人生の過ごし方が多様化 どうまとめていくかが企業の課題
企業における人事労務の課題は、社会とともに変貌していく。また、企業活動が多くの人(社員)によって営まれている以上、多様な考え方をまとめていくことも重要となる。弁護士法人髙井・岡芹法律事務所の岡芹健夫代表社員弁護士は、昨今の人事労務の課題を次のように指摘している。「人にとって大切なものは何か。ある人にとっては仕事が生きがいであったり、またある人にとってはお金が重要であったり、さらには家族、趣味が大事であったり、というように、それは人によって異なります。現在は男女共同参画社会ですので、配偶者も社会に出ていることが多く、お互いのワークライフバランスがある。つまり、同じ人でも時期によって大事なものが変化してきます。子供が生まれたり、自分の体力が落ちてきたり、家族の介護が始まったり、パートナーが病気になったり。このように人によって、それも時期によって大切なものが異なるということは、企業にとってはとても大きな課題です」。
つまり、少子高齢化による働き手不足の時代において、企業は社員の多様性をまとめていかなければ、人員の定着はもちろん、高い生産性や業務効率を維持することができない、というのが岡芹弁護士の分析だ。法的にも、いわゆる育児・介護休業法の改正により、2025年10月1日から、“柔軟な働き方を実現するための措置等”が使用者に義務化される流れもある。では、企業にとってどのような対策が有効なのであろうか。
読者からの質問(社員から求められるテレワークの導入)
キャリア形成に活きるジョブ型 思いやりのある人事制度の複線化
近年の雇用制度や人事制度においては、転勤無制限社員・勤務地限定社員・業務限定社員という複線化、また、“従業員のライフステージに合わせて、転勤無制限社員から勤務地限定社員への変換を可能とする”ような柔軟な運用もさまざまな企業において導入されている。加えて、キャリアをどのように形成していくか、という視点が今後は重要になると、岡芹弁護士は示唆する。「“自分はこうした技術で生きていくんだ”、という意識を持つ人が世代を問わず増えてきています。その大きな理由の一つは、転職が多くなったからです。転職に際して、“一流企業に在籍していました”、だけではだめで、“私にはこうした技術があるので、こうした仕事ができます”というのが価値となります」。
現代は、“同じものをより早く、より正確にミスなく作る”ということよりも、“自分個人のスキルによって他の人には難しいものを作る・サービスを提供する”ことが求められている。そのためには、従来のメンバーシップ型ではなく、ジョブ型の人事制度のほうが有効である、というのが岡芹弁護士の見解だ。
「ジョブ型の人事制度を採用する企業も増えてきていますが、メンバーシップ型からの移行時に不利益を被る人や、ビジネスの変化などにより対象の業務がなくなった人をどのように処遇するか、たとえば、給与削減への漸減措置やリスキリングなどの配慮が重要です」。
雇用制度・人事制度において、このような配慮は、高齢者雇用継続の場面でも同様に必要となる。「いわゆる高齢者雇用促進法上、定年までの、さらには定年後の処遇の維持の必要性は規定されていません。役職定年で給与が下がり、定年後の再雇用でまた下がる。これではなかなかやる気はでないですよね。ですので、一律で下げるのではなく、有為な人材にはそれなりの処遇をした方が企業にとっても良いと思います。しかし、その人選には納得性と透明性のある基準を作る必要があります」。

岡芹 健夫 弁護士
裁判例の変遷に読む契約 勤務場所や業務範囲を明確に
「ジョブ型制度への移行においてもう一つ重要なポイントが、労働契約において職務場所や業務範囲を明確にすることです。かつて、人事権は白地で無制限のように思われていましたが、2024年4月26日最高裁判決のように、「労働者と使用者との間に当該労働者の職種や業務内容を特定のものに限定する旨の合意がある場合には、使用者は、当該労働者に対し、その個別的同意なしに当該合意に反する配置転換を命ずる権限を有しない」との判断が示されていることにも留意が必要です」。
それでは、労働契約に明記した業務がなくなった場合、配置転換ではなく即解雇となるのであろうか。岡芹弁護士は、我が国の裁判例の流れについて、次のように解説する。「裁判例が示しているのは、“即解雇せよ”ということではなく、“提示できるのであれば、可能な限り関連性のある業務をまずは提示すべきだ”ということです。そのうえで、労働者側が拒否するのであれば、解雇もやむを得ないでしょう」。
また、ジョブ型制度への移行に伴い、降格となる場合にも注意が必要だ。当人の能力が落ちた場合だけではなく、ビジネスの変化により、会社が必要とするスキルが変更となるケースもあるからだ。その際は、丁寧な説明により納得を得ることでトラブルを回避するように努めるべきである。
このように、社会の変化とともに変貌していく企業における人事労務の課題に対応するために、同事務所では“意欲を持って”日々、経済情報の収集・蓄積・分析を行っている。情報源となるのは、総論では新聞をはじめとする各種媒体であり、各論では顧問先企業とのコミュニケーションである。「同じ課題であっても、企業の社風や置かれている状況によって、正解は異なります。法的に当てはめただけでは単なる“助言”に過ぎません。今ある状況の中では、個々の企業の個性に照らしてどのようなリスクがあるか、それにどう対応すべきかを“提言する”ことを使命としています。その源泉は、クライアントへの“愛”ですね」。

岡芹 健夫
弁護士
Takeo Okazeri
91年早稲田大学法学部卒業。94年弁護士登録(第一東京弁護士会)、髙井伸夫法律事務所入所。10年髙井・岡芹法律事務所に改称、同所所長就任。23年弁護士法人髙井・岡芹法律事務所に組織改編、同代表社員就任。第一東京弁護士会労働法制委員会委員、東京三弁護士会労働訴訟等協議会委員および経営法曹会議常任幹事等を歴任。主な著作に、『取締役の教科書〔第2版〕これだけは知っておきたい法律知識』(経団連出版、2023)、『労働法実務 使用者側の実践知〔LAWYERS’KNOWLEDGE〕〔第2版〕』(有斐閣、2022)、『労働条件の不利益変更 適正な対応と実務』(労務行政、2015)、『雇用と解雇の法律実務』(弘文堂、2012)等。