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―現役知財法務部員が、日々気になっているあれこれ。本音すぎる辛口連載です。

※ 本稿は個人の見解であり、特定の組織における出来事を再現したものではなく、その意見も代表しません。

‟念のため”に許可を取りに行ったらヤブヘビに!?

たとえば、著作物の引用、公知技術の利用、商標としての使用にあたらない登録商標の使用など、一見、知的財産権の侵害に見えても、法的には許諾不要で実施できることは少なくない。

しかし、企業実務上、それでもトラブルを避けるために、‟念のため”に許諾を得ておく、という判断をする企業も多いのだ。しかし、この実務ほどムダなものはない。
もちろん、お伺いを立てて快諾を得られればスッキリするだろう。しかし、‟念のため”を重視する人は、快諾を得られることばかり期待している傾向が強く、断られたり、高額の利用料を要求されたりするような事態をあまり想像していないのだ。

その結果、いざ「実施はお控えください」とか「ウン百万円払って下さい」などと言われてしまったら、「ヤブヘビになった~! 聞かなきゃよかった~!」と頭を抱える羽目になるのである。

その悲痛な叫びを聞くたびに、筆者はいつも心の中で言っている。「ざまぁみろ!」と。

筆者は、「念のために許可取っておいた方がいいんじゃないですか?」と相談を受けたとき、まずは「止めときなさい」と諭す派である。

しかし、「もしトラブルになったら困るから」という不安に襲われている人に、いくら「ヤブヘビになるリスクがありますよ。これは適法ですから大丈夫です。万が一、クレームが来たとしても、正当性は十分に説明できますから」などと説得しても、その不安を拭うことは難しい。
不安になっている人に対して、いくらロジックで説明しても通じないことが多い。大災害の予言を信じ込んでいる人を科学で説き伏せることが難しいのと似ている。

どうしても不安を抑えられないのであれば、‟ダメでもともと”‟当たって砕けろ”の精神、つまり、断られたら法的評価にかかわらずスパっとあきらめる覚悟でぶつかるのであれば、止めはしない。

そう言って送り出したのに、結局、断られてから後悔したり、じゃあどうすればいいんだと悩んだりしている担当者を見ると、「ざまぁみろ」くらい言いたくもなるのだ。せめて心の中でくらい言わせてくれ。
未練タラタラになる予想がついているから、「止めた方がいいですよ」「行くなら断られる覚悟を決めてから行った方がいいですよ」と親切心で言っていたのだ、こちらは。

権利者の‟お気持ち”を重視するなら、断られたことに安堵すべし

筆者も、すべてのシチュエーションで、‟念のための確認”をすべきでないと思っているわけではない。世の中には、合法な範囲で先行する知的財産を利用する方法はたくさんあるが、たとえ法的には問題はないことでも、権利者が快く思っているとは限らない。これは真理である。
そこで‟法的な正しさ”と‟権利者の心情”を天秤にかけて、後者の方を重視すべきシチュエーションに限り、‟念のための確認”に意味があるのだ。

たとえば、権利者が重要な取引先だったり、親交のある間柄だったりしたら、良好な関係を保つために、法的評価がどうあれ、権利者の心情を慮る必要がある。あるいは、重要なクライアントからの請負仕事などで、一つのクレームすら受けたくないという事情があるのであれば、トラブル回避のために権利者に最大限の配慮をした方がよい場合もあるだろう。

このようなシチュエーションで、‟念のための確認”をして断られたのであれば、かえって安堵しなければおかしい。良好な人間関係の維持やトラブル回避を最も優先した以上、「あぁ、念のために確認してよかった! じゃあ、相手を怒らせないように止めておこう」と思わなければウソである。

断られて「聞かなきゃよかった。どうしよう」と頭を抱えるということは、「法的な正しさ」よりも「権利者の心情」を重視する理由がなかったということに他ならない。

権利者への上手な‟仁義の切り方”、教えます

しかも、こちらが「権利者が問題視するかもしれないから」と思うような事案は、実際にも権利者が問題視はする可能性は高いのだ。だが、それを黙って実施すれば、法的に問題がない以上、権利者は、普通は静観せざるを得ない。一方で、事前にわざわざお伺いを立てにいけば、法的に問題がなくても「止めてくれ」と言うはずである。

そんなことはよく考えれば分かるはずなのに、それでも企業人は仁義を重んじる観点から、事前に話をつけに行きたがる。「ヤブヘビになるだけですよ」とアドバイスしても、「いや、仁義を切っておくべきだ」などとカジュアルに任侠道を説いてくる人、あなたの周りにもいるでしょう。

しかしハッキリ言わねばなるまい。‟仁義”とは、礼儀や道徳上の筋道を通すことであって、「トラブルになるかもしれない」という自分の勝手な不安を解消するためにビクつきながらお伺いを立てに行くことでは決してない。

もし、本当の意味で仁義を通したいと言うのであれば、相手に実施可否の判断を仰ぐような態度はNGである。「貴社製品を参考にさせていただいたのですが、実施してもよろしいでしょうか?」などと、答えを相手に委ねてはいけないのだ。

そうではなく、「貴社製品を参考にさせていただいたので、事前にご挨拶に伺いました。適法性には十分留意して、実施させていただきます」などと、菓子折りでも持って、丁重に宣言することだ。これで十分、礼儀を尽くし、筋道を通したことになる。

このように堂々と言い切れば、そもそも断られるリスクを低減することができるし、万が一「いや、困ります。止めてください」と言われて決裂したとしても、(そう言われたことを理由におとなしく止めてもいいが)許可を求めに行って断られたという構図ではない以上、なお実施に踏み切る意思決定もしやすいのである。

礼儀正しく、しかし自信を持って実施を宣言する。それが、ビジネスにおける正しい‟仁義の切り方”なのだ。

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友利 昴

作家・企業知財法務実務家

慶應義塾大学環境情報学部卒業。企業で法務・知財実務に長く携わる傍ら、著述・講演活動を行う。著書に『企業と商標のウマい付き合い方談義』(発明推進協会)『江戸・明治のロゴ図鑑』(作品社)『エセ商標権事件簿』(パブリブ)『職場の著作権対応100の法則』(日本能率協会マネジメントセンター)『エセ著作権事件簿』(パブリブ)『知財部という仕事』(発明推進協会)などがある。また、多くの企業知財人材の取材・インタビュー記事や社内講師を担当しており、企業の知財活動に明るい。一級知的財産管理技能士として、2020年に知的財産官管理技能士会表彰奨励賞を受賞。

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