800.220(b))。なお、日本企業の米国子会社も「外国企業の支配下にある」米国企業として「外国人」に該当しうるため、当該米国子会社を通じた取引を行う場合であっても審査の対象となりうる。
・ 米国事業(US Business):当該企業を支配している者の国籍にかかわりなく、米国内の州際通商(州境をまたぐ製品、サービス、もしくは金銭の取引または輸送)に従事している、すべての企業を指す(31 C.F.R.§800.252)。なお、この定義によれば、外国人が支配している米国内の企業も米国事業に該当しうるため、日本企業の米国子会社の株式を別の日本企業が譲り受けるような取引の場合であっても、当該米国子会社は「米国事業」に該当し、その取引は審査の対象となりうる。
・ 支配(Control):企業の発行済議決権付持分の過半数もしくは支配的な少数の保有、議決権の代理行使、取締役の派遣、契約上の取決め、またはその他の方法を通じて、直接または間接に、企業に影響を与える重要な事項を判断、指示もしくは決定する権限(行使の如何は問わない)を指す(31 C.F.R.§800.208(a))。このように幅広い解釈の余地のある定義がなされているため、必ずしも持分割合のみで支配の有無が決まるわけではなく、当該取引を行う外国人に付与される権限等注6も加味して判断される。
対象投資(Covered Investment)
「対象投資」とは、外国人による、対象支配取引に該当しない取引であって、かつ、外国人に以下のいずれかの行為を許容することととなる、「TID米国事業(TID U.S. Business)」注7への直接または間接の投資をいいます (50 U.S.C. §§4565 (a)(4)(B)(iii), (D); 31 C.F.R.§800.211)。
① 「TID米国事業」が保有する重要な非公開の技術情報へのアクセス
② 「TID米国事業」の取締役会または同等の統治機関の構成員もしくはオブザーバーとなること、またはこれらの指名
③ 以下のいずれかに関する「TID米国事業」の実質的な意思決定への関与(株式の議決権行使による関与は除く)
(a) TID米国事業により保持または収集された米国市民の「機微個人データ(sensitive personal date)」の使用、開発、保管、取得または公表
(b) 「重要技術(critical technologies)」の使用、開発、取得または公表
(c) 「重要インフラ(critical infrastructure)」の管理、運営、製造、または供給
また、「TID米国事業(TID U.S. Business)」とは、
❶ 重要技術(critical technologies)を生産、設計、試験、製造、組立または開発する事業
❷ 重要インフラ(critical infrastructure)を所有、運営、製造、供給または提供する事業
❸ 米国市民の機微な個人データ(sensitive personal date)を直接または間接に保持または収集する事業
の総称をいいます注8(31 C.F.R.§800.248)。上記の「重要技術」「重要インフラ」「機微個人データ」については、規則において図表1のように定められています。
図表1 「重要技術」「重要インフラ」「機微個人データ」とは
重要技術 |
規則において、対象となる項目を列挙 ・ 国際武器取引規則(International Traffic in Armes Regulations)における米国軍需品リスト(United States Munitions List)に含まれる防衛製品および防衛サービス ・ 輸出管理規制(Export Administration Regulation)における通商管理リスト(Commerce Control List)に含まれる一定の品目 ・ 10 C.F.R. 110に規定される特別に設計または準備された原子力設備、部品、素材、ソフトウエアおよび技術 など |
重要インフラ |
「対象投資に係る重要インフラ(Covered Investment Critical Infrastructure)」として、規則において28種類のインフラを指定(一定の要件を満たす以下のもの) ・ インターネット・プロトコル・ネットワーク、情報通信サービス、海底ケーブル ・ 電気エネルギーの発電・送電・配電・貯蔵のためのシステム、石油・ガス州際パイプライン、水道システム ・ 衛星システム、鉄道路線、金融市場機能 など |
機微個人データ |
① 識別可能データのうち、規則に定める一定の要件を満たす米国事業により保持または収集され、かつ、規則に定める10のカテゴリー(以下)のいずれかに該当するもの ・ 消費者レポートや健康保険等の申請に含まれるデータ ・ 米国事業の製品・サービスの利用者間の非公開の電子通信 ・ 地理的位置情報、生体登録情報 など ② 識別可能データを構成する個人の遺伝子検査の結果 |
