ガバナンスのカギを握るのは「グローバル内部通報制度」の構築
コンプライアンス体制の整備が重要性を増しているが、目の届きにくい海外子会社における不正リスクは依然として高い状況にある。「不正の早期発見・解決を図るうえで、グローバル内部通報制度の導入は欠かせません」。同分野の第一人者で、数多くの企業において同制度の導入・運用を支援してきた西垣建剛弁護士はそう言い切る。「この制度のポイントは、すべての海外拠点から日本本社が運用する統一窓口に直接通報できる点にあります。これにより、海外子会社で発生した不祥事が隠蔽されるリスクを大幅に低減できます。たとえば、タイ現地法人が現地法律事務所に通報窓口を設置しているだけでは、経営陣の不正に関する通報は揉み消される可能性が高く、内部統制上の大きな欠陥となりかねません」。
件数の多いハラスメント系の通報対応は現地子会社の人事部門に振り分けている企業もあるが、その際は現地担当者の教育が重要になると西垣弁護士は説明する。「通報者に対する報復禁止など、制度趣旨に沿った運用を徹底することが肝心です」(西垣弁護士)。
サプライチェーン全体の人権リスクを管理 「グリーバンスメカニズム」が必要な理由
“人権”への配慮はコンプライアンスの新たな要諦となり、企業はサプライチェーン全体を通じた人権リスクの管理を求められている。その大きな柱の一つが“グリーバンスメカニズム(苦情処理メカニズム)”だ。「国連の「ビジネスと人権に関する指導原則」に基づいて、企業が人権侵害に関する苦情を受け付けるしくみで、役職員だけでなく、下請事業者や地域住民、サプライチェーン関係者などが対象となります。国連指導原則は法的義務のないソフトローですが、欧州ではコーポレート・サステナビリティ・デューデリジェンス指令など法的義務とする動きが加速しており、日本企業もESG評価の向上や国際基準への対応のため、導入が求められます」(西垣弁護士)。人権侵害の指摘は海外のNGO団体を介して行われることが多いが、突然の指摘に戸惑う日本企業も多いと、NGO対応に詳しい西垣弁護士は続ける。「グリーバンスメカニズムは、ステークホルダーとの“対話”を通じて問題解決が図られる点が特徴ですが、NGOは強力な情報発信力を備えているため、下手に対応すると炎上を招くおそれがあります。企業側としては、世論の反発を招かぬよう、冷静な大人の対応が必要となります」(西垣弁護士)。

西垣 建剛 弁護士
国際紛争の経験と知見で導く国際仲裁と国際調停の選択判断基準
海外事業の拡大は、クロスボーダー紛争案件の増加も招いている。「従来の日本企業は紛争自体を避ける傾向にありましたが、近年ではより戦略的に国際仲裁や国際調停を活用し、紛争解決に挑む姿勢が見られます」と述べるのは、紛争解決を専門とし、仲裁・調停案件の豊富な経験を有するジョエル・グリアー外国法事務弁護士。「国際仲裁は、中立的で公平な解決が期待できることが最大の強みです。一般的に費用が高いイメージがありますが、事実関係が明確で争点の少ない債権回収などの案件であれば、費用を抑えつつ迅速な解決を図ることも十分可能です」。一方で、国際調停に関しては、そのメリットが日本企業の間で十分に浸透しているとはいえない、とグリアー外国法事務弁護士は指摘する。国際調停は日本の裁判所の民事調停とはまったく異なる手続だ。「調停は仲裁に比べて手続が簡潔で、解決までのスピードが速いのが特徴。当事者間の合意形成を最優先するため、仲裁判断のような法的拘束力は伴いませんが、その分、より柔軟で費用対効果の高い解決策を導き出せる可能性があります」。
では、最適な解決手段を選択するうえでの判断基準はどこにあるのか。グリアー外国法事務弁護士は次のように説明する。「事案の性質が、当事者双方が誠実に主張し合う“good faith dispute(誠実な紛争)”なのか、あるいは一方の当事者が不当な理由で義務を履行しない“bad faith dispute(不誠実な紛争)”かを見極めることが出発点となります。たとえば、日本企業が製品に問題があったことを認めつつ、相手からの過大な損害請求に対し、納得できる金額での和解を目指す場合などには、対話を通じた合意形成に適した調停が有効です。他方で、相手方が根拠なく支払いを拒否するなど、誠実な交渉が見込めないケースには、強制力のある仲裁が適しています。当事務所には、国際法務で研鑽を積んだ弁護士が複数所属していますので、国際商事紛争の本質を捉えた解決方法の提案と、現実に即したソリューションの提供が可能です」。

ジョエル・グリアー 外国法事務弁護士
企業の持続的な成長に不可欠 インテグリティに根ざした“軸”を持つ
「グローバルビジネスにおいて、企業が持続的な成長を実現するために、あらゆる判断の軸となるのが、インテグリティ(誠実さ、高潔さ)という概念です」(西垣弁護士)。設立5年で弁護士13名(外国弁護士資格者4名含む)へ急拡大を遂げる同事務所の名称、“弁護士法人GIT(Global Integrity & Trust)法律事務所“にも、インテグリティが含まれている。
「現代は、単に法令を守るだけでなく、行動の根底にインテグリティがあるかが問われる時代です。不祥事対応で情報公開を渋ったり、責任逃れを試みたりする姿勢は、インテグリティの欠如と見なされ、結果的に企業イメージを大きく毀損するでしょう。当事務所は国内外の不正調査を数多く実施していますが、小手先の対応ではなく、問題の本質を捉えたサポートを行っています。社会に対して誠実な姿勢で臨んでこそ、地域社会や国際社会からの信頼獲得や、長期的な企業価値の向上につながると考えています」(西垣弁護士)。
読者からの質問(グローバル内部通報制度の利用を促進する方策)

西垣 建剛
代表社員/パートナー弁護士
Kengo Nishigaki
98年東京大学法学部卒業。00年弁護士登録(東京弁護士会)。04年ニューヨーク大学ロースクール修了(LL.M.)。05年ニューヨーク州弁護士登録。20年弁護士法人GIT法律事務所を設立、代表社員に就任。

ジョエル・グリアー
外国法事務弁護士
Joel Greer
00年イエール大学ロースクール修了(JD)。07年外国法事務弁護士(米国コロンビア特別区)登録(第二東京弁護士会)。24年~弁護士法人GIT法律事務所。