骨折り損!? 全責任を負わせようとする納品先の傲慢と怠慢 - Business & Law(ビジネスアンドロー)

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―現役知財法務部員が、日々気になっているあれこれ。本音すぎる辛口連載です。

※ 本稿は個人の見解であり、特定の組織における出来事を再現したものではなく、その意見も代表しません。

一定の法令適合保証は合理的だが

商品や部品、ソフトウェアなどを納品するとき、納品先の顧客から、「その納品物が法令に適合していることの保証」を要求されることがある。取引契約書にも明記するよう言われることも多い。私は非常に真面目で誠実な、コンプライアンスを重視する人間なので(ホントに)、法務の仕事を始めて最初にこの要求に接したとき、素直にこう思ったものである。

「無法者扱いか! そんなに信用されてないんか‼」

しかし、ほどなくして、そこまで怒るようなことではないと気づかされる。世の中には、法令適合について手を抜く事業者や担当者が決して少ないわけではないし、そうでなくとも、無知や調査不足から、悪気はなくとも法的に瑕疵のある商品を納めてしまうことも多い。それに、製造プロセスを確認する術や技術的知見を持たない納品先が、第三者からの納品物の法令適合性を確認することは容易ではない。納品先が、自身と自身の顧客を守るために、納品元に一定の法令適合保証を求めるのは当然のことである。

誰も、空港で通常のボディチェックを受けて「ハイジャック犯扱いか!」とは怒らない。それと同じことなのだ。

「あらゆるクレームに責任を持て!」と言われても…

ところが、中には「怒った方がいいのでは?」と思われる要求もある。
納品元に対して、あらゆるトラブルについて全責任を負わせようと画策しているとしか思えない要求がなされることがときどきあるのだ。これはいかがなものだろうか。

「第三者から何らかのクレームが生じた場合、すべて貴社(納品元)の責任と費用負担において処理し、弊社(納品先)には一切の迷惑をかけないでください。その旨を保証する書面にサインしてください」

そんなことを言われてもねぇ…。
そんな保証、現実には不可能と言っていい。「何らかのクレーム」が来ることなんて、予見できるわけがないのだ。的外れな言いがかりや、「貴重なご意見をありがとうございました」としか言いようのない、想像をはるかに超える妄言だって「何らかのクレーム」である。

それに、「一切の迷惑」って何なんだ。
「迷惑」を定義できるはずもないし、だいたい、クレームが生じた時点でもう「迷惑」ではあるだろう。そうすると、上記の要求は、「予見不可能な“何らかのクレーム”が一切来ないことを保証せよ」と要求しているに等しいのである。
いくら自社製品に自信があったとしても、そんなことは保証できるわけがない。
「御社のパソコンを使い始めてから、身内に不幸が続いている。返品したい」―こんなクレームの責任なんか負えないよ!

しかし、顧客である納品先からそのような保証を要求され、取引関係上の配慮から歯切れよく断れないのか、現実にこのような内容が盛り込まれた契約書を見ることは、決して珍しいことではない。

納品元(自社) 「いや、“クレームが絶対来ない”ということまでは、さすがに保証しかねますよ…」

納品先(顧客) 「じゃ、“クレームが来るかもしれない”ということは自覚されているのですね? そういう製品を納品されてもウチとしては困るんですが」

納品元(自社) 「いや、決してそういうわけでは…」

納品先(顧客) 「じゃあ、保証できるでしょう?」

納品元(自社) 「…はい…(…ああもう、めんどくさっ‼)」

おおかた、そんな経緯ではないだろうか。しかし、このような要求を突きつけられれば、納品元も内心でムッとしているに決まっている。「今日、帰りに階段から落ちて足骨折してしまえ!」くらいの呪詛を念じていてもおかしくない。

納品元と納品先は一蓮托生だ!

それに、いくら契約書に判を押したからといって、納品元がこんな保証を履行するのは不可能である。それどころか、納品先(販売者や最終製品メーカーなど)にとっても現実的ではない。
法的根拠のないクレームにせよ、特許権侵害等の指摘にせよ、それらが実際に発生した場合に、納品先が納品元に全責任を押し付けて「知らぬ存ぜぬ」を決め込むことなど、できるはずがないのだ。
第三者からのクレームに対して、

「あ、それは納品元のA社さんの問題なので、ウチには関係ないんです。A社に言ってください。ウチには迷惑かからないことになってるんで、こっちは気にせず売り続けますね~」

なんて対応ができるわけがない。
また、いくら契約上、トラブルの全責任を納品元に負わせることができるからといって、警告を受けるや否や、納品先が即座に販売を中止し、販売中止からくる損害を納品元にすべて求償するなんてことは、納品先にとっても経済合理性がない。

現実にこのような事態が生じた場合、納品元と納品先は緊密に連携し、協力して問題解決にあたることになる。たとえば、部材メーカー(納品元)と最終製品メーカー(納品先)の関係で、部材に関連して第三者から特許権侵害を指摘する警告を受けたとしたら、まずは部材メーカーが侵害鑑定を行うにせよ、最終製品メーカーも独自に鑑定を行うか、少なくとも部材メーカーの鑑定書を評価し、共同で対応を検討し、共同で意思決定するのが現実的である。納品先と納品元は、第三者からのクレームに対しては一蓮托生になるしかないのである。

そのことをわからず、「契約書上、相手方にあらゆる責任を押しつけるのが最も無難ですよ」などと社内で指導している法務担当者がいるとしたら、あまりにも現場に対する想像力が欠如している。
そんな法務担当者には、声を大にして「キミ、しばらく営業にくっついて外回りに行ってこい!」と言いたい。

力関係のうえで、いかに自社に有利な契約条件を押しつけることができる立場であろうとも、現実味のない保証責任を相手方に課すことは無意味であり、ただただ、取引先を無駄にムカつかせ、不信感を抱かせるだけである。
契約交渉においては、相手が弱い立場であるときほど、現実に即した想定の範囲で、相手方が気持ちよくビジネスできることを意識しなければならない。そのうえで、自身や自身の顧客が不当な不利益を被らないような契約条件の提示にとどめる自制心を持つことが大事なのではないだろうか。

もしあなたがそれを怠っているとしたら。
今日の帰り道で階段から落ちて骨を折るのは、あなたかもしれない…。

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友利 昴

作家・企業知財法務実務家

慶應義塾大学環境情報学部卒業。企業で法務・知財実務に長く携わる傍ら、著述・講演活動を行う。新刊『エセ著作権事件簿—著作権ヤクザ・パクられ妄想・著作権厨・トレパク冤罪』(パブリブ)が発売中。他の著書に『知財部という仕事』(発明推進協会)『オリンピックVS便乗商法—まやかしの知的財産に忖度する社会への警鐘』(作品社)『へんな商標?』(発明推進協会)『それどんな商品だよ!』(イースト・プレス)、『日本人はなぜ「黒ブチ丸メガネ」なのか』(KADOKAWA)などがある。一級知的財産管理技能士。

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