対象投資は、上記のとおり「支配」を伴わない取引のすべてを対象とし、いかなる規模の投資であっても対象となります。もっとも、例外として「除外投資家(excepted investors)」による投資は、「対象投資」から除外され、審査の対象となりません。「除外投資家」とは、CFIUSが指定する一定の「除外国(excepted foreign state)」の国民、企業および政府(規則に定める該当性判断基準を満たす者)をいい、CFIUSは現在、オーストラリア、カナダ、ニュージーランドおよび英国を除外国として指定しており、日本はこれに含まれていません(31 C.F.R.§§800.219, 800.218)。
対象不動産取引(Covered Real Estate Transaction)
「対象不動産取引」とは、外国人による、米国内に所在する「対象不動産(covered real estate)」の購入、リースまたは使用権の取得であって、以下の四つの財産権(property right)のうち三つ以上を外国人に与えることとなる取引をいいます(50 U.S.C. §4565 (a)(4)(B)(ii); 31 C.F.R.§§802.212, 802.233)。
① 不動産へ物理的にアクセスする権利
② 他者が不動産へ物理的にアクセスすることを排除する権利
③ 不動産を改良または開発する権利
④ 固定のもしくは動かせない構造もしくは物体を不動産に付加する権利
また、「対象不動産(covered real estate)」に該当する不動産の範囲については規則で規定されており、大別して、
(a) 空港もしくは港湾の敷地内に所在する、もしくはその一部として機能する不動産
(b) 軍事拠点や重要な政府施設等の近隣に所在する不動産
の二つのカテゴリーが存在します(31 C.F.R.§802.211)。
ただし、対象不動産取引には、「除外対象不動産取引(excepted real estate transaction)」としていくつかの例外が定められており、例えば、対象投資と同様に除外投資家(対象不動産取引における用語としては、「除外不動産投資家(excepted real estate investor)」)による取引(31 C.F.R.§802.215)が対象不動産取引から除外されています。このほかにも、不動産の性質に応じて除外される場合(例:戸建て住宅の購入)等が除外対象不動産取引として規定されています(31 C.F.R.§802.216)。
届出義務の対象および届出義務のない取引への対応
取引の当事者は、CFIUSに対し所定の届出を行うことで、取引に係る審査の開始を求めることができます(届出に係る手続の詳細は、第2回で説明します)。法令は、審査対象取引のうち一部の類型の取引については、取引の当事者に対し、取引の実行前にCFIUSに対し届出を行うことを義務づけています。他方で、それ以外の審査対象取引については、当事者が届出を行うか否かはその自主的な判断に委ねられています。ただし、取引の当事者は、上記のとおり届出がない場合でもCFIUSには審査対象取引について審査を行う権限があることを踏まえ、自主的に届出を行うか否かを検討する必要があります。
以下では、届出義務のある取引類型を概観しつつ、加えて、届出義務のない取引に関する対応について概説します。
届出義務の対象となる取引
CFIUSの審査対象となる取引のうち、CFIUSへの届出義務の対象となるのは、審査対象取引のうち、対象支配取引または対象投資に該当し、かつ、以下で説明する2種類の要件のいずれかを満たす取引です。なお、Ⅱ3.で触れたように届出の方法として通知(notice)と簡易の方式である申告(declaration)の2種類がありますが、法令上、当該届出義務は、「義務的申告(mandatory declarations)」として、原則としては申告による届出が義務づけられており、当事者は申告の方法で届出を行えば、当該義務を果たすことができます。もっとも、法令上、通知により代替することも可能と規定されており、当事者の判断により、いずれの方法で行うことも可能です(50 U.S.C.§4565 (b) (1)(C)(v)(IV); 31 C.F.R.§§800.401(a), (f))。
① 外国政府がかかわる取引:単一の外国の国または地方の政府(除外国を除く)が「相当の持分(substantial interest)」(直接または間接の49%以上の議決権注9)を有する外国人が、TID米国事業に対する「相当の持分」(直接または間接の25%以上の議決権)を取得することとなる場合(31 C.F.R.§§800.401(b), 800.244(a))
② 重要技術にかかわる取引:「重要技術」(上記Ⅲ2.を参照)を生産、設計、試験、製造、組立または開発するTID米国事業にかかわるものであって、かつ、当該事業を支配することとなる者等への当該重要技術の輸出、再輸出、移転または再移転につき、「米国規制当局の認可(U.S. regulatory authorization)」が必要になる場合(31 C.F.R.§800.401(c))
・ 「米国規制当局の認可(U.S. regulatory authorization)」には、国際武器取引規制(ITAR)に基づき国務省が発行する許可その他の承認、輸出管理規則(EAR)に基づく商務省による認可、10 CFR Part810に基づくエネルギー省から要求される特定または一般認可(一部を除く)、10 CFR Part110に基づく原子力規制委員会からの特定認可が含まれます(31 C.F.R.§800.254)。ただし、EARに列挙された三つの許可例外注10のいずれかに適格である場合は例外とされます (31 C.F.R.§800.401(e)(6)) 。
なお、上記の要件については、規則にいくつかの例外が規定されています。たとえば、上記二つの取引に共通するものとして、米国人のジェネラル・パートナー等により専属的に運用されていること等の一定の要件を満たす投資ファンドが行う取引については、届出義務から除外されています注11(31 C.F.R.§§800.401(d)(1), (e)(3))。
届出義務のない取引への対応
上記の届出義務の要件に該当しない対象支配取引および対象投資、ならびにすべての対象不動産取引については、その取引に関してCFIUSに届出を行うか否かは当事者の判断に委ねられます。
ただし、Ⅱ1.でも触れたように、届出義務がない場合であっても、取引が国家安全保障上の検討事項を提起する可能性があるとCFIUSが判断した場合には、CFIUSは当事者に対し取引に関する情報の提供や届出を行うことを求める場合があります(31 C.F.R.§§800.501(b), 802.501(b))。そして、CFIUSは、その審査権限の及ぶ範囲の取引であれば、当事者からの届出の有無および取引の前後にかかわらず審査を行う権限を有しているため、届出義務の対象ではない取引についても、国家安全保障上の観点から必要と判断した場合にはCFIUSは独自に審査を開始注12することができ、既に完了した取引についても事後的に審査され、ひいては取引の解消等を命じられるリスクがあります(50 U.S.C.§4565 (b) (1)(D); 31 C.F.R.§§800.501(c), 802.501(c))。
このような事後的な審査のリスクを回避するため、取引の当事者は、届出義務がない取引であっても、CFIUSに任意に届出を行うことで、審査の開始を求めることができます。この審査の結果、CFIUSより取引の承認が得られた場合、CFIUSは、特段の事情(届出内容に重大な虚偽がある場合等)がない限り、承認された取引について再度の審査を行うことは許されなくなります(すなわち、承認により取引の当事者は一種の“セーフ・ハーバー”を得ることができます)(31 C.F.R.§§800.701, 802.701)。これにより、取引の当事者は取引の安定を図ることができます。
したがって、取引の当事者は、米国への投資の際、届出義務の有無を確認する必要があるとともに、届出義務がない場合であっても、当該取引が米国の国家安全保障に与える影響等を踏まえ、自主的に届出を行うかどうかについて検討することが必要となります注13。
* *
以上、今回は、CFIUSの審査対象となる取引およびその中で届出義務が発生する取引について解説しました。次回は、CFIUSの審査制度における届出手続や審査に関する事項等、審査制度の概要の残りの部分を説明したうえで、近時のCFIUSの審査状況について紹介します。
→この連載を「まとめて読む」
- なお、本稿の作成および英文の翻訳にあたっては、以下の文献を参考としています。
・ White & Case LLP「経済産業省 委託調査報告書『令和3年度重要技術管理体制強化事業(対内直接投資規制対策事業(諸外国における投資環境動向調査))』」(経済産業省ウェブサイト、 2022年3月)(参照2023年1月26日)
・ 日本貿易振興機構(ジェトロ)「対米外国投資委員会(CFIUS)および2018年外国投資リスク審査現代化法(FIRRMA)に関する報告書」(ジェトロウェブサイト、2019年8月)(参照2023年1月26日)
・ Congressional Research Service “The Committee on Foreign Investment in the United States (CFIUS)” (Congressional Research Serviceウェブサイト、2020年2月)(参照2023年1月26日)
[↩] - FIRRMAによるCFIUSの審査制度の変更は、1950年国防生産法721条を改正する形で規定されており、従前の改正と併せて、現在の形となっています。[↩]
- 法令では、国家安全保障には「国土安全保障(homeland security)」に関連する問題を含む旨の規定がなされていますが(50 U.S.C. §4565 (a)(1))、「国家安全保障」自体の定義はありません。[↩]
- このほか、CFIUSの審査を回避するために設計または企図された構造を持つ取引も審査対象取引に含むとされています。[↩]
- 規則において、対象支配取引に含まれる取引と含まれない取引の類型およびそれらの具体例が列挙されており(31 C.F.R.§§800.303、304)、対象支配取引該当性の判断において参考となります。対象投資および対象不動産取引についても同様の規定があります(31 C.F.R.§§800.303, 800.304, 802.301, 802.302)。[↩]
- 規則においては、当該「権限」に該当する権限の類型が例示列挙されているとともに(例:企業の主要な資産の売買・賃貸等や企業の組織変更・合併・解散等について判断、指示または決定する権限等)、その権限単体では企業の「支配」を与えるものとは考えられない権限(例:企業が多数派の投資家またはその関連会社との間で契約を締結することを阻止する権利等)を例示列挙しており(31 C.F.R.§800.208)、これらも考慮しつつ、事案に応じて「支配」の有無が判断されることになります。[↩]
- なお、厳密には、規則上、「傘下にないTID米国事業(unaffiliated TID U.S. business)」への投資を対象としており、傘下にないTID米国事業とは、「外国人に関し、当該外国人が発行済議決権数の50%以上を直接保有しておらず、かつ、取締役会もしくは同等の統治機関の構成員の半分以上を任命する権利を有していないTID米国事業」と定義されています(31 C.F.R.§800.250)。したがって、傘下の企業に対する追加投資の場合には、対象投資に該当しないこととなります。[↩]
- 「Technology」「Infrastructure」「Date」の各頭文字をとって、「TID米国事業」と呼ばれています。[↩]
- 投資ファンドの場合、当該49%の計算にあたっては、外国政府がリミテッド・パートナーとして保有する持分は考慮されません(31 C.F.R.§800.244(b))。[↩]
- 15 C.F.R. § 740.13 (Technology and software — unrestricted) 、15 C.F.R. § 740.17(b) (Encryption commodities, software and technology)、および15 C.F.R. § 740.20(c)(1)(License Exception Strategic Trade Authorization)。[↩]
- また、規則は、外国人による投資ファンドを通じた投資に関し、外国人のリミテッドパートナーが、投資ファンドのアドバイザリーボードまたはコミッティーの構成員であったとしても、当該リミテッドパートナーによる間接投資について、投資ファンドに関する同様の要件を含む一定の要件を満たせば「対象投資」に該当しないことを明確化しています(31 C.F.R.§800.307)。[↩]
- 手続としては、CFIUSの構成員等が、当該取引が審査対象取引であって、国家安全保障上の検討事項を提起する可能性があると信じる理由がある場合に、スタッフ・チェアパーソン(staff chairperson)を通じて機関通知(agency notice)をCFIUSに提出することで、「通知(notice)」に基づく審査が開始されます(通知に基づく審査の概要は、第2回にて説明します)。[↩]
- なお、CFIUSが公開している年次報告書(直近の報告書である2021年度版)によれば、CFIUSは、実際に省庁間照会、一般からの情報、メディア報道、商業データベース等を活用して、届出がなされていない取引の特定を行っており、2021年には、届出がなされていない取引のうち、CFIUSに特定され、検討対象となった取引は135件で、CFIUSはその内8件の取引について当事者に対して届出するよう求めています。[↩]
龍野 滋幹
アンダーソン・毛利・友常法律事務所外国法共同事業 パートナー弁護士・ニューヨーク州弁護士
2000年東京大学法学部卒業。2002年弁護士登録、アンダーソン・毛利・友常法律事務所入所。2007年米国ニューヨーク大学ロースクール卒業(LL.M.)。2008年ニューヨーク州弁護士登録。2007~2008年フランス・パリのHerbert Smith法律事務所にて執務。2014年~東京大学大学院薬学系研究科・薬学部「ヒトを対象とする研究倫理審査委員会」審査委員。国内外のM&A、JV、投資案件やファンド組成・投資、AI・データ等の関連取引・規制アドバイスその他の企業法務全般を取り扱っている。週刊東洋経済2020年11月7日号「「依頼したい弁護士」分野別25人」の「M&A・会社法分野で特に活躍が目立つ2人」のうち1人として選定。
水本 啓太
アンダーソン・毛利・友常法律事務所外国法共同事業 アソシエイト弁護士
2011年神戸大学法学部、2013年東京大学法科大学院卒業。2014年弁護士登録、2015年アンダーソン・毛利・友常法律事務所外国法共同事業入所。2022年米国カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)ロースクール卒業(LL.M.)、2022~2023年米国・ロサンゼルスのPillsbury Winthrop Shaw Pittman法律事務所にて執務